映画監督・武 正晴の 「ご存知だとは思いますが」 第4回『フィッツカラルド』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第4回『フィッツカラルド』
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イラスト●死後くん
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ヴィム・ヴェンダース、ファスビンダ ーらと並び「ニュー・ジャーマン・シネマ」を代表するヴェルナー・ヘルツォーク。本作ではオペラハウス建設のためにアマゾン川を航海する男を描く。第35回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。
製作年    1982年
製作国    西ドイツ
上映時間   152分
アスペクト比 アメリカンビスタ
監督・脚本  ヴェルナー・ヘルツォーク
撮影     トーマス・マウフ
衣裳     ジゼラ・ストーチ
音楽     ポポル・ヴー
出演     クラウス・キンスキー
       クラウディア・カルディナーレ
       ホセ・レーゴイ
       ポール・ヒッチャー他
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※この連載は2015年8月号に掲載した内容を転載しています。


2年ぶりにフランクフルトを訪ねた。15回目を迎えたニッポンコネクション日本映画祭で拙作『百円の恋』を含めた短編・長編100作品余りの上映が6日間に亘って上映されるのだ。ドイツばかりでなく、ヨーロッパ、世界各国の日本映画の研究者、観客達が集う世界最大の日本映画のプラットホームと呼べる映画祭へと成長を続けている。なんともありがたい。
 フランクフルトでどうしても訪れたい場所がドイツ映画博物館だった。相米慎二監督作品の特集上映も行われていたこの場所に2年前にも僕は訪れている。様々なドイツ映画の展示物の数々に再会したかったのだ。
 『ブリキの太鼓』のオスカルの太鼓や『ニュールンベルク裁判』のマクシミリアン・シェルが獲得したオスカー像と共に誇らしげに展示されていたのが『フィッツカラルド』の衣裳。ジゼラ・ストーチのデザインによる、主人公フィッツカラルド役のクラウス・キンスキーの上下白のサマースーツとモリー役のクラウディア・カルディナーレの純白のドレスだった。

胸ぐらを掴まれたようなクラウス・キンスキーとの出逢い

 1982年のカンヌ映画祭監督賞作となった、この前代未聞の映画を僕はロードショーでは見逃している。東京に出て来た大学一年の時に名画座で観てしまった。当時『アデルの恋の物語』や『ザ・ドライバー』でイザベル・アジャーニーにヤられていた僕は、彼女が出演している吸血鬼リメイク映画『ノスフェラトウ』を観る目的で名画座に足を運んだのだった。
 そこで、ヴェルナー・ヘルツオーク監督と哀しい吸血鬼役のクラウス・キンスキーを知ることとなる。そして、同時上映だったのが今回取り上げる『フィッツカラルド』である。
 吸血鬼役の彼が、主人公ブライアン・スウィーニー・フィッツジェラルド。通り名フィッツカラルド役として登場したのだ。ナスターシャ・キンスキーの親父という認識だったが、「俺がクラウス・キンスキーだ。ナスターシャ・キンスキーはクラウス・キンスキーの娘なんだ、覚えとけ!」と胸ぐらを掴まれたような出逢いだった。

幾度となく主役交代の末、作り上げられた

 主役が病気のジャック・ニコルソンからウォーレン・オーツに交替。オーツは密林での生活に耐えきれず降板。続いてジェーソン・ロバーズが起用されて撮影がクランクインするものの、ロバーズが赤痢で倒れてしまう。
 ハリウッドのタフガイスター達の相次ぐ降板により、ヘルツオーク監督が最愛の敵と呼んだ狂気の盟友『アギーレ・神の怒り』で狂気の撮影を経験済みのクラウス・キンスキ―を密林に呼びつけ、撮り直したそうだ。(『アギーレ』のオープニングカットとラストカットの狂気ぶりは半端ないので、ぜひとも観ていただきたい)。
 重要な脇役でキャスティングされていたミック・ジャガーもヘルツオーク監督の狂気の撮影から逃げ出していた。

映画創りはロマンと冒険であると教えてくれた

 19世紀の南米。ペルーからブラジルまでボートを漕いでやって来て、カルーソーのオペラを聴き、感銘を受けたフィッツカラルドは「俺もペルーにオペラハウスを建てるのだ」と、その資金集めのため製氷事業からアマゾン河の奥地にゴム園を作るべく準備と調査にかかる。
 最愛の娼家の女将、モリーを演じるクラウディア・カルディナーレが終始素敵。彼女が資金援助して、数tもの中古巨船を買い、モリー号と名付けて威風堂々出港する男とそれを誇らしく笑顔で見送る女が素敵だ。
 目的地に着くためにモリー号を山越えさせるフィッツカラルドの狂気の計画は、ヘルツオーク監督の狂気の計画に他ならない。首狩族のインディオ達が上下白のサマースーツに包まれたフィッツカラルドを彼らの伝説の白い神様と勘違いし、ジャングルを切り開き、船の山越えに協力する。船が山を越える映画…観て欲しい。
 誰もが行ったことのない場所で見たことのない映像を撮る狂気と情熱が観る者の心を動かす。映画創りがロマンと冒険であることを教えてもらった気がした。見果てぬ夢を追い求め、失敗を繰り返す冒険家のフィッツカラルドは終始一貫して自信に満ち溢れている。

何度も観たくなるラストシーン

 ラストの船上のオペラに圧倒された。計画に失敗したフィッツカラルドが船を売った金でオペラ一座を雇い、一度きりの船上オペラを上演しながら帰港する。モリー号と船上のフィッツカラルドをとらえる映像が見事だ。この映画のもうひとつの主人公がモリー号であることを知る瞬間で忘れられないシーンとなった。何度も観たくなる。
 クラウス・キンスキー=フィッツカラルドがなんとも、うまそうに葉巻をふかしながら帰港する姿のカッコ良さよ。男のロマンよ。ラストカットの狂気と誇りに満ちた至福の男の笑顔を観て欲しい。ハリウッドのタフガイスター達が味わうことのできなかった至福の時間を味わうクラウス・キンスキーの勇姿に熱いものが込み上げてくる。
 未開の土地になんとか文明の光をあてようと試みては失敗を続ける彼を拍手で迎えるインディオや白人達の姿をきちんと撮っているのが嬉しくなる。出迎えるクラウディア・カルディナーレの微笑みがあればこそだ。
 2年ぶりのフランクフルトの風景が少し違って見えていた。『百円の恋』の上映劇場は満席で立ち見も出ていた。上映後の拍手が暫く止まなかった。2年前に1人だった舞台挨拶。今回は脚本の足立紳さんと主演の安藤サクラさんも一緒だ。サクラさんが嬉しそうに跳びはねている。足立さんの幸せそうな笑顔が嬉しかった。僕は舞台の上から観客と一緒に拍手をし続けて、暫くその光景を眺めていた。

 

●この記事はビデオSALON2015年8月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1484.html