映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第7回『がんばれ! ベアーズ』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第7回『がんばれ! ベアーズ』
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イラスト●死後くん
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酔いどれ中年バターメイカーが落ちこぼれ少年野球チーム“ベアーズ”のコーチに就任。お粗末な野球を見かねて元恋人の娘アマンダを投手に、町の不良少年ケリーをパワーヒッターとしてチームに引き込む。チームは決勝に進出するまでの躍進を見せるのだが…。
製作年   1976年
製作国   アメリカ
上映時間  102分
アスペクト比 ビスタ
監督    マイケル・リッチー
脚本    ビル・ランカスター
撮影    ジョン・A・アロンゾ
編集    リチャード・A・ハリス
音楽    ジェリー・フィールディング
出演    ウォルター・マッソー
      テイタム・オニール
      ヴィック・モロー
      ジャッキー・アール・ヘイリー
      ベン・ピアッツァ 他
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※この連載は2015年11月号に掲載した内容を転載しています。


26年ぶりに高校野球決勝を甲子園で観戦した

 今夏予定していた映画撮影が延期となったこともあり、26年ぶりに夏の全国高校野球決勝を甲子園で観戦した。100年を迎える記念大会の決勝戦に東北のチームが進出したからだ。26年前の決勝戦では延長の末、敗れた仙台育英。そして今年同じチームの決勝進出に胸が踊り、東北勢初優勝の悲願成就を見届けようと雨の甲子園に向かった。47,000人のファンに埋め尽くされた甲子園は日本で一番美しい球場だと思った。
 僕は辛うじてライトスタンドのポール際に席を見つけることができた。100年のうちの10年程、僕は甲子園で高校野球を観戦している。最初の観戦は僕が9歳の時。春の選抜大会だった。同じ年に名古屋の映画館で『がんばれ! ベアーズ』を観た。僕が高校野球と映画に完全に狂い始めた記念すべき年だ。

9歳の野球少年だった自分の心に刺さった映画

 『がんばれ! ベアーズ』原題『The bad news Bears(ベアーズが悪い知らせをもたらすぜ)』。悪い知らせとは当然「相手チームの敗北」なのだが、当時、少年野球チームの万年補欠の僕にとって心に突き刺さる映画体験だった。ヘナチョコ少年野球チーム、ベアーズに元マイナーリーグ投手で今はプール巡回掃除屋として働く独身男、バターメイカーがコーチに就任し、そんな彼がチームを率いて快進撃する物語。バターメイカーを演ずるのはウォルター・マッソー。僕が『サブウェイ・パニック』や『突破口』を知るのはもう少し後のことだった。
 映画のオープニングカットは野球場からのクレーンショットの長回し。ボロのアメ車で登場する主人公・バターメイカーが車内でバドワイザーにウイスキーを流し込んで、なんとも美味そうに飲み干す登場シーン。これから始まる映画の主人公の充分すぎる巧みな紹介だ。撮影は『バニシング ポイント』『チャイナ タウン』『ブルーサンダ―』のジョン・アロンゾ。夜撮影の名匠と言われる撮影監督だが、本作では9割以上がデイシーンなのがおもしろい。
 チビ、デブ、野球記録オタクの喘息持ち、黒人、ユダヤ人、英語の話せないメキシカンと多彩な寄せ集めチームのベアーズは呆れる程の大敗を重ねる。少年たちの目に余るまでの負け犬根性に不純な動機でコーチを引き受けていたバターメイカーのハートに徐々に火がつき始める。
 バターメイカーの元彼女の連れ子で12歳のオテンバ娘アマンダ・ワーリッツアと不良バイカーのケリー・リークをスカウトして、絶望的なチームと自分自身を強力に鍛え上げていく。ベアーズの快進撃に合わせて終始一貫して奏でられているのがビゼーの「カルメン」だ。この選曲が素晴らしく、編集のリチャード・A・ハリスが冴えまくる。
 アマンダ役は『ペーパー・ムーン』で最年少オスカーをゲットしたテイタム・オニールが演じている。劇中では見事な快速球と落差のあるカーブを披露。野球経験のなかった天才少女は撮影のため、父親のライアン・オニールとキャッチボールをして特訓したそうだ。ワセリンを使った反則投球を見せたり、ナックルボールを投げたがったりするのが大人びていて痛快だ。当時の僕は少し年上のアマンダに完全にイカれてしまった。
 父親のいない少女アマンダと独身中年男バターメイカー。オスカー助演名優同士による罵り合いの掛け合いが楽しく見事だ。次第にそれが父親像を求める少女の会話へと変貌してゆく。孤独な2人の会話が物語の終盤で胸を熱くする。「孤独者とは人前では涙を流さない者だ」とマイケル・リッチー監督の演出が教えてくれた。アマンダとバターメイカーの涙に注目して欲しい。
 敵役のヤンキースのコーチ役に『コンバット』のサンダース軍曹のヴィッグ・モローが憎々しく登場したのには驚いた。『くたばれヤンキース』という映画が作られるくらい当時の大リーグでは敵なしの王者。少年野球でも王者はヤンキースだ。

今でも忘れられない少年・ルーパスのシーン

 その王者とベアーズが決勝で戦うクライマックス。連投でヒジを痛めたアマンダの奮闘で同点で迎えた最終回。バターメイカーはベンチを温めていた補欠達に出場の機会を与える。チビでいじめられっ子、気弱で優しい女の子のようなルーパス少年は「チームが勝つために僕を出場させないで」と嘆願する。「お前はベンチを温めるために生まれてきたのか?」とバターメイカーに言われ、首を静かに振るルーパス。そんな彼にライトのポジションを与え、活躍の場所を与えてくれたマイケル・リッチー監督に感謝したい。僕の中でルーパスの戦いは永遠だ。映画の最後の台詞はルーパスに与えられた。忘れることができない。
 エンディングのラストカットはカルメンが鳴り響くなか、夕陽の野球場のクレーンカットだ。野球がどんな意義を持つスポーツなのかを最後に提示してくれる。エンドクレジットで流れる13人のベアーズの写真の中のバターメイカーとアマンダが実に幸せそうでうれしい。13人の子供達とバターメイカーの羨ましい物語なのだ。
 僕は2011年の4月27日にモンゴルのウランバートルに渡り、翌年の夏から冬にかけて『モンゴル野球青春記』という映画を撮影した。甲子園を目指した元高校球児が民主化間もないモンゴルで少年達に野球を教えていく実話に基づく物語だ。モンゴルのナショナルチーム所属する野球選手達に俳優として出演してもらった。映画の主人公の日本人コーチに実際に少年時に野球を教わった選手達との映画創りは幸せに満ち溢れた体験となった。
 ベアーズから36年の月日が経っていた。モンゴルナショナルチームは未だに一度も国際試合の勝利がない。拙作『モンゴル野球青春記』のラストシーンで野球選手がアドリブで言ってくれた「俺達! 勝ってくるからな!」というセリフがベアーズのルーパスのセリフのようで熱いものが込み上げてくる。
 負けても負けてもやり続ける強さ。弱い立場にいる人間は決して弱い人間ではないことを証明できる『がんばれ! ベアーズ』のような映画を創っていきたいのだ。

9歳の頃から敗者の美学を甲子園と映画から学び取り憑かれてしまった

 100年目の高校野球は熱戦接戦の名勝負となったが、東北チームの悲願はまたもや成就しなかった。優勝チーム以外はすべて敗者の高校野球。9歳の時に敗者の美学を甲子園と映画館から学び、取り憑かれてしまったようだ。
 閉会式が終わって優勝チームがグランドから去り、敗れた東北チームがグランドに残って甲子園の土を記念に選手達がかき集めている。夕闇迫る甲子園の浜風が秋を予感させて心地良かった。観客もまばらとなった外野席のスコアーボード横の最上段席から僕は暫くの間、座って眺めていた。

 

●この記事はビデオSALON2015年11月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1512.html