映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第9回『灰とダイヤモンド』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第9回『灰とダイヤモンド』
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イラスト●死後くん
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ポーランドの雪解け(自由化)を受けて制作された『世代』『地下水道』に続くアンジェ・ワイダの抵抗三部作の最終作。共にナチと戦った過去を持つ、労働者党書記と国内軍系ゲリラ兵の対照的な二人が辿る悲劇。1959年ヴェネツィアで国際批評家連盟賞を受賞。
製作年    1958年
製作国    ポーランド
上映時間   1958年
アスペクト比 スタンダード
監督     アンジェイ・ワイダ
脚本     イエジー・アンジェウスキー
        アンジェイ・ワイダ
撮影     イエジー・ヴォイチック
音楽     ボーダン・ビエンコフスキー
出演     ズビグニエフ・チブルスキー
       エヴァ・クジジェフスカ
       バクラフ・ザストルジンスキー
       アダム・パヴリコフスキー
       ボグミウ・コビェラ他
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※この連載は2016年1月号に掲載した内容を転載しています。



 今から30年前、大学の映画研究会の友人や先輩たちと「祖国に対する報われない愛の記念に」と言っては酒をくみかわしていたことを思い出す。映画『灰とダイヤモンド』のマチェクを演じたスビクニェフ・チブルスキーの台詞に憧れてのことだ。御年89歳、ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督が32歳の時に発表したポーランド映画史上最も重要な作品とされている『灰とダイヤモンド』を僕は高校三年生の時に観ている。この映画は僕にとっても重要な作品として心に刻まれている。
 NHK教育テレビ(Eテレ)の『世界名作劇場』で観た。CMなしで字幕放送の大変ありがたい番組でチャップリンの『キッド』『独裁者』『ライムライト』フェリーニの『道』などの名作もこの番組で随分と観て知った。解説者は佐藤忠男さんだった。

戦争に青春を奪われ、恋も知らない若者を描く

 舞台は1945年、ポーランドの地方都市。ワルシャワ蜂起の生き残りで反ソビエト派のテロリスト・マチェクを主人公に5月8日から9日の朝までを描いた物語である。ベルリンでドイツが無条件降伏に署名した8日、ドイツとの戦争は終結したが、ポーランド国内では共産主義政権樹立を阻止しようと国内軍に属していたゲリラ兵グループとの内戦状態となっていた。マチェクは労働党の地区新書記長シェチューカ暗殺の指令を受けるが、マチェクらは人違いでセメント工場の二人の工員を殺してしまう。共産主義路線で新しいポーランド確立に信念を持つ中年男シェチューカと生命力に溢れた愛国主義的な若者マチェクが対照的だ。祖国を解放するためにナチと勇敢に闘い、多くの仲間を犠牲にしてきた過去が両者共にある。
 マチェクはワルシャワ蜂起の際に、下水道を通って地区から地区へ移動してナチスドイツと戦った経験から目を痛めたようだ。サングラスと言うよりも黒眼鏡を昼夜かけている。僕の父親がマチェクと同じような黒眼鏡をかけていたのを覚えている。シェチューカが泊まっているホテルのバーカウンターの給士娘クリスチーナに一目惚れするマチェクはまだ24歳なのだ。5年間の戦争に青春を奪われて恋も知らないのだ。撮影当時クラクフ演劇大学2年生だったエヴァ・クシジェフスカが初々しくクリスチーナを好演している。
 身内を失った孤独な二人の若者がベッドの上で交わす会話が切ないのだ。ベッドを共にしたクリスチーナがマチェクになぜいつも黒眼鏡をかけているかを尋ねる。マチェクが答える。「形見さ、祖国に対する報われない愛の記念さ」ボーランド語で正確に何と言っているかは未だに不明なのだが、マチェク役のチブルスキーのニヒルな言い方が物哀しく切なかった。
 クリスチーナとの短い邂逅にマチェクが苦悩する。「新しい社会で新しい人生を送りたい」「恋とは何か知らずに生きてきた、昨日気がついていればな」とクリスチーナに笑ってみせるマチェクが哀しい。「人殺しはもう嫌だ、生きたい」というマチェク。暴力に訴える以外に事態の解決を図れないのか。シェチューカを射殺する暗殺の場面は忘れられない。終戦を祝う花火の中、殺人者と犠牲者が抱き合うという名場面は30年経った今でも僕の心に刻みこまれている。

不穏に不気味な朝日

 5月9日の朝を迎え、出立の準備をするマチェクを包む朝の光線が不穏だ。暗殺者の夜と朝のコントラストを印象的に画面設計している。見事だ。朝日が希望でなく不穏に不気味なのだ。逃亡したマチェクは衛兵に撃たれ、ゴミ捨て場で悶えながら死ぬ。そして映画は終わる。鮮烈で悲惨な死にざまだ。こんな映画は他に僕は知らない。これからの新しい社会で平凡に生き、失われた青春を取り戻すことが果たせなかった青年マチェクの無念さを想った。
 人は皆いつしか「灰」となるが、燃え尽きることのない「ダイヤモンド」のような生き様が各々残るのだ。マチェク役のチブルスキーは1967年1月8日早朝、ヴロワクフ駅からワルシャワ行きの列車に飛び乗ろうとしてホームと列車の間に落ち、轢死している。飛び降りに失敗した原因は目が悪かったためではないかという人もいる。レジスタンス活動にも実際したチブルスキーはマチェクそのものだ。39歳だった。フランチェスカ役のエヴァ・クジィジェフスカは2003年南スペインで交通事故に遭って薄命のうちにこの世を去っている。

私の助手達は私以上に監督であると言える

 ワイダ監督は1945年設定の映画に俳優達を1958年の服装でカメラの前に立たせている。歴史の中に現代を取り入れるという斬新な演出だ。現代化の担い手になったのがマチェク役のチブルスキーだった。ワイダ監督は「監督は俳優や協力者の全員を創造的な作業へと駆り立て、皆がアイデアを出し合うように挑発しなければならない。私の助手達は私以上に監督であると言える」と著作の中で述べている。マチェク役は当初予定していた俳優から助監督が推すチブルスキーに演じさせる決断を下している。
 「映画が完成したら製作後も”私たちの映画“と叫び続けるべきだ。失敗作に終わった時には監督は勇気を出して”これは私の映画だ“と言うべきだ」僕もワイダ監督に従いたい。僕は東京に出てきてから「ワイダ達の映画」を求め続けた。アテネ フランセや岩波ホールに通った。今年90歳になる巨匠の新作が待ち遠しい。

痛ましい事件でも映画祭を催す勇気に深謝を伝えたい

 「われは知るテロリストのかなしき、かなしき心を」と石川啄木が詠んで100年が過ぎているが、11月13日のパリで痛ましい事件が起きて以来、世界中が暗たんとしている。フランスでは第二次世界大戦以来の非常事態宣言が発せられ、フランスは戦争状態であるとフランス大統領が宣言している。そんな中拙作『百円の恋』がパリの映画祭に呼ばれている。映画祭を中止することなく12月に上映する予定だ。今まで最も緊張した状態で僕は映画を劇場で観ることとなるだろう。映画祭の関係者の皆様の勇気に深謝を伝えたい。
ーーー 永遠の勝利のあかつきに灰の底ふかくさんざんたるダイヤモンドの残らんことをーーー


 

●この記事はビデオSALON2016年1月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1530.html