映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第11回『ダイハード』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第11回『ダイハード』
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イラスト●死後くん
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ロデリック・ソープの小説『 Nothing Lasts Forever 』を原作としたアクション映画。武装テロリストに占拠された日本企業のハイテク高層ビルを舞台に、たった一人で戦いを挑む刑事、ジョン・マクレーンを演じたブルース・ウィルスの出世作。
製作年    1988年(日本公開は89年)
製作国    アメリカ
上映時間   131分
アスペクト比 シネマスコープ
監督     ジョン・マクティアナン
脚本     スティーヴン・E・デ・スーザ
       ジェブ・スチュアート
撮影     ヤン・デ・ボン
編集     ジョン・F・フィンク
       フランク・J・ユリオステ
出演     ブルース・ウィリス
       アラン・リックマン
       ボニー・ベデリア
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※この連載は2016年3月号に掲載した内容を転載しています。



 1月8日に69歳の誕生日を祝ったばかりのデヴィッド・ボウイが2日後に急逝してしまった。『地球に堕ちて来た男』や『クリスチーネF』を観たときを追想していた矢先イギリスの名優アラン・リックマンが1月14日に2月21日の70歳の誕生日を祝うことなく急逝したのだ。
 『ハリーポッター』の魔法学校のクセ者スネイブ先生でお馴染みだが、『ラブアクチュアリー』の不貞の夫、『ギャラクシークエスト』宇宙人ドクターラザラスを演じる性格極悪俳優役が浮かんでくるが、僕にとっては『ダイハード』の元テロリストの強盗役のドイツ人ハンス・グルーバーを忘れるわけにはいかない。

 
 1989年2月4日に日本でロードショー公開された『ダイハード』を僕は2月26日に渋谷東宝という道玄坂にあった映画館で観ている。雪は降らず、よく晴れた寒い日だった。
 この日は1956年12月26日に開場した渋谷東宝のラストピクチャーショウで、映画研究部の2つ学年上の先輩が渋谷東宝でアルバイトをしていて無料で『ダイハード』を観せてもらったのだ。僕は大学3年生だった。この先輩からとてつもなく面白い刑事アクション映画がやって来ることを半年前から予言されていた。公開初日から大盛況で評判の『ダイハード』の渋谷東宝の最終回上映のラストピクチャーショウの1026席は当然満席だった。1988年のサマーシーズンにアメリカで公開された『ダイハード』は、なかなか死なない、最後まで抵抗する、頑固な中年刑事ジョン・マクレーンがハンス・グルーバー率いる12人のテロリスト強盗団とクリスマスにロスの日本企業ナカトミコーポレーションの高層ビルを舞台に孤軍奮闘死闘する物語だ。

設定も変えてブルース・ウィリスが主役に抜擢

 主役のジョン・マクレーン役のブルース・ウィリスはアメリカではテレビでチョイと知られた顔ではあったが、日本では全くの無名。アル・パチーノ、クリント・イーストウッドに断られたため、主人公を初老の刑事から30代の設定にシナリオを変更して、シュワルツェネッガー、スタローン、バート・レイノルズ、リチャード・ギアと候補者が挙がる中ブルース・ウィリスが大抜擢。これが当たった。
 大成功により、最も不運なタイミングで最も不運な場所に居合わせる最も不運な簡単に死なない不死身の男を25年に亘り、ブルース・ウイルスが演じることとなる。シリーズ4、5作目では当初の予定通り初老となったマクレーン刑事が成人した娘や息子と共闘してテロリスト達と闘っている。6作目は東京が舞台になるのではと製作発表もあったがどうなることやら。

もう一人の名優アラン・リックマン

 ブルース・ウィリスも無名だったが、スーツを着たテロリスト、ハンス・グルーバーのアラン・リックマンがイギリス出身の名舞台俳優であることを僕らは全く知らなかった。ドイツ人テロリストの役をドイツ訛りの英語や時にはアメリカ人に成りすますためアメリカ英語を巧みに使い分けるなどクセ者ぶりを存分にみせつけられ感心してしまった。冷酷冷徹冷静なハンス・グルーバーに率いられたテロリスト強盗達の統制ぶりが無駄なく手強く描かれていく。彼らのたくらみが政治ではなく、金目的なのが良く、テンポの良さを生み出している。スーツにネクタイに紳士然とした髭とオールバックのテロリスト、ハンスと裸足にランニングの少々頭髪が淋しくなってきているマクレーン刑事の対決が今までのアクション映画の主人公と悪役スタイルを凌駕して楽しい。

 ハンスの凶暴な右腕カール役の俳優アレクサンダ―・ゴドノフは『刑事ジョンブック』で印象的で知っていた。モスクワから亡命した名バレーダンサー出身の彼も45歳で拗逝している。マヌケなロス市警の本部長、人質のことなど知ったことではないサディスティックなFBI捜査員や手段を選ばない不敬なマスコミテレビ記者、エリート意識丸出しのコカイン中毒会社役員などのクセ者脇役たちをシナリオのスティーブ・E・デ・スーザとジェフ・スチュワートが巧みにさばいてゆく風刺ぶりが心地よいのだ。完璧な計画をマクレーン刑事に崩されていく過程がスリリングに進んでいく。
 

 孤軍奮闘するマクレーンの数少ない協力者がロス市警アルパウエル巡査部長と元タクシー運転手の若きリムジン運転手のアーガイルの二人の黒人達の活躍ぶりに渋谷東宝の観客席が拍手に包まれた。主人公マクレーンではなく脇役の黒人警官に最大の見せ場を用意したジョン・マクティナマン監督の手腕にも拍手だ。満員の映画館での拍手が起こる経験は当時の僕には初めての経験だった。胸が熱くなった。アラン・リックマン出演『ギャラクシークエスト』の渋谷シネクイントでもクライマックスのある場面で拍手が起こったが、それも脇役の活躍によるものだった。

 テロリスト強盗ハンス・グルーバーは最後の最後までマクレーン刑事を苦しめ続けた。魅力ある悪党に最高の最期の死に様が用意されていたのが素晴らしかった。アラン・リックマンのハンスのスローモーションカットの最期の表情が強烈に脳裏に焼き付いた。あの彼の喜怒哀楽を超えた表情は文字や言葉では表現し難い。観て欲しい。僕はすっかりアラン・リックマンに魅せられてしまっていた。

映画現場で働く前の最後に観た映画

 原作者のロデリック・ソープの小説『刑事』に主演したフランク・シナトラの唄うクリスマスソングで締めくくられる映画のエンドクレジットに更なる拍手が場内を包み渋谷東宝のラストピクチャーショウが終わった。劇場を後にしてからの記憶は僕にはない。それから数ヶ月後、僕は映画撮影の現場で働き始めた。大学どころか映画館へも足が遠のく毎日が始まった。渋谷東宝でのラストピクチャーショウの『ダイハード』が僕の純粋な映画鑑賞最後の作品だったと思う。もうあの頃のように映画は観られない。大事にしたい。

 1月18日にはイーグルスのグレン・フライが天上界へと旅立った。60代のレジェンドの急逝が続いた。「自分の居場所を見つけて気楽にいこうぜ♪」と陽気なグレン・フライの歌声を聴いていたら、久しぶりに『ダイハード』を観せてくれた先輩が道玄坂でお客様を呼び込んでいる声と、人なつっこい笑顔と笑い声を思い出してしまった。その先輩も天上界に旅立ってもうすぐ10年になろうとしている。「テイク・イット・イージー」というイーグルスの古い曲を聴きながら少し困ってしまった僕は、今は渋東タワーと呼ばれる渋谷東宝から出た後の記憶を必死に思い出そうとしていた。

●この記事はビデオSALON2016年3月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1550.html
●連載をまとめて読む
http://www.genkosha.com/vs/rensai/gozonji/

vsw