映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第13回『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第8回『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』
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イラスト●死後くん
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「マカロニ・ウエスタン」の巨匠・セルジオ・レオーネが10年以上の構想の末にアメリカ資本で製作した遺作にして代表作。20世紀初頭の禁酒法時代にニューヨークのユダヤ人ゲットーで育った二人のギャングの生涯を描く。
製作年    1984年
製作国    アメリカ・イタリア
上映時間   229分(完全版)
アスペクト比 ビスタ
監督     セルジオ・レオーネ
脚本     セルジオ・レオーネ
       レオナルド・ベンヴェヌーティ
       ピエロ・デ・ベルナルディ
       エンリコ・メディオーリ
音楽     エンニオ・モリコーネ
出演     ロバート・デ・ニーロ
       ジェームズ・ウッズ
       エリザベス・マクガヴァン
       ジェニファー・コネリー他
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※この連載は2016年5月号に掲載した内容を転載しています。



 2月28日に行われた、88回目のアカデミー賞受賞式で最も感動的な瞬間が作曲賞を授賞したエンニオ・モリコーネが登壇した時だった。御年87歳のマエストロの初授賞である。2007年に名誉賞を受賞してはいるが、『天国の日々』、『ミッション』『アンタッチャブル』、『バグシー』、『マレーナー』と今回で6度のノミネーション。『荒野の用心棒』、『続、夕陽のガンマン』、『ウエスタン』、『死刑台のメロディー』、『1900年』と次から次へと彼が手がけた楽曲のメロディーが浮かんでくる。アカデミー会員は今まで何をしていたんだと思ってしまった。
 そして、ついに今までのアカデミーの非礼に終止符が打たれた。受賞作は「彼の音楽が大好きなんだ」とはしゃぐクエンティン・タランティーノ監督の痛快雪原西部劇『ヘイトフル・エイト』だ。プレゼンテーターのクインシー・ジョーンズから名前を読みあげられたマエストロ。会場全員のスタンディングオベーションで迎えられ、登壇した彼はオスカーを受け取り、会場に頭を下げて感涙している。その姿を見ていて熱いものがこみ上げてきた。会場の多くの映画関係者やスター達も涙ぐんでいた。
 イタリア語で感謝のスピーチを終えたマエストロは優しい微笑と共に退場して行った。この姿を小学校の同級生の盟友セルジオ・レオーネ監督が観ていたら何と思い言葉をかけたのだろうかと夢想してしまった。

10年以上の歳月をかけて創りあげた名作

 レオーネ監督とモリコーネは『荒野の用心棒』から遺作となった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』までの20年間、6本の映画でコンビを組んでくれた。そんな巨匠・レオーネ監督の遺作を僕は高校2年の時に観ている。今はなき名鉄東宝の686席は満席。僕にとっては205分という3時間を超える劇場映画体験は『アラビアのローレンス』の207分に次ぐ最長尺記録2位だった。レオーネ監督が前作の『ウエスタン(原題、ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ウエスト)』、『夕陽のギャング達』で描いたアメリカ西部開拓史から続くレオーネ昔おとぎ話三部作の最後を飾る作品だ。
 時代背景は禁酒法時代の1923年。ニューヨークにあるユダヤ人ゲットーで育った少年達が自衛のために団結し、やがてギャングとなり1933年の禁酒法解禁を期に崩壊して行く様を1968年までの長きに亘って描く。レオーネ監督は10年以上の歳月をかけてこの映画を創り上げ、20年代、30年代、60年代と3つの異なるニューヨークを再現してみせた。また、レオーネ監督はほとんど英語が話せなかったという。ハリウッドのスタッフやキャスト達に身振り手振りで演出誘導した。劇中の多種多様な役柄を自ら演じて説明して、彼らを驚愕させたそうだ。
 カンヌ映画祭で先行上映され、絶賛されたものの製作会社による短縮編集版上映がアメリカで酷評を受け、「フイルムの斬り刻みだ」とレオーネ監督は心を痛めた。その後、自身の編集による3時間49分の完全版を作り上げ、ギャング映画の傑作を残した。過労による心臓発作で逝去したレオーネ監督は次回作のレニングラード包囲戦についての映画に取りかかったところだった。残念無念。幸いなことに日本ではカンヌで上映したバージョンで上映された。

ギャング団の少年時代の場面は秀逸

 1923年、主人公・ヌードルスがブロンクスからやって来たマックスと出会い、チビのパッツィー、いつもパンフルートを吹いているコックアイ、年少のドミニク達5人と禁酒法を逆手にのし上がって行く。このギャング団の少年時代の場面が秀逸だった。彼らの仲間になりたかった。
 ヌードルスが出入りする太っちょファットモーのレストランの倉庫で踊りの練習をするモーの妹・デボラ、17歳のヌードルスがトイレから覗いている。僕は初めて「アマポーラ」という曲を知った。デボラ役の妖精のようなジェニファー・コネリーがなんともすけべで美しい。覗いているヌードルスを挑発するようにわざとお尻を見せるデボラ。観ていた僕にも電流が走った。レオーネ監督に感謝の祈りを捧げたい。
 ヌードルスと同じアパートに住むペギーはケーキ一個で誰にでも身体を許してしまう女の子だ。話を聞きつけたチビのパッツィーがモーの店からなけなしの5セントでクリームたっぷりのケーキを買って、ペギーにお願いに行く。入浴中のペギーを待っている間、アパートの階段でケーキを眺めているパッツィー。モリコーネのテーマ曲が流れてくる。ケーキへの欲望を我慢できなく、少しずつケーキを舐めてしまう。優しく切ないメロディと共に、ついにはムシャムシャと全部食べてしまうのだ。性欲と食欲に満ちた少年時代の描写に、ギャング映画を観に来ていた高校2年の僕は感心してしまった。
 少年ギャング団の5人が伊達に着飾ってマンハッタン橋を背景に闊歩するショットはメインビジュアルポスターにもなり、一度は訪ねてみたい場所だ。年少のドミニクの死と共に少年時代の1925年が終わる。ドミニクの「すべった…」という台詞が胸を打つ。ヌードルスが刑務所に送られ、見送る仲間達との別れ。台詞は要らない。モリコーネのメロディーに僕は劇場で小学校、中学校の同級生達を思い出していた。

才能と才能の共鳴が映画に奇蹟を起こす

 6年の刑期を終えて青年となったヌードルスを演じるのは我らがロバート・デ・ニーロだ。当時40歳のデ・ニーロが20代の青年ギャングを若々しく演じている。25歳から62歳までを見事に演じきるデ・ニーロ。特に自分の未来を予言したかのようなヘアーメイクには、今観ても驚愕してしまう。
 レオーネ監督は撮影前にモリコーネが創り上げた曲を現場で流しながら演出し、俳優は曲に合わせながら芝居をしたそうだ。10年以上かけて、レオーネ監督の頭の中で映画は既に完成していたのだ。台詞がなく音楽のみのサイレント映画のような演出も随所に見受けられる。シナリオが音楽を創り、音楽が映像を創る。才能と才能の共鳴が映画に奇蹟を起こすのだ。イタリアの最強の小学校の同級生コンビに感謝だ。

日本アカデミー賞の授賞式で

 3月4日に僕は39回目の日本アカデミー賞の受賞式に出席していた。映画を25年やって来たが、苦労を共にしてきた先輩方や仲間のスタッフ、キャスト達の懐かしい笑顔が嬉しい。最優秀脚本賞に足立 紳さんの名前が読み上げられた。続いて最優秀主演女優賞に安藤サクラさんの名前が読み上げられた。苦労をしてくれた2人の笑顔が最高だった。僕はこんなに喜んだのは初めてかもしれない。
 登壇したサクラさんのスピーチを聴いている笑顔の足立さんの眼が潤んでいた。それを見たら僕はもう駄目だった。壇上のサクラさんが笑顔で素敵に「やった」と僕らの座っているテーブルに向かってトロフィーを掲げてくれた。少し離れたテーブルに座っていた僕は左手を挙げて応えた。

 

●この記事はビデオSALON2016年5月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1573.html