映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第14回『ナチュラル』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第14回『ナチュラル』
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イラスト●死後くん
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天才的な野球の才能を持ちながらも不幸な事件に巻き込まれプロ入りできずにいた男ロイ・ハブス。35歳にして「奇跡のルーキー」としてメジャーリーグで活躍する姿を描く。『レインマン』のバリー・レヴィンソンが監督を務める
製作     1984年
製作国    アメリカ
上映時間   137分
アスペクト比 ビスタ
監督     バリー・レヴィンソン
脚本     ロジャー・タウン
       フィル・ダッセンベリー
撮影     キャレブ・デシャネル
編集     ステュー・リンダー
音楽     ランディ・ニューマン
出演     ロバート・レッドフォード
       グレン・クローズ
       ウィルフォード・ブリムリー
       リチャード・ファーンズワース他
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※この連載は2016年6月号に掲載した内容を転載しています。



 4月9日から上映が始まった『蔦監督ー高校野球を変えた男の真実』というドキュメンタリー映画の公開初日舞台挨拶にヒョンな事から呼ばれて、MCを務めさせてもらった。徳島県の山あいの町から池田高校を甲子園に導き、春夏合わせて5回の決勝戦、優勝3回、準優勝2回を成し遂げた蔦文也監督と妻キミ子さんの生涯を孫の蔦哲一朗監督が描いた作品だ。哲一朗監督は、僕が高校野球が大好きな映画監督という噂を聞いて声をかけてくれたのだ。満員のお客様を前にして甲子園優勝投手の畠山準さんや水野雄仁さんといった豪華ゲストとのトークはさすがに緊張してしまった。映画と野球が大好きなことで少しはお役に立てたのではないかとも感じた。

レッドフォード自身の生き様にも重なる役どころ

 野球映画『ナチュラル』を観たのは僕が高校2年の時で、常勝・池田高校がPL学園に敗れた次の年だった。1984年といえば『アマデウス』だけでなく、『ライトスタッフ』、『ストリート・オブ・ファイヤー』、『ナチュラル』が観られた僕にとっての貴重な年となった。ピュリッツァー賞受賞作家バーナード・マラマッドの野球奇談を『ダイナー』の新進監督バリー・レビンソンがなんとロバート・レッドフォード主演で映画化した作品を僕は心待ちにしていた。僕が幼い頃から家には、ステイーブ・マックイーン、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードのポスターが飾られていた。3人の出る作品はテレビや映画館で必ず観る習慣ができていた。
 原題は『The natural』。天性の才能という意味だが、当時47歳のレッドフォードが野球選手ロイ ・ハブスの19歳から35歳を自らのことのように演じている。レッドフォード自身、ハイスクール時代、野球の名選手として奨学生でコロラド大学に入学している。飲酒で大学を中退してから、『明日に向かって撃て』のサンダンス・キッド役でのブレイクを果たすまでには少し時間が必要だった。主人公ロイ・ハブスもメジャーリーグの最高選手を夢見て、ネブラスカから生まれて初めての汽車に飛び乗った。シカゴカブスのテストを受ける予定が、車内で出逢った黒いドレスの女に惑わされ、シカゴの安ホテルでロイに向けられた彼女の銃口が野球の才能と夢を撃ち砕く。
 
16年後、35歳になったロイが子供時代に作った手製のバット”ワンダーボーイ”を引っ提げてオールドルーキーとしてハンディや障害にも負けず活躍するという野球お伽話。「野球の腕に覚えあり」のレッドフォードのピッチングやバッテイングのフォームが流石で、その姿を撮影のキャレブ・デシャネルのカメラが見事な光線で捉えている。オープニングの農場でのキャッチボールやシカゴ球場のシーンでの撮影時間帯の選択が素敵だ。

この映画でグレン・クローズを初めて知った

 僕はこの映画で初めてグレン・クローズを知った。助演女優賞をノミネートされた『ガープの世界』『再会の時』は未見だった。幼馴染みの恋人アイリス役で3年連続の助演女優賞にノミネートされた。シカゴの球場で打撃不振のロイの活躍を願い、立ち上がる彼女を包む光線が、奇跡的な場面を創りあげている。監督やスタッフ達の努力の成果だ。農場でロイと息子のキャッチボールを眺めている彼女の立ち姿に注目して欲しい。これがネブラスカの母親だ。力強く、美しい。それとは打って変わり数年後『危険な情事』に出演したグレン・クローズのなんと恐ろしかったことか。映画館で悲鳴を上げてしまった唯一の映画だ。
 ナショナルリーグのお荷物球団ナイツの監督ポップ役のウィルフォード・ブリムリーは僕のお気に入りのおじさん俳優だ。「野球なんかやらずに、母親の言うとおりに農場をやっとけば良かった」とボヤきながらも、野球好きな頑固者を好演している。『グレイ・フォックス』の名優リチャード・ファーンズワース演じる老コーチ、レッドとのかけ合いが楽しい。映画のなかで2人が野球をする場面はないし必要もない。野球に人生を捧げてきたポップを優勝させてやってくれとレッドに頼まれたロイの大活躍で、優勝まであと1勝にまで迫る。パイレーツとの優勝決定戦の前にナイツを優勝させまいとする様々な障害のなか、黒いドレスの女に撃たれた古傷がロイを病に追い詰める。倒れたロイを病院に見舞うアイリス。ロイが亡くなった父親のことを思い出しながら「野球が大好きだ…」と語るレッドフォードの演技に熱いものがこみ上げてくる。

忘れられないラストシークエンス

 1939年のワールドシリーズ進出をかけた試合はナイツ劣勢に進むなか、9回ツーアウトランナー1塁3塁のチャンスの打席に向うロイ・ハブス。頼みのバット”ワンダーボーイ”も剛腕投手の剛球に真っ二つに…。追い詰められたロイにバットボーイの少年、ボビー・サボイ君が手渡したバットは、ロイと2人で作った”サボイ スペシャル”と刻印されたバット。映画館が笑いと興奮に包まれた瞬間だった。 「よし行くぞ」と最後の一振りに賭けるロイ。これがこの映画の最後の台詞だったはずだ。ロイの渾身のスイングの後で僕は、野球の試合ではなく、「あぁ、今僕は映画を観ているのだ」と感動に包まれていた。ランディ・ニューマンの音楽が有り難かった。野球の試合で度々起こる説明のつかない奇跡を映画にするとこうなるのだと教えてもらった。忘れられないラストシークエンスだった。

映画『蔦監督』の上映にて

 映画と野球の縁か。映画『蔦監督』の名古屋公開初日の上映にも呼んでいただき、ゲストの元PL学園の中村順司監督とお会いすることができた。甲子園20連勝、史上最高勝率監督。1982年夏、83年春を連覇した池田高校の3季連続優勝を阻止したのが中村監督率いるPL学園だったのだ。
  「阿波の攻めダルマ」こと老匠・蔦監督に挑んだ青年監督の心境や貴重なエピソードを昨日のことのように熱く、丁寧に細く語ってくださった。劇場には池田高校やPL学園と当時対戦した選手の方々も観に来てくださっていた。僕は「球道即人道」「人生の財は友なり」と2枚の色紙を中村監督からいただいた。「わしから野球と酒をとったら何も残らん」という蔦文也監督の言葉を思い出しながら、名古屋駅の方へ去って行く中村順司監督の背中を暫く僕は見送っていた。

 

●この記事はビデオSALON2016年6月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1578.html