映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第18回『おもいでの夏』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第18回『おもいでの夏』
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イラスト●死後くん
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脚本家ハーマン・ローチャーの回顧録に基づく1971年のアメリカ映画。家族とともに戦火を逃れナンタケット島にやってきた15歳のハーミー。ハーミーは丘の上の一軒家に住む美しい人妻ドロシーに魅了されていた…。
製作年     1971年
製作国     アメリカ
上映時間    104分
アスペクト比  ビスタ
監督      ロバート・マリガン
脚本      ハーマン・ローチャー
撮影      ロバート・サーティス
編集      フォルマー・ブラングスタッド
音楽      ミシェル・ルグラン
出演      ジェニファー・オニール
        ゲーリー・グライムス
        ジェリー・ハウザー
        オリヴァー・コナント
        キャサリン・アレンタック他
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※この連載は2016年10月号に掲載した内容を転載しています。



 8月27日に拙作10本目の映画撮影がクランクアップした。リオオリンピックも高校野球甲子園大会も無縁。21日間の一瞬の夏が終わった。室内撮影が多かったため幾度に渡る台風の上陸も凌ぐことができた。プロレスやK‐1といったプロ格闘技界のバックヤードを描いた作品で多くのレスラー、K‐1選手達が実名で出演してくれている。撮影中の合間を縫ってトレーニングに励む選手達のストイックな姿を目にしては胸が熱くなった。共に汗を流してくれたスタッフ、キャストに感謝したい。

高校時代、参考書を買うと母親にお金をせびり観た映画

 僕は中学入学と共に柔道部に入部して、連日道場で汗を流していた。高校では2年目くらいになると、学校や道場から足が遠のき、次第に汗をかくことを忘れていった。1984年の夏休み、バイトもせず、部活も勉強もせず、旅行にも行かず、近所の図書館に涼みに行ってはレーザーディスクで映画を観たり、テレビで高校野球を観戦していた。母親に参考書や問題集を買うと言ってはお金をせびり、映画館で映画を観に行くことが増えていった。昼は高校野球、夜はロサンゼルスオリンピックをテレビで観る毎日だった。PL学園と取手二高の決勝戦、柔道・山下泰裕選手の金メダル、鉄棒・森末慎二選手の10点満点、女子マラソン・アンデルセン選手のゴールなどよく覚えている。

 『おもいでの夏』(原題:Sum mer of ’42)は、そんな夏に名古屋シネマテークの会員だった父親の代役で定例上映会にて観たのだ。脚本家ハーマン・ローチャーの回顧録に基づく、15歳の少年のひと夏の経験を描いた作品だ。監督は『アラバマ物語』のロバート・マリガン監督。セリフのあるキャストが僅か8人という小さな佳作だった。1942年、アメリカはニューイングランドの沖合に位置するナンタケット島がこの物語の舞台。メルビルの『白鯨』の舞台となった場所だ。戦争疎開でやって来た15歳の主人公・ハーミーは、現地でオジーとベンジーという少年達と友達になるが、3人の頭の中はいつでも女の子のことで一杯だ。ベンジーの家から医学書を持ち出しては、性の知識を勉強して、映画館ではガールハントした女の子のボディタッチに忙しく、ベティー・デイビス主演の『情熱の航路(42)』を観るどころではない。

ベストヒロインと共演するハーミーが羨ましかった

 ハーミーの憧れは、丘の上の一軒家に住むドロシーという年上の女性だ。美男子の夫がヨーロッパ戦線に出征した後、一人寂しいドロシーとハーミーは知り合いとなり、楽しい夏の日々が始まる。ドロシー役のジェニファー・オニールに僕はKOされた。『冒険者たち』のジョアンナ・シムカスと双璧の青春映画のベストヒロインズだと今日まで確信している。主人公のハーミーが羨ましくてしょうがなかった。男手のないドロシーを手伝い、天井裏に荷物を運び揚げている場面が秀逸だ。脚立の彼の足首を掴んで支えるドロシーの顔と天井裏のハーミーのカットバックが実にドキドキしてしまう。買い物の荷物を運んだお礼にドロシーの家に招かれたハーミー。出されたブラックコーヒーの熱さと苦さに咽せるハーミーが幸せそうだった。ハーミーが雑貨店でコンドームを買いに行く場面が楽しい。ルー・フリッゼルが演じる薬剤師とハーミーのやりとりが可笑しいのだ。16歳の僕は未だ薬局でコンドームを買ったことはなかったが…。

夜の部屋の撮影前には必ず観る場面

 夫の戦死通知の電報が届いた日、ドロシーはハーミーを優しくベッドに誘う。彼女が室内のレコードをかけると、ミシェル・ルグランのアカデミー作曲賞のテーマ曲が流れてくる。一度聞いたら忘れられない映画音楽の名曲だ。
夜のベッドルームの撮影照明設計が素晴らしい。撮影は名手ロバート・サーティス。『卒業』を撮った手腕で、豊かで切ない名シーンを創りあげている。月光に照らされたベッドルーム、レースのカーテンが波風によってその影が揺れる。波音の効果音が音楽の代わりを果たしている。僕はナイターの部屋の撮影の時必ずこの場面を観るように心がけている。女性の寝室が実に神秘的でエロティックな場所として映し出されており、ひじょうに効果的だ。

羨ましいぞ、ハーミー

 次の日、ドロシーの家のドアには手紙が挟んである。「私はあなたが幸せになることだけを祈ってます」僕の周りにこんな素晴らしい年上の未亡人女性は当然いなかった。羨ましいぞ、ハーミー。「おもいでのドロシー」 ジェニファー・オニールとの出会いが、1984年、僕の「おもいでの夏」だった。
「42年の夏、僕達は対空監視所を4度襲った。5本も映画を観た。9日も雨に降り込められた。ベンジーが時計を壊し、オジーがハーモニカを捨て、そして僕はあの15歳の日のハーミーを永遠に失なってしまった」…こうしたナレーションとともに映画は締めくくられる。

良き撮影のおもいで Summer of ’16

 2016年の夏は、良き撮影の思い出を作ることができた。2年ぶりの撮影ではあったが、温故知新、昔からの仕事仲間達と新たな出会いが新しい思い出作ってくれた。撮影最終日には、表参道にある善光寺の正門で雨をしのぎながら撮影を続けていた。18時を告げる鐘の音が鳴り止むと同時に雨が上がった。僕はラストカットの号令をかけた。「本番、よーい アクション ! カット! OK!」この夏、何度も言い放ったこの言葉もこれでしばらく言えなくなると思うと少し寂しい気持ちに…。ラストカットを撮り終え、善光寺の正門に集まった。スタッフ、キャストの顔も晴れ晴れとしていた。僕は彼らにねぎらいの言葉をかけ、あいさつを済ませると、夏休み最後の日曜日で混雑する表参道を駅に向かって歩き始めていた。

●この記事はビデオSALON2016年10月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1596.html