映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第19回『ミッション』



中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

第19回『ミッション』


イラスト●死後くん
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1750年代、スペイン統治下の南米・パラナ川上流域を舞台に先住民グアラニー族へのキリスト教布教に従事するイエズス会宣教師・ガブリエル。単身そそり立つ滝を這い上がり、やがて先住民たちの信頼を得るのだが…。
原題 THE MISSION
製作年 1986年(日本公開1987年)
製作国 イギリス
上映時間 126分
アスペクト比 シネマスコープ
監督 ローランド・ジョフィ
脚本 ロバート・ボルト
撮影 クリス・メンゲス
編集 ジム・クラーク
音楽 エンニオ・モリコーネ
出演 ジェレミー・アイアンズ
ロバート・デニーロ
レイ・マカナリー他
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※この連載は2016年11月号に掲載した内容を転載しています。

9月のシルバーウィークを利用して念願の五島、天草、島原探訪を果たし、駆け巡ることができた。キリスト教の伝来から弾圧、復活までの苦難の歴史を窺い知ることとなった。自然の中にひっそりと佇む名匠・鉄川与助が手がけた教会堂群の美しさに魅せられた。いずれの教会でも遠方からやって来た宣教師達の受難や功績の歴史が丁寧に説明されていた。遠方に行き福音を広く人々に伝える使命を持った彼らの苦難を想った。マーティン・スコセッシ監督の新作『沈黙』が待ち遠しい。

1987年は人生の中で最も劇場で映画を観た

イギリス映画『ミッション』を僕が観たのは、上京したての19歳の時だった。カンヌでパルムドールを獲った作品にはロバート・デ・ニーロが出演していた。この年は僕が人生で最も映画を劇場で観た年だった。映画のオープニング、なにやら木の十字架に縛り付けられた半裸の男の死骸をジャングルの先住民達が川に流す。川を流れていく十字架はやがて急流に呑まれイグアスの滝を落下して行く。唖然茫然のショットだった。「THE MISSION 」のタイトルが浮かび上がり、続いて画面一杯のロバート・デ・ニーロのタイトルが巨滝に浮かび上がる。思わず拍手したくなった。
製作に『炎のランナー』『キリング・フィールド』のデヴィッド・パットナム。脚本は『アラビアのロレンス』のロバート・ボルト。音楽がエンニオ・モリコーネ。既にタイトル音楽から引き込まれた。撮影を『キリング・フィールド』のクリス・メンゲス。オープニングを観ればアカデミー撮影賞に納得だ。編集には『マラソンマン』『キリング・フィールド』のジム・クラーク。監督は『キリング・フィールド』で名を上げたローランド・ジョフィ。名匠達のタイトルクレジットに圧倒される。

罪と贖罪

18世紀の南米奥地。スペイン人奴隷商人で傭兵のメンドーサ(ロバート・デ・ニーロ)はスペイン統治領下のブラジルとパラグアイの国境を流れるパラナ川上流地域で人狩りをして、先住民グアラニー族を奴隷として売っていた。妻を弟に寝取られ、弟を刺し殺す過ちを犯し、生きる屍と化したメンドーサに救いの手を差し伸べたのが、イエズス会の宣教師ガブリエル神父(ジェレミー・アイアンズ)だった。
グアラニー族によって命を落とした宣教師に代わって現地に向い、崖を這い上がり、ジャングルで手作りのオーボエを吹く。そんなエンニオ・モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」は先住民達の心を掴む。僕も今だに何度でも聞いてしまう。「音楽」を共通の言葉としてグアラニー族の布教を進める。島原、天草の歴史史料館にも戦国時代の九州を訪れた宣教師が奏でた楽器と楽譜が展示されていた。

一方メンドーサは罪滅しのためにガブリエル神父一行と共に伝道に参加。武器の鎧や剣の入った重荷を背負って険しいジャングルや崖を登っていた。武具に執着するメンドーサは大滝の崖をよじ登ろうとするが、崖から転落しそうになる。グアラニー族が重荷のロープを切って救われる。このデ・ニーロの決死の大滝登りは圧巻だ。グアラニー族から赦されたメンドーサが激しく慟哭する。泥まみれの生きる屍だった男が生を取り戻す姿をデ・ニーロが全身で演じている。ガブリエル神父の抱擁に熱いものがこみ上げてくる。

先住民たちとの信頼 やがて怪しい雲行きに…

メンドーサは剣と銃を棄て、自らに苦行を課し、イエズス会の僧として先住民と和解をし、ガブリエル神父の布教活動をサポートすることに。グアラニー族への布教は急速に成果を上げていく。ガブリエル神父らはジャングルで暮らしていた彼らとともに教会や村を築いていくが、当地を征服しようとするスペイン、ポルトガル政府にとって奴隷制に反対するイエズス会の布教区は疎ましい存在となる。

ガブリエル神父達は、ローマ教皇から派遣された枢機卿の前で先住民達への布教活動の成果を見せる。美しい賛美歌を歌い上げる先住民の子供を、猿扱いするスペインの植民地隊長には呆れてしまった。枢機卿はガブリエルら宣教師達の成果を認めつつも、ポルトガル、スペインの国境画定のため、先住民と宣教師のスペイン領からの退去を命じる。先住民達はジャングルに戻ることを拒み、宣教師たちも共に行動することを選択する。

先住民たちと築き上げた村にスペイン、ポルトガル連合軍が大量に送りこまれてくる。軍隊の崖登りのショットは圧倒される。撮影隊の決死の撮影に驚きだ。ガブリエル神父、メンドーサ、軍隊の兵士達の崖登りのショットは決死の撮影隊の見せ場だ。是非見て欲しい。先住民の戦士達と共にメンドーサと若い宣教師達は掟に背き、銃と剣を手にして、スペイン、ポルトガル連合軍を迎え討つ。若い宣教師の中にリーアム・ニーソンの姿もある。「力が正しいのならこの世に愛は必要なくなる。そうなのかもしれない。私はそんな世では暮らせない」とガブリエル神父は先住民達とミサを守る。戦火の中、十字架を掲げて軍隊に向かって行進しながら祈りを唱える。

そして、映画はクライマックスを迎える。「グアラニー戦争」の虐殺が果たして必要だったのか枢機卿はローマ教皇に懺悔の手紙をしたためる。「生きている今の自分は死人のようで、死んでいったもの達の魂は永遠である」。脚本のロバート・ボルトが、自らの信念に生きた男達と利害による戦いを続ける人間達の葛藤を巧みに照らし出す。

実際の撮影はアルゼンチンとコロンビアの国境で行われたそうだ。グアラニー族を演じたコロンビアのワナナ族の出演者達が皆素晴らしい。彼らを見つけ出し、出演交渉した製作チームに頭がさがる。ワナナ族との共同作業を実現させた苦労や努力は計り知れない。ジェレミー・アイアンズ、デ・ニーロ、若き日のリーアム・ニーソン達の名演を引き出した彼らとの共同作業を想うと胸が熱くなる。

最大の

そして今年の9月、僕は最大の目的地であった天草、島原の乱の古戦場、原城跡を訪れていた。3万7000人が籠城して信仰の自由と人間の生きることへの自由のために闘い、倒れていった場所に立ってみて、巨大な墓地にいる想いになった。「この世に存在する信仰と希望と愛、3つの中で最も偉大なものは愛である」……映画の中のガブリエル神父のセリフを思い出しながら、僕は海の方を暫く眺めていた。

●この記事はビデオSALON2016年11月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1599.html