銀座ソニービルの「It’s a Sony展」(2月12日まで!)を取材した


2017年4月からの取り壊しが決まっている銀座のソニービル。2016年の11月から、記念イベントが開催されているが、そのパート1は50年の歴史を振り返ったit’s a Sony展。ソニーの創業からこれまでを主に製品を展示しながら足跡をたどっていくというもので、これが大好評。写真撮影OKということもあってSNSでも拡散され、1月24日段階で約75万人の来場者があったという。

ソニーの歴史とは、ビデオの歴史とニアイコールだと思う。今年創刊37年になるビデオサロンとしても敬意を評して、ここは訪れなければならない。

ということで、遅ればせながら、1月下旬の某日、it’s a Sony展を取材することになった。参加者は1990年前半からビデオサロンに関わっている、編集長のI(ワタクシ)と副編集長のS。ただ取材するのではおもしろくないので、ソニーハンディカムの名機であるDCR-VX2100(編集部にあったもの)とDCR-TRV900(副編Sの私物)で映像も撮ってみることにした。両方ともDVテープ(もちろんSD解像度のDV記録)。15年以上前のカメラでもう何年も電源すら入れていないのだが、事前チェックしてみると、電源も入るしテープも回る。記録できているようだ。バッテリーは現在と同じくインフォリチウムのLバッテリー。考えて見るとこいつはなんてすごいバッテリーなんだろう。いまだバッテリーは現役。

 DV時代の家庭用最高峰の画質とはどんなものだったのだろうか? 最初のVX1000の画質を見たときの感動はいまだに忘れられないが、今の目でみるとどうなのか? 動画はYouTubeにアップしたので、興味のある方はどうぞ(記事の最後)。

ソニービルを訪れたことのある人はご存知だと思うが、ソニービルはフロアが螺旋状につながっていて、下からぐるぐる回りながら登っていくことができる。まず最初のフロアへの階段を上がっていくと最初に見えてきたのはハンディカムのVX2000ではないですか! 思わず駆け寄って、自分の持っていたVX2100を上に置いて、撮影した。

最初のフロアは、雑誌ポパイとのタイアップということで、ポパイに関わりのある人の思い出のソニー機器を展示するコーナーで、VX2000はいまをときめくヒットメーカーの映画監督、大根仁監督がMy Favorite Sonyとしてピックアップ。「VX2000の登場はテレビ業界にとって革命でした」とコメントしているとおり、VX2000とその業務用バージョンがPD150で、現場ではPDと略されるくらいに一般的になった。「VX1000も名機だったが、液晶モニターがついていなかったが、VX2000にはついていて、EVFをのぞく必要がなくなったのも大きかった」という。つまりディレクターがカメラを回すようになったということだろう。

 ビデオカメラのエポックメイキングなモデルというと、フォーマットが変わったときとか、HDになった第1号機をつい思い浮かべてしまうが、本当の意味で「世の中を変えたモデル」ということでは、間違いなくVX2000とPD150だった。

副編SもTRV900でVX2000をなめるように撮る。

モノとしても今見ても本当に美しいプロポーションだと思う。このハンドルを持っているとテンション上がる感じはなんだろう。あまりの具合の良さに、副編Sに撮影したもらったのがこれ。

さて、次のフロアに行くと、またハンディカムだ。時代をさかのぼって1980年代の8ミリビデオの時代。CCD-V89はスチャダラパーのANIさんがライブの記録用に使っていたものだそうで、本当に使い込まれていて、マイクのウレタンが劣化してボロボロにとれてしまっている。パスポートサイズのTR55が出る前のビデオカメラの形ってこうでした。

続いて藤原ヒロシさんのウォークマン・プロフェッショナルWM-D6。1980年代はいつもこれをぶら下げていたという。私が持っているのはWM-D6C。今でも現役バリバリで使っています。

余談なのだが、it’s a Sony展で気になるのが解説プレート。「プロフェッショナル ウォークマン」と書いてあるだが、当時からみんな「ウォークマン・プロフェッショナル」って言ってましたよねえ。もしくは「ウォークマン・プロ」。いずれにしても本当のプロ機ということではなくて、愛称だからどうでもいいんだけど、あまり当時を知らない人が聞き書きしているんだと思われます。先ほどのV89のところも、V89は「8mmビデオカメラ」と書いてあるのに、CCD-TR2は「ビデオカメラレコーダー」とある。間違いじゃないけど、同じ製品体系なのに整合性がとれてない。全体的にもう少し厳密にやったほうがいいように思います。(←こんなふうに、うちのようなめんどくさいマニアが突っ込みますから…)

その上のフロアからは、ソニーの歴史を振り返っていくコーナーで、電気釜とかテープレコーダーなどがあるのだが、そのあたりは、ビデオサロンなので割愛して、家庭用ビデオレコーダーの第1号機であるCV-2000の前へ。1963年。ここから歴史が始まったと思うと感慨ぶかいものがある。当然、我々はまったく知らない世界。

そしてその3年後にビデオカメラが登場する。当然、VTR一体型ではないのだが、説明書には、VTRと記載されている。そんなわけないでしょ!とツッコミをいれながら、おそらくこの説明がきを書いた人もこのサイズで記録部がないことを想像できなかったのだろうか? でもそもそもこの時代のテープはカセット状態ではなかったので、この状態で記録までできるわけがある。ケースのなかにはケーブルが同梱されているので、おそらくこれと組み合わせるVTRが別の型番で存在していたのだと思うが、それは展示されていない。どれくらいのポータブルレコーダーだったのか見てみたいのだが、現存するものはないのかもしれない。

CV-2000にはカメラ端子はあるので、このカメラと組み合わせて記録できたのかもしれないが、これを撮影場所に持ち運ぶのは大変そうだ。

同時代、ラジオは信じられないくらい小型にすることに可能になっていたようで、こんなラジオもあったそうだ。

このラジオ、実は、わたしはブログで岡山の電器屋さんのショーケースの中で見つけたことを書いている。そのときはこれがラジオとはわからず、ラジオのかたちをしたキーホルダーのノベルティグッズなのかなと思っていたのだが、本物のラジオだったとは。

1970年代になるとオーディオ関係では、なんとなく記憶があるものが増えてくる。ただ不勉強ながら、Lカセットというのがあったのは知らなかった。走行スピードをアップしてオープンリール並みの音質で、コンパクトカセットよりも音がいいという触れ込みだったのようだが、普及しなかったようだ。

TC-D5。カセットデンスケ。メーターとダイヤル部分の造形が美しい。

TC-5550-2も美しい。芸術品のようだ。全体のプロポーション、細部の造形、ブラックとクロームのバランスなどほれぼれしてしまう。1974年。

1980年代、ビデオサロン創刊期のエポックな製品といえば、ベータムービーである。ベータのテープが入る四角いレコーダー部に回転式のグリップ、レンズ、ファインダーがついている。レコーダーの角を肩に載せるようにして使った。

驚いたのは、そのとなりにあった試作機だ。これは最終的には製品化されなかったわけだが、メカデッキ部はベータよりうんと小さいが、8ミリよりは大きい。おそらくVHSに対すVHS-Cのように、ベータの小型カセットというのを開発していたのだろうか? レンズもボディ内収まり、ボディの右側に回転しそうなグリップが。これが世にでいたら衝撃があったのかどうだろうか。おそらくソニーの社内ではこの頃に8ミリビデオの開発が進んでいたので、こちらのミニベータ?開発はストップしたのかもしれない。このプロトタイプを見せるのであれば、ぜひそういう「今だから話せる秘話」を聞きたかった。関わった方々はすでに定年退職されているわけで、日を決めてボランティアで説明員として立ってもらったらいかがでしょうか? 

そしてTR55。今のビデオカメラスタイルの原型を作ったカメラが1986年に登場する。今見ると、細長く伸びたファインダーのところが、かつてのシネカメラっぽく見える。

8ミリビデオの時代が10年続いた後に、それより小さいDVカセットを使ったデジタルビデオカメラが1995年に登場する。DCR-VX1000。ジッターがなく、色が輪郭からはみ出していない、ぴたっと止まった画質に、これがデジタルビデオなのか~スゲー!と驚いたのだが、あの今見てもこのプロポーションは美しい。

角ばった後方のデッキ部と筒状のレンズ部、そしてそれをつなぐハンドル。レンズからEVFはインラインになっている。TRのときは右側だったデッキ部が再び左側に移動し、右側はグリップに。バッテリーは後ろからスロットイン。その蓋部には表示液晶とボタンが。この後ろからの眺めは惚れ惚れする。このデザインは今でも活かせるのではないだろうか? 

その翌年に出たDCR-PC7。ミニDVの小型さを生かした縦型スタイル。プロポーション優先で薄型バッテリーにしたためにバッテリーはもたなかった。大喜びで買った人は多かった人は多かったと思うが、ビデオカメラのスタイルとした縦型は結局定着しなかった。本来は中指、薬指をボディの前にして前後に握るのだが、街でPC7を見かけると、指を上に出している人が案外多かった。当然不安定になる。まともにRECボタンを押せないだろう。女性の場合、単に指が届かなかったのか、そとれも従来のビデオカメラスタイルに慣れ親しんでいたせいだろうか? 横幅(カメラの前後)はミニDVのメカの奥行きで決まっていたから、これ以上寸法を詰めるわけにはいかなったのだろう。

ソニーのデジタルスチルカメラは、挑戦的なデザインの製品を連発していた。デザイナーのスケッチがそのまま商品になったようなスチルカメラ。ボディの左側をすぱっと切って、レンズの円筒形を見せるというデザインのカメラはいくつか登場したが、どれも続いていない。やはりカメラはオーソドックスなスタイルを踏襲しないと継続しないのだろうか?

HDDレコーダーのコクーン。テレビ番組をまるごと録って見たいときに見る。2002年。デジタル記録になることによって、デッキのスタイルがどんどん意味がなくなっていく。このコクーンもUIが画期的な製品だったが、筐体のみを展示してもその魅力はあまり伝わってこない。その機械で何ができるのか、どんなUIで楽しめるのかということに比重が移ってきた。そういう意味では先端を走っていて、それは現在のBDレコーダーやテレビのUIにもつながってはいるのだが、それが製品の中にクローズドされていたのでそこからは発展せず、iPhoneの登場で、日本のAV機器メーカーはやられてしまうことになる。

それでもまだカメラはモノとして存在してオペレーションすることが重要なので、2000年代になってもヒット商品が出る。これもビデオファンには大人気になったHDVの小型カメラ、HC1。

展示の最後に歴代プロダクツのラバーストラップのガチャガチャコーナーがあって1回500円。購入は一人1日1回まで。副編Sはその日の昼食代の500円をつぎ込んだのだが、お目当てのものは出て来ず、この後、がっくりと倒れこむ。

最後に、このソニービルが取り壊された後、どんな場所になって欲しいかというコメントを書いて壁に貼り付けるコーナーがあって終わり。2017年4月に取り壊された後は、東京オリンピックまで銀座ソニーパークとしてイベント会場になり、地下は店舗、ショールーム、物販用スペースとして営業する。

さて、このit’s a Sony展なのだが、2月12日に終了。実はここで紹介したものが全部ではなくて、その他の製品、映像などもあって、1時間程度では見切れないほど。リピーターも多いという。ぜひ時間の余裕をもって見に行かれることをオススメします。

その後、企画展示のパート2は、2月22日から3月31日までで、「未来」をテーマに、ソニービルの建築上の特徴である花びら構造を生かしたインスタレーションや、ライブやトークショーなどのイベントを展開するという。

1階から4階までのフロアには人工芝を敷き詰め、2階から4階までの内部壁面には大規模なウォールアートを設置。また、建物内部に“パークの木琴”を設置し、上層階から下層階にむけて階段状に設置された木琴に木の玉を転がすと楽曲が演奏される、触って奏でて追いかけて楽しめるインスタレーションとなるそうだ。

ソニービルWEBサイト

http://www.sonybuilding.jp/

DVカメラ(VX2100とTRV950)で撮影した映像はこちらから