映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第22回『ライトスタッフ』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛 知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を 受賞。

第22回『ライトスタッフ』

イラスト●死後くん
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NASAの「マーキュリー計画」に選ばれた7人の宇宙飛行士とその家族、音速の壁に挑み続ける戦闘機パイロットを巡るドラマを描く。第56回アカデミー賞で作曲賞、編集賞、音響効果賞、録音賞の4部門を受賞。原題    The Right Stuff
製作年    1983年
製作国    アメリカ
上映時間    193分
アスペクト比    スタンダード
監督・脚本    フィリップ・カウフマン
撮影    キャレブ・デシャネル
編集    グレン・ファー他
音楽    ビル・コンティ
出演    サム・シェパード
スコット・グレン
エド・ハリス
デニス・クエイド
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※この連載は2017年2月号に掲載した内容を転載しています。

昨年12月8日に元パイロットの宇宙飛行士ジョン・グレンが亡くなった。95歳だった。アメリカNASAの宇宙に人間を送り出す国家プロジェクト「マーキュリー計画」で選ばれた7人のアメリカ初の宇宙飛行士達「ザ・マーキュリー7」最後の一人だった。映画『ライトスタッフ』でエド・ハリスが演じた人だ。

暗黒時代だった高2の生活を色鮮やかな年へ変貌させた

1984年の秋に公開されたこの映画を僕は高校2年の時に、名古屋の中日シネラマ劇場で観た。高校2年の僕は、人生の中で2番目に覇気の無い暗黒時代を送っていた。然しながらこの年公開された『ストリート ・オブ ・ファイヤー 』『ナチュラル』とこの『ライトスタッフ』によって色鮮やかな年へと変貌した。映画は人を救う。ライトスタッフ(己にしかない正しい資質)を最大に活かすことが人の務めである事をこの映画で学んだ。
それは、7人のアメリカ最初の宇宙飛行士達と、音速の壁をひたすら破る事に挑み続けた一人のテストパイロットの16年に亘る物語だった。映画のオープニングはテスト飛行するジェット機が雲を切り裂き、墜落していく主観ショットから始まる。テストパイロットの葬儀の夕暮れ空をジェット機4機が見事な航空機動(ミッシングマンフォーメーション)で彩る。奇跡的な美しい撮影に僕は震えた。
1947年、砂漠の中のエドワード空軍基地。テストパイロットのチャック・イェーガーが愛機“グラマラス ・グレニス”で人類初の音速の壁(サウンドバリアー)を破った。イェーガーに扮するはサム・シェパード。妻役のグレニスにバーバラ・ハーシー。馬で砂漠を駆け巡るパイロットの登場に痺れてしまった。

ビル・コンティは人を救う

サウンドバリアーに棲む悪魔を見たいと危険なテスト飛行に挑み続けるイェーガー。ロケット機のコックピットと劇場が一体化していく。高所恐怖症で閉所恐怖症の僕にはいささか厳しい鑑賞のはずが、それを乗り越える歓喜へと変わっていく。音響と音楽が映画にとっていかに大事な要素であるかを、この作品は教えてくれる。
音楽は『ロッキー』のビル・コンティ。『ライトスタッフ』でアカデミー作曲賞をゲットしている。僕は気分が滅入った時にはロッキーのテーマと、チャイコフスキーの『バイオリン協奏曲』を彷彿させるような、ライトスタッフのテーマを聞いては活力を取り戻している。ビル・コンティは人を救う(間違いない)。

宇宙飛行士よりも戦闘機パイロットを選ぶ

イェーガーは益々加熱するスピード競争のトップを5年間守り続け、エドワード空軍基地には続々と精鋭パイロット達が集まる。基地では32週間に62人もの命が失われていた。そんなパイロット達がソ連との宇宙開発競争に巻き込まれ、空軍だけでなく海軍や海兵隊から宇宙飛行士候補者が募られた。
政府の採用係役に若きジェフ・ゴールドブラムがキャスティングされていて楽しい。ソ連の人工衛星の打ち上げやガガーリンの有人宇宙飛行成功の度に政府官邸の廊下を毎度走る後ろ姿が可笑しい。アイゼンハワー大統領やジョンソン副大統領にバッドニュースを伝える係が彼なのだ。
そんな採用係がエドワード空軍基地に候補者を募りに来る。伝説の女傑パイロット、フローレンス・ロウ・ ”パンチョ”・バーンズが営む酒場「パンチョの乗馬クラブ(パンチョのフライ・イン)」はイェーガーら精鋭パイロット達の溜まり場だ。バーテンダー役でチャック・イェーガー本人がカメオ出演している。採用係がコーラを注文した時に見せる老バーテンダーの信じられない顔がなんとも可笑しい。
大卒でないために宇宙飛行士には不適格とされたイェーガーは「モルモットになるつもりはない」と言い放つ。月給5800ドルの宇宙飛行士よりも月給283ドルのテストパイロットを選ぶ。
イェーガーを最高のパイロットと慕う3人の空軍パイロット、ヴァージル・“ガス”・グリソム(フレッド・ウォード)、ゴードン・“ホットドック”・クーパー(デニス・クエイド)、ディーク・スレイトン(スコット・ポーリン)は志願する。海軍航空士のアラン・シェパード(スコット・グレン)、海軍軍人のスコット・カーペンター(チャールズ・フランク)、ウォルター・シラー(ランス・ヘリクセン)そして唯一海兵隊からジョン・グレンの7人が50名強の精鋭達の中から選ばれる。実は僕はこの7人の中で1番台詞の少ないランス・ヘンリクセンがお気に入りなのだ。

暗黒時代の僕に響いたジョン・グレンの言葉

7人の中でもリーダー格のジョン・グレンを演じるエド・ハリスとの最初の出会いがこの映画だった。後に主演作品『ウォーカー』で中南米の悪魔的独裁者の役でとどめを刺された僕はエド作品の追っかけとなって今日に至る。
ジョン・グレンが記者会見の場での台詞「人は生まれながらに五分の勝ち目を背負ってます。人には誰にも才能と能力があってそれを最大に活かすのが人の務めです」。暗黒時代の僕には響いた。映画は間違いなく人を救う。
本作はパイロット達の資質を信じ、活かし、苦悩する妻達の映画でもある。グレンの妻アニー・グレンは吃音障害を抱えていた。マスコミや政治家から妻を守るグレンの姿が胸を打つ。アニー役のメアリー・ジョー・デシャネルが素晴らしい。亡くなったグレンは「僕のヒーローはアニー」と妻を湛えていた。
ソ連との宇宙競争は政治的にも加熱・過激化し、宇宙飛行士達も政治利用されていく。厳しい訓練が続き、宇宙へ旅立てず、いらだちの中、NASAはチンパンジーを打ち上げた。怒り爆発の彼らにビル・コンティの音楽が勇気づける。

地球周回の場面に見惚れる

シェパード、グリソムに続いて3番目に宇宙に飛び立つグレンはアメリカ初の地球周回軌道飛行士となった。僕はこの地球を3周半する場面の美しさに夢中になり、見惚れてしまった。
撮影は『ナチュラル』でも魅了させられたキャレブ・デシャネル。なんとアーニー・グレン役のメアリー・ジョー・デシャネルは彼の奥さんだ。狭いティンカプセルの窓から差し込む地球を照らす太陽光線が美しく、ヘルメットへの映り込みとグレンの表情が感動的だ。決死の大気圏突入のエド・ハリスが凄い。僕も宇宙に憧れる。宇宙から地球を眺めてみたい。
国民のヒーローになった7人とは別にイェーガーがジェット機による高度記録達成に挑む姿がこの映画のクライマックスだ。最高のパイロットは誰だと問いかけられる7人の宇宙飛行士の表情とイェーガーの挑戦が交錯する。ドビュッシーの『夢』が奏でられている。観てほしい。宇宙に最も近づいたイェーガーの帰還に熱いものがこみ上げてくる。僕の最高のパイロットは93歳で今も健在だ。

●この記事はビデオSALON2017年2月号より転載