映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第23回『独裁者』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』、『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。
第23回『独裁者』

イラスト●死後くん
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ヒトラーの独裁政治を笑いとユーモアで痛烈に批判したチャップリン初の全トーキー映画。ヒトラーをモチーフとしたトメニア国総統のヒンケルとユダヤ人の理髪師・チャーリーをチャップリンが1人二役で演じる。
原題 The Great Dictator
製作年 1939年
製作国 アメリカ
上映時間 124分
アスペクト比 スタンダード
監督・脚本 チャールズ・チャップリン
撮影 カール・ストラス
編集 ウィラード・ニコ
音楽 メレディス・ウィルソン
出演 チャールズ・チャップリン、ポーレット・ゴダード、ジャック・オーキー、レジナルド・ガーディナー、チェスター・コンクソン 他
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※この連載は2017年3月号に掲載した内容を転載しています。

1月20日にアメリカの新しい大統領の就任式があった。歴代最高齢の大統領は「アメリカ ファースト(アメリカ第一主義)」を連呼していた。イスラム過激派のテロを地球上から完全に根絶させ、アメリカの勝利と再興を国民に約束していた。僕は床屋のチャーリーの演説をふと思い出していた。チャールズ・チャップリン製作/監督/脚本/主演の『独裁者』のラストシーンの5分に亘るスピーチだ。

ヒトラーが始めた戦争の2週間後には撮影を開始

僕が最初にこの映画を見たのは、NHK教育テレビの世界名作劇場で小学生の時だった。1889年に生まれたチャップリンが同い年のアドルフ・ヒトラーとナチズムをこれでもかと徹底的に批判、風刺し笑い飛ばした勇気ある作品だ。口髭がトレードマークの放浪紳士・チャーリーを演じるチャップリンが同じく口髭の独裁者を映画という武器で宣戦布告したのだ。笑いとユーモアは人間の最大の武器である。
『独裁者』は1939年、ヒトラーが始めた戦争の2週間後から撮影を始めたという。撮影中のヨーロッパでの戦争情勢がラストシーンを変えた。演説シーンでラストを締めくくるように変更された。まだ小学生の僕にはそんな事情は当然知る由もなかった。

1918年の第一次世界大戦。戦争にまるで適応しない、床屋のチャーリーはトメニア国の陸軍歩兵部隊の2等兵として戦場にいた。士官のシュルツを救出して重要書類と共に飛行機で運ぼうとするが、燃料切れで墜落してしまう。チャーリーは結果、記憶喪失に。この飛行機場面には笑った。実際逆さ吊りのまま撮影されたチャップリンとシュルツ役のレジナルド・ガーディナーの必死のやりとりが凄い。水筒の水があっという間になくなるギャグは今見ても可笑しい。

 

独裁者の台頭

戦争に敗北したトメニアでは政変が起こり、アデノイド・ヒンケルが独裁者として君臨する。「トメニア」はもちろんドイツのことで、「アデノイド・ヒンケル」はアドルフ・ヒトラーのこと。チャップリンが1人二役でユダヤ人の理髪師チャーリーとヒンケルを演じる。チャーリーとヒンケルの顔が似ているのは偶然という設定。ヒンケルは内務宣伝大臣のガービッチと戦争大臣のへリング元帥を従え自由と民主主義を断固否定し、国中のユダヤ人を迫害している。「ガービッチ」はゲッペルス、「へリング」はゲーリングのこと。
ガービッチの用意した演説で自ら世界の皇帝となり、トメニアの繁栄と反民主主義、そして反ユダヤ人を唱えあげるヒンケル。ヒトラーの演説パロディを熱演するチャップリンが凄い。

チャップリン初の全トーキー映画

世界の皇帝となることをもくろむヒンケルが地球儀のバルーンと戯れる名場面をチャップリンがチャーミングに演じている。バルーンが儚く割れてしまいヒンケルが落ち込む虚しさと幼稚さ。その場面の直後、床屋のチャーリーがブラームスのハンガリー舞曲第5番に合わせてお客さんの髭剃りを見事にやって見せる。お客さん役のリアクションも素晴らしい。このおじさん、サイレント時代からのチャップリン映画の常連名優のコメディアン、チエスター・コンクリンだ。チャップリンとの息もぴったりの名人芸。このセリフのないおじさんが僕は大好きだ。
サイレント映画にこだわり、音の出るトーキー映画に反対だったチャップリンが初の全トーキー映画に挑んだのも、ヒトラーとナチズムを批判風刺するためだろう。チャップリンがそれまでに培った技と芸を惜しみなく披露し、全身全霊をかけた名人芸が各シーンを楽しくしてくれている。

 

ヒトラーだけでなくムッソリーニも

ヒトラーだけでなく、イタリアの黒シャツ党のドゥーチエ(指導者)・ムッソリーニもチャップリンの標的にされた。ヒンケルはオーストリッチ(オーストリアのこと)侵略を近隣国バクテリア国(イタリアのこと)のベッツィー・ナパロニに反対される。この人物がムッソリーニだ。演じたのがジャック・オーキー。ムッソリーニそっくりに演じればそれこそ狂気のコメディー。ジャック・オーキーは命がけの演技によって、アカデミー助演男優賞にノミネートされている。ヒンケル同様の支配欲にまみれた指導者ナパロニと総統ヒンケルのオーストリッチ交渉シーンが凄まじい。喧嘩の場面は狂気の演技合戦で笑いすぎて困ってしまう。豪華料理を使っての喧嘩ギャグは現在にまで継承されている。

 

瓜二つの二人が入れ替わる

床屋のチャーリーは突撃隊によって捕らえられ、強制収容所にぶち込まれてしまう。そして、ヒンケル体制転覆を計画したことで収容所に送り込まれたシュルツと、トメニアの軍服を着て収容所から逃げ出す。チャーリーはヒンケルに間違えられトメニア軍が占領したオスリッチに手厚く連れて行かれる。ヒンケルは国境付近で狩猟旅行を装って待機していたところ脱走した床屋のチャーリーと間違えられ逮捕される。ユダヤ人迫害の独裁者がユダヤ人に間違えられ収容所へと。

 

一世一代の演説に打ちのめされる

これでいよいよ演説へとなるのだ。大衆は国家に従うべきだとガービッチ宣伝相が演説で唱えた後に占領下の民衆、兵士達に向けてヒンケルの演説が予定されている。「演説するしか他に生きる望みはない」とシュルツに促され、登壇する。「申し訳ないが、私は皇帝などなりたくない」で始まる5分に亘るチャーリーの一世一代の演説に僕は打ちのめされる。「誰も支配も征服もしたくない。出来ることなら皆を助けたい。ユダヤ人もユダヤ人以外も黒人も、白人も…私たちは助け合いたいのだ、人間とはそういうものなのだ…」床屋のチャーリーはチャールズ・チャップリンになっていた。欲(グリード)が人の魂を毒し、人間はスピードを開発したが、それによって孤立した。ゆとりを与えてくれる機械によって貧困を作り上げたと、前作『モダンタイムズ』でも描いていた。
恋人ハンナ役のポーレット・ゴダードは当時のチャップリンのパートナーだった。「絶望してはいけない」とハンナに語りかけるチャーリー。世界中が発狂した暗黒時代にファシズムの脅威に身体を張った笑いと風刺で抵抗したチャップリン。『独裁者』はラストの演説までは実に楽しく、笑いに満ちている。ラストは一転して現実を直視し、全世界に向け、ファシズムの恐怖を糾弾し、全人類の平和を切望した。床屋のチャーリーの演説はあまりにも美しく尊い。
高校生になった僕は初めて『独裁者』をスクリーンで観る機会を得た。この時ポケットにカセット録音機を忍ばせて、ラストの演説を録音したのだ(※注1)。もう30年以上も前のことだ。新しい大統領の演説を聞き終わった僕は、あのカセットテープのありかが気になって、押入れから膨大なカセットテープの山を取り出して探し始めていた。

(※注1)2007年8月に施行された「映画の盗撮の防止に関する法律」により、現在は映画の録音は著作権の侵害となり刑事罰に処せられます。

●この記事はビデオSALON2017年3月号より転載