映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第25回『ヤング・フランケンシュタイン』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。
第25回『ヤング・フランケンシュタイン』

イラスト●死後くん
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ヴィクター・フランケンシュタイン博士の孫は有名な脳外科医で、アメリカの医大で講師を務めていた。曽祖父の遺言で家督を継ぐことに。婚約者もいるため渋る博士だが、説得されてトランシルバニアへと向かうのだが…。
原題 Young Frankenstein
製作年 1974年
製作国 アメリカ
上映時間 106分
アスペクト比 ビスタ(16:9)
監督 メル・ブルックス
脚本 メル・ブルックス、ジーン・ワイルダー
製作 マイクル・グルスコフ
撮影 ジェラルド・ハーシュフェルド
編集 ジョン・C・ハワード
音楽 ジョン・モリス
出演 ジーン・ワイルダー、ピーター・ボイル 他
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※この連載は2017年5月号に掲載した内容を転載しています。

 

50年に亘り続いた「日曜洋画劇場」がこの3月で放送を終了した。『サウンド・オブ・ミュージック』『アラビアのロレンス』とこの番組で出逢い、『ワイルドバンチ』、『ゲッタウェイ』でサム・ペキンパーを知り、『ダーティーハリー』でクリント・イーストウッドを知った。

『2001年宇宙の旅』を「映画館で見てもらえないのが残念」とテレビで解説者していたサヨナラおじさん、淀川長治さんが僕の映画の先生だった。『ナッシュビル』でアルトマンを『ロンゲスト・ヤード』でアルドリッチを教わった。『コンドル』でサスペンスを、『暴力脱獄』『セルピコ』で不屈の闘志と正義を、『オリエント急行殺人事件』でミステリーを…ときりがない。

素敵な映画案内人達が毎日テレビで見られた時代

淀川さんの解説が終わり、あの「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」までは両親が夜ふかしを許してくれた。小、中、高と月曜日の教室では昨晩見た映画の話で友人達と授業中まで盛り上がった。月曜日には「月曜ロードショー」の荻昌弘さんが、水曜日には「水曜ロードショー」の水野晴郎さんが控えていた。金曜日には高島忠夫さんの「ゴールデン洋画劇場」もあった。そんな毎日が続いたそんな時代。

映画案内人のおじさん達が僕に多くの作品と監督、俳優達を教えてくれた。学校では誰も教えてくれない。素敵な映画案内人のおじさん達は今はいなくなってしまった。

三枚目俳優の才人

1979年12月30日の「日曜洋画劇場」で、僕は『ヤング・フランケンシュタイン』を見ている。怪奇映画の『フランケンシュタイン』のパロディだ。ジーン・ワイルダーがヴィクター・フランケンシュタイン博士の孫を演じている。『大陸横断超特急』という作品で僕はこの三枚目俳優のファンになっていた。シャーロック・ホームズの弟を演じた映画の監督をしていたりもする才人だ。

祖父の遺産を引き継ぐため、トランシルバニア(吸血鬼ドラキュラの故郷)を訪れ、新たな創造物を創り出す。モンスター役にピーター・ボイル。『タクシードライバー』でデニーロのタクシー会社の同僚を演じていた。古城に棲む助手のアイゴールのマーティ・フェルドマンが可笑しい。ギョロ目の彼に何度も笑わせられる。背中のコブが芝居の度に右に左に変わるギャグが秀逸だ。

人造人間を造るために脳の保管場所に忍び込むアイゴール。鏡に映った自分の姿に驚いて、天才の脳を落としてしまう。代わりに持ち出した脳の持ち主の名前が、ミスターアビー・ノーマル(abnormal)というギャグ。実験は成功?するがモンスターは凶暴粗野で古城を飛び出し街を彷徨い歩く。

オリジナルの雰囲気を出すためあえてモノクロで撮影

監督のメル・ブルックスはニール・サイモンやウディ・アレンと同じテレビ番組のコント作家として活躍した人でパロディ映画を得意としている。フランケンシュタイン映画の当時の雰囲気を出すために白黒で撮影することが、この映画の監督を受ける条件だった。なんとかコメディとパロディの天才メルを監督に口説き落とした。脚本はジーン・ワイルダー本人が務める。

モンスターが孤独な盲目の男に親切にされる『フランケンシュタインの花嫁』のパロディでスープを股間にかけられたり、葉巻の代わりに指に火を点けられたりと散々な目にあう場面にジーン・ハックマンが登場した。盲目の男を実に可笑しく魅せてくれる。

家族揃ってこんなに笑ったのは後にも先にもこれだけ

祖父ヴィクター・フランケンシュタイン博士の愛人だった家政婦ブルッハーに『ラストショー』でアカデミー助演女優賞のクロリス・リーチマン。あのシリアスな芝居からこんなバカバカしい芝居まで自在に演じ分ける恐るべきコメディエンヌ。90歳で未だ健在の名優だ。

孫が古城に着き、ブルッハーが出迎え、自分の名を名乗る。すると不穏な予感からか馬がいな鳴く。これ以降ブルッハーの名が出る度に馬がいな鳴くというギャグ。洋画劇場の吹き替えはブルッハーの名前がバニク・クー(馬肉食う)だった。凄い。テレビの前の僕達家族はその度に大笑い。家族揃ってこんなに笑った記憶は後にも先にもこれだけだ。

ジーン・ワイルダーの声にレジェンド、広川太一郎(映画『Mr. BOO!』の吹き替えは伝説)、アイゴールに名人、熊倉一雄。吹き替え版のほうが笑いの破壊力が凄まじい。

秀逸な美術や撮影技術も見所

モンスター創造の実験室の美術装置が素晴らしい。実験シーンの撮影も見事だ。落雷がモンスターへの生命力となるのだが、モンスター役のピーター・ボイルの特殊造形を創り、ライトを中に仕込んで撮影したそうだ。全編の撮影ショットにこだわりが感じられ、今見ても古くない。撮影は『未知への飛行』『ある戦慄』の名匠ジェラルド・ハーシュフェルドというのにも納得だ。

モンスター狩りが始まる…

逃げ出したモンスターが好きな ”バイオリンの子守唄” でおびき出し、再教育する博士。音楽はジョン・モリス。『エレファント・マン』のテーマの子守唄も忘れられない。『エレファント・マン』のプロデューサーがメル・ブルックスというのにも納得。再教育されたモンスターが研究発表会の舞台で博士と『踊るリッツの夜』を唄い、タップダンスを踊る。

楽しくやがて悲しい場面に。客に野次られ、なじられたモンスターは会場で暴れ、村人達に監禁されるが逃げ出す。恐怖に駆られた村人達によって暴動が起こり、モンスター狩りが始まる。結局、人間が一番恐ろしい怪物ということだろうか。

物語に花を添えるヒロイン

博士の婚約者エリザベスに美女、マデリン・カーンを起用。エロ台詞を日常的にさらっと言えて、歌って踊れる稀代のコメディエンヌだ。メル・ブルックスやジーン・ワイルダーと何度も組んでいる。

モンスターにさらわれるエリザベスは、なんとモンスターの花嫁になってしまうのだが、髪型も『フランケンシュタインの花嫁』のパロディをしっかりやってくれるのが嬉しい。

博士の助手で恋人インガ役にテリー・ガー。『未知との遭遇』のけなげな妻、ロニーで僕は知っていた。キュートでセクシーなドイツ語訛りのインガ役が出世作となる。コメディエンヌ、テリー・ガーの誕生だ。先代のフランケンシュタインとモンスターの物語のように悲劇ではなく勿論ハッピーエンドでしめくくり、怪物愛に満ちたラストが洒落ている。

洋画劇場の終焉と共に…

淀川さんがいなくなってから僕自身もテレビの洋画劇場を見る機会がなくなっていった。テレビ自体も6年前から見なくなった。DVDや配信で映画が見られる時代になり、テレビの洋画劇場は終焉を迎えた。

久しぶりにこの作品が見たくなり、レンタル店で借りようと手に取った。身分証明になるものを保険証とパスポートしか持たない僕は会員証の更新ができなかった。受付に『ヤング・フランケンシュタイン』のDVDと会員証を残したまま、僕はレンタル店を後にした。

●この記事はビデオSALON2017年5月号より転載

●実際の作品はアマゾンプライムビデオでレンタル視聴できます。
http://bit.ly/young_frankenstein

vsw