映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第27回『サムライ』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』がある。2017年秋に最新作『リングサイド・ストーリー』、2018年に『嘘八百』が公開予定。
第27回『サムライ』

イラスト●死後くん
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フレンチ・フィルム・ノワールの代表作。アラン・ドロンが侍を彷彿させる孤高の暗殺者を演じる。ジョアン・マクロードの原作をヌーベルバーグの父と言われるジャン・ピエール・メルヴィルが脚色・監督を務めた。
原題 Le Samouraï
製作年 1967年
製作国 フランス・イタリア
上映時間 105分
アスペクト比 1.85:1
監督・脚本 ジャン=ピエール・メルヴィル
制作 ジョルジュ・カサティ
撮影 アンリ・ドカエ
音楽 フランソワ・ド・ルーベ
出演 アラン・ドロン,フランソワ・ペリエ,ナタリー・ドロン,カティ・ロシェ,ミシェル・ボワロン他
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※この連載はビデオSALON2017年7月号に掲載した内容を転載しています。

5月9日、アラン・ドロンが81歳で引退を発表した。アラン・ドロンとの最初の出逢いは1977年。小学生の頃にテレビの日曜洋画劇場で観た『アラン・ドロンのゾロ』だった。『友よ静かに死ね』では腹を撃たれたカーリーヘアーのチンピラギャングの哀しい死に様を未だに忘れられない。

その5年後にやっと『太陽がいっぱい』を日曜洋画劇場で観ることができた。高校2年の時だった。ラストシーンでの悪魔的なトム・リプリーの微笑に僕は狂った。

その直後、父から何度もおもしろいと聞かされた『冒険者たち』を「名古屋シネマテーク」の小さな劇場で観た。父はシネマテークの会員で、その特典として時折上映会を無料で鑑賞できた。その時は仕事で上映会に行くことができず、代わりに僕が行くことになった。もちろん高校の授業は欠席するしかない。

ヒロイン、レティシア役のジョアンナ・シムカスは僕の永遠のヒロインとなり、リノ・ヴァンチェラを知った記念日となった。僕はジョアンナ・シムカスが若いアラン・ドロンではなく、おっさんのリノ・ヴァンチェラに惚れたのに驚いた。そして、そこがこの映画の良いところだとも思った。ドロンの微笑の死に顔に涙した。

大学生になった僕は東京でドロン詣りに明け暮れた。『若者のすべて』のロッコに出逢い、初めて男性を美しいと思ってしまった。『ル・ジタン』のジプシー、アナーキストの盗賊ジタンに男の生き様を学んだ。『パリの灯は遠く』のラスト、収容所行きの貨物列車に乗り込むドロンの顔が忘れられない。

フィルム・ノワールを初めて体感した作品

そして極め付けが『サムライ』だった。僕はこの映画を未だに劇場で観ることができていない。ビデオレンタルで観た。フィルム・ノワールという言葉を初めて体感した。一匹狼の殺し屋ジェフ・コステロの孤独な日常を追った105分。ドロンは微笑すら浮かべない。タイトルの『サムライ』は邦題ではなく原題だ。

映画の冒頭、アパートの一室にエピグラムが浮かび上がる。「サムライの孤独ほど深いものはない。ジャングルの虎だけがこの孤独を知るだろう…(武士道)」これは新渡戸稲造の「武士道」からの引用ではなく、監督のジャン・ピエール・メルヴィルが創作した言葉だと最近知ってニヤリとしてしまう。

牢獄のようなアパートが孤独と虚無感を感じさせる

家具もほとんどない場末の牢獄のようなアパートの室内から始まるオープニングショットが圧巻だ。ベッドに横たわりながらタバコをふかすジェフ。青灰色の煙草の煙でこの映画がモノクロではなくカラープリントであることがわかる。

撮影は名匠アンリ・ドカエ。ルイ・マルもトリュフォーもデビュー作である『死刑台のエレベーター』『大人は判ってくれない』にこの撮影監督を起用している。

『シベールの日曜日』の水墨画のようなルックも忘れられない。「主調となる一色だけでこれがカラーだと分かるような、モノクロの色彩映画を撮ること」がメルヴィル監督の夢だったという。『サムライ』はそんなメルヴィル監督の夢を実現したものだった。

アパートの部屋が主人公ジェフの孤独と虚無感を表している。小鳥の鳴き声となぜか海辺の波音が聞こえてくる。音響効果のアレックス・プロントの見事な仕事ぶりだ。

淡々と描かれていく殺し屋のルーティン

ジェフは出かけようとベッドから起き上がる。トレンチコートを着て、ソフト帽のツバに手をかけて帽子をかぶる描写はあまりにも有名だ。車を盗もうと、コートから鍵の束を取り出し、車の鍵穴に合鍵を一つずつ差し込んでいく。すると、エンジンがかかり、徐に煙草に火をつける。この煙草の吸い方をしばらく僕は真似したものだった。

闇自動車修理工に偽造ナンバーをつけさせ、出どころの分からない拳銃を手に入れ、出会うのが最初で最期になる獲物(ターゲット)を確認し、仕留める。相手が銃に手をかけるまでは自分からは撃たない。「望みはなんだ」と命乞いする相手に「お前の死だ」と言い放つ。孤独の殺し屋ジェフの殺しの習慣(ルーティン)が淡々と描かれていく…見事だ。

危険で魅力的な映画の始まりにワクワクした

東京で孤独なアパート暮らしを始めた僕にとって危険で魅力的な映画の始まりにワクワクした。友人は飼っている小鳥だけなのか? コールガールのジャーヌは恋人なのか? 殺しの時間のアリバイ工作を頼む。ジャーヌを演じるのは当時ドロンと結婚していたナタリー・ドロン。本作が映画女優デビュー作となる。

殺しに成功するものの、逃走の際にバーのピアニスト、ヴァレリーに顔を見られてしまう。ジェフをかばったヴァレリーの証言に不審を抱く警察。尾行され、部屋に盗聴器を仕掛けられ監視されるジェフ。警察の動きを知った殺しの依頼人もジェフを狙う。警察、犯罪者達の習慣描写が巧みに淡々と描かれていく。

警察がジェフのアパートに盗聴器を仕掛ける場面。刑事役の目線の動き、周りの住人への注意など細かな描写は不気味でもあり、感心させられる。盗聴器を仕掛け直す刑事役の描写にはリアルすぎて笑ってしまった。

ジェフが帰って来て小鳥の鳴き声がいつもと違うことに気づき、盗聴器を見つける場面には唸ってしまった。唯一の友の小鳥にジェフはこの後もう一度助けられる。

ラストシーンに向かって再び殺しのルーティンが始まる

追い詰められて行くジェフに新たな殺人の依頼が。ジェフをかばったピアニストのヴァレリーがターゲットだ。冒頭のジェフの殺しの習慣(ルーティン)が始まることで、いよいよその時がやって来るのが分かる。鏡の前で侍が襟を正すかのようにソフト帽のツバの角度を整え、ジェフがアパートを出て行く。

車を盗み、ナンバープレートを変え、銃を手に入れ…コールガールのジャーヌにアリバイ工作を頼まず、別れを告げに行く場面は胸が熱くなる。「決着をつけに行く」と物言わぬ殺し屋のピークがやってくる。

バッハとジャズが共存するサウンドは夭折したフランソワ・ド・ルーペの仕事だ。同じ年に公開された『冒険者たち』のレティシアのテーマを僕らに残してくれた偉業に感謝せざるを得ない。

アラン・ドロンは日本が好きでパリで行われる日本映画祭に例年顔を出していたそうだ。僕はパリでテロのあった2015年にキノタヨ映画祭を訪れていた。だが、残念ながらアラン・ドロンの姿はそこになかった。引退したアラン・ドロンに自分の作品に出演依頼するのが今のところの僕の夢だ。

●この記事はビデオSALON2017年7月号より転載