【映像+】『あゝ、荒野』─ 菅田将暉 × ヤン・イクチュン 苛烈なボクシング・シーンのメイキング


映像+(EIZO PLUS)
新しい映像が生まれてくる現場  vol.8

菅田将暉 x ヤン・イクチュン
苛烈なボクシング・シーンのメイキング

『あゝ、荒野』

10月7日(土)前篇、10月21日(土)後篇
新宿ピカデリー他2部作連続公開

Ⓒ2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

フレームに制限されないカメラワーク、音への徹底的なこだわり。ドキュメンタリー番組で培った演出論と、JBC(日本ボクシングコミッション)の全面協力によって生み出された迫真のファイトシーンの舞台裏を紹介。

STORY

2021年、新宿。少年院から出所した新次(菅田将暉)は、かつて自分をはめた裕二の元へ殴り込みに行った先で、元ボクサーの堀口(ユースケ ・サンタマリア)と出会う。堀口の経営する海洋拳闘クラブに入り、兄弟分のバリカン建二(ヤン ・イクチュン)と共にボクシング練習生としてのスタートを切る。ケンカ慣れした新次はボクシングにのめり込んでいく。しかし、吃音と赤面対人症に悩むバリカンは、ボクサーとしての闘争本能もなく、新次に憧れる毎日を送る。デビュー戦を経て新次は勝ち進み、ついに裕二との対戦を迎える。バリカンは弱い自分と決別するために、新次のもとを去る。やがて新次とバリカンは新たな局面を迎えていく。

INTERVIEW

Q:迫真のボクシングシーンはどのように撮影したのですか?

:今回はどういうルックで撮影するかを撮影の夏海(光造)さん、DITの鈴木(裕)さんと何度かカメラリハしてからのぞんでいます。試合部分はすべてボクシング台本を作りました。それぞれのキャラクターのスタイルとか得意のパンチを決めて、ボクシング指導の松浦慎一郎さんに動きの型を決めてもらいました。3発殴られて1発返すとか、ストレートを打たれて鼻から血が出たあとに打ち返す、とか決めていきます。ただ、台本通りだとパンチのスピードが速いので、あっと言う間に終わってしまう。リングの二人の間にもっと感情が出るような映像が欲しかったので、最初に動きを合わせてもらったあとに「3発打ってから1発のところをあと2発足してくれ」とか「1発打たれたら、もうちょっとロープ際まで後ずさりしてくれ」とかいろいろと付け加えてもらいました。戦いのシーンに間合いを入れるためなんですけど、そのためにハイスピードで撮影したりシフトレンズを使って工夫しました。
会場の照明もあくまでこの作品のために工夫しています。場末のリングで観客も閑散としているという空気感や新次とバリカンの個性にあったイメージのために、どういう光を当てるかを照明の高坂(俊秀)さんが丹念に考えてつくってくれました。ただ、ハイスピードになるとかなりの光を当てなきゃいけないので、その部分だけをまとめて撮らないといけない。僕の場合、現場で動きを見てからいろいろと変更するので、ハイスピード部分を決めるのに時間がかかるんです。だからどのシーンのどのカットにするか、なかなか決められなくて、だいぶ高坂さんを困らせたと思います(笑)。

Q:パンチが実際に当たっているようにも見えました。

:実際に当てたりすることも、結構ありました(笑)。役者が時々動きを忘れる瞬間があって、そういう時に役者はどこかで辻褄を合わせようとするんです。そこに、僕の欲しい間ができて、実はそれがよくて。やっぱり本物の試合ではパンチって計算通りにいかないし、そういう間はすごく大切だと思ったんです。型通りを繰り返していくと、格好良すぎるんですよ。でも、役者たちが本当に頑張って体を鍛えてくれたことで、ボクシングシーンはかなり熱量のあるシーンになったと思います。試合のいくつかはレフェリーを、世界戦でも実際にレフェリーをやっている福地(勇治)さんにお願いしましたが、「普通の役者のレベルは超えてる」とおっしゃっていました。

Q:役者がボクサーを演じるためにどんな体作りをしたのでしょうか?

:新次役の菅田くんも、バリカン役のヤン・イクチュンさんもクランクインの半年前から体を鍛えていました。物語の設定上、バリカンと新次の階級は同じライト級にしなくてはいけなくて。だから、イクチュンさんには体重を落としてもらいました。逆に菅田くんは61キロまで増量しなければならない。イクチュンさんの役は31才、実年齢は42才なんです。本当にきつかったと思います。頭が下がります。ボクシング指導の松浦慎一郎さんと決めて、二人それぞれに練習メニューをトータルで作っていただきました。最終的に菅田くんは8キロほど増やしたんですが、彼は痩せちゃう体質なんですね。イクチュンさんは韓国のボクシングジムに5ヶ月通って、菅田くんは松浦さんと世田谷のボクシングジムに通って、とにかく殴られても耐えられる体を作ってもらいました。劇中でボールを腹筋にガンガン当てているところは、本当に耐えているんです。菅田くんも本当によく耐えてくれました。さすがとしか言いようがありません。それから、から!ユースケさんも元ボクサーという役でしたので、菅田くんやイクチュンさんのパンチを受けるために4ヶ月くらいジムに通ってもらいました。もしかしたら、一番熱心にやっていたかもしれません(笑)。

Q:ボクシングシーンの音づくりにもこだわりを感じました

:殴られる音って均一じゃないし反響も全部違うんですよね。つまりパンチが当たる部位によって、微妙に違うんです。そこでプロボクサーにお願いして、3日間ほどフォーリーをやって20種類くらいの音を録りました。ただ、それはリアルな音なんですが、映像にのせると違って何となく迫力のようなものが感じられない。そこで、今度は録音した音を加工していきました。「骨が砕ける音を足して加工してくれ」とか(笑)。録音の森(英司)さんと音効の大塚(智子)さんに何度も加工してもらって「違うな~」の繰り返し。僕が欲しかったのは「痛い音」で、でもそれってスタッフみんなの体験が違うから、共通していないんです。それで行きついたのが、本当に痛いパンチって音の尺が短いということでした。そこにたどりつくまでに、かなりの時間がかかりました。
劇場では5.1サラウンドなので、かなりこだわってみました。パンチが空を切る音とかも工夫してもらっています。ダビング作業は前篇も後篇もありましたから、完成したあとは、みんなヘロヘロでした。やっぱりボクシング映画は音作りが大変だと思いましたね。

Q:それぞれの役者さんと作り上げていった世界

:イクチュンさんとは脚本の初稿時点でソウルで打ち合わせをして、脚本のベースになる部分はイクチュンさんと話しながらできたという感じです。でも、現場に入って「この場面はどんなふうになりますかね?」と聞くと、「わからない」という人なので(笑)。本当は分かっていると思うんですけど。
一方で菅田くんや日本の役者さんには、毎カットごと撮影するたびに役の気持ちや演技をお互いに確認しあいました。5時間の長編で群像劇で登場人物も多いので、まあ、順撮りではないですから、必要な作業だったんです。たとえば菅田くんだったら、新次というキャラクターを作る上で、彼がどういう気持ちでどういう表現をしたのかということを一つ一つお互いに確認し納得できたというのもあるんですけど。それは他の役者さんにも同様でした。

Q:主人公をとりまく人々のキャラクターについて

:最初、ユースケさんは「兄貴みたいな役にしようかなと思うんです」と自分でプランを持ってきてくれました。でも途中で演技プランを用意するのをやめたらしいです(笑)。菅田くんやイクチュンさんがそういう演じ方をしていたので、その場で感じたようにやろう、と。結果、ユースケさんが出してくれる雰囲気が、後半につながっていく彼らの友情を優しく包み込んでくれました。
新次の母親・京子役の木村多江さんは、呼吸とか目とか、全身で芝居をしているなと感じました。今回の女性の登場人物には「女」にこだわってキャラクターを出してもらっているんですが、木村さん演じる京子は新次と再会して「母」の部分が出てくる。それで、ラストシーンでどちらが出るのか楽しみですと伝えたら、木村さんは「人間が出ると思います」と。それで最後のセリフが決まりました。

Q:監督の一押しのシーンは?

:登場人物がそれぞれの思いをリングの新次とバリカンに向けていく、最後の試合のシーンです。菅田くんとは、ラストは「セレモニー」にしよう、と話していて。幸福な祝祭なのか弔いなのか、感じてもらえればいいと。最後まで観てくれるお客さんにはあそこでいろんなものを感じてもらえると嬉しいです。

岸 善幸(きし・よしゆき)
1964年生まれ。1987年テレビマンユニオンに参加後、ドキュメンタリ一番組でキャリアを積む。ドキュメンタリードラマ「少女たちの日記帳 ヒロシマ 昭和20年4月6日~8月6日」「開拓者たち」(NHK)、ドラマ「ラジオ」(NHK)などで数々の放送賞に輝き高い評価を得る。長編映画監督デビュー作となった『二重生活』(16)で第14回ウラジオストク国際映画祭最優秀監督賞、第16回ニューヨーク・アジア映画祭審査員特別賞を受賞。

《STAFF》

監督:岸 善幸
原作
:「あゝ、荒野」寺山修司(角川文庫)

脚本:港 岳彦/岸 善幸
音楽:岩代太郎
企画・製作:河村光庸
製作:瀬井哲也、四宮隆史、宮崎伸夫、宇野康秀、山本 浩、植田 実
エグゼクティブ・プロデューサー:石井紹良、堤 天心
プロデューサー:杉田浩光、佐藤順子
共同プロデューサー:行実 良、中村優子、飯田雅裕
撮影:夏海光造
照明:高坂俊秀
DIT:鈴木 裕
録音:森 英司
美術:磯見俊裕、徐 賢先
衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:小沼みどり
キャスティング:おおずさわこ
特殊メイク:百武 朋
ボクシング指導:松浦慎一郎
整音:小林 喬
ラインプロデューサー:塚村悦郎

主題歌:BRAHMAN『今夜』(NOFRAMES recordings / TOY’S FACTORY / TACTICS RECORDS)

《CAST》

菅田将暉
ヤン・イクチュン
木下あかり
モロ師岡
高橋和也
今野杏南
山田裕貴
河井青葉
前原 滉
萩原利久
小林且弥
川口 覚
山本浩司
鈴木卓爾
山中崇
でんでん
木村多江
ユースケ・サンタマリア