SNSやWEBサイトでもおいしそうな料理動画を目にする機会が増えてきた。料理をおいしそうに撮影するためにプロはどんな撮影を行なっているのか? 今回は料理を専門に撮影するスタジオ・バックスにお邪魔して、実際の撮影の風景を見学させてもらった。
取材・文●青山裕介
[ 今回、撮影を見学させてくれたのは ]
今回取材に協力してくれた株式会社バックス・映像ディレクターの川久保晋さん(左)とフードコーディネーターでタイ料理研究家の両角舞さん(右)。
バックスWEB https://www.baxone.com/
今回の取材ではバックスのサンプル撮影を見学させてもらった。撮影をした料理は「えびとブロッコリーのアヒージョ」、「カレーうどん」、「チキン南蛮」、「ステーキ」の4品。実際の映像もYouTubeに公開されている。
料理動画の傾向
最近は料理専門サイトばかりでなく、SNSでも料理動画を目にする機会が増えている。特に料理を作る過程を真上から俯瞰で撮影して、早回しで1分程度にまとめた「レシピ動画」は、調理の様子がリアルにわかることもあって人気のコンテンツだ。大手グルメサイトに加えて、『Tasty』や『Tastemade』といったレシピ動画専門サイトも生まれるなど、最近では料理動画といえばこのレシピ動画を指すほどの存在となっている。そんなレシピ動画に対して、料理の魅力を視聴者の五感に訴える形で届けるのが「シズル動画」である。
「シズル」は鉄板の上の肉や揚げ物がジュージューと音を立てている様を表現した「Sizzle」という英語が語源。アメリカの経営コンサルタント、エルマー・ホイラーが1937年に著した『ホイラーの法則』の中で、「ステーキを売るな、シズルを売れ」と提唱したことから、人の五感に訴えるものを指すマーケティング用語として広がった。商品をストレートに表現するのではなく、その商品から生まれる情緒を消費者に訴える表現を指す。この“シズル感”を表現した料理動画は、語源どおり油が躍る鉄板の上で焼かれるステーキや、激しい雨のような音を立てて沸き立つ油から取り出される天ぷら、豊かな泡を立てて注がれるビールといった、その料理の魅力が見る者に最もストレートに伝わる映像となっている。
こうしたシズル動画は、デジタルサイネージの普及と共に今広がりを見せている。サイネージと言っても街頭にあるものというよりは、例えばスーパーの商品棚に設置されたモニターで料理のシズル動画を通じて、食材や調味料の魅力を訴求したり、回転寿司の注文に使うタブレット端末のスクリーンセーバーでサイドオーダーのメニューを流すといった使われ方が多い。このように、店内のような場所で流れる料理動画のほうが視聴される時間が長く、また、視聴者の関心も高いため、より広告効果が高いという。
以前は料理動画というと、大手広告代理店や制作会社の、大勢の人の手によって作られるものがほとんどだった。しかし最近では、Web動画広告やサイネージのようにアウトプット先が零細になるにつれて、高いクオリティでありながらコストを抑えた料理動画が求められている。こうしたニーズに応える形で、今日取材した川久保さんはシズル動画でもGH5のようなコンシューマー向けの機材を使用している。また、最近は料理動画でもスクエアサイズの注文が多く、場合によってはスマートフォンでの視聴に対応した縦長の動画のニーズも高まっているという。
いざ、実際の現場に潜入
フードコーディネーターとの連携が必要
料理食品撮影を専門に手掛けるバックスは、カメラマンである鈴井祥仁さんが2004年に設立したスタジオだ。鈴井さんを含め2名のスチルカメラマンにムービーカメラマンの川久保さん、そして両角さんのようなフードコーディネーターが何人も所属し、写真と動画の両方で撮影からレタッチ、そしてスチルではデザインから印刷まで、動画ではMAやナレ録りが必要なものも含め、撮影から編集、完パケまでを請け負っている。
さらに、フードコーディネーターが常駐していることもあって、撮影だけでなくレシピ開発まで対応できるのが特徴のひとつ。また、フードコーディネーターのノウハウを生かして、スタジオにない食器は撮影専門の食器リース業者から料理のイメージに最適なものを揃えることもできるなど、料理・食品撮影のすべてに対応できる。
「一般的に料理動画を制作するとなると、スタジオを押さえて、フードコーディネーターにカメラマン、そして制作進行担当など、そのオーガナイズだけでけっこうエネルギーを使います。バックスではそのすべてが揃っているので、低予算で料理動画制作のすべてを請け負うことができます」と川久保さん。
3階建てのバックスの社屋は、3つのフロアすべてにスタジオ機能を有している。スタジオといっても料理動画の撮影ではまずホリゾントを使うことはなく、一般的な撮影スタジオのイメージとは大きく異なる。1階と3階にはキッチンが設えられていて、また3階には人物を交えた撮影に対応できるように、小規模ながらダイニング風のセットが設けられている。
シズル動画の撮影の場合、テーブルの上での作業がほとんどで、バックとなる天板やテーブルクロスが壁一面にストックされているのも、料理専門スタジオならでは。そしてこのスタジオではほぼ毎日のように撮影が行われていて、繁忙期には1階で2セット、2、3階で1セットずつ、計4セットを同時に運用することもあるという。
この日の撮影はカメラマンの川久保さんと、フードコーディネーターの両角さんの2名のみ。フードコーディネーターのアシスタントを付けることはあるが、カメラアシスタントを使うことはほとんどない。それでも、カメラマンとフードコーディネーターの二人で、短い動画だと一日10イメージも撮影することができるという。そのスムーズな作業は、カメラマン、フードコーディネーターのいずれも常駐のスタッフであり、お互いの仕事を知り尽くしているからこそ成せる技なのかもしれない。
【シズル動画の撮影機材】
▲カメラは GH5 を使用。シズル動画ではレンズはいろいろ試したが、LUMIX G 42.5mm F1.7 の中望遠を使うことが多い。
▲カメラから HDMI接続で、21型のPCモニターで映像を確認。大きなモニターで皿や天板の汚れなどを確認する。
▲撮影台の上にはフードコーディネーターが画角を確認する小型モニター(アトモス NINJA FLAME)が置かれていた
▲照明は被写体の周辺を囲うように配置するのが基本。LEDライトは NEP LED-L1000REF-DIGI-VCT-V を2灯。RIFA を2灯。
▲撮影前には18%グレーチャートでホワイトバランスを取る。撮影後は Premiere の Lumetriカラーパネルで色補正を行う。
▲撮影スタジオにはキッチンも併設されており、随時撮影内容をフードコーディネーターと打ち合わせしながらイメージを共有。
クライアント立ち会いの元確認しながら撮影
今回組まれたセットは、テーブルを中心にLEDのライト4灯を使って比較的フラットに光を回すスタイル。バックスでは案件によって同じ素材で写真も撮影するが、動画とスチルではライティングも大きく違うという。モニターはテーブルの上で演技をするフードコーディネーターのために小型のものを1台と、メインとなる大型のモニターの2台。画角のチェックはカメラのモニターを使うが、食器に付いた汚れやホコリを見逃さないために、大きなモニターは必須なのだそうだ。
川久保さんが使うカメラはパナソニックのGH5。シズル動画を撮影する場合は、そのほとんどを焦点距離42.5mmのレンズでこなす。開放値の明るいレンズではあるが、あまり絞りは開けないのが川久保流だ。今回の撮影では1080/90fpsのハイフレームレート撮影のモードを使用。また、シズル動画はHD納品が多いため、トリミング前提で撮影することを除いてほとんど場合、4Kで撮影することはない。また、Logで撮影することはあまりないという。
「Logはクライアントがモニターでチェックするときに、LUTを当てないかぎり出来上がりと見栄えが違って見えます。クライアント立ち会いの上で撮影を行う場合、現場で見てもらう際、なるべく出来上がりに近い形で見てもらい、そこで判断してもらったほうがスムーズです。そういうこともあって、現状では通常のビデオガンマで撮影しています」
フードコーディネーターは美しい盛り付けにもこだわる他、動きの演技も
●カレーうどんは麺がしっかり見えるように底上げ
1 カレーうどんの盛り付け。普通に盛り付けると麺が沈んでしまい映像に写らないので蒸し器で底上げ。2 一つ一つの具の配置も細かく調整する。3 最後につゆを注ぎ、微調整したら盛り付け完了。4 撮影台に載せて、モニターを確認しながらネギや肉の配置などもさらに微調整。5 お玉でつゆを注ぐシーンの撮影。6 お玉でつゆを注ぐシーンの撮影。7 麺を箸で上げるシーンの撮影。フードコーディネーターは小型モニターを確認しながら手の演技もしていく。
●チキン南蛮はタルタルソースがしたたり落ちるように傾きをつける
1 フォーカスは基本的に置きピンで撮影。チキンを油に落とす位置に竹串を置いて、ピントを合わせる。2 チキンを油に落とし、揚げていく様子を撮影。3 揚がったチキンを取り出すカット。4 一旦、キッチンへ引き上げて盛り付け。彩りでベビーリーフや人参の千切りも添えて。タルタルソースを注いだ時にしたたり落ちるようにキッチンペーパーを忍ばせてチキンを傾かせる。5 ランチョンマットも複数用意して撮影者と相談して決める。6 タルタルソースは程よく滴る柔らかさで作っている。7 最後に箸上げのカットも。
フードコーディネーターは “役者” でもある
シズル動画の撮影で重要な役割を果たすのがフードコーディネーターだ。料理を美味しそうに見えるように作るのはもちろんのこと、料理にかけるソースの粘度を調整して料理に動きの演出を加えるといったことも仕事のひとつ。さらに、こうしたスタイリストとしての立場だけでなく、モデル、役者としてフードコーディネーター自身の演技力も求められる。
というのも「麺を箸上げする」「煮物の鍋をかき回す」といった所作に、料理が美味しそうに見える“色気”が必要なのだ。また、映像に手が映ることもあって、手肌に厳しい水や火を使う仕事にも関わらず、演技のために手のケアも必要」と川久保さんは付け加える。
こうしたフードコーディネーターの演技は、カメラマンとのコンビネーションがとても大事なのは言うまでもない。この日の撮影でも、ピントに影響するカレーうどんの麺を箸でつまみ上げる位置や、から揚げにタルタルソースをかけるスピードなど、カメラを回す前に綿密に内容を詰める川久保さんと両角さん。「スチル撮影だとフードコーディネーターが主導で撮ることも多いのですが、動画の場合はスチルの感覚だと上手くいかないんです。何のどこを一番きれいに撮りたいかとか、撮る順番など、カメラマンとの打ち合わせが大事なんです(両角さん)」。
料理動画のプロに学ぶ照明術
●基本的にはフラットに明かりを当てる
▲今回のシズル撮影はすべて上写真のような撮影台で行なった。アヒージョでは4灯のLEDライトをカメラ横、左右、斜め上から当てて、まんべんなく光があたるライティングに。基本的に❶トップ、❷キー、❸フィルが斜め後方から。❹フォワードライトは光量を抑えて撮影している。
●被写体によっては陰影を付けて立体感を演出することも
▲ステーキ肉に溶かしたバターを絡めるカット。こちらはカメラ横、被写体に対して斜め前からの❶トップ光と被写体斜め後ろからの❷フィルライトの2灯で撮影。陰影をつけるライティングにすることで立体感を出すとともに、肉に光があたり溶かしバターに光沢をつけることでシズル感を演出している。
料理スタジオならではの撮影小道具や工夫も
●フライパンで焼く肉をローアングルで撮影
1 フライパンの側面をカットしてローアングルで肉が焼ける様子を撮影できるように、板金屋でカットしてもらったもの。2 肉に霧吹きで水をかけることで焼いた時にしぶきが上がり、シズル感を演出できる。
●ビールに汗をかかせる
1・2 夏の時期は冷たいビールを注げば、自然とグラスに汗をかいてシズル感の演出ができるが、冬の時期や冷えていないビールの場合は衣服用のスチーマーを使う。3 泡がなくなってきたら割り箸でかき混ぜると復活できる。
●シズル撮影用のバミリは積み木で
1・2 カレーうどんの撮影で使用したバミリ。できたてで湯気が上がる状態で写したいので、最初に器のみを配置して、カメラのフォーカスや画角などを決めておく。真俯瞰の動画ではバミリがバレてしまうので、動かせるものを使う。水滴でバミることもあるのだとか。
その他のスタジオの設備紹介
▲︎スタジオにはクライアントの視聴スペース(写真左側)も設けられており、映像を見ながら修正指示などを行う。
▲スタジオ内には、食卓の撮影セットも併設されている。時には料理と合わせた人物撮影を行うこともある。
▲撮影台の下地には薄い板を数十種類用意しており、料理や演出意図などに応じて取り替えながら撮影を行う。
▲基本的には食器はリース会社からレンタルする。予算に応じて常備している約1000種類の食器を使用している。
▲スタジオの1階は写真撮影専用スペース。パーツごとに撮影を行い、時にはレタッチャーが現場でレタッチする場合もある。
▲料理の見栄えを左右するランチョンマットやテーブルクロスはメタルラックに様々な種類を備えている。
▲レシピ動画など真俯瞰で撮影する場合には、写真用の大型カメラスタンドを使用している。
▲カメラスタンドでの撮影ではレンズはKOWA PROMINAR 8.5mm F2.8。広角だが歪みが少ないので重宝するという。
この記事はビデオSALON2017年10月号より転載