今回のゲストは若手映画監督の亀山睦木さん。自作映画を海外映画祭に応募し現地参加した経緯に現在の日本映画について映画関係者にインタビューを重ねていくドキュメンタリー映画を完成させた。
構成・写真/編集部 一柳 写真/桑島圭佑 取材協力/池袋シネマ・ロサ
亀山睦木
映画監督、東京都出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画やドラマの監督および脚本、CM・TV・MV・舞台のプロジェクションマッピング映像の演出などを行う。主な監督作品は、『マイライフ、ママライフ』『12ヶ月のカイ』『世界で戦うフィルムたち』、ドラマ作品は『ソムニウム』『追いかけてキス』シリーズなど。
映画祭をどう捉えるか?
岸田 ドキュメンタリーの『世界で戦うフィルムたち』は、亀山監督がその前に作られた『12ヶ月のカイ』を海外の映画祭に応募して、コロナ禍のなかでアリゾナで開催されたフェニックス映画祭・国際ホラー&SF映画祭に参加して日本人初の最優秀SF作品賞を受賞するんですけど、そのシーンが自撮りで描かれています。それを観ていたら、自分も最初に映画祭に行った時の興奮が蘇ってきました。今、自分も長編映画を作って劇場公開に向けて動いているんですけど、「ああ、自分もちゃんと戦わないと」と思わされました。
このドキュメンタリー映画は、テンポもいいし、ご自分が登場してカメラ目線でこちらに向けて話しかけてくるとか、YouTubeのようなスタイルになっているんですけど、あれが観ていてすごく心地良くて。
亀山 ありがとうございます。最初からそういうテンポ感で作ろうと思ったわけではなく、編集に試行錯誤するうちに、結果的にああいう感じにならざるを得なかったというのが正確なところですね。
岸田 わかりやすくて楽しかったし、これを観て、作り手としては心が軽くなったんですね。ああいうスタイルを自分もやってみたいなと思って。というのも自分も密着スタイルで映画を作ったんですが、自分はディレクターとして裏側にいて出てこないスタイルで作っていたんです。高島さんに「岸田さんは当事者に近い立ち位置で撮っているんだから、もっと出ていいんじゃないの」と言われて、その意味がよくわかってなかったんですが、亀山監督のこのドキュメンタリー映画を観て、言われたことの意図がわかりました。
亀山 今回池袋のシネマ・ロサで『世界で戦うフィルムたち』が5月に公開され、その後に、そこで取り上げられている『12ヶ月のカイ』が公開されるんですが、この2本は制作の時系列が逆なんです。2020年に『12ヶ月のカイ』を作った後、世界の映画祭に応募していって、入選し始めたのが2021年春からで、まさにコロナ禍の中でした。
ほとんどの映画祭がオンラインで開催されていたんですけど、ノミネートされたアリゾナのフェニックス映画祭・国際ホラー&SF映画祭はオンラインでは開催せず、実際に会場で開催するというんです。しかもワールドプレミアの映画祭ですし、これは自分も行かないと自分の作品にとって良くないと思いました。
ただ入選通知が来た当時は隔離が2週間必要で、もし行くとしたら1カ月近くかかる状態だったんです。悩んでいたところ、タイミングよく文化庁でARTS for the future!(コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業)が始まって、それを利用してコロナ禍の海外の映画祭の様子をドキュメンタリー映画にしようということになりました。ですから、まずはありのままを取材してこようということで記録し始めたんですね。
『世界で戦うフィルムたち』
『12ヶ月のカイ』で、米国フェニックス映画祭・国際ホラー&SF映画祭にて日本人初の最優秀SF作品賞を受賞した亀山監督が各映画祭に現地参加した記録を軸に、映画人へのインタビューで構成する。国際的に活躍する北村龍平監督、清水 崇監督、深田晃司監督、俳優の寺島しのぶ始め、映画関係者や技術スタッフ、これからを期待されている若手映画監督のリアルな悩みを浮き彫りにしながら、映画業界の今を捉えたドキュメンタリー。5月20日から東京池袋シネマ・ロサより順次公開。https://thenightbeforeupheaval.themedia.jp/
岸田 映画祭というのは、いろいろな考え方があると思うのですが、応募して賞が獲れればよくて、別に現地に行く必要はないという人もいます。わざわざお金と時間をかけて行ったほうがいいというのは、どういうところですか?
亀山 映画祭というものに対して何を期待するのか。応募するモチベーションはいろいろあると思います。たとえば、とにかく賞が欲しいからという人、プロフィールに入れたいということで応募される方もいらっしゃいます。あるいは三大映画祭などの大きな映画祭に応募して自分のキャリアにつなげていきたいという人もいると思います。私の場合は、自分の作品を観てもらって、どんな映画なのかという判定をいただきたいという気持ちがありました。
そもそも『12ヶ月のカイ』について、これは一体何なんだろうか、自分自身でもちょっとよく分からなかったので。これはSFなのか、ヒューマンドラマなのか、でもちょっとサスペンスとかホラーみたいな要素もあるけど、そういうふうに観てもらえるのか。映画が完成した当時も、客観視ができていなかった。映画祭で観客の方からフィードバックをいただくことによって考えてみたいという目的で出し始めたというのが、一番大きな理由です。
岸田 映画祭に行って、お客さんに観てもらって、こういうふうに観られるのか、という発見はありましたか? 行って良かったというのはどういうところでしたか?
亀山 よくある話ですが、日本のお客様とは全然違って観ている最中のリアクションが本当に豊かなんですよ。日本では多分ここで笑わないところで笑いがおきたり、作っているときには気づかなかったところで反応がある。それを見ていると、こういうところが意外と売りのポイントになるということに気がついて、プロモーションのアイデアをもらうという意味でも面白かったですね。
岸田 僕もアメリカの映画祭で日本の料亭の短編作品を出したことがあるんですけど、リアクションがすごいんですよね。映画というものを身体的に楽しんでいる。
亀山 日本語の映画で言葉がそもそも通じていないので、余計に映像の中で起こっているアクションとか表情とか、音楽や音響効果とか、そういうものを組み合わせて感じ取ってリアクションしているという気がします。
自分は映画祭というものに対しての期待値がまず低くて、必要性とか重要性があまり身に染みてなくて。ただ映画を続けていく中では、次の作品を一緒に作るプロデューサーと出会ったり、自分の作品が何なのかということを見つけていくための場所として映画祭は有効活用すべきだと思いました。ただ、さらに大きい映画祭に入りたいという方もいらっしゃると思うんですけれど、それが自分が映画を作っていく人生において、結果的に何に繋がるのか。みんなはどこまで考えているか。そのあたりはいまだに分からないですね。
『12ヶ月のカイ』
7月22日(土)より池袋シネマ・ロサにて2週間限定公開。人間の女性とヒューマノイドの男性の間に生まれてしまった命をめぐる物語。主人公キョウカが追い求める幸福な人生の中に、ヒューマノイドとの共存は本当に存在するのか、友人たちや母親との会話を通して彼女の人間の女性としての決断を描く。世界9か国の映画祭で13の賞を獲得し、SFファンのみならず業界第一線で活躍する海外の映画クリエイターやSF作家をも魅了した近未来SFサスペンス。https://12monthsofkai.mutsukikameyama.com/
映画は映画館の情報量で観たい
岸田 僕は自分の中でぐるぐる考えて、もう三周か四周している感じですね。映画館でなくても配信プラットフォームで観てもらえれば結果的にはいいのですけど、そのプラットフォームに上がるためには、映画祭で評価されたり、劇場でちゃんとお客さんが入った映画でないとなかなか難しいということも分かってきて。もう一回正攻法でいかないといけないのかと、今はなんとなくそう思っています。
亀山 自分としては、映画を配信、つまりテレビのモニター画面で見るというのは、体験としてまったく違うものだと思っています。映画は映画館で観たいタイプで家では観たくないんです。もっともリファレンスとしてとか、仕事上でとか、配信ドラマは家で観ることはありますが、やっぱり映画館の情報量で観たい。自分で好んで観る作品も映画館で観ないと面白くないようなタイプの映画なんです。劇場という箱で体験させるための映画というのは、今、自分としては面白いなと思っています。
岸田 劇場のような閉鎖空間で、途中で席を立つことがないところで集中して観てもらいたいということですか?
亀山 それもありますが、あの映画館の劇場空間で圧倒的に大きなスクリーンと圧倒的に良い音で聞いていると、実は映画を観ているようで観ていない、別の考え事をしている時間が生まれる。それでも劇場空間は情報量が多いから、まだ物語に戻ってこられるし、それも含めて劇場体験だなと最近は思っています。その体験はたぶん家のモニターでは起こせないんですよね。
岸田 自分は家で配信の映画を観ていると、時々10秒くらい先に行く機能を使ってしまう。つい先が知りたくなって。作り手としては絶対押してほしくないものですけど。
亀山 飛ばして観て映画が理解できるのかどうか。ドキュメンタリーでも、その被写体、ものごとがどうなっていくのかをじっくり映しているカットやシーンが多いじゃないですか? その人の変化を10秒飛ばしたら絶対その文脈はどこかで切れちゃうんですよね。それは観ている意味がないんじゃないかと。
岸田 先を早く知りたいという感覚ですね。だから映画のあらすじも先に見てしまうし。
亀山 それは映画を観るという行為ではなくてお話を知るというところに重きが置かれてるんですよね。
岸田 多分そうですね。
亀山 自分の場合は観ている時間に自分が考えること、感じること、それも含めて映画を体験したいと思っているので、だから話が分からなくても全然いいんですよ。むしろ分からないほうが体験としては面白いなと最近は思います。
高島 興味深いですね。僕はもう映像はスマホで観るもんだと思っちゃってるんで、ほとんど映画館に行かない。だから映画館という場所の体験という発想は全然なかった。大石さんはどうなんですか?
大石 僕も映画館体験は信じているんで、観たい映画は映画館で観ます。ただ配信ではタイトルバックとかは飛ばし見しますね。今の話で思い出したのですが、高校、大学時代はVHSの低速早送り機能でずっと観ていました。そうすると1日3本くらい観られるので。とにかく映画をたくさん知りたいという気持ちで観ていましたね。
岸田 僕も多分そっちに近くて、いっぱい観た上で本当に面白いものはじっくり観るし映画館に行く。今の亀山監督の「劇場体験」という言葉はしっくりきましたね。
亀山 モニターの場合だと、ずっと観てなきゃみたいな気持ちになるかもしれないですけど、映画館で映画を観る時って別に観てなくてもいいってときありませんか? 座ってるだけみたいなときが。映画に入り込んでいなくて、しばらくして戻ってきたときにもなんとなく話が分かるというか、通じる。それはやっぱり情報量がすごく多いので、その情報量の多さに救われるのが映画だと思います。
高島 僕が作っている映像はほぼ広告で、観るのも3分程度でWEBで流れているものばかり。たとえば仕事終わりの電車のなかで、イヤホンして壁に持たれながら観ていたら泣いちゃった、みたいな作品を作るのが好きなんですね。雑踏の中でもより集中してもらってその人の意識を奪おうということに徹底していて、さっきの亀山監督のような発想はまったくなかったですね。
大石 広告の場合、その隙間はないんでしょうね。
高島 そうそう。観せなきゃいけない、みたいな感じで作らされてる。
岸田 あと3分であれば成立するけど、90分も集中させるという映像は無理ですよね。
高島 それは無理ですよね。でも、自分の論法でいつか長編をやってみたいなと思ってはいるんですけどね。
でも、これまで生存戦略会議でいろんな映画監督とお話しさせてもらいましたけど、亀山監督が一番「映画監督」とお話ししている気がする。すごい学びがある。
▲亀山睦木さん
シナリオのないインタビューから生まれたもの
大石 そもそもフィクションを撮っていて、ドキュメンタリーを作ることになって撮り始めて完成させてみて、ご自身にどういうマインドの変化があったのか教えてください。
亀山 私はフィクション畑の人間で、ドキュメンタリーを体験してみると使う脳も体幹も違うし、大変だなと思いました。自分としては脚本の有無が大きかったですね。20名以上の方にインタビューさせていただいて、ある程度こちら側で質問は振ってはいるのですが、自由に話してもらったものをどうやって2時間の中に収めようかと、全部撮ったあとに考えながら編集していったのですが、この工程は脚本のあるフィクションでは絶対ないですから。
大石 映画の最後に出てくるメッセージを軸にして、さまざまなテーマがありつつも1本ストーリーができているように感じたのですが、最初は仮説ベースのシナリオというのも発見できてなかったのですか?
亀山 暫定の方向性はありました。ただ、最初のバージョンでは3時間あって、それを今の尺に絞り込んでいく過程で、最後のバージョンに近い段階で「あるべき形」が見えてきました。脚本があれば物語のゴールは絶対あるので、ゴールがない状態で編集をしていくということは、自分にとってかなり難しかったですね。
大石 観ている側からするとわりとコンセプトがあって作られたように思えて、観終わって見応えがありました。
岸田 課題はありつつ最後は鼓舞される印象を受けて元気が出ました。
亀山 この映画をイベント上映したときも、みなさん一様に元気をもらいましたという感想が多かったですね。
岸田 一方でこれだけ多くの人に話を聞いて、みなさん立場が違いますし、どのようにも受け取れる部分もあって、多様なところもあります。
亀山 そうなんです。若手の監督にしてもいろいろな人間性の方がいらして、映画監督という職業の多様性みたいなものを見せられたらいいなと思っていました。
岸田 この映画の視聴者は映画を作ってる人や業界に向けてある程度フォーカスしているんですか?
亀山 作っているときは、同じように映画を作っている人、同じようなステージの人に向けて作っていましたが、イベントで観てもらった異業種の方からは、世界に出していきたいと思っている他業界の人にも通じるストーリーだねと言われました。
今回20名以上の方に協力していただいたんですけど、特に大御所の方たちとお話しさせていただくと、もう毎回終わりに近づくにつれ、すごい元気をもらうんですよ。インタビューを通して私も元気をもらったぞという感覚を映画に起こして、お客さんに伝えたいなと思っていました。結果的にそうなったのであれば、そこは成功したかもしれないですね。
フィクションとドキュメンタリーの共通項
大石 フィクションとドキュメンタリーを作ってみて、逆に同じだなと思った部分はありますか?
亀山 編集中に、音楽を作ってくださる今村さんに「ドキュメンタリーもフィクションも同じ考え方で作ればいいと思うけどね」と言われたことがありまして。そのときは気がつかなかったのですが、 『12ヶ月のカイ』も『世界で戦うフィルムたち』も画と音をくっつけて完成させるという作業をやっていく段階で考えていることは一緒だと思ったんです。お客さんをびっくりさせたい、観ている人の体の血をいかに巡らせるかということは、フィクションでもドキュメンタリーでも同じように目指していることだなと。自分は観てるときにあまり体が動かないタイプなんですが、観客には観ている最中に血が巡ってほしい、脳みそがびっくりしてほしいという気持ちがある。そういうことはスタッフ、とくに音響の方たちとは話します。
人生と仕事について思うこと
高島 今後、所属されていた会社をやめられるそうで、どういう活動をされていくんですか?
亀山 会社に所属せずに映画を作るということは、これからの体験なので自分でもよく見えていないです。インタビューをした他の若手監督さんが悩んでいることを自分も体験していくんだなと思います。でも映画、映像を作るということはやめないと思います。
話がずれるかもしれませんが、これからの生き方を考えたときに、これまでは仕事という10cmくらいの幅の板の上に自分の人生を積み上げていくような生き方だった気がしたんです。そうではなくて、自分というもっと幅の広い板の上に仕事を乗せると考えたら、もっといろいろな選択肢があるのではないかと思いました。これまで自分の日常生活を考える時にまず仕事が大事だったんです。でもそうしないほうが、ヒトとしてまともに生きられるよなと思って。
もちろん今、映画業界でも働き方を見直そうという動きはありますが、それでもやっぱり仕事という狭い板の上にスタッフの人生を乗せていくようなものづくりをしたら、ある程度までしか行けないような気がしているんです。それをもっと幅広い板に、仕事も、勉強も、趣味も積み上げていけば、もっと面白い積み木ができると思うんですよね。その面白い積み木が、たぶん人としての多様性だったり、働き方の多様さだったり、作られるものの幅広さ、奥深さじゃないかと思うんです。まずは自分というものの幅広さをしっかり認識した上で、その後に、では何を積み上げるかという順番で考えたいと思ってます。
高島 僕もやっと最近気づいたんですよ。僕は映像は完全に職業クリエイターなので、仕事としてしか捉えてないんです。そこでキャリアを積んできたし、仕事の成功が人生の豊かさみたいな時代の人間なんで。でも、この半年ぐらいの間に、あ、それは違うなと思ったんです。大石さんと岸田さんは、映像を作ることが自分の豊かさに繋がっているんですよ。
でも自分は映像作品を作りたいという発想はまったくないんですね。料理を作っているときは自分らしいと思うし、自分というものがある。その料理を作っている自分の延長で広告作品を作ったらどうなんだろうという些細なことを考えてますね。仕事じゃない部分を真ん中に置いてみたらどうなんだろうと。それを43歳にして気がついた。亀山さんも、ぜひ僕が料理作っているところに食べに来てください。今日は、ありがとうございました。