2月11日・12日の2日にわたり開催されたキヤノン「EOS MOVIE スペシャルセミナー」。その2日目のラスト、「EFレンズスペシャルセッション」の模様をレポートする。
EOS 60Dのサンプルムービーとして制作された『Tap on the Door』。現在EOS MOVIEのサイトで公開されている(http://cweb.canon.jp/camera/eosd/eosmovie/)。この作品ではさまざまな種類のEFレンズが使用されている。その使いこなしについて、話を聞いていく。出演はカメラマンの米田一央氏、ROBOTのディレクター斉藤美由紀氏、同・プロデューサー小池一友氏の3名。司会進行はビデオサロン・一柳編集長。
とにかくスタイリッシュでカッコいいものを
映像制作会社ROBOTはCM制作に基軸を置きながら、近年は映画、WEB、グラフィックなどに手を広げており、EOSシリーズのサンプルムービーも手がけている。ROBOTにEOS 60Dのサンプルムービー制作の話があったのは、昨年の6月頃。「EOS 50Dの後継モデルが間もなく出るので、その実機を使って、機能をフルに活用した映像を作ってほしい」ということだった。
60Dを使ったサンプルムービーを作るうえで、3つのポイントが伝えられた。一つはバリアングル液晶。方向や角度を自由に変えられる液晶によるアングルの自由度をアピールしたい。次に、EFレンズの多様性。なるべく多くのEFレンズを使い、その違いが伝わるようにしたい。そして3つ目が高感度。ナイトシーンでもノイズが少なくきれいな映像が撮れることをアピールしたい。以上の3点を押さえつつ、社内で案を練った。「60Dのターゲットはライトハイアマチュア。本格写真趣味派と呼ばれる層で、その人たちが見て“自分にもこういうのが撮れるのかな”と思うような、とにかくカッコいいものを作ろうと。キーワードはスタイリッシュ&クール、そしてファン(楽しい)」(小池氏)
こうして5案ほど提出した中から、タップダンスをフィーチャーした案が採用された。ロケ地は横浜に決定。まさにこのイベントが行われているみなとみらい周辺だ。カット数と制作スケジュールを考えると、なるべく同じ場所にしたい。また、日本ぽくない、バタくさい雰囲気も出したかったという。「ロケ地が横浜に決まってから、ロケハンには3回ぐらい行って場所は相当探しました」(斉藤氏)
左から米田氏、斉藤氏、小池氏
フィルムに近い粒状性
撮影の米田氏は、これまではほとんどの仕事をフィルムでこなしてきた。「デジタルの四角いドットが嫌だったんですよ」とその理由を話すが、最近はEOSでの仕事の機会も増え、Kinki KidsのPVをEOS 7Dで撮影している。「EOS MOVIEは通常のビデオのようなパキパキ感がなくて、人物を撮るときにカクカクすると気持ち悪いですが、そうならないのがいい。これはあくまでも感覚的なものですが、ドットの粒状が丸くて、砂を撒いたようなフィルムの粒状性に近い感じがします。エッジが硬くないんです。フィルムなのかEOSなのかわからないと言われるものが結構ありますよね」
ロケハンにも実機を持っていった。ロケハンで本番用のカメラを使ったのは米田氏も初めて。実は1シーンだけ、ロケハンのときに撮ったものを使用していると斉藤氏が打ち明けた。「今まではありえなかったことですよね」(米田氏)
撮影システムはARRIのサポートロッドにブリッジプレート、マットボックス、フォローフォーカス。モニター確認のためにBlackmagicのコンバーターもつなげている。チェック用のモニターはパナソニックBT-LH80W。これだけ大掛かりになると、小さな60Dの本体がよく見えないほど。しかし、「大きなモニターが必要なのはピントをシビアにチェックするときぐらい」(米田氏)ということで、それ以外ではモニターを外して機動性を上げるようにしている。
本番の撮影は基本的にカメラ1台で通した。一応予備機も用意していたが、トラブルもなく出番はなかった。
アマチュアのためにズームレンズを多用
撮影は7月の蒸し暑い時期、2日間で行われた。多様なレンズを使うというミッションだったが、プロが好んで使う単焦点レンズではなく、あえてズームレンズを中心に使うようにした。「単玉のほうが絞りが開けられるけど、ターゲットがライトハイアマチュアなのでなるべくズームを使おうと。単玉を何本も揃えるのはアマチュアには厳しいけど、ズームなら頑張って買えるので」(米田氏)
このレンズを使ったらどんなことができるのか、レンズ特性を理解しながらそういったアイデアを盛り込んでいく。例えばシフトレンズ。60Dが得意とするローアングルで建物などを撮った場合、特にワイドでは歪みが出る。それをシフトレンズを使って取ってやる。「よくPVなどではシフトレンズをボケを出すために使っていますけど、本来の目的は歪みを取ったり被写界深度を出す(深くする)ためのもの。この映像ではきわめて正しい使い方をしてます」(米田氏)
コンテナがズラっと並んだシーンは、歪みの少ない望遠ズームを使用。これもまた「正しい使用法」である。ズーム中心のレンズ選択だったが、今回特に多用したのが16-35mmで、「このワイドはダンスにはよくはまる。結構使えるレンズでした」(小池氏)。一方、単玉レンズは用途を絞って使用した。例えば、ドラム缶の上で裸足でタップを踏むシーンでは、寄りのカットを100mmで撮影。フレームレートを60pにしつつ、シャッター速度を上げてハイスピード撮影を行った。
撮影可能な時間帯が限られる夕景などは撮影の順番やスケジュールをしっかり決めていたそうだが、あとは天候や移動距離などを判断しながら比較的臨機応変に対応したそうで、「この辺がよさそうだから」という米田氏の思いつきで撮ったシーンもある。「制作サイドからするとびっくりすることも多かった」(小池氏)という話だが、このあたりはEOS 60Dの機動性の高さが発揮されたところで、不意に現れたチャンスを逃さない強みがある。
普段は長いレンズ(望遠)を好んで使うが、今回の撮影ではワイド系が良かったと話す米田氏。
1台のカメラでアングルを変えてテイクを重ねる
「普段の仕事ではまずライティングしてしまう」(小池氏)ところを、この映像ではなるべくライティングをせず、現場の光を活かすようにした。夜のシーンも極力強いライトは控え、「工場などにありそうなランプ」2~3灯程度にとどめ、シルエットを多用して動きで見せることを心がけた。「フィルムでは、逆光のときにどこまで光を入れてよいかのめぼしがつけづらかったけど、EOSではヒストグラムで確認できるので見当がつけやすかった」と米田氏。
ライティングをあまりしないと、暗い室内や夜景は相当に暗くなる。夜景の撮影には明るく写る単焦点レンズを使用した。「黒が完全につぶれてしまうとダメですが、(EOS 60Dの映像は)思ったよりもデータがしっかり残っていて、起こしてみるとちゃんと出てきました」(斉藤氏)
斉藤氏によれば、今回は絵コンテは描かずに、登場する男の心の動き、静から動へという感情の起伏の変化だけを構築していったという。後半の3人のセッションでスイッチが入り、ラストに向けて駆け上がっていく感じだ。同じシーンを何テイクか重ね、それを1台のカメラでレンズとアングルを変えながら撮っていく手法で、編集でアングル違いのカットを躍動感を出すようにつなげていく。音は、タップの現場音とBGM、それに効果音(SE)を重ねている。
「ストーリー性よりも躍動感を出す演出を心がけた」と斉藤氏。
タップに関しては踊りがあらかじめ決まっていて、オリジナルのBGMもできていた。しかし、収録からオフライン編集までの時点では、音楽は仮のものだった。というのも、編集の段階でダンサーの感情の起伏をどう盛り込んでいくかによってつなぎも全体の尺も変わってくるからだ。「尺が決まった時点で、音楽もそれに合わせて調整しています」(小池氏)
QuickTimeで収録したデータをProRes変換して、Final Cut Proでオフライン編集。本編集にはインフェルノを使用。カラーコレクションを行ってトーンの統一感を出し、映像と音をコンポジットして完成となる。
「スタイリッシュでカッコいい映像を目指しました」と小池氏。
今回のサンプルムービーでは、実に14種類のレンズを使用している。エンディングには、シーンごとの使用レンズとISO設定が出ているので確認してみて欲しい。