中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』はシーズン2が6月24日より配信スタート。

第75回 カンバセーション…盗聴…

イラスト●死後くん

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原題:The Conversation
製作年 :1974年
製作国:アメリカ
上映時間 :113分
アスペクト比 :ビスタ
監督:フランシス・フォード・  コッポラ
脚本:フランシス・フォード・  コッポラ
製作:フランシス・フォード・  コッポラ
撮影 :ビル・バトラー
編集 :ウォルター・マーチ/ リチャード・チュウ
音楽 :デヴィッド・シャイア
出演 :ジーン・ハックマン/ ジョン・カザール/ アレン・ガーフィールド/ フレデリック・フォレスト/ シンディ・ウィリアムズ/ ハリソン・フォードほか

サンフランシスコ在住の盗聴のプロフェッショナル、ハリー・コール。ある日、大企業の取締役から依頼を受けて、密会する若い男女ふたり組の会話を盗聴したことから殺人計画に巻き込まれる。やがて自分も盗聴されているという脅迫観念から、次第と追い詰められていく。

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2年目を迎えるウイルスの猛威は未だ止まず、来月にはオリンピックが東京で開催されるという。ちょうど1年前、遠隔による編集作業を余儀なくされた。初めてのことで、普段編集室にて1日で終わる編集が、1週間もかかる進行具合だった。自粛期間中、僕は久し振りに、名匠ウォルター・マーチの著書を手に取ってみた。

僕がその名を知ったのは『地獄の黙示録』を再見した学生時代だった。『ゴッドファーザー』のサウンドエディターで、あのラストシーンの扉の「バタン…」をつけた人だと知って畏怖した。僕の大好きな『ジュリア』の編集もやっている。 『黙示録』のヘリコプターサウンドと、ワルキューレで音響編集のオスカーをゲット。 『イングリッシュ・ペイシェント』で音響編集賞と編集賞をダブル受賞している。

名匠ウォルター・マーチの真骨頂

ウォルター・マーチの仕事から、音の編集ということを知った。『ゴッドファーザー』で名を上げたフランシス・フォード・コッポラ監督が前作の倍以上の予算で『ゴッドファーザーPART Ⅱ』に挑む前に撮った『カンバセーション…盗聴…』という小ぶりなスリラー映画は僕にとって印象深い作品で、名匠ウォルター・マーチの真骨頂と言える。

コッポラ監督が60年代に書きあたためたオリジナル脚本は『ゴッドファーザー』の成功によって熟し、念願叶い映画化された。僕は大学生の時初めてビデオで観た。残念ながら劇場では未見だ。

タイトルバックのオープニングショットが有名な見事な長回しのショットだ。エキストラの仕込みが凄い。サンフランシスコのユニオンスクエアの大俯瞰から、カメラがズームで少しずつ寄っていく。晴れた楽しげな雑踏のなかに、スーツの上にレインコートを羽織っている男の後ろ姿。主人公の盗聴技師、ハリーコールに『フレンチ・コネクション』のジーン・ハックマン。眼鏡に口髭で、ポパイ刑事の時とは全くの別人中年。

賑やかな雑踏のなか、密会するふたりの男女に映像と音がフォーカスされていく。盗聴ターゲットのカップルは雑踏を歩き回りながら密談を進めていく。ふたりを追うハリーの盗聴チームが紹介される。雑踏の音を拾うマイク、ターゲットに向けている指向性ガンマイク、尾行による隠しマイク音が巧みに差別化されていく。路地に停まっているワゴンバンの中が司令室で、マジックミラー越しに写真も盗撮している。

ハリーの相棒スタン役にジョン・カザール。 『ゴットファーザー』の次男フレド役、『狼たちの午後』もうひとりの強盗サル役。遺作『ディア・ハンター』でも同名のスタン役。ほって置けない大好きな俳優。夭折したカザールは生涯5本の映画出演で、全てアカデミー作品賞にノミネートされた稀有な10割アクターだ。うち3本がオスカーをゲットしている。

『カンバセーション…盗聴…』はカンヌ映画祭でグランプリ。コッポラ監督は『ゴッドファーザーPART Ⅱ』と『カンバセーション…盗聴…』2本が1974年度のアカデミー作品賞にノミネートされるという空前絶後の無双状態を迎えることとなる。35歳。

コッポラ監督起用の俳優達が映画界を席巻していく

ターゲットの三つ揃いのエリート風マーク役に、フレデリック・フォレスト。ハリソン・フォードとオーディションでマーク役を競い、役を掴んだ。 『地獄の黙示録』のシェフとのギャップに驚いた。コッポラ映画を支え続けた、盟友名俳優だ。かたや、ハリソン・フォードは盗聴の依頼主である専務の秘書役マーチン・ステット役で不気味に暗躍する。まだハン・ソロ役をオーディションで掴み取る前のハリソン・フォードが適選で良い。大企業の専務役に『ゴットファーザー』コルレオーネ一家の相談役、トム・ヘイゲンのロバート・デュバルだ。名優達を引き寄せる30代前半のコッポラ監督の力量。シナリオとキャスティングで演出の8割は終了するとも言われている。ワンシーンだけ出てくるハリー・コールの恋人役テリー・ガーの贅沢な使い方。コッポラ監督が起用していく俳優達は70年代、80年代の映画界を席巻していく。

「俺たちは盗聴するだけだ、盗聴した中身に興味はない」とうそぶくハリーが、専務秘書の厳つい言動を怪しみ、中身を探り、盗聴した音を解析していく場面が凄い。聞き取れてないふたりの会話を、3つのマイク素材をミックスして整音していく様は正に映画の音響編集そのもの。巧みな編集で繋いでいく。ハリーコールの手元、巻き戻され再生されるテープ、回想の様々な方向からのターゲット男女の会話映像。緻密な整音シーンが見事だ。「私たち…殺されるかもしれない…ジャック・ター・ホテル、日曜日、3時…」という中身を知った盗聴技師の内面が揺れ動く。小さく聞こえる時計の秒針音が凄い。

ゾッとする事件の顛末にコッポラ監督の闇をみた

かつてニューヨークでの盗聴で結果、人が死んだ。教会に通い告解懺悔する彼の抱える罪悪感を知る。サンフランシスコに鞍替えした盗聴技師ハリー・コールの孤独と、ゾッとする事件の顛末に、僕はコッポラ監督の闇をみた。 『地獄の黙示録』に進んでいく当然の道程だ。盗聴する側が盗聴される側に転じるハリー・コールの怯え。レインコートに身を包むのは盗聴の恐怖所以か。

ハリー・コールの孤独を鑑賞しているのが辛かった

ひとり殺風景なアパートでジャズのレコードに合わせてサックスを吹くハリー・コールの孤独を、学生時代の僕は四畳半アパートでひとりで鑑賞しているのが辛かった。クライマックス、マリア像まで叩き割ったハリー・コールの信用できるものとはなんだったのか。サックスを握りしめる主人公に、音楽だけが裏切らないのだ、というコッポラ監督のメッセージに少し救われたような気がした。

盗聴屋の技術品評会の場面にアメリカではこれが当たり前なのかと驚いた。ハリー・コールが楽しそうに見えた唯一の場面だと記憶している。盗聴のプロフェッショナルは世間では認められることは決してない。

ニューシネマの寵児、コッポラ監督の想いを考えると、大学生の時には感じ取れなかった想いが、今、僕の胸を熱くする。



VIDEO SALON2021年7月号より転載