SAMYANG(サムヤン)から登場したシネマAFレンズV-AF用の
アナモフィックアダプターを映画制作の現場で試す。
アナモフィックアダプター・レンズの違い、
それらを使うメリットも交えて解説する。
レポート●桜風 涼
テレビCMの多くが横長のシネスコ動画になってきた。そして、ハリウッドなどの劇場映画では横長のシネスコは当たり前として、もっと広い横長映像が主流である。横長映像は広角レンズでは画質が足りないため、劇場映画ではアナモフィックレンズが使われている。この夏、SAMYANGからシネマAFレンズV-AF用のアナモルフィックアダプターが発売され、すでに世界中で争奪戦が繰り広げられている。
シネマAFレンズに取り付ける1.7倍アナモフィックMFアダプターの登場
SAMYANGから、シネマAFレンズに取り付けるアナモフィックMFアダプターが登場した。これまで普通のレンズに取り付けるアナモフィックアダプターはいくつか登場しているが、水平調整など使い方が面倒であまり普及していなかったが、そのような煩わしさを解消し、なおかつ劇場映画にも応える超高画質な製品となっている。
アナモフィックの利点と特徴は後述するとして、製品の概要を先に解説しておく。まず、同社のシネマAFレンズであるV-AFシリーズは、劇場映画撮影に必要な画質(写真用レンズに比較して柔らかいなど)を備えつつ、AFでも使える6本の単焦点レンズシリーズだ。20mm T1.9, 24mm T1.9, 35mm T1.9, 45mm T1.9, 75mm T1.9, 100mm T2.2と明るい。
レバーを動かすだけでアダプターがガッチリホールドされ、電気接点からピント情報がプライマリーレンズへ送られる。プライマリーレンズ内でその情報が処理されて正しいピント合わせが行われる。また、アナモフィックアダプターで面倒だった水平調整の必要もない。ただし、アダプターを斜めにセットした歪んだ表現はできない。
このV-AFの前面にはバイヨネット式のマウントと電気接点が設けられ、すでに発売されているMFアダプターと、今回発売になったアナモフィックMFレンズアダプターが装着することができる。この2つのアダプターがプロの映画撮影で必要とされるMFを非常に高度に合わせることができるツールで、270°の回転角があり、巻き尺で距離を測る映画式のピント合わせにおいて、すべてのレンズで正確なピント合わせが可能になる。
今回登場したアナモフィックMFアダプターは20mm T1.9以外のレンズで使うことができる(MFアダプターは全レンズに対応)。ただし、センサーサイズによって以下のような対応となる。
アナモフィックMFアダプターのセンサーサイズによる対応
V-AF 20mm | V-AF 24mm | V-AF 35mm | V-AF 45mm | V-AF 75mm | V-AF 100mm | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
APS-C | 画角 | 非対応 | 21mm相当 | 30mm相当 | 40mm相当 | 65mm相当 | 90mm相当 |
静止画 | × (周辺光量低下) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||
動画 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||
フルサイズ | 画角 | 21mm相当 | 20.5mm相当 | 27mm相当 | 45mm相当 | 60mm相当 | |
静止画 | × (周辺光量低下) | × (周辺光量低下) | × (周辺光量低下) | 〇 | 〇 | ||
動画 | APCクロップ時のみ対応 | △ (状況により周辺光量低下) | 〇 | 〇 | 〇 |
アナモフィックアダプターとは何か?
アナモフィックアダプターは、ワイドコンバージョンレンズの一種として考えるといい。つまり、横だけが広角になるアダプターだ。詳細は後述するが、ハリウッドの映画では大多数の作品でアナモフィックアダプターやアナモフィックレンズ(アダプターなしで横長に撮れる)が使われている。これは、映画に必要な没入感や臨場感を出すには横長フォーマットが有利だからだ。それゆえ1920年代にアナモフィックレンズが開発され、1950年台には世界中の映画会社が独自のアナモフィックレンズや複数カメラを横に並べて後で合成するような手法まで開発されてきた。
最近では16:9のセンサーにアナモフィックアダプターを付けてシネスコ(シネマスコープ)やそれ以上の横長の作品を作っているのが現状だ。それゆえSIRUIからは誰でも簡単に扱えるAPS-C用のアナモフィックレンズが発売されているし、もちろん、これまで通りに普通のレンズの前に取り付けるアナモフィックアダプターもある。
アナモフィックレンズ(アナモフィックレンズが内蔵された撮影レンズ)と普通のレンズに装着するアダプタータイプがあるということはご理解いただけたと思うが、両者の違いを簡単に解説しておく。
もともとは、普通のレンズの前に取り付けるアナモフィックアダプターが多用されてきており、普通のレンズにはできない特殊な表現にも使われている。アダプタータイプの場合、元の普通のレンズを『プライマリーレンズ』と呼び、アナモフィックアダプターを『セカンダリーレンズ』と呼ぶ。このふたつのレンズを使うアダプター式では、ピント合わせがプライマリーとセカンダリーの2箇所で行う。
つまり、ふたつのピントリングを同時に動かすダブルフォーカスを行う。まぁ、アダプターによってはプライマリーを無限遠にセットして、セカンダリーだけでピント合わせを行うものもある。ただし、セカンダリーだけでピント合わせをするタイプでは解像力や収差の低下が起こりがちで、映画の現場では両方のレンズでピント調整を行うダブルフォーカスが用いられることが多い。つまり、画質重視ならダブルフォーカスとなる。ただし、ダブルフォーカスは、ふたつのピントリングを異なる量だけ動かすことになるので、操作が難しい。巻き尺を使った数値によるフォーカスが必要なのだ。
一方、アナモフィックレンズ内蔵の一体式のレンズ(SIRUIなど)、つまりプライマリーとセカンダリーが一体化したレンズの場合は、ダブルフォーカスを機械的に内部で行うため、ひとつのピントリングでピント合わせが可能なので、上記のダブルフォーカスのような職人芸は必要としない。そのため、だれでも簡単に高画質で撮影することができる。筆者もSIRUIのアナモフィックレンズを使っているが、普通のMFレンズと同じように使えるので重宝している。
アナモフィックのソフトフォーカスが映画では使われている
さて、プロはあえてダブルフォーカス式を使うのか、それは前述のように画質を重視するなら一体式レンズでも良いのだが、ダブルフォーカスには一体式にはないメリットがある。それはプライマリーとセカンダリーのピントをずらしたアナモフィック独特なソフトフォーカス効果が使えることだ。映画ではフィルターを使ったソフトフォーカスを用いるのは当たり前になっているが、これは写真と違って高すぎる解像感は観客の目を疲れさせることにあるとも言われている。それゆえ、数百万円するシネレンズは、数万円の写真レンズよりも解像感や収差が悪いことが多い。それよりも、柔らかい描写の方が良いのだ。映画では、さらにプロミストなどのフィルターを使って光源に応じた柔らかさを作り出す。
ここまで書くと、ダブルフォーカスの片方をズラすことで、フィルターを入れたのと似た独特なソフトフォーカスが作れるのがアナモフィックアダプターの魅力だということにお気づきだと思う。しかも、光学フィルターは効き具合を変えるために複数の違う濃さを用意して交換しながら撮影を行うことになるが、アナモフィックアダプターの場合には、リングをズラすだけで効き具合を無段階に調整可能だ。これが未だにダブルフォーカスのアナモフィックアダプターを使う理由にもなっている。
今回登場したSANYANGのアナモフィックMFアダプターは、通常時はセカンダリーのピントリングだけで操作する。プライマリーは、セカンダリーのピント位置情報から自動的に調整されるので、あたかも一体式アナモフィックレンズと同じように動作してくれる。一方で、プライマリーとセカンダリーを一定量だけズラす『ソフトフォーカスモード』が搭載されていて、ずらし量をレンズに与えると(オプションボタンを押しながらリングを回すとズラし量を変えられる)一定のボケ量を維持したまま、1つのピントリングで正確なピント合わせが可能になる。
なぜ横広(アナモフィック)映像が必要なのか
それは圧倒的な没入感を演出るすためだ
SAMYANGのアナモフィックMFアダプターの詳細レビューを行う前に、なぜ、ハリウッドなどの劇場映画では16:9(横が縦の1.78倍)ではなく、もっと極端に広い横長映像が使われるのか解説しておこう。
これは大画面で見た時の没入感を出すには横長映像が必要だからだ。映像は写真やテレビと違い、映画という物語の中に観客を引き込むことが肝要なのだ。写真やかつてのテレビは、4:3(1.33倍)のフォーマットが使われてきた。これは比較的小さな画面を人が見る時に、その隅々まで見るのに適しているためだと言われている。
一方の映画は前述の没入感を出すために人の視界よりも広いフォーマットが使われてきている。没入感や臨場感というのは、まるで観客がその場にいるような感覚のことを言うが、映画には必要不可欠なのだ。極端な例では360°パノラマ映像のように、観客を取り囲むことで、映像を現実のように見せることもある。映画制作者において横長映像がどれだけ必要とされてきたのかは、1950年代には『ワイド戦争』と呼ばれる横長フォーマットの技術開発競争が起きたことでもわかる。
そのようにして1950年代から横長映像は多用されるようになり、歴史的には『ベン・ハー』が2.76倍と4:3の横が約2倍、16:9の約1.6倍の映画が一世を風靡した。チャールトン・ヘストン演じるこの映画は世界的に大ヒットし未だに名作として名を残しているが、戦車戦での迫力の原動力として、この広い横長映像が一役かったことは言うまでもない。
余談だが、明るいレンズを使って背景をぼかすことが流行っており、そのような映像を『シネマチック』と呼ぶこともある。これは狭い16:9という画角の中で背景を感じさせながら「見せない」という手法で、これも没入感を高める(つまり、主要被写体を引き立たせる)ことになる。
明るいレンズによる背景ぼかしの没入感も悪くないが、撮影時にピンボケの危険性が増すし、無駄にNDフィルターを入れる必要が出て画質低下が起きる。NDの品質が上がったことも事実だが、コントラスト異常や色被りは避けられず、レンズが持つ本来の性能がかなり損なわれる。
一方のアナモフィックレンズの場合、主要被写体を引き立たせるためにぼかす必要がない。これは実際に使ってみないと分からないのだが、上の作例1では、F8まで絞っても主要被写体にきちんと目がいくという動画独特の表現ができた。誌面では静止画のために、全体へ目がいくと思うが、動画を見ると歩いている人に目が行き、ドラマを感じられる。これを16:9で撮ってしまうと、上下に地面や空が映り、主要被写体以外に目がいってしまいがちなのだ。
作例2-1では、人物のバストアップなのに、背景が十分に広く奥行きが感じられる。十分に絞ってあるので人物が動いてもピント調整はほとんど必要としない。作例2-2は、トリミングで16:9にしたもの。人物だけを見せているような構図でありながら、障子が気になり没入感が低くなっている。こういう構図の場合には大口径でボカしたくなるわけだ。
さて、もうひとつの問題として、大口径レンズを使ったボカし動画では没入感を損なうことがある。動画の場合、ピント調整を行うと背景描写が変化して、そちらへ意識が持っていかれることがあるのだ。フォーカスブリージングがその代表だが、それよりも背景のボケ量の変化の方がやばい。一般的にはブリージングを嫌う傾向があるのだが、ブリージングはズーム効果を伴うので、実は没入感を高めることにつながる。つまり、悪いわけではなく、ブリージングを効果として使うこともある。
一方、ブリージングのないレンズの場合、ピント調節によって背景のボケ量変化すると、単に背景が動いたように見えるために観客の集中力を阻害することがある。それゆえ、動画ではリアルタイムAFが邪魔になってMF撮影することがあるくらいだ。被写体が歩きながら近づいてくる(もしくは遠ざかる)のでなければ、フォーカスの移動は気づかれない程度の最小限に止めることが必要だ。
その点、横長映像は、それだけで主要被写体を引き立たせる効果があるため、むしろ絞り込んでパンフォーカスに近づけて使うことができる。
どのくらいの横広が動画に適しているのか?
16:9はダメなのか?
横広フォーマットが、さまざまな点で動画には必要だということはお分かりいただけたと思う。
それでは、ハイビジョン放送や最近の動画カメラで主流となっている16:9(1.78倍)の没入感はどうなのか?
16:9(1.78倍)は4:3の1.33倍よりは広いが、フィルム時代の映画では、2倍を切るフォーマットはほとんど使われてこなかった。つまり、動画を見るには中途半端なのだというのが歴史的な結論だ。さて、ハイビジョン規格の制定において16:9が生まれたのはなぜか? それは、ハイビジョン放送が企画された時に、横が2倍を超える映画をテレビで放送するのに4:3よりも横が広いフォーマットを要望されたからだ。一方で、これまでの4:3の番組も同時に放送する必要性があったために、映画で標準的なフォーマットになっていたシネスコ(シネマスコープ)の2.35倍よりも狭く、4:3の1.78倍よりは広いフォーマットで、なおかつ、4:3を表示した時の左右の黒みがそれほど目立たない比率が求められ、結果的に16:9に落ち着いた。
つまり、16:9はデファクトスタンダードになってしまったのだが、映画制作者からすると非常に中途半端で扱いにくい画角だと言える。つまり、すべての画面を注視できる4:3よりも広くて主要被写体を引き立たせるのが難しいために見る人の注意が散漫になりやすく、シネスコのような没入感も少ない。没入感で重要なのは、見せたい主要被写体はアップにしやすく、臨場感を高める周辺の映像はどこまでも横に広い方がよいということだ。
家庭用モニターが大型化したことも、横広映像が好まれる背景になっている。50インチを超えるモニターを目の前にして16:9映像を見ると威圧感が強くて思わず離れたくなる。離れればそれだけ没入感が下がる。痛し痒しだ。ところが同じモニターにシネスコ以上の横長映像を表示すると、威圧感がなく、適度な距離で見ることができる。人間は上下が広すぎると威圧感を感じるらしい。いずれにせよ、映画のような大画面でも横長の方が見やすいということは、前述のとおりである。
普通の広角レンズで上下をカットするシネスコと何が違うのか?
ソニーのカメラZV-E1などは画面の上下を切ってシネスコにするモードを搭載しているが、これとアナモフィックはどこが違うのか? 一番の違いは、歪みがプライマリーレンズに依存するため、広角な画角なのに作例3、作例4のようにアナモフィックには歪みがほぼないことだ。
超広角レンズを使ってしまうと、作例4のような人物配置だと、距離感もデフォルメされて遠く見えてしまう。そのため、アナモフィックでない超広角レンズを使ってドラマを撮る場合には、人物の距離を極端に近くしないと作例4のような距離感が出せない。具体的言えば、撮影時にはふたりの距離は1.5mほどなのだが、これを20mmの超広角レンズで撮ってしまうと数m離れた距離に見える。
これは演技をさせる上で非常に重要になる。普通のレンズでふたりの会話を撮影しようとすると、現実の世界よりも近くで演技をすることになる。かなり顔が近くなり、演技がぎこちなくなる要因となる。しかし、アナモフィックを使うと、自然な距離感で演技ができるため、演出上のメリットもあるといえる。
また、撮影時にもメリットがある。それは上下が狭いのでマイクや照明を入れやすい。特にマイクを人物の直近に設置できるので、音質向上が楽にできるのだ。
つまり、あらゆる点で横長は映画にとって恩恵が大きいのだ。
各レンズの描写をレビュー
それでは、各レンズのレビューに移る前に、この製品の倍率と編集時の処理を解説しておく。
このアナモフィックMFアダプターは1.7倍と、非常に広い画角を提供してくれる。16:9のセンサーの場合、なんと縦横比が3:1(3倍)だ。ベンハーの2.78倍を超える横広サイズになる。ちなみに、1.33倍のアナモフィックアダプターだとシネスコになり、1.6倍だとベンハー(MGM 65)と同じくらいになる。横が広すぎると感じる場合には、横を多少クロップして使えばいいだろう。
もう少し直感的な言い方をすれば、このアダプターはフルサイズ撮影の場合に横が0.6倍になる。つまり100mmレンズに装着すると60mm相当の横幅になる。縦はもちろん元のレンズと同じである。ちなみにAPS-Cモードの場合には0.9倍だ。ただし縦は1.5倍換算なので100mmレンズは横が90mm、縦は150mm相当になる。覚えにくいので、横がレンズそのものよりちょっと広く、縦は1.5倍と覚えるようにしている。
さて、アナモフィックで撮影した素材は、編集時にどうしたらいいのか? 実か簡単で縦を58.8%に縮めるのがいい。筆者の場合は4K 16:9で撮影し、縦を58.8%に(1200ピクセル程度になる)としている。これで横解像度は4K、縦解像度はFHDと同等だ。ただし、劇場映画にする場合には、それをさらにFHDに落とす(つまり、横が1920ドット)。これは劇場の映写機がFHDまでしかなく、4K上映は実質的に不可能だからだ。
では、レビューに移ろう35mm~100mmの4本はフルサイズモードで撮影している。24mmだけAPS-Cモードである。
まとめ
誌面でアナモフィックの横長を見ると、こんなに短冊状で良いのかと心配になるかもしれない。しかし、15インチ以上のモニターに顔を近づけて劇場で見ているのと同じような視界に入れてみると、没入感の高さを味わってもらえると思う。
購入のアドバイスとしては、まず、フルサイズの場合には45mm(広角用)と75mm(標準と中望遠を表現できる)を持っていれば映画のほとんどのシーンを撮影することができるだろう。
一方、画質を重視するならAPS-Cで撮ることを推奨したい。この場合は35mmと45mmを推奨する。APS-Cの場合、レンズの中心付近を使うことになるため、周辺まで綺麗に描写してくれるのはもちろんのこと、V-AFの24mm~100mmの5本を使える(フルサイズは4本)。被写界深度も広いほど見栄えがするので、そん点でもAPS-Cが有利だ。
筆者は現在、2本の劇場用映画を企画中だが、このレンズとアナモフィックMFアダプターで撮影するつもりでいる。完成は来年になるだろう。
なお、今回の作例はYouTubeにアップしているのでご参照いただきたい。
短編『湊に滅ぶ』
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