「夜の氷河と天の川」の撮影に必要な条件を整理



ネットで確認してから現場特定することで詳細な計画を立てた上で撮影に臨める

いざ企画を進めていくためには、あるかどうかわからないアイスフォールを探さなければいけません。アイスフォールとは、急勾配やカーブで氷が落ちるときの重みで氷が上に割れて押し出されている場所のことです。そういった際に役立つのが「Google Earth」です。大まかな場所をGoogle Earthで探してから現地のリサーチアナリストやコーディネーターにその場所の緯度・経度を送り、実際の現場を確かめてもらうという段取りを組みます。

まずは、Google Earth上で南半球に移動し、ニュージーランドのタスマン氷河があるマウントクック周辺を探しました。タスマン氷河はテレビで見たことがあり、今回の条件に合いそうだと感じていた場所でした。アイスフォールは、急斜面やカーブしている部分の近くにある可能性が高いです。しかし、アイスフォールの両側に山がそびえ立っていると、東から昇ってくる天の川が見えず、今回の映像の条件にそぐわない可能性もあります。

Google Earthでアイスフォールらしきポイントを見つけたら、3Dビューで立体的にも確認し、「東側が見通せるアイスフォール」「天の川や月が見える」などの条件を満たしている場所かを確認していきます。このように、Google  Earthを使ってバーチャル上で地形を確認してから実際の場所を特定していくことで、事前に詳細な計画を立てた上で撮影に臨むことができます。



Google Earthの使い方

Google Earthで南半球に移動し、ニュージーランドのあるマウントクック周辺へ。


拡大して、アイスフォールの発生する条件を意識しながら急斜面やカーブを中心に探していく。


アイスフォールを見つけたら右下のコンパスアイコンで方角を確認し、東側が開けていることを確認する。


3Dビューで見ることで、山の谷間や天の川から月が上がってくる様子や見え方が予想できる。


Google Earth@2024 AirbusCNES / AirbusMaxar Technologies








細かな条件が揃う時期を調べるために星空のシミュレーションソフトを使用

次に、天の川に関する条件として、撮影する時期や時間、方角などをリサーチしていきます。南半球では、4月から6月にかけて天の川の中心部がちょうど頭の上に昇ります。また、天の川が地平線から東の空に昇ってくるタイミングやアイスフォールの高さ情報なども加味した上で考える必要があります。

今回の映像では、演出として暗闇から徐々に明るくなりつつ周辺の様子が見えてくるというシーンにしたいので、月明かりを照明代わりに使うことにしました。つまり、月が出てくるタイミングが非常に重要になります。また、最初に星空が見えて、その後に月が昇ってくるというドラマチックな映像展開にするためには、真夜中に月が昇ってきてほしい。さらに、月と星空と氷河を同時に表現するためには、満月のような明るいものだと成立しないため、半月よりも細い月齢が望ましいです。

そういった細かな条件が揃う時期を調べたい場合は、星空のシミュレーションソフトを使用しています。僕がよく使うのは「ステラナビゲータ12(アストロアーツ)」というPC用の星空シミュレーションソフトです。似たようなスマホ用の無料アプリもありますが、ステラナビゲータ12は非常に細かい情報までシミュレーションできるので重宝しています。

ステラナビゲータ12の使い方

ステラナビゲータ12

星の動きを正確にシミュレーションできる、PC用の星空シミュレーションソフト。30日間無料の試用版を公開している。

公式サイト:https://bit.ly/stellanavigator


左メニューの[場所]をクリックして表示される世界地図で、アイスフォールのある位置を大まかにポイントすると、現地の星空と地上の景色が表示される。


日時を設定する。5月31日が半月なので、翌日の6月1日に設定。6月1日の夜空がシミュレーションされる。


東の空から天の川が昇ってくる様子をアニメーションで確認できる。右側には月・太陽が出る時間、入る時間も表示されている。


アニメーションを進めていくと、天の川を追うように東よりも若干北側から細い月が昇ってくるのがわかる。


レンズの焦点距離を設定して実際の撮影のイメージをシミュレーションすることも可能。天の川がいつフレームインするか想定できる。









一晩で起こる状況を8台のカメラでさまざまな方向・焦点距離で同時撮影する

スタッフとともに現地に到着したら、まずは山岳ガイドからここ1週間ほどのアイスフォールの状態をうかがいます。山に登ることになるので天候情報を重要視した上で、決行のタイミングを判断していきます。

今回は登山自体が目的ではなく、あくまでテレビ番組の撮影なので、氷河の上で数日間キャンプをして撮影するという計画でした。そのため、大量の機材や荷物を持っていく必要があり、ヘリコプターを使用しました。ただし、山岳用のヘリをチャーターするのではなく、山小屋などを順次回る、乗り合いのヘリコプターを利用することで現場経費を削減しています。

タスマン氷河をヘリで昇っていくと、Google Earthで見た光景が現実に広がっていました。アイスフォールの位置にはクレバス(氷の裂け目)がたくさんあります。クレバスに近付けば30m以上落ちてしまう可能性があり、慎重に行動をする必要があります。

現地にヘリが到着したらまずテントを設営し、機材や防寒着を収納してからロケハンに向かいます。シューズにアイゼンを装着し、アイスフォールを登りながらどこにカメラがあれば思い描いた映像が撮れるかを考えつつ、設置場所を探していきます。また、テレビ番組なので一晩で起こる状況を複数のカメラで同時に撮影する必要があり、このときはさまざまな方向・焦点距離で8台のカメラ機材を仕掛けています。設置場所が決まったらスライダーやモーションコントロールなどを使って、撮影中に自動でカメラワークができるよう特機を仕掛けていきます。また、設置した場所同士は距離が離れているため、すべてのカメラにタイマーを仕掛けます。各カメラに何時何分何秒から何秒間隔で撮影を開始するかを設定し、インターバルタイムや露出も指示します。それぞれの条件をインプットしたらテントまで戻り、夜を迎えれば自動的に撮影が始まるという流れです。

撮影機材だけでなく数日間キャンプをするための荷物も必要になる。
ヘリに荷物を積み込み、三脚などの長物はヘリの足部分にくくりつけて現場まで移動した。
テントを設営した状態。ヘッドライトが映像に映ってしまわないよう、カメラの撮影条件を設定したら、足早にテントへと戻る必要がある。
アイスケイブ(氷の洞窟)の中から星空を収める撮影を別途竹本さんが提案。天の川の中心がピタリと穴の隙間に来るよう計算して撮影された。
長時間のタイムラプス撮影をするため、三脚の足をスパイク仕様に交換、ロープワークで氷に固定。さらにアイススクリュー(氷用のペグ)を打ち、しっかり固定。


使用機材一覧

・ニコン D810A

・ニコン D810E

・キヤノン EOS 6D(改造機)

・キヤノン EOS 5D Mark III

など計8台

・ニコン 14-24mm f/2.8G ED

・タムロン SP 15-30mm F/2.8 Di 

・SAMYANG 12mm T3.1、14mm T1.5、24mm T1.5

・キヤノン EF15mm F2.8 フィッシュアイ

・BENRO フラット三脚

・KONOVA 150cm電動スライダー

・Dynamic Perception 180cm電動スライダー

・TOAST Technology モーションコントローラー








タイムラプスを使った撮影手法とは?

肉眼で認識できない動きを可視化する表現

タイムラプスムービーとは、カメラのインターバルタイマー機能を使って、一定間隔で連続撮影した大量の静止画の連番ファイルを動画化する撮影手法のこと。タイムラプスを使うことで、肉眼では認識できないような非常にゆっくりとした動きを可視化することができる。

例えば、星の動きのように実際に目で見ても動いていることがわからないものの動きを可視化する表現として、タイムラプスは非常に適している。

20時〜朝方5時までタイムラプス撮影することで、夜に咲き、朝方にはしぼむ月下美人の美しい姿を捉えた。





優れた絶景撮影とは

プロとアマチュアの決定的な違い

撮影の前段階でどれだけ詳細に完成形のイメージを頭の中に想像できるか

決定的瞬間を捉えること自体は、アマチュアの方でもよくあります。例えば、偶然スマホで事故現場を撮影するなどもそうですね。では、プロとアマチュアの違いとは何なのか。それは、撮影の前段階でどれだけ詳細に完成形のイメージを頭の中に想像できているかということです。動画であれば、時間軸の中でどういう風に映像が変化し、展開していくのかを、現場へ行く前にイメージすることがアマチュアとの差別化になります。

例えば、上の月下美人の映像の場合、つぼみの状態から撮影を始めますが、ピントはめしべに合わせたいんです。でも、つぼみの状態ではめしべが見えませんよね。そこで、つぼみの裏側から強力なライトを焚いて、そのシルエットからめしべの位置を確認しておきます。また、このような撮影は一発で成功するものではないので、月下美人自体も何度か観察を重ねてから本番の撮影に臨みます。事前に観察することで、開花の兆候の見極め方や、つぼみがどのくらい首を持ち上げるのかがわかるようになります。そして、開花のピークの状態を想定して、最も美しいシーンを撮影するための構図を検討します。ルーズに構図を取れば全体が映りますが、決め打ちで開花のピークに合わせた構図を狙うのがポイントです。

アマチュアの方から「どうやったらうまく撮れますか?」といった質問をよく受けますが、月下美人にしてもいろんな種類があり、大きさや咲くタイミングなど、それぞれに異なる特徴があります。だからこそ、いきなり撮影するのではなく、まずは被写体の観察が重要なんです。観察を通じて、どのような展開が起こるかを理解し、タイミングによって必要な機材やライティング、フォーカスの位置を決めていくことができるようになります。その上で本番撮影に臨むことで、計算し尽くされた完璧なストーリーを持つ映像を撮れるようになるというわけなんです。

新たな絶景を見つけるために

計算やシミュレーションに基づいた撮影により思いもよらない絶景を再発見できる

絶景と呼ばれるような場所で撮影する機会は映像関係者であれば割と多くあるかと思います。例えば、地方の観光ビデオを作るときなど、地元の人が教えてくれる「撮影するならここからがいいですよ」といった定番の場所がありますよね。そういった撮影スポットに行く際には、本記事で解説した要素を頭に入れながら、改めてその場所をロケハンしてみてください。地元の人が定番としている場所ではなく、別の場所やタイミングで撮影することで映像自体にも磨きがかかりますし、地元の人にとっても思いもよらない絶景を再発見できるいい機会になるかもしれません。ぜひ皆さんも、行き当たりばったりの絶景撮影から卒業して、計算やシミュレーションに基づいた絶景撮影をしてみてください。いつ、どこから見るかによってすべてが変わることを意識し、綿密なリサーチを進めることで、きっと新しい絶景に出会えるでしょう。