木村博史(クリエイティブディレクター)


こんにちは、クリエイティブディレクターの木村博史です。今回は私の新刊『はじめての動画制作読本』でも書いた「動画を発注する時のために知っておきたいこと」を、発注者である企業担当者に加えて受注するクリエイターの立場からも考えてみたいと思います。

というのも、動画制作にかかる企業とクリエイターの間の不平不満やトラブルが多いのですが、その理由の多くが、立場、作業、目的、運営の相互認識不足。要は相手の理解とコミュニケーション不足に集約されるからです。

トラブルの元になるアバウトな依頼と見積り

依頼側によくあるのが「アバウトな依頼」。「動画を作りたい」とだけ伝えられるものです。これは依頼者が動画や制作過程について理解していないことから起こることなので、私は「家」に例えて説明し理解してもらうようにしています。「家を作りたい」と言われても、平屋か二階建てか、さらには内装はどうするのか、となってしまいます。動画だって同じ。具体的な仕様や目的が定まっていないと制作することができません、と。

ところが受注側のクリエイターからも推測や見込みで「アバウトな見積り」が出てくることも多いのです。動画制作一式など「一式」でアバウトにまとめられている見積書です。もちろん明細にすると大変なことを依頼者と共有できていればそれでもいいのですが、自分のスキルや実績をベースにしたり、やってみないとわからないし、と依頼者と感覚共有をしないままアバウトな見積りを提出してしまっています。

だからこそ見積書の費目は丁寧に確認することが大切ですし、しっかりとしていれば制作進行での費用の追加削除もシステマティックに行えます。なにより見積りの透明性と詳細さは信頼関係につながります。

密なほどのコミュニケーションが大切

動画制作には円滑なコミュニケーションが欠かせませんが、ここもトラブルが多いように思います。企業担当者からよく出る不満が「進捗説明の連絡がない」「突然追加費用を言われた」「納期なのにできていないと言われた」というものです。

これは“待つ”委託側と“作業中”の受託側の感覚のズレに要因があるようです。

受託側は作業に集中もしたいし物理的に時間がかかることはどうしようもないことを知っていますが、待つ委託側は受託者が何をしているかわかりませんし、制作に取り掛かっていないのではとの疑念すら生まれてしまいます。

これを解決するのが、進捗説明のコミュニケーションなのですが、ここが上手くいっていないのです。

多くの受託者が「伝えていました」とか「あの時言いました」と言うのですが、これがトラブルの原因です。「伝える」も「言いました」も主体は受託者側、委託者の「理解と納得」を得られていないのです。

私は自分の思う五割増しくらいで丁寧に説明しないと相手の理解は得られないと思うので、Eメールでも説明が長文になりがちなのですが、トラブルになっている案件のEメールの履歴などを見ると「確認用の動画をお送りします」とか「ご確認お願いします」だけで具体的な説明がないものが多いのです。

自分の思う五割増しくらいでと書きましたが、コミュニケーションはクドイくらいがちょうどよいというのが実際なのです。

企業ならではの事情を理解する

制作側が委託者である企業の内部事情を理解していないが故に起こるトラブルが組織のヒエラルキーや業務分掌、予算や発注稟議にかかることです。

組織にはヒエラルキー(階級)があります。また決定権者はひとりや一階層とも限りません。さらに理に叶うものもあればそうでないものもある。でもそれはどのようなものであれ委託者側の運営制約なのです。

このヒエラルキーは複雑怪奇なので受託者がすべてを知る必要はありませんが、配慮してあげることはとても大切です。時として過去の修正指示と真逆の指示になることもありますが、状況を受け入れて対処することが必要です。もちろん理不尽なことに泣き寝入りするのではありません。例えば台本や構成表に過去の指示履歴が残るメモ欄を作るなどで過程管理をするのです。「前にそう指示しましたよね」などの正論は時として運営を妨げることを理解し、委託者側が運営しやすいように対応することもプロとしての受託なのです。

また企業には部署や担当ごとの業務範疇や責任事項を定めた業務分掌があります。常識的に回答できることでも業務分掌にそって然るべき部署に確認しなくてはいけないことも多々あります。受託者からすると「なぜ判断できないんだ」とイライラすると思います。特に会社組織を経験したことがないと想像もつかないがためにトラブルの種になってしまうのです。しかしこれを無視しての運営はありえないので、委託者側の事情を理解して共に動いてあげることが一番なのです。

また、契約や予算管理も業務分掌にそって行われます。そのため100円であっても担当者が勝手に判断できないこともあります。

ここも受託者側の「それくらいは何とかなるでしょ」という感覚相違がトラブルにつながっています。大手企業ほど予算管理や運営は厳粛で都度稟議が必要だったりするのです。

だからこそ費用の追加が発生する時には見込み時から状況をお互いに把握して対処を検討しておくことが必要です。

もし予算なので低くなるほうには寛容であれば、見積り時に予算幅を持たせた余裕のある金額の見積りにしておき、その説明を見積書の該当費目に付記するなどしておきます。その上で納品時に「確定(最終)見積書」という形式で委託者に提出し承諾をいただいて請求書を発行します。保険や工事など数値確定が見積り時に難しい場合に使われる「確定精算方式」を動画制作にも使うのです。

情報保持と廃棄証明などの対応も

動画制作時に企業のガバナンスにかかる撮影素材、編集データ、資料などを預かることがあります。

このような時は委託者と制作データの保持期間を確認するようにしましょう。確認は契約書ではもちろんですし、納品書に記載してもいいでしょう。いずれにせよ双方の理解が必要な項目として対処します。

また企業ガバナンスとして、情報を破棄したことを受託者に証明してもらう「廃棄証明書」を必要とすることもあります。


情報管理が大切なことは誰もが知るところではありますが、企業にはガバナンスとしてやらなくてはいけない処理があります。受託者はこのことをしっかりと理解して対応しなくてはいけません。

動画制作の受発注におけるトラブルの多くは、相互理解とコミュニケーション不足から生じていることがわかりますね。

この溝を埋めるための緊密なコミュニケーションは商業クリエイティブである限り避けることはできないのです。



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●VIDEO SALON 2024年9月号より転載