中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。主な作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2024年10月25日よりアマゾンPrime Videoで『龍が如く〜Beyond the Game〜』が全世界同時配信!


第117回 天城越え

イラスト●死後くん

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製作年 :1983年
製作国:日本
上映時間 :99分
アスペクト比 :ビスタ
監督:三村晴彦     
脚本:三村晴彦 、加藤  泰      
製作:野村芳太郎、 宮島秀司
撮影 :羽方義昌
編集 :鶴田益一
音楽 :菅野光亮
出演 :渡瀬恒彦 /  田中裕子  / 樹木希林  / 加藤  剛  /  平 幹二朗  /  伊藤洋一ほか

家出した14歳の少年の小野寺は、天城越峠の旅の途中で出会った娼婦のハナに心惹かれていく。しかし、その道中で土工が殺害されハナが容疑者として逮捕される。30年後、田島と名乗る老人が訪れ、ある印刷を依頼するがそれは「天城山の土工殺し事件」に関する物だった。。

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12月14から20日までラピュタ阿佐ヶ谷で『天城越え』が上映されている。「狂犬暴走・生誕80年渡瀬恒彦の役者稼業」と題した特集上映が嬉しい。

1978年の10月放送のNHK土曜ドラマの放送で、松本清張原作の『天城越え』を観てしまったのは小学5年の時だった。大正最後の年、14歳の家出少年と店抜けした娼婦との天城峠での邂逅の物語に、僕は惹きつけられた。娼婦大塚ハナ役に大谷直子、少年役に鶴見慎吾。殺される職工役に佐藤 慶。この3人が素晴らしかった。これが名作というものかと思った。5年後『天城越え』が映画化された。中学3年になっていた15歳の僕はテレビスポットで予告編を観て小躍りながら映画館へと向かった。

田中裕子の色艶やかさが格別

大塚ハナに田中裕子。舞台は原作、NHKドラマの設定、大正15年が太平洋戦争前の昭和15年へと変更されていた。田中裕子は『北斎漫画』『ザ・レイプ』という映画で身体を張った演技を見せていたが、『天城越え』は彼女の色艶やかさが格別だった。長襦袢の着こなしが絶品で、女性の首筋、素足がこれほど色気のあるものかと。「小股の切れ上がったいい女」というが、この小股とは一説にはアキレス腱からふくらはぎにかけてのことを示すらしい。助監督時代、工藤栄一監督から「明日の衣装は、天城越えやな……」と呟かれた僕は、長襦袢だと気づき『天城越え』を観ていて良かったと安堵したことがあった。

天城峠で風来坊の土工が殺害される。天城峠で情交を結んだ娼婦のハナが逮捕される。取り調べは苛烈だ。娼婦という職業、店抜けしたという事情、一夜を過ごしたとする氷室小屋に残った小さな九文半の足跡から、刑事たちは断然ハナを犯人だと決めてかかる。

直視できないくらいのすさまじさ

新任の田浦刑事に渡瀬恒彦。警察の尋問は数多の冤罪事件を生み出してきた。取り調べシーンがすさまじい。手加減のない渡瀬恒彦の張り手、それにも怯まず立ち向かう田中裕子。直視できないくらいのすさまじさだ。初監督の三村晴彦監督はカット割りで誤魔化すことなく俳優たちの本気を引き出して行く。ハナが「はばかりに行きたい」と嘆願するも床に叩きつけられる。「仕掛けは入りません、自前で行きます」と本当におしっこを漏らしてみせた。恐るべき28歳の田中裕子はこの年の女優賞を総なめにした。

逃避行する映画に惹かれる

鍛冶屋が嫌だと家を飛び出してきた少年は、自分の母と叔父が情交をしているのを知っている。兄が住む修善寺に向かうには天城越えをしなくてはならない。その道中、裸足のハナと出逢う。僕は人が逃げる、逃避行する映画に惹かれる。母を奪われたと感じる少年が姉のような、母親のような天真爛漫な天女のようなハナと出逢う。14歳の性衝動が土工へ刃を振り翳す要因となる。

松本清張は大正末期に天城山中で起きた土工殺害事件を静岡県警の資料から読み知る。16歳の鍛冶屋の少年が物盗りで土工を襲った事件だ。モデルがあったとは。清張恐るべし。川端康成の「伊豆の踊り子」と対比する作品を企て娼婦大塚ハナを書き込み、事件を文学に昇華し名短編を創り上げた。NHKドラマには清張本人も出演している。清張がものすごい。

道中の天城峠の美しさがハナの艶やかさを引き立てる。美しい陽光から一転して夜の闇が恐ろしい。運命を分ける天城トンネル。ここで少年とハナは別れる。天城トンネルを抜け、戻った先に少年が見たハナと土工の情交場面。草むらの中のドリーショットは胸が苦しくなる。

NHKドラマと映画の対比

NHKのドラマは和田 勉が演出している。最大の相違は殺される土工の描き方だ。佐藤 慶が演じた土工は、子供の頃父親に殺されかけた。それ以来生きるも死ぬも他人任せ。何を聞かれても「しらねえ」というようになったと。「しらねえ」は名セリフとなった。映画の土工はまともに言葉を話すこともできない野獣のように描かれている。少年にとって、ハナを危険に晒す対象としていささか強調されすぎているようにも感じた。NHKドラマではハナの少女時代も回想される。映画では少年の性衝動や母親を奪われると言う観点を主に置く。母親役の吉行和子と小倉一郎の情交もしっかりと描く。NHKドラマの情交を見せない演出も大変素晴らしい。両作品の対比は大変勉強になる。

雨の中の美しく切ないカットバックに震えた

雨の中、ハナが警察署から連行される、少年との最後の場面。雨の中、ハナが少年に気づくカットバックのカットに僕は映画館で震えた。なんと美しく切ない場面だろう。スローモーションの雨に濡れるハナの美しさ。映画とはスクリーンで表現するものだ。「さ・よ・な・ら」と口元が動いたように見えた。シナリオか監督か俳優か、誰の仕業か知りたくなる。3つのショットを重ねる編集の妙。しかも2番目、3番目は若干フォーカスが甘いようにも見える。ということは、NGカットを使ったと言うことか? 望遠レンズで、ハイスピード、雨の中の動きながらのアップショット。全てにフォーカスを合わせることは至難の業だ。

80年代の映画人たちの底力

夭折した菅野光亮のテーマ曲が物哀しく美しい。土工が殺害される山の斜面を転がり、川まで行くものすごいワンシーンワンカットにもこのメロディーが奏でられる。80年代の映画人たちの底力に畏怖する。残虐な場面に哀切なメロディーはこの映画が常に少年の側にいることの証明だ。

30年後、ハナが釈放されたのち病気で亡くなったことを老いた田浦刑事から知らされる元少年。生死を彷徨う手術の中、ハナを最初に見た姿が脳裏に浮かぶラストカット。NHKドラマのラストは老いた田浦刑事が物思う天城トンネルの前からトンネル内にトラックバックして行くラストカット。両者とも悔恨の情だ。

僕も5年前にようやく訪れた天城トンネルの前で老刑事と同じポーズをとった。天城山隧道と彫られた文字は少年の時に観たドラマ、映画と変わらず、トンネルはそこにいた。


●VIDEO SALON 2025年1月号より転載