御木茂則
映画カメラマン。日本映画撮影監督協会理事。神戸芸術工科大学 非常勤講師。撮影:『部屋/THE ROOM』『希望の国』(園子温監督)『火だるま槐多よ』(佐藤寿保監督) 照明:『滝を見にいく』(沖田修一監督)『彼女はひとり』(中川奈月監督) など。本連載を元に11本の映画を図解した「映画のタネとシカケ」は全国書店、ネット書店で好評発売中。
2013年に公開された映画『そして父になる』(是枝裕和監督)は、国内外で高い評価を受けた作品で、特に第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したことは大きな話題になりました。
野々宮良多(福山雅治)は、手にしてきたものは自分の才能と努力で勝ち取ってきたと自負をする、大手建設会社に勤めるエリートサラリーマンです。都心の高級マンションに妻・みどり(尾野真千子)と息子・慶多(二宮慶多)と暮らしています。
慶多の小学校受験が近づいた11月のある日、みどりが慶多を産んだ地元の群馬県の病院から連絡がきて、慶多が実は病院で取り違えられた他人の子どもだったことが判明します。
野々宮良多とみどりは取り違えられた、自分たちの本当の息子を育ててきた夫婦、斎木雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)に会います。野々宮良多は自分が理想と信じている暮らしとは全く違う暮らしをしている斎木一家と距離を置きますが、野々宮みどりと斎木ゆかりは母親同士ということで、次第に仲良くなっていきます。
野々宮家と斎木家は何度かお互いの子どもたちを行き来させたあと、子どもたちを交換します。野々宮良多は本当の息子の斎木琉晴(黄升炫)と過ごしながら、自分にとって理想と信じてきた生き方を次第に見つめ直すことになります。
ふたつの家族の服装と背景に着目して見る
取り違えがなければ、野々宮家と斎木家は出会うことがなかった対称的な家族です。たとえば着ている服装は、野々宮家はシンプルなモノトーン系の高そうな服装で統一されているのに対し、斎木家はチェック系の柄物の安そうな統一感のない服装です。
両家が弁護士や病院関係者を介さず、子どもを連れて互いの家族だけでショッピングモールで会うとき(22分51秒〜)や、河原でキャンプをしたあと(79分36秒〜)に家族全員で記念写真を撮るときのショットなどで、両家の服装の違いがよく分かります。
ショッピングモールでは、野々宮良多が両家の関係で主導権を取るシチュエーションがあります。このときに野々宮良多と斎木雄大を交互にバストサイズで映すショット(25分48秒〜)では、服装の違いと人物の背景の選び方が効果的に使われています。
野々宮良多が着ているのは紺のジャケットで、背景はシンプルな青い壁とクリスマスツリーで、映像からは落ち着いた印象を受けます。斎木雄大が着ているのは赤と茶と白と青の派手なダウンジャケットで、背景はアイボリーとオレンジ色の壁、他の家族が行き来をして、映像からは野暮ったい印象を受けます。
このショットを交互に見ると、野々宮良多の印象が強く、斎木雄大の印象は弱く見えることで、良多が優位な立場に立っていることが感じられます。
実は両家への照明の当て方も違っている
照明の当て方を変えることでも、ふたつの家族を対称的に見せることをしています。野々宮家と斎木家の4人が病院の応接室で、病院関係者を交えて初めて会うとき(15分55秒〜)です。
このシーンでは窓から入ってくる外光をメインの照明に使っています。野々宮家が座るのは窓側、斎木家が座るのは扉側で、テーブルを挟んで向かい合わせに座ります。野々宮家側への光は、背後から当たるので彼らの顔は暗めになっています。斎木家側には正面から光が当たるので、彼らの顔は明るくなっています。
このシーンの照明で4人の見え方に明暗をはっきりと作っている理由は、いくつか考えられます。斎木家側を明るくするのは、斎木雄大とゆかりが着ている黒系の衣装が、野々宮良多や病院関係者と色味が似ているので見え方の印象を変えるためと思われます。これは斎木家が初登場するシーンなので彼らの顔を見やすくして観客に印象づけるためと考えられます。野々宮家側を暗くするのは、彼らの深刻な気持ちを映像からも感じやすくするためと思われます。
次に病院関係者と弁護士を交えて、ファミリーレストランで会うとき(29分48秒〜)にも、同じような照明と席の配置で野々宮家と斎木家の4人は座りますが、このとき野々宮家の顔は病院のときよりは暗くしていません。おそらくは斎木家が普段着で来ていて、服装で違いが充分に出ているので、照明で違いを強調し過ぎないようにしたと思われます。
野々宮家と斎木家の経済的な差を映像で見せる
本当の子どもたちを初めてお互いの家に泊めるシークエンス(35分35秒〜)では、両家の経済力の差が対比するように描かれます。斎木家の様子が最初に描かれて、次に野々宮家が出てくるという順番です。
斎木家は古くてみすぼらしい店舗(電気屋)兼住宅に住んでいるのに対して、野々宮家の住む高級マンションは生活臭が少なく、インテリアはモデルハウスのようです。夕飯の献立は斎木家はゆかりの手作り餃子で、野々宮家は高そうな牛肉のすき焼きです。
斎木家の最初のショットでは斎木ゆかりが食卓に餃子を持ってくるのを家族が手拍子で迎えます。野々宮家の最初のショットは卓上コンロで焼かれる牛肉のアップです。
それぞれ最初に映されるショットは対称的な両家、貧しいけど賑やかな斎木家、裕福な野々宮家を描きます。
映像の印象を音でより強調する
この映像から受ける印象をより強めているのが効果音です。我々が映画を観ているときに聞こえている音は、何がしかの意図を持って後から音を足したり消したり、聞こえ方を調整されている音です。
この夕飯のシーンで、斎木家で最初に聞こえてくるのは手拍子の音、野々宮家は肉の焼ける音です。どちらの音もそのシーンの中で一番大きく聞こえる音に調整をして、映像から受ける印象をより強調しています。
夕飯を食べるシーンではこのあとも、音からも斎木家と野々宮家の違いが描かれます。斎木家では、家族6人の話し声、箸がお皿に当たる音、咀嚼する音、咽せる音など、たくさんの音が重ねられることで、賑やかさが感じられます。野々宮家では、話し声と同じぐらいの大きさで、熱い肉を息で冷ます音、椅子を引くときの音、野々宮良多が斎木琉晴の箸使いを正すときの音などが聞こえます。小さな音を大きく聞こえるように調整をして、家の中の静かさを強調する音の演出をしています。
柔らかい音質と甲高い音質を対比させている
翌日の昼になって、このシークエンスの終わりが近づきます。斎木家側のシーンの最後のショットは、斎木雄大が壊れたラジコンカーを修理したあと、電気屋の店内で雄大を中心に皆が集まって試走をさせるショットです。走り出したラジコンカーを斎木家の末っ子が追うのを見て、雄大が笑い出すと野々宮慶多を含めた全員が笑い出します。
次の野々宮家のシーンでは野々宮良多は休日出勤をしたので、妻のみどりと斎木琉晴だけが部屋にいます。静かな部屋の中で琉晴が木のボールを落とすと、カラコロと甲高い音を立てて転がっていく木製のおもちゃで遊んでいます。みどりは少し離れてソファーに座って、編み物をしています。ここでは柔らかい音質の笑い声と、甲高い音質の木製のおもちゃの音を、同じ音量で続けて聞かせて、斎木家と野々宮家の雰囲気の違いを鮮明にします。甲高い音は観客の気持ちを落ち着かせないことで、野々宮家での斎木琉晴のお泊まりが順調ではないことを感じさせます。
明るいトーンの斎木家と暗いトーンの野々宮家
この翌日のシークエンスでは自然光を生かした照明が使われています。
東京と群馬で場所こそ離れていますが、このシークエンスの照明の使い方は、斎木家と野々宮家の4人が病院関係者と会ったときに、向かい合わせで座る彼らに、照明で明暗差を作ったことを思い出させます。
斎木家側は自然光が正面から全員に当たる、明るいトーンの映像です。野々宮家側はカメラの位置が窓向けで、光が逆光になるので、野々宮ゆかりと斎木琉晴をシルエットのように見せる、暗いトーンの映像です。
明暗をはっきりとさせたふたつの家族の映像は、明るいトーンの斎木家側からは、斎木雄大はつかみどころがないけども、おおらかに包みこむような暖かさを持っていることを感じさせます。暗いトーンの野々宮家側からは、野々宮みどりが夫の良多に言えないでいる、息苦しさや気詰まりを感じさせます。
参考資料 :Blu-ray『そして父になる』特典DVD/ブックレット 「そして父になる」【映画ノベライズ】(是枝裕和 佐野 晶)
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