御木茂則
映画カメラマン。日本映画撮影監督協会理事。神戸芸術工科大学 非常勤講師。撮影:『部屋/THE ROOM』『希望の国』(園子温監督)『火だるま槐多よ』(佐藤寿保監督) 照明:『滝を見にいく』(沖田修一監督)『彼女はひとり』(中川奈月監督) など。本連載を元に11本の映画を図解した「映画のタネとシカケ」は全国書店、ネット書店で好評発売中。
◉『ドライブ・マイ・カー』における色温度の違いを利用した照明(前編)
https://videosalon.jp/series/eiganouramado_45/
原作の小説「ドライブ・マイ・カー」(村上春樹)では、家福悠介(西島秀俊)の愛車は、黄色いサーブ900のコンバーティブルです。濱口監督は村上氏に手紙を出して、映画『ドライブ・マイ・カー』では赤いサーブ900のルーフ付きに変更することを了承してもらっています。赤を選んだのは、現実の風景の中では黄色は目立たないため。ルーフ付きに変えたのは、オープンカーでは走りながらクリアな台詞を録音するのが難しいためです。
録音だけでなく車内の撮影にはさまざまな制約があります。芝居がよく見えるカメラの位置は限られているので、単調な映像になりやすいです。照明も光を当てる位置が限られています。車が走る場所も背景を選んでいるので、どこで撮っても良いというわけではありません。
『ドライブ・マイ・カー』(以下『ドライブ』)のスタッフは、脚本が意図することを読み解いて、丁寧な工夫をして俳優たちの感情の変化を映像からも描いています。
家福の座る位置の変化で家福とドライバーの関係性を描く
『ドライブ』の上映時間179分のうち、車が走っているシーンは50分ほどあります。車内のシーンでは、家福(かふく)と専属ドライバーの渡利みさき(三浦透子)の関係性は、物語の進行に伴い、家福が車の中で座る位置が変わることで描かれていきます。
初めに家福は助手席の後ろに座ります。家福はみさきの運転している姿を見やすく、みさきもルームミラーで家福を見ることができる、お互いに相手を見られる位置関係です。
家福が次に座るのは運転席の真後ろです。家福からはみさきの運転する所作が見えなくなり、みさきもルームミラーで家福が見えづらくなります。ふたりがプライバシーを保ちながら、少しずつお互いを知り合える位置関係と言えます。
最後に家福が座るのは助手席で、お互いの顔が見やすい位置関係になります。ふたりはそれぞれに目を逸らしていた過去を話せるようにします。家福の座る位置が変わることで、ふたりの関係性が変わる演出は、濱口監督は脚本の段階から想定をしています。
ふたりの関係の始まりを見せるカメラの位置
家福の座る位置が変わると、カメラの置かれる位置も変わります。最初(47分41秒〜)は家福が助手席の後ろに座って、みさきが運転する車に初めて乗るときです。家福がみさきの運転技術を見定めていることを、カメラ位置からも見せます。家福を映すショットは正面と横からのふたつ、みさきは家福からの主観で運転をする後ろ姿のショットです。
途中(50分42秒〜)からは、カメラ位置が変わります。ふたりの横顔をアップで映す単独のショットになります。家福の主観のショットがなくなることで、家福が後ろからみさきの運転を見るのを止めて、彼女を信頼し始めたことを感じさせます。
ふたりの横顔の単独のショットを、カメラは家福は顔の左側から、みさきは顔の右側から撮っています。このアップのショットを続けて見ると、ふたりが顔を向かい合わせて視線を交わしているように見えて、ふたりの交流が始まったことを感じさせます。
相手に対する関心を見せる横顔と視線
家福の座る位置が運転席の真後ろに変わると、カメラ位置も変わります。家福は斜め右前からの正面のショット、みさきは右斜め後ろからの後ろ姿のショットです。
この家福の座る位置で、カメラの位置が変わるのが、演劇祭のドラマトゥルク(舞台における職分)のコン・ユンス(ジン・デヨン)と、家福の芝居に出演をする俳優イ・ユナ(パク・ユリム)の家で、夕食を共にしたあとの帰り道(90分3秒〜)です。ふたりは互いに自分の身の上話をします。
家福とみさきの横顔のアップで映す単独のショットを、交互に見せるカットバックが続きます。カメラはふたりの右側に置いて、顔を同じ向きに撮っています。ふたりは同じように相手に対して興味を持っていることを見せます。
ツーショットを使う意図とは?
このシーンの最後のほうで、手前にみさき、奥に家福が入る縦位置のツーショット(92分42秒〜)があります。このツーショットには濱口監督の明確な演出意図があります。
ツーショット(引きの画)を使うと、観客は誰と誰が話をしているのか画で分かるので、位置関係を想像をしないで済みます。『ドライブ』の車内のシーンでは、できるだけツーショットを使わずに、それぞれを単独のショットで撮っています。
単独のショットが続くことで、観客に誰と誰が話しているのかを想像させて、映っている俳優を見ることにも自然に意識が集中して、ちょっとした所作も気がつかせる意図があります。この演出が可能になるのは、車内ならばどこに誰がいるのか、ツーショットで位置関係を見せなくとも、位置関係を想像しやすいためです。
このシークエンスでツーショットを使ってふたりの位置関係を見せることで、観客に家福とみさきがより親しくなったことを明確に示します。
みさきの仕草で見せる内面の変化
みさきをアップで捉えるこのツーショットでは、彼女の内面で大きな変化が起きていることが分かります。運転中のみさきは、視線を逸らさずにずっと前を見続けていますが、このショットで初めて視線を外します。
みさきが運転を上手い理由を話しているとき、家福が相づちを打つと、彼女は横に視線を逸らします。みさきが話し終えたあと、家福が再び相づちを打つと、今度はルームミラーをチラリと見ます。家福の顔を見ようとするみさきの仕草は、家福のことをより知りたいと思っていることを感じさせます。
目線から伝わる家福の心情
家福が助手席に座るきっかけになるのは、家福の妻・音が書いた脚本で仕事をしたことがあり、今は家福の芝居に参加をしている俳優の高槻耕史(岡田将生)とバーで話したあとになります。高槻の滞在しているホテルへ車で送る途中、ふたりは音についての会話を始めます。
『ドライブ』の核心といえるこのシーン(119分49秒〜)は、後ろの座席に並んで座る家福と高槻を、斜め正面から単独のバストショットで交互にカットバックで映すことから始まります。家福が音の秘密について話し始めると、カメラはふたりを撮るサイズと置く位置を変えます。
カメラは家福と高槻のサイズをアップに変えて、カメラのレンズを見つめるカメラ目線になる位置に置きます。サイズが大きくなったことで、ふたりの目線がどこを見ているのかが分かりやすくなります。
高槻は視線を逸らさずに話すのに対して、家福はたびたび視線を逸らすことが目立ちます。家福が視線を逸らすことは、高槻の話を現実として受け止めたくないことを観客に伝えます。
ホテルに着いて高槻が車から降りるとき、家福も一旦車の外に出ます。家福は、妻の音を誰よりも理解している自信を失わせた高槻から、少しでも早く離れたいので、車がすぐに発車をできる助手席に咄嗟に座ります。
ふたりに生まれる強い信頼関係
家福が助手席に座ってから最初のシーン(113分45秒〜)になるのが、高槻と別れたあと高速道路で家福の滞在する宿へ向かうときです。みさきは高槻が話したことへの感想を率直に話し始め、家福は無言で聞き続けます。カメラはふたりの横顔の単独のアップのショットを交互に映します。
家福は相づちだけしたあと、みさきに煙草を勧めて自分も煙草を吸い始めます。みさきは煙草の煙を逃すためにサンルーフを開けて、吸うとき以外は煙草を持った手をルーフから出します。家福もみさきの真似をします。
ここでカメラは、家福とみさきの顔を斜め正面から映す位置に変わります。サンルーフを開けたことで暗かった車内には、高速道路の水銀灯の光が入り、ふたりの顔を明るく照らします。カメラの位置と光の変化からも、家福が自分の内面に踏み込む、みさきの言葉を受け止めたことを見せます。
このシーンの最後のショットは、家福とみさきの煙草を持った手が仲良くルーフから並んで出ている、ふたりの間に生まれた強い信頼関係を見せるショットです。カメラは車外から撮ることで、ふたりの手の背景には、丸くボケた街の灯がたくさん光っています。幻想的な背景は、このショットをより印象的に見せます。
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