文●永渕雄一郎(midinco studio) 取材・構成●編集部 岡部
映画『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』の公開に伴い、生成 AI とクロマキー合成を駆使した本作の PR 動画が新たに撮影された。本誌はその撮影現場を取材し、本作の脚本・監督・編集・出演と PR 動画制作総指揮を自ら務めたオダギリジョーさん、PR動画のプロデューサーを務めた春田寛子さんにそれぞれお話を伺い、AIを活用した撮影の裏側、新たな技術により広がる映像制作の可能性について語ってもらった。
オダギリジョーさん インタビュー
――今回撮影された『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』のPR動画において、生成AIを使用することになった経緯を聞かせていただけますか?
電通クリエイティブピクチャーズの安部さんから「AIを利用した短い動画を作ってみませんか?」というお話をいただいたのがきっかけでした。自分も今までやったことのないことだったし、生成AIはこれからの映像が関わらざるを得ない重要な存在だとも感じていたので、「早い段階で自分が経験させてもらえるのであれば、ぜひ」ということで今回携わらせていただくことになりました。
――実際に生成AIで制作された背景をご覧になってみて、いかがでしたか?
撮影現場で軽く合成した段階のものでも、かなりのレベルの高さだったので、ここからさらに細かく直していけば、質の高いものになるんだろうと思っています。より馴染んで、違和感もなくなっていけばもっと自然な仕上がりに近づくだろうなと今から楽しみにしています。

――今回の撮影技術によって、今後どのようなことが実現できると思いますか?
以前に撮影した『Vocument』というドキュメンタリー映像ではバーチャルプロダクションを使ったんです。それはそれでとても面白かったんですが、準備が結構大変だったんですね。インカメラVFXという手法で、LEDディスプレイに投影するための背景を3DCGで全て制作しなければならないので、それだけでも莫大な費用と期間がかかるんですよね。でも、今回のようにAIで背景を作ることができるなら、そこまでの準備は必要なくなりますよね。もちろんAIに携わる方は大変だけれど、チーム全体としては楽になるのだろうと感じます。今回、せっかくの機会だったので自分でもやりたい企画をいくつかあげさせてもらったんです。そのアイデアのひとつがカーアクションの映像なんですが、あのシークエンスを実際に撮影するとなると、かなり大変な撮影になるんです。現実的に撮影許可が下りる場所がないかも知れません。
ほかには自然現象なども難しいですよね。竜巻を撮影したいと言っても、発生するまで待つなんて、とても現実的ではありません。僕も以前『ある船頭の話』という映画を撮ったときにどうしても雪が欲しくて、そのときは奇跡的に降ってくれたから良かったものの、自然が相手だと人間はどうすることも出来ないですからね。だから、映画やテレビの撮り方も今後はだいぶ変わっていくと思うし、現実的に撮影が難しかったシーンもAIを使ってうまく撮れるようになるのであれば、脚本を書く段階で「これはお金がかかるからどうせ無理だろう」と諦めていたシークエンスを諦めなくても良くなりますよね。制作費が抑えられると同時に、この技術によってよりクリエイティブな時代になり得るんじゃないかなと期待していますね。

春田寛子さんインタビュー
――PR動画の撮影・編集における連携はどのようにされていたんでしょうか?
前提として、今回の案件は基本的に社内のスタッフだけで作るという目的を持って臨みました。本来、社内でこういった作業を行う際には、DIT(Digital Imaging Technician)という撮影現場で映像データを管理し、カラーマネジメントや合成が成立するか確認する専門スタッフが必要ですが、今社内にはそのセクションの方がいないんです。しかしながら、当社にはVFXスーパーバイザーが在籍している為、現場での合成の整合性チェックだけでなく、生成AIも含めた映像技術全般をサポートする体制が整っています。また、当社にはカラリストも在籍しているため、色や照明の調整をしたいときのために現場へ来てもらっています。というのも、AI生成では色を自由にコントロールすることが難しいんです。例えば、生成した背景のコントラストが強めに出てしまい、その画をもとに合成作業を行なうとなるとコントラストを高くした設定で撮影をしなければ馴じまなくなります。そういった際に細かな調整も含めてどういう方向にしていくのかを相談するために、現場にカラリストを呼びました。そして、今回はCM撮影ではなかったのですがCM屋として尺の中に収める面白さのようなものをできるだけ追求しました。なので、15秒などの尺の中に編集が収まるかを確認するためにオフライン編集のスタッフにも現場に入ってもらっています。
――今回のように社内のスタッフが撮影現場に入ることは多いんでしょうか?
そうですね。普段のCMでは、Premiere Proのオフラインエディターが現場に入ることが多いです。尺やカット割りなどの編集をある程度ざっくりとしてもらって、その場でクライアントさんやクリエイティブの方に見てもらうことで安心してもらえるという効果もあるので、一般的になっています。昔はAvidを現場に入れるのに何十万とかかっていたのが、今はMacを現場に持ってきてくれれば何でもやれてしまうので。だから、いろんな金額が上がっている反面、昔よりも安く同じような事ができる状況でもあるんですよね。ここ10年くらいは、テレビのADも現場でPremiere Proを使うし、ポスプロでもAvid環境を探すほうが難しいかもしれないです。そもそもコロナ以降は、ポスプロに行かずにオフラインの編集を会社の会議室で済ませてしまうことも増えました。
――PR動画撮影に使用した機材について教えてください。
今回の撮影では、カメラはARRI ALEXA 35、レンズはZEISS Supreme Primeを使用しました。現段階ではまだ、AIで生成した背景はカメラやレンズの焦点距離などの情報がわからないため、実際に撮影する人物と生成した背景の焦点距離をドンピシャで合わせたいならば、ズームレンズで探りながら撮影を行うというのもひとつの方法です。ただ、今回はシャープでクリアな映像にすることを目標にしていたため、あえて単焦点レンズを使って撮影しています。

――生成AI×クロマキー合成を駆使した撮影と、バーチャルプロダクションによる撮影の違いについて教えてください。
オダギリさんには、過去に私が統括プロデュースを務めた短編映画『mopim(ムパン)』にも出演していただいたんですが、その際はバーチャルプロダクションを駆使した、LEDディスプレイに実景の撮影データを投影するスクリーンプロセスでの撮影を行いました。この手法を採用することで、背景映像の前で俳優の演技を撮影することができ、俳優をロケに連れて行くコストやリスクを削減できるようになります。一方、台風や竜巻など特殊な天候や現象を背景に使う場合は、通常の撮影と同じくその状況が発生する機会を待たなければならないことがデメリットでした。しかし、今回のように生成した背景映像をグリーンバックで撮影した人物の映像にクロマキー合成することで、どんな背景とでも人物を組み合わせることができます。これによりバーチャルプロダクションのデメリットを打ち消すことができ、さらにロケ撮影自体のコストもカットできます。ただ、現状では正面の画しか生成できないため、例えば車内からの環境の反射などを作る場合は横や天井にも映像を出す必要がありますが、そういった部分はまだ整合性を保てる状態ではないという状況です。なので、何を撮影するのかといった用途によって検討しなければいけない技術ではありますね。どちらの技術が優れているということではなく、方法論としての選択肢が多くあるほうがいい、というのが当社の目指しているところになります。要は、企画を実現するにあたり、何が最適なのかを選べるようにしたいんですよね。

――最後に、AIを使った制作フローや生成のポイント、現状の課題などについて教えてください。
生成AIで背景映像を制作するフローとしては、Adobe FireFlyという画像生成AIツールで元素材となる静止画を作ってから、それをもとに背景動画を生成するという流れになります。ただ、現状では簡単にそれができるという状態までは来ていないので、「AIを使えば何でもできる」という誤解は早めに解かなければいけないなと感じています。そうしなければ、クライアントからも「何でも簡単にできるのに、なぜこんなに費用がかかるんだ?」と言われる場面が増えてしまうと思うので。とにかく大量に生成をしてAIの癖や情報を溜めていくのが生成のポイントで、今回も車の1カットを出すだけでも何百枚と生成した上で選りすぐりのものを使用しています。なので、その手間と労力が見えにくいんですよね。オダギリさんのように制作に携わっている方であれば感覚的に理解してもらいやすいのですが、その部分をクライアントにも伝えてしっかりと理解してもらうことが現状の課題ではあります。明るい未来と暗い未来とが混合しているというのが正直な感想ですが、映像制作における今後の未来を想像するとワクワクはしますね。オダギリさんも仰っていましたが、この技術を活用することで費用面やリスク面でこれまでできなかったことが実現できる可能性は大いにあるし、想像したものを実現できる範囲が確実に広がると考えています。
『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』

9月26日(金)よりロードショー
◾️あらすじ
狭間県警鑑識課警察犬係のハンドラー・青葉一平(池松壮亮)の相棒・オリバーは、なぜか一平にはぐうたらな着ぐるみの中年男(オダギリジョー)に見えていた。ある日、隣の県のカリスマハンドラー・羽衣弥生(深津絵里)が一平ら鑑識課メンバーのもとを訪れ、同県で失踪したスーパーボランティアのコニシさん(佐藤浩市)の捜索協力を依頼する。彼が海に消えていくのを見たという目撃情報を手掛かりに、一平とオリバー、弥生はコニシさんのリヤカーが残されていた海辺のホテルへ向かう…。
◾️Staff
脚本・監督・編集・出演:オダギリジョー 企画・プロデュース:山本喜彦、音楽:森雅樹(EGO-WRAPPIN’) 撮影:儀間眞悟 照明:永井左紋 録音:秋元大輔 配給:エイベックス・フィルムレーベルズ
■公式HP:https://oliver-movie.jp
■公式X:https://x.com/oliver_movie