北村匠海、林裕太、綾野剛が共演する、闇ビジネスから抜け出そうとする若者3人の逃亡サスペンス映画「愚か者の身分」。先日、釜山国際映画祭で、3人が揃ってThe Best Actor Award (最優秀俳優賞)を受賞したことでも大きな話題となった。今回は、この作品の永田琴監督に制作の舞台裏について伺った。

永田琴監督

大阪府出身。岩井俊二監督をはじめ数々の撮影現場で助監督経験を経て、2004年にオムニバス映画『恋文日和』で劇場公開デビュー。以降、映画『渋谷区円山町』、『Little DJ〜小さな恋の物語』、WOWOWドラマ『分身』、『変身』、『片想い』などを手掛ける。

若者が抱いている人間関係の“希薄性”を描く

――今回の作品は、永田監督ご自身が企画をスタートさせたものと伺っています。どのような経緯で今回の作品を考えられたのでしょうか。

若者の貧困やなぜ若い人が犯罪に走るのかというテーマやトー横に来る少女たちなど、若い世代の新しい流れについて自分が関心を持ちはじめ、そういった題材の資料収集、ノンフィクションやルポを読むなど、多くの情報を集め始めたのがきっかけです。その時期、私自身も今後の方向性を模索していて、今後のテーマとして、そうした若者の貧困や犯罪をテーマに映画制作をすることができるかもしれないなと思い企画をスタートさせました。

原作を探していた際、今回の映画の原作である西尾潤さんの小説『愚か者の身分』を読んで、自分の描きたいテーマをその小説に反映できるのではないかと思い、企画を立ち上げました。そうして幾つかのところに企画を持っていった中で、今回プロデュースをしてくれたTHE SEVENの森井プロデューサーが制作を引き受けてくれたような流れになります。

――監督ご自身が、実際に歌舞伎町などでお話を聞くようなこともあったのでしょうか?

現場で直接インタビューをしたわけではありませんが、ただ、歌舞伎町に出入りしていた女性の話などは伺いました。夜の街の状況やそこに関わる人たちの話を聞くうちに、実際の生活や感覚が分かってきたように思います。そうした女の子たちは「パパ活をしたい」といった言葉を口にしますが、その理由を聞くと、お金というより、私のことを見てくれる存在が欲しいと答えたりするんです。本当に、人恋しい、寂しい感情が強いのだと感じます。

私の育った時代では考えられない人間関係自体の「希薄性」を感じ、それは今回の映画で描きたかったことのひとつでもあります。会っていても、心を許していない感じとか、昭和生まれの私からしたら考えられない距離感とか…。友達のようなフリをして、関係性自体が希薄で、「本当に言いたいことは言えていない」というような感覚です。本当に愛されることを欲しているのだなと感じました。

“ジグゾーパズル方式”で描かれる物語

©2025映画「愚か者の身分」製作委員会

――社会問題を扱いつつサスペンス映画としても魅力的な作品だと感じました。制作段階でこの両立について、どのように考えておられましたか?

私はドラマ制作にも長く携わっていて、実のところ、サスペンスドラマは得意な分野です。「次はどうなるのだろう」と観客をドキドキさせるひっぱりの方法など、これまで培ってきた技術的な部分に自信があったので、原作にある展開の面白さの力を借りて、自分がやりたいテーマをどう組み込むかについて考えて組み立てていきました。

自分の伝えたいことやテーマ性だけをしつこく押し出しても観ている人に届かないでしょうし、まずは3人のキャラクターの魅力、飽きさせないようなサスペンスならではのスピード感を重視しつつ、その分、心情描写に関しては丁寧に扱おうと考えました。

――本作は3人の視点でバトンが渡されるように物語が展開されていきます。このような視点の変化の工夫はどのような狙いがあったのでしょうか。

私は、観ながら自分で情報を補完していくような映画が好きで、今回の作品もそういうふうにしていきたいなというのがありました。また、順番に情報が与えられるより、飛び飛びで情報が与えられて、ジグゾーパズルを自分で並べていくイメージで最後にひとつの絵が完成するような構成を目指しました。

――また映画の中では「橋」、「川」、「魚」といったモチーフが繰り返し印象的にでてきますね。

はい。元々、原作にも「川」が登場しているのですが、ドブ川の中で生き抜いている魚を主人公たちに重ね合わせているところはあります。

冒頭もシャツを川に投げるシーンから始まりますが、あのシーンは、ふたりの人生の中の幸せな瞬間として、ふたりが共有する“記憶”として配置しました。異なる時間や離れた場所でも、二人が同じ思いを抱いていて、また同じ「川」に戻ってきてしまうというようなことを表現したかったです。川は流れて、出口があり、最終的には海へ通じるものでもあるので、今は川のどこかにいるけれど、いつか海(外の世界)へ行く道があるよという可能性を感じさせたかったというのもあります。

©2025映画「愚か者の身分」製作委員会

歌舞伎町という街と演出方法

――歌舞伎町という舞台は、本作ではどこか温かみのある場所としても描かれているように感じました。

あの街は、彼らにとって「オアシス」であるということは大事にしようと思いました。私の時代は、歌舞伎町は、大人に「危険だから行くな」といわれるような街でした。それから時代が変わって、観光客も来て、若い子たちが集まる場所に変化しました。この映画の中では、居場所のなかった子たちが歌舞伎町に居場所を見つけて、そこでは本当の自分でいられる、そういう場所に見えるように、歌舞伎町を描こうと思いました。

――タクヤとマモルを演じた北村匠海さんと林裕太さんにはそれぞれどのような演出をされましたか。

北村匠海さん演じるタクヤはマモルの兄貴のような役割を持ちながら、梶谷(綾野剛)の前では弟のような存在になるキャラクターです。北村さんには、さまざまな関係性を持っているキャラクターだけれど、マモルといる場面には、しっかり兄のようになってほしいという意図を伝えました。ただ、北村さん自身が、熟練者で、細かな演出指示をしなくても受け止められる人なので、マモル役の林さんに演出をつければ、おのずとタクヤのやることは北村さんの中で決まっていったのかなと思います。

――さんとはいかがでしたか。

林さんは、しっかりと台本を読むことができる俳優なので、ひとつずつその瞬間にマモルがどのようなことを考え、思っているのかという話をふたりで丁寧に話し合いました。また、オーディションを通して、人に警戒心を持っている、心をあまり開いていないような役を演じるのが、とても上手な方だとわかったので、信頼もしつつ、ラストシーンについては、マモルの行動にどういう意味を込めるのか、林さんと時間をかけて話をして撮影しましたね。

©2025映画「愚か者の身分」製作委員会

――マモルとタクヤが、夜の街で無言で向かい合うシーンがとても印象的でした。

あのシーンは、ふたりには焦らず演じてもらいたいと伝えました。台詞はほぼないため、観客に登場人物の不安や心の動きを問いかける意図で、時間をかけて演じてほしいと思っていましたね。

そのシーンの話で言うと、あるとき、新宿駅の地下街を歩いていた際、おそらく別れ話をしている男性同士のカップルを見かけたことがあったんです。言葉は発せず、動きもなく、ただじーっと睨みあっていました。「本気?」って声が聞こえてくるような形相で…。その光景を見た時に、こういう見つめ合いっていいなと思ったのが実はきっかけです(笑)。男同士の見つめ合いに物語るものがあるなとその際に思ったのを覚えています。

「映画を通して、こういう世界が今の日本にあるのだと知ってもらえたら」

――撮影に使われたカメラについて教えてください。

カメラは、カメラマンの意向で、ARRIのアレクサMiniを使用しました。作品がシネスコなので、そこにアナモルフィックレンズをかませて撮影を行ったような形になります。

――照明について、マモルとタクヤが出会いだんだんとふたりが打ち解けていく室内のオレンジ色の光が当たるシーンが印象的でした。

あのシーンはワンカットで俯瞰から徐々に二人にカメラが寄っていきます。タクヤのベッドには青いライト(蛍光灯)、マモルのベッドにはオレンジのライト(タングステン)が使われていて、性格の違う二人が融合していくイメージになりました。細かな調整はいつも照明チームに任せていますが、美しい雰囲気に仕上げてくれました。

©2025映画「愚か者の身分」製作委員会

――最後に、この映画がどのように観客に届くことを願っているか教えてください。

映画なので、公開してしまえば監督である私の手は離れるという意識が強いですが、まずはそれこそ出演しているそれぞれの俳優のファンの方が応援する気持ちで見にきてくれたら嬉しいです。

親世代からすると「まさか自分の子が…」と思う人ってたくさんいると思うのですが、「闇バイト」の問題は想像より身近に起こっています。被害者になることばかりに目を向けがちですが、いつ加害者になるかも分からない。知らない世界だからと言ってられない。エンタメという広い間口から入ってもらって、こういう世界が実際に今の日本に存在しているということをまず多くの人に知ってもらえたらいいと思います。

©2025映画「愚か者の身分」製作委員会

愚か者の身分

10月24日(金) 全国公開

プロデューサー:森井輝 監督:永田琴 脚本:向井康介 音楽:出羽良彰
原作:西尾潤「愚か者の身分」(徳間文庫)主題歌:tuki.「人生讃歌」

■公式HPhttps://orokamono-movie.jp  

■公式Xhttps://x.com/orokamono_1024

■予告映像