交換レンズを装着することで、高品位なEOS画質の3DVR映像が撮影できるキヤノンの「EOS VR SYSTEM」が、対応機種の拡大を進めつつ、アプリのアップデートにより進化を続けている。コンテンツを空間コンピューティングデバイスのApple Vision Proに対応するイマーシブビデオや空間映像として楽しめたり、深層学習によるアップスケール技術で解像感を向上させるなどの新機能が次々と実装されているのだ。本記事では、このEOS VR SYSTEMの最新情報について詳しく解説する。
レポート●染瀬 直人


EOS VR SYSTEMの概要と構成

EOS VR SYSTEMは、キヤノン独自のVRレンズ技術とEOSカメラが融合したシステムだ。従来の3DVR映像制作で課題となっていた複雑な機材の設置や撮影後の煩雑な編集作業について、大幅な効率化が図られている。本システムは、専用の3DVRレンズ、対応するEOSカメラ、および専用ソフトウェアによって構成されている。

専用のレンズは、二眼レンズを搭載した特別な設計となっており、現在3タイプが用意されている。その内訳は、視野角180度のVRレンズであるRF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYE(RFレンズ)。視野角140度のVRレンズのRF-S3.9mm F3.5 STM DUAL FISHEYE(RF-Sレンズ)。そして、視野角60度で3Dおよび空間映像向けのRF-S 7.8mm F4 STM DUAL(RF-Sレンズ)の3種である。



EOS VR SYSTEMのレンズのラインナップ




これらの二眼レンズをキヤノンのミラーレスカメラEOS Rシリーズの対応機種に装着して使用することで、両眼視差を利用した立体感と没入感のある最大8Kの3DVR映像が撮影できる仕組みだ。対応するEOSカメラはレンズのマウント(RF/RF-S)によって異なるが、主なものに、EOS R5 Mark II、EOS R5 C、EOS R6 Mark III、EOS R7、EOS R50Vなどが挙げられる。

カメラ一台で撮影できるため、映像の同期や色合わせといった手間の掛かる作業が大幅に軽減される点も、本システムの大きなメリットである。



今年発売されたEOS VR SYSTEM対応のキヤノンEOSカメラ







撮影した映像は、魚眼形式として記録される。

光学系の構造上の都合により生じる左右画像の入れ替えと、3DVR画像へ自動変換するための専用ソフトウェアとして、EOS VR Utility(以下、EVU)、EOS VR Plugin for Adobe Premiere Pro(以下、EVP)が用意されている。

EVUでは、VR変換の他に、「VR補正」として、出力形式の選択(視野角180度の3DVR映像として視聴する「3D 180°」、立体視聴用のサイドバイサイド形式の「3D Theater」、主にApple Vision Proで再生する空間映像向けの「Spatial」)、レンズマスクの付与、視差補正、水平補正、手ブレ補正が施せる。また、「RAW現像」のタブでは、RAWファイルに対して、レンズ補正(色収差/周辺光量)、色空間、ガンマ、ホワイトバランス、ISO感度、明るさ、シャープネス、NR(ノイズ低減)などの指定や調整が可能である。

EVPでは撮影したクリップを、そのままPremiere Proにシームレスに読み込んで、速やかにポスプロ編集を開始することができるが、手ブレ補正やニューラルネットワークアップスケールなどの一部機能とRAW現像処理を利用する場合には、EVUが必要となる。

また、EVUとEVPは、静止画および2分以内の動画作成は無償で利用できるが、2分を超える動画の作成等については有償となる。







アップデートを重ねるEOS VR SYSTEM

専用ソフトウェアのEVUとEVPは、今年になって複数回のアップデートが実施され、新機種カメラの対応はもとより、重要な機能の拡張と改善、そして、性能の向上が図られた。

各レンズに対しての2025年12月現在の対応カメラ機種の現況は、次の通りである。


<RF 5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYE(フルサイズ専用・マニュアルフォーカス)>

EOS R5 Mark II

EOS R5 (ファームウェアVer.1.5.0以上)

EOS C400

EOS C80

EOS R5 C

EOS R6 Mark II (ファームウェアVer.1.2.0以上)

EOS C50

EOS R6 Mark III



<RF-S3.9mm F3.5 STM DUAL FISHEYE(APS-C専用・AF対応)>

EOS R7 (ファームウェアVer.1.5.0以上)

EOS R50 V

EOS R50 (ファームウェアVer.1.4.0以上)



<RF-S7.8mm F4 STM DUAL(APS-C専用・AF対応)>

EOS R7 (ファームウェアVer.1.6.0以上)

EOS R50 VEOS R50 (ファームウェアVer.1.4.0以上)



続いて、アプリの更新による基本機能の拡張や新機能について、順を追って見ていきたい。

まず、今年の3月に公開されたEOS VR Utility バージョン1.6.0では、以下の機能が実装された。



YouTubeVRにおけるサイドバイサイド画像の対応(EVU)

RF-S 7.8mm F4 STM DUAL+対応カメラで撮影したクリップにおいて、「3D Theater」形式としてエクスポートする際に、新たに以下の2種類のモードメニューが用意された。

「モード1」(デフォルト):VRヘッドセット内のYouTube以外のアプリやスマートフォンで視聴する際に適したモード。

「モード2」:VRヘッドセット用のYouTubeVRアプリに適したモード。


「3D Theater」形式としてエクスポートする際の2種のモードメニュー




Spatial Video(空間ビデオ)」形式で、「16:9」のアスペクト比に対応(EVU)

RF-S 7.8mm F4 STM DUAL+対応カメラで撮影したクリップを、主にApple Vision Pro向けの「Spatialビデオ(空間ビデオ)」形式で書き出す際、「16:9」のアスペクト比が追加された。(従来のアスペクト比は「1:1」のみであった)


「Spatialビデオ」形式で、「16:9」のアスペクト比が追加




静止画アップスケール画像に対応(EVU/EVP)

EOS R5 MarkII内でアップスケーリング処理を実行した静止画像への対応。

「アップスケーリング」とは、画像を本来の解像度より高解像度へ変換する画像処理技術のことで、R5 markIIの場合、撮影後に縦横の画素数をそれぞれ2倍、全画素数を4倍に拡大する処理をカメラ内でおこなうものである。画像の解像感を保ちつつ、元画像から乖離した描写が生じないようにアルゴリズムのチューニングが施されている。





次に、今年の6月に公開されたEOS VR Utility バージョン1.7.0では、以下の機能拡張や改善が実施された。



RF-S7.8mm F4 STM DUALで撮影したクリップに対する手ブレ補正に対応(EVU)

他のVRレンズではすでに対応済みだった電子防振が、RF-S7.8mm F4 STM DUALとAPS-CサイズのEOS R7やR50の組み合わせにおいてもサポートされた。

手ブレはVRヘッドセットで視聴する際に酔いを引き起こす要因となるため、3D映像には大敵であるが、本機能が実装されたことで、ペットや植物などの撮影においても、気軽に手持ち撮影をすることが可能となった。

下記の作例でEVUの電子防振の効果が確認できる。とはいえ、撮影時にはなるべくブレや揺れを排除して据え置きで撮るなど、安定化を心掛けるに越したことはない。


手ぶれ補正なし。RF-S7.8mm F4 STM DUAL+EOS R50 Vで手持ち撮影後、EVUで4K 3D Teaterとして書き出し



手ぶれ補正適用(補正強度:標準)



手ぶれ補正適用(補正強度:安定化優先)



EVUで手ブレ補正の解析中の模様




手振れ補正時に施すレンズマスクの加減を改善(EVU/EVP)

隣り合うレンズの映り込みをカバーする目的のレンズマスク機能は、手振れ補正を実行した場合、従来は周辺画像が荒く見え、マスクの領域が多めに掛かる傾向があったが、アップデートにより、適切なマスク適用量になるように改善された。手振れ補正の利用後は、自動的にマスクが付与される仕様になっている。


手ブレ補正実行前(レンズマスク適用)



手ブレ補正実行後(レンズマスク適用)。マスク適用量が最小限に抑えられるように改善された。




自動水平補正のチルト/ロール個別設定(EVU/EVP)

VR映像に関しては、基本的に映像を水平に保持して撮影することが重要であるが、EVUである程度の補正を実行することができる。

アップデートにより、EVUとEVPの自動水平補正機能において、チルト/ロールの項目を個々に選択して補正ができるように変更され、様々なケースに対応できるようになった。

手動水平補正の場合は、パン/チルト/ロールのパラメーターを、個別に調整することができる。


自動水平補正(オフ)



自動水平補正(チルト/ロール・オン)。この作例の場合、自動水平補正のチルトとロールを両方オンにした場合、視野角の欠損が大きくなってしまった。



自動水平補正(ロールのみオン)。アップデート後のEVUで、ロールのみの補正をすることで、VR視聴の際にも見やすい適切な処理をすることが可能になった。




「Spatial Photo(空間写真)」をサポート(EVU Mac版のみ)

RF-S7.8mm F4 STM DUALによる静止画のクリップについて、Apple社の空間コンピューター Apple Viison Pro向けの「Spatial Photo」の変換に対応した。(従来は「Spatial Video」のみをサポートしていた)これらの機能は、Apple Silicon搭載のMac(macOS 14.4以降)を使用する場合、出力形式の「3D Spatial」のボタンが有効化される。

「Spatial Photo」のアスペクト比は「16:9」「1:1」「3:2」の3種類である。


Spatial Photo(空間写真)アスペクト比 16:9



Spatial Photo(空間写真)アスペクト比 1:1



Spatial Photo(空間写真)アスペクト比 3:2



F-S7.8mm F4 STM DUALとEOS R50Vで撮影したファイルを、EVUよりHEICとして書き出し、Apple Vision ProにAirDropで転送することで、「写真」アプリより、奥行きや没入感を感じる「空間写真」として立体視ができる。




続いて、9月に公開されたEOS VR Utility バージョン1.7.10では、以下の機能拡張が実現した。



MV-HEVC/MOV/APMPの書き出し(EVU Mac版のみ)

本年9月にApple Vision ProのvisionOS 26が公開された時点で、EVUの出力形式「3D 180」のエクスポート設定に、「MV-HEVC/MOV/APMP」が追加された。

MV-HEVC(Multiview High Efficiency Video Coding)は、両眼視差を再現できる空間ビデオフォーマットであり、APMP(Apple Projected Media Profile)は、MP4/MOV ファイルに対して拡張メタデータを付与することで、180度/360度映像をネイティブにサポートするvisionOS 26で発表された新しい規格である。キヤノン以外に、GoProやInsta360のカメラで撮影された180度/360度/ワイドFoVのメディアにも対応している。

この機能拡張により、EVUから3D 180° MV-HEVC/MOV/APMPで書き出して、MacからAirDropで直接、Apple Vision Proに転送することで、高画質、大迫力のイマーシブビデオとしてスムーズに再生・視聴することが可能になった。使用するMacのマシンが、macOS 14.4以降かつApple Silicon搭載モデルの場合、この機能が利用できる。ちなみに、現在、VR180やイマーシブビデオの編集について、最も手厚くサポートする姿勢が見られる動画編集ソフトは、DaVinci Resolveであり、ポスプロ編集に同ソフトを利用するVRクリエイターは増えている。


EVU(Mac版)のエキスポートのファイル形式に実装されたMV-HEVC/MOV/APMPのオプション



ファイルを、MacからAirDropでApple Vision Proに転送



Apple Vision Proで高画質、没入感溢れるイマーシブビデオとして、再生・視聴ができる。(Apple Vision Pro体験中のスクリーンショット)




最後に直近の11月に公開されたEOS VR Utilityの最新バージョンは、Windoes版がバージョン1.8.0、Mac版がバージョン1.9.0となっている。バージョン番号は異なっているが、アップデート項目としては同様の内容で、新機能の「ニューラルネットワークアップスケーリング」が目玉の機能である。因みに、Mac版のバージョン1.8.0は欠番になる模様だ(EVPについては、バージョン1.8.0が存在する)。


EVUの最新バージョンは、Windoes版がバージョン1.8.0、Mac版がバージョン1.9.0となっている




動画のニューラルネットワークアップスケーリング(EVU)

「ニューラルネットワークアップスケーリング」とは、EOS R7やR50Vなどの8K VR非対応カメラにおいて、4K VR動画を8K VR動画にアップスケールすることで、解像度と解像感を向上させる技術である。

その原理は、脳を模した「ニューラルネットワーク」という数理モデルを使った画像処理技術であり、キヤノンからは既に静止画用としてNeural Network Upscaling Tool、また前述のEOS R5 Mark IIのカメラ内静止画アップスケーリングとして提供されている。その知見をもとに、今回、動画に最適化されてアプリ機能として実装されたものが本機能だ。

特に、コントラストの高い映像において効果的で、動物の細かい毛並みや文字、風景などの場面で、解像感の高いアップスケーリング効果が期待できる。「4K Fine」モードが搭載されている機種においては、4K Fineでの使用が推奨されている。

対応するレンズ/機種の組み合わせとしては、RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEレンズに対して、EOS R6 mark II/R8/R6 mark III/C400/C80/C50。RF-S3.9mm F3.5 STM DUAL FISHEYEに対して、EOS R7/R10/R50/R50Vとなる。(RF-S7.8mm F4 STM DUALは非対応)

ファイル形式はMP4のみ。入力サイズは、現状、4K (DCI / UHD) のみである。使用条件として、有償プラン加入が必要で、有償プラン未加入の場合、ニューラルネットワークアップスケーリングを適用してエクスポートできるのは、 事前効果確認用としての3秒のみとなる。

UIのエクスポートダイアログには、ニューラルネットワークアップスケーリングとして書き出すためのチェックボックスが追加されている。
このチェックボックスが有効になる条件としては、アップスケールが実行可能な動作環境であること、VR形式として3D 180°であること、尚且つ書き出しサイズに8Kが選択されていることである。

ニューラルネットワークアップスケーリングのチェックボックスがグレーアウトしている場合も、8Kとして書き出すこと自体は可能であるが、従来のリサイズ処理が適用されることになる。

尚、Windowsでアップスケールするには、NVIDIA社製のGPU RTXが必須となり、Macの場合、Apple silicon搭載機種が必要だ。

EVUでニューラルネットワークアップスケーリングを適用

EOS R7 4K Fineで撮影して、EVUから4Kで書き出したクリップ



上記と同じ素材を、EVUのニューラルネットワークアップスケーリングを適用して8Kで書き出したもの。マシンのスペックにも依存するが、通常の書き出しよりも、レンダリングには時間を要する。



EOS R7 4K Fineで撮影して、EVUから4Kで書き出したクリップを拡大して切り出したもの



EVUのニューラルネットワークアップスケーリングを適用して8Kで書き出したクリップを拡大して切り出したもの。4Kと比較して、遠点の対象のデティールにおいても解像感が向上していることが見て取れる。VRヘッドセット内で視聴した場合も、クリア且つシャープな画質を視認することができた。




まとめ

EOS VR SYSTEMの登場は、専用レンズとカメラ、そして専用ソフトウェアの連携により、VR映像制作を効率化し、その敷居を大幅に下げた。カメラ1台での高画質撮影により、同期や色合わせの手間から解放されたメリットは極めて大きい。

中でも筆者が感じるEOS VR SYSTEMのアドバンテージは、新たに登場するEOSカメラの新製品の性能や機能を享受できることにある。
軽量コンパクトでニューラルアップスケーリングやTimed Meta対応の電子防振機能が利用可能なAPS-C機のEOS R50V。デティール表現力が向上したハイアマチュア向けフルサイズ機のEOS R6 Mark III。シネマEOSの持つ高い映像品質とプロ向けの機能をVR制作に活かせるEOS C50など、今年投入された最新機種も早速VR対応カメラとして利用できるから、様々なユーザー層のニーズや予算感にも対応する豊富な選択肢が充実している。

今年実施された3回のアップデートでは、対応機種の拡充に加え、ニューラルネットワークアップスケーリングやApple Vision Pro向けのイマーシブビデオと空間写真への対応など、映像の品質向上と活用の幅を広げる重要な機能が次々に実装された。これらの進化は、クリエイターにとって、これまで以上に高品位で没入感のあるVRコンテンツを、より手軽に制作できる環境が整備されてきたことを意味する。

筆者は、キヤノンのニューラルネットワークアップスケーリング技術に、大変アドバンテージを感じており、今後は4K以外の6Kや7Kから、また8K以上へのアップスケールが可能になるなど、さらなる進化についても期待しているところである。



機種対応一覧

EVUにおける対応機種と利用可能な機能の一覧
*EOS R1/R3/R6/R8/R10は、VRのメタデータは付与されておらず、ファームウェア上での正式なVR対応ではないが、撮影及びVR変換は可能なモデルとなっている。
*CR3については、現像後にメタ無しJPEGとして使用可能である。