映像+(EIZO PLUS)
新しい映像が生まれてくる現場 vol.5
“スペインのアカデミー賞” ゴヤ賞で短篇映画賞を受賞した『スターシップ9』 アテム・クライチェ監督インタビュー
『スターシップ9』
まだ見ぬ惑星を目指し、ひとりスペースシップで恒星間飛行を続ける少女エレナ。しかし彼女の孤独な旅は、仕掛けられた人体実験だった……。“スペインのアカデミー賞”ゴヤ賞で短篇映画賞を受賞したアテム・クライチェ監督の長編デビュー作『スターシップ9』は、近未来を舞台にしたSFサスペンス。たったひとり宇宙で旅を続ける少女と、修理のため彼女のもとを訪れ恋に落ちた青年アレックスの逃避行が、スリリングなタッチで描かれる。公開を前に来日したクライチェ監督に、映画の舞台裏やスペイン映画界の現状を聞いた。
8月5日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
© 2016 Mono Films, S.L./ Cactus Flower, S.L. / Movistar +/ Órbita 9 Films, A.I.E.
配給:熱帯美術館
公式HP http://starship9.jp/
STORY
近未来、過度の公害に汚染された地球には未来はなく、人類は新しい星への移住を必要としていた。人類に選ばれたエレナは、まだ見ぬ未知の星を目指して、たった一人恒星間飛行を続けていた。ある日、スペースシップの給気系統が故障する。救援信号に応じて近隣のスペースシップから姿を現したのが、エンジニアのアレックスだった。一目で恋に陥る二人。しかし、エレナはこの飛行に隠された秘密を知らなかった。それは、人類の未来を賭けた残酷な実験だったのだ──。
INTERVIEW
『スターシップ9』の製作
Q:脚本家を経て監督デビューしたいきさつをお聞かせください。
クライチェ:私はこれまで3本の脚本を書き、4本目の『スターシップ9』で監督をすることになりました。脚本はいわば映画の素材ですから、完成した映画は当然ながら監督の視点で描かれます。自分の脚本をそのままの視点で映画にするには、自分で監督もするしかない。そんな思いが、この映画に繋がりました。
Q:宇宙船で旅をしている少女が、実は被験者だったというアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
クライチェ:これまでのどの脚本もそうですが、発端となる芽はひとつではありません。この脚本を書こうと思いついたのは、私の出世作でもあるアンドレス・バイス監督作『ヒドゥン・フェイス』(2011)の製作中のこと。この作品は『スターシップ9』に主演したクララ・ラゴの出演作で、彼女は鏡の向こう側にある閉ざされた世界に生きているという設定でした。自分で人生をコントロールできず、また自分が考えている人生が、現実とはまるで違っている。そんな部分を膨らませて書きました。つまり自分の脚本を発展させたわけですね。今作で彼女は、自分が知らないまま宇宙旅行が精神に与える影響を調べるためのモルモットにされています。彼女と彼女を見守る側の人間が、それぞれの立場で葛藤する物語にしたら面白いんじゃないかと考えました。
Q:ある意味で残酷な物語ですが、お決まりの悪人がいないところが面白いですね。
クライチェ:この物語には典型的な悪人はいません。ひどい人間を演じなければならない人々はいますが、彼らも将来人類が生き延びるために実験が必要だという使命感のもと行動しています。この作品を観て、愛の物語だと受け取る人もいるでしょうし、ディストピア系のスリラーだと感じる人もいると思います。さまざまに解釈できるテーマを持たせることは、映画作りにおいて大切なことだと思います。
Q:バジェットは多くはなかったと思いますが、セットについてお聞かせください。
クライチェ:おっしゃる通り、製作費は350万ユーロ(約4億5千万円)ですから大作とは言えませんね(笑)。撮影期間も5週間半と、とても小規模な作品です。製作にあたり美術監督のイニーゴ・ナヴァロとは、この物語に『スター・ウォーズ』シリーズ(1978〜)や『パッセンジャーズ』(2017)のような宇宙船は似合わないという話になりました。もちろん予算という問題もありますが、今回の宇宙船は実際に遠大な旅するわけではないので、できるだけコンパクトにすべきだということです。
個室にモニターがあるだけの、心理カウンセラーの部屋もセットです。この時代のカウンセリングは、相談者がモニター状のスクリーンに映るアバター越しにカウンセラーと会話をすると設定しました。将来のコミュニケーションを考えた時、メールやSNS中心のやり取りで育った人にとって、自分の本音を面と向かってさらけ出すのは難しいと考えたんです。部屋にモニターしかないのは、セットに使えるスペースが狭かったという理由もありますが(笑)。
Q:富裕層が住む高級住宅地やスラム街など、ロケのセレクトも近未来感を出していました。
クライチェ:私のイメージする近未来は、極度の格差がある両極端の社会です。ですからロケ地選びもコントラストを重視しましたし、コロンビアで撮影したのはそのためです。たとえば未来的な景観だけなら、マドリッドや東京で可能です。ただしこれらの街で、極端に貧しい社会の暗部を撮るのは難しいでしょう。スラム街は、コロンビアでも特に貧しい地域のひとつメデジンで撮影しました。
Q:撮影で苦労はありましたか?
クライチェ:ロケ中心の映画なので天候を心配していましたが、実際はカウンセリングのセットがいちばん大変でした。3平方メートルほどのスペースに、俳優と大勢のスタッフが入って10時間にわたり撮影したんですからね(笑)。スタジオではないので防音設備などなく、周囲からいろんな音が入ってくるし、セット内でも銃撃戦などは効果音が鳴り響いたりと大変でした。この撮影が終わった時は、大げさじゃなく生きて出られてよかったと思いました。
Q:どんな場所にセットを組んだのですか?
クライチェ:メデジンの空きビルの中でした。放置されたままになっていたビルですが、周囲は人通りが多いので騒音も大きく大変でした。スタジオを借りたのは宇宙船だけなんです。今回は予算が限られていたので、プリプロダクションの段階で、なるべく手を加えずに済むロケ地を選び、その分の予算を必要な部分に回すよう考えました。個人的には、予算に関係なくオールロケで撮影できるならそれがベストだと考えています。
スペイン映画における新人監督の起用について
Q:何本も短編映画を監督されていますが、もともと監督志望だったのですよね?
クライチェ:私のキャリアは、まず脚本家として名前が出るようになりましたが、映画学校では監督と脚本コースで学びました。短編映画を何本も撮ってきたので、これまでも監督の経験自体はあるわけです。今回チャンスがあって長編を監督することになりましたが、「とにかく長編を」というよりも、まず自分の脚本をイメージどおり映画にしたいという思いの方が強かったのです。ただし脚本家としては、監督が必ずしも自分と同じ視点を持つべきだとは思いません。脚本は映画を完成させるためのひとつのツールですから、それを監督がどう料理するかも楽しみなのです。
Q:スペインに映画監督を目指している若者はたくさんいると思います。監督は短篇映画で受賞歴をお持ちですが、それも長編デビューに有効だったのでしょうか?
クライチェ:どの国も同じだと思いますが、才能がありながらデビュー作までたどり着けずにいる若者はたくさんいます。どんどん絞り込まれ、運に恵まれたわずかな者だけがチャンスを手にできるんです。監督になるための要素はたくさんあると思います。確かに私が短編映画で賞を獲ったこともそのひとつかもしれませんが、決定的なファクターだったとは思えません。実際アカデミー賞やカンヌ国際映画祭で短編映画賞を受賞したにも関わらず、長編映画を撮らせてもらえなかった監督は山ほどいます。
Q:スペインで映画監督になるために、特に重要な要素は何でしょう?
クライチェ:しっかりしたプロデューサーとの出会いと、ファイナンスの面ではテレビ局のバックアップでしょう。スペインでは、映画製作にテレビ局は不可欠な存在です。ですから監督たちは、まずプロデューサーに企画を売り込んでいます。『スペースシップ9』も、やはりプロデューサーが脚本を気に入ってくれて動き出しました。短篇で賞を獲ったことは、付随する要素の中のひとつだけだと思います。なぜなら監督としての力量を確認するために観せてほしいと言われたのは、受賞作ではなく最新の短篇映画ですからね(笑)。
Q:次のプロジェクトは動いているのでしょうか?
クライチェ:いま構想している企画が2つあります。ひとつは『スターシップ9』のような現実に根ざしたSF映画で、もうひとつはスリラー映画です。どちらを先に進めるか、もう少し物語が固まってから考えようと思っています。今年の秋頃には脚本にまとめたいと思っているので、動き出すのはそれ以降ですね。
アダム・クライチェ
レバノン系のサモラ出身の監督・脚本家。VARIETY誌で2012年に「注目すべき若手スペイン映画製作者」の一人に選出された。サラマンカのUPSAでジャーナリズムを学び、その後キューバのEICTVで監督と脚本コースを学んだ。主な作品に『ゾンビ・リミット』(2013)、『ヒドゥン・フェイス』(2011)、『スターシップ9』(2017)。また、6本の短編映画を監督/脚本し、多くの国際映画祭から注目を集めた。そのうち最も有名なものは 『Machu Picchu』(2009年ゴヤ賞ノミネート)と『Genio y Figura』(2010年マラガ国際映画祭特別審査員賞受賞)。
アテム・クライチェ監督短篇映画『AUDACIA ‐オーダシア‐』無料配信中!!
https://aoyama-theater.jp/pg/2778
《STAFF》
監督・脚本:アテム・クライチェ
プロデューサー:クリスチャン・クンティ,ミゲル・メネンデス・デ・スビリャガ
撮影:パウ・エステヴェ
編集:アントニオ・フルトス
美術:イニーゴ・ナヴァロ
音楽:フェデリコ・フシド
《CAST》
クララ・ラゴ
アレックス・ゴンザレス
ベレン・エルダ
アンドレス・パラ