中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
第31回『デリンジャー』
イラスト●死後くん
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『ダーティハリー』、『地獄の黙示録』の脚本家としても知られるジョン・ミリアスの監督デビュー作。1930年代前半アメリカ中西部で銀行強盗を繰り返し、FBIから「社会の敵ナンバーワン」に指定された実在のギャング、ジョン・デリンジャーを描いた。
原題 Dillinger
製作年 1973年
製作国 アメリカ
上映時間 107分
アスペクト比 スタンダード
監督・脚本 ジョン・ミリアス
製作総指揮 サミュエル・Z・アーコフ,ローレンス・ゴードン
製作 バズ・フェイトシャンズ
撮影 ジュールズ・ブレナー
編集 フレッド・R・フェイトシャンズ Jr.
音楽 バリー・デ・ヴォーゾン
出演 ウォーレン・オーツ,ベン・ジョンソン,リチャード・ドレイファス,ミシェル・フィリップス 他
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※この連載はビデオ2017年11月号に掲載した内容を転載しています。
9月15日、アメリカの名優、ハリー・ディーン・スタントンが亡くなった。91歳だった。長年名脇役として見過ごせない存在だった彼が僕らをあっと言わせたのが、58歳にして初めての主役『パリ、テキサス』のトラヴィス役だった。
妻子を捨て砂漠で行き倒れた放浪男と息子との妻探しロードムービーは第37回のカンヌのパルムドールをゲットした。トラヴィスがライ・クーダーの曲と共にスクリーンを去っていくラストは今でも胸が熱くなる。
最悪の目に遭う『エイリアン』の機関士ブレットや『暴力脱獄』の歌好きの囚人トランプなど脇にいながら放っておけない面構えと役柄にいつしか、サム・ペキンパー、フランシス・フォード・コッポラの映画の中でこの俳優さんと出会うと無性に嬉しかった。
ハリー・ディーン・スタントンで忘れられない映画
中でも僕の心の中にしつこく住み続けているキャラクターがジョン・ミリアス監督作品『デリンジャー』のホーマー役だ。『ダーティーハリー』の脚本で一躍名を上げた、南カリフォルニア大学映画学科卒の俊英ジョン・ミリアスがデビュー作に選んだのは1930年代のアメリカで”社会の敵ナンバーワン”とFBI長官エドガー・フーヴァーに指名されたジョン・デリンジャーの物語だった。
僕は高校生の時にたまたまつけた深夜のテレビでこの映画に出会い、ジョン・デリンジャーを知り、”デリンジャー・ギャング”を学んだ。1933年から1934年7月22日の犯罪王デリンジャーの死までを軽妙かつ叙情的に描いた見事な作品だ。
デリンジャーにはウォーレン・オーツ。『ワイルドバンチ』『ガルシアの首』で僕は大好きだった。この役をやるために生まれてきたのかというくらい、デリンジャーにそっくりだ。我らがハリーさんの役はホーマー・ヴァン・ミーターというデリンジャーギャングの一員だ。
デリンジャーのように後世に名を轟かせるまでには至らないが、此奴が映画の中でかなりの活躍を見せてくれる。映画の冒頭、襲撃予定の銀行が潰れていて、寂れたガソリンスタンドでイラつくホーマーとスタンドのジジイとのやり取りが傑作だ。銃を取り出し凄んでみせるホーマー。ジジイは我関せずとホーマーを小馬鹿にする。それを笑い飛ばすデリンジャー達。頭にきたホーマーがガムの自販機を八つ当たりで撃ちまくるが動じないジジイ…良い始まりだ。人を殺さず、銀行からしか金を取らないデリンジャーギャングは義賊的な人気を得ている。
デリンジャーのもとにギャング・スターが結集する
初めて人を殺してしまう銀行襲撃のアクションが凄い。カースタント、銃撃戦の凄まじさ。ここでのホーマーの貢献度も目を見張るものがある。仲間を失ったデリンジャーギャングに、ベビーフェイス・ネルソンやプリティーボーイ・フロイドといったギャング・スターも加わる。
ベビーフェイス・ネルソンにリチャード・ドレイファスが扮していたのに驚いた。『ジョーズ』『未知との遭遇』『アメリカン・グラフィティー』でヤサ男を演じていたのに、見境なくマシンガンをぶっ放す、まさにベービーフェイスの狂暴ネルソンに適役だった。
FBIも本腰となりギャング壊滅に乗り出す。陣頭指揮する捜査官メルヴィン・パーヴィス役にベン・ジョンソン。『ワイルド・バンチ』ではウォーレン・オーツとは兄弟ギャングを演じていた。この2人の対決は最高だ。ギャングを1人捕まえるか始末する度に葉巻を美味そうに吸うベン・ジョンソンが好敵手ぶりを好演している。
FBIの追い込みにギャング団も追い詰められ、デリンジャーも逮捕されるが、木で作った拳銃でまんまと脱獄し、大衆の人気も最高潮となる。この頃のニュース映像を見ると映画スター並みの扱いだ。残念ながらホーマーは映ってない。
「いとしのクレメンタイン」が心に染みる
脱獄した後にデリンジャーが愛人を連れて実家に戻る場面が僕は好きだ。再会した父親が「お前のやっていることは悪いことだ。だが皆がお前のことを英雄だと思うなら、いつでも迎え入れよう」と家族皆でデリンジャーと愛人を家の中に迎え入れる。「いとしのクレメンタイン」が効果的に流れてきて、心に染みた。
リトル・ボヘミア・ロッジという湖畔のアジトをFBIに囲まれ、大銃撃戦となる。この場面の発砲弾着シーンは今でも参考にするくらいに激しく、見事だ。愛人達を逃し、散り散りになるギャング団。
ギャング達の散りざまに名脚本家ジョン・ミリアスは史実と異なる場面を用意した。寝巻き姿のベビーフェイス・ネルソンが夕暮れに畑でマシンガンを乱射しながら散る。
プリティーボーイ・フロイドは農家に匿ってもらい、朝食を食べさせて貰う。FBIに囲まれ「いよいよ聖書が必要ね」と農家の奥さんに言われるが「今まで散々悪い事をしてきたが、楽しく生きてきた、今さら必要ない」と笑顔で朝食に感謝し、農家を巻き込まないように走り出す。朝焼けの中の散りざま…観て欲しい。
撮影は『ジョニーは戦場に行った』のジュールズ・ブレナー。最期を迎える前にデリンジャーが故郷の家を車で通り過ぎる場面に胸が熱くなった。ここにも「いとしのクレメンタイン」が使われている。妹が家から飛び出し、去っていく車を見送る。それを見る父親の後ろ姿。インディアナ州の農場のロングショットが素晴らしい。
ホーマーの最期はハリー・ディーン・スタントンの遺産だ
そしてホーマーだ。一緒に逃げていたネルソンの車から放り出され「今日はなんてついてないんだ」と余裕で銃をぶっ放しながら逃亡する。田舎道をトボトボと歩くホーマー。彼女と高級車の中でいちゃつくボンボン大学生を脅して車を運転させ逃亡する。
ボンボンの着ていた毛皮のコートを羽織り「俺も刑務所でアメフトのセンターだったんだ」とうそぶく。「それにしては身体が小さいな」とここでもなめられるのが楽しい。結果、ボンボン大学生に車ごと逃げられ、田舎町の保安官と住人達に撃たれ囲まれる。「なんて今日はついてないんだ(Goddammit! Things ain’t workin’ out for me today!)」と名セリフを遺したホーマーの最期は名優ハリー・ディーン・スタントンの遺産だ。
「こんな悪党達を英雄扱いするような映画が作られて遺憾である」というフーヴァー長官のありがたい言葉でこの映画が終わるのが、この映画の一番の洒落だ。こんな洒落た映画を僕も遺してみたい。