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ソニーからアイ・ディー・エクスに移るきっかけ
ビデオサロン◎ソニーからアイ・ディー・エクスに転職するきっかけというのは?
小倉◎それは、全然かっこよくないんですよ。今私は55歳ですが、50歳のときに再婚したんです。それで子供ができたんですね。子供ができて、育てなきゃということになりまして。
そんなときに私の兄夫婦がスイスの山で遭難して亡くなったんです。兄貴がやっていたアウトドア用品の店が熊本にありまして、そこの面倒も見なくてはならなくなったんです。実はそれが借金だらけの店だったんです。
その借金もあるし、少なくとも75歳までは働いて子どもを育てなければならない。ソニーでは無理ですよね。そこで、もっと長く働ける可能性のあるところにいきたいと前々から思っていたし、会社の上の方々にも言っていたんです。
ビデオサロン◎そうだったんですか。
映像制作機器市場は?
ビデオサロン◎この30年間、プロ用の映像制作機器は信じられないほど大きく変化してきました。振り返ってみて、これからを予測してみると。
小倉◎お客様と接した経験から言うと、ユーザーというのはだいたい今に満足しているんです。SD、HD、4Kという変化をみたときに、SD時代に将来HDができるらしいよ、と言われたら、ほとんどの人は要らないよと言うんです。
ところが、今HDになって、この段階でSDに戻るよっていわれたら、みなさん、戻れないと言いますよね。つまり、概念変化、価値基準が変化しているんです。ですから、その段階で満足している人に将来のことをきいても何も出てこないです。もっとも不満足な人にきいたら出てきますが、それでもこのあたりが使いにくい、くらいでしょう。
そして、今HDの時代ですが、近い将来4K(UHD)になるよ、と言われるとHDの段階にいる人間はほとんどが要らないと言うと思います。ところがUHDの時代になった、HDには戻れないというに決まっています。だから、そうなった時点の「判断基準」を持つしかないんです。判断基準を仮説して、予測して、判断しないとならないんです。
カメラで言うと、ショルダーカムコーダーの衰退ははっきりと数字に出ています。ハンディカムコーダーもピークは越えている。とすると、カメラメーカーにしてもバッテリーメーカーにしても、周辺機器メーカーにしても、新しい市場を見極めていかないとならない。つまり市場開拓がなければならないと思います。まぁ、今に始まったことではないですけどね。
ビデオサロン◎ビデオカメラ市場はどうなっていくと思いますか?
小倉◎ブロードキャストの領域においては、金額ボリュームはあがらないと思います。ビデオ業界は、機材そのものは安くなり、伸びは鈍化していきます。底辺は広がりますが、プロの領域はシュリンクしていく方向しか見えません。
ぼくが見極めているのは、圧縮センシング技術(超解像は圧縮センシング技術のひとつ)なんです。今は、4K、8Kといっているけど2Kで圧縮センシングの技術をつかえば4K、8Kもできてしまう。それを使うことによって、たとえば映像系の8KのRAWデータをサーバーにいれ、そこを4Kにして元に戻せればいい。伝送系もインフラがハイレートになっているけど限界はありますから、受け取った側で高画質にすればいい。データ量、機材、レンズの特性などわかれば逆演算(本当は単純ではありませんよ)できます。だからこれから高級なものはだんだんなくなるのが必然でしょうね。
アイ・ディー・エクスで市場開拓部署を作ったのは、そういうところを見据えるためです。今はまだ中国など新興国市場があるけど、それも時間の問題です。自分は5年後をタームにして、10年後、20年後を見据えた展開を考えなくてはと心しているところです。
アイ・ディー・エクスでは何をやるか?
ビデオサロン◎これからアイ・ディー・エクスでどんなことをやっていかれますか?
小倉◎私の考え方の基本は変わりません。お客さまのベネフィットを創出したいということです。バッテリーがただのバッテリーであっていいわけがない。バッテリーはカメラの電源、それだけでいいんですか? たとえばスマホは単なる電話でなくて、カメラにもなる、オーディオプレーヤーにも、PC代わりにもなる。つまりモノの概念が変わってくる時代なんです。
まずは、スモールバッテリーですが、パナソニックさんとも協議して、パナソニック互換のものを作りました。これはX-TAPで7.2Vが出て、さらにUSBも出る。カメラだけでなく、ライトにもタブレットにも電源を供給できる。何も必要のない人は純正を使ってもらうか、この端子を使わなければいいんです。ライトを使う人、タブレット使う人、ともかくカメラの周辺機器への電源が欲しい人はこれを買ってほしい。お客様はメリットがないものは買ってくれないのですから、そこにもとづいた商品作りが必要です。
ビデオサロン◎単に純正よりも安いものというだけでは、本当に先がないですからね。
小倉◎Vマウントバッテリーは数字を大きく表記するようにしました。これまでのものは、それが何ワットなのか、小さい文字を読むしかなかったんです。お客様のところにはたくさんバッテリーがあります。容量は一目で分かりたいはずです。だから、大きく意味がある数字をカッコよくいれた。それが現場感覚なんですよ。
それからVマウントバッテリーのラインナップですが、200W以上のバッテリーというのは他社にあるのですがものすごく重いんです。4KカメラとかARRIのアレクサとか消費電力が70W、周辺機器まで入れたら100Wくらいのカメラがあるのですが、そういう現場でハンドリングしやすく、でも容量は大きく30Wアップしたものを作って、値段は6%アップしました。これ(DUO-C190)はシネマカメラ用という想定です。
もう一つは完全にENG用。容量を93Wにとどめ、体積比を30%下げたもの(DUO-0C95)です。ですから、単なる容量の違いというだけではなく、シネマ用とENG用として完全に現場を想定して企画しているわけです。そういうことをトークで伝えていくんです。
これからも、嬉しく語れるバッテリーを企画、開発していきますので、楽しみにしてください。
成功するとめちゃくちゃ嬉しい
ビデオサロン◎お聞きしていると、単なる転職したというだけでなく、ものすごくモチベーションが高まっていますね。
小倉◎めちゃくちゃ働いていますよ。朝は6時に起きて、1時間45分かけて出社します。夜は10時に会社を出て、12時前に帰り着きます。通勤時間は自分の中に情報を取り込む大切な時間ですし、ゆっくり考える時間も設けています。どうしても日々の仕事に追われると考える時間がなくなってしまいますから。
ビデオサロン◎そうですね。たいていの人は日々の業務でいっぱいで考える余裕がないですね。
小倉◎僕はよくこういう話をするんです。ソニーにいたときも話をしたし、この会社に入ったときも言いました。
まずは夢を大きくもとうと。そしてそのための目標を持とうと。その目標があれば計画ができます。計画ができると、実行していく。実行すると成果が出てくる、成果が出てくると喜びを感じる。ですから喜びを感じるには、夢が必要なんです。その夢はむちゃくちゃでもいいですよ。目標も大きすぎてもいい。無謀な夢だけど計画は必要。私はバカですから計画の時点で、できるかどうかわからないのに、すでに達成したときのことを想像して喜びを感じているんですよ。
でも、実際には実行するときにはとんでもない努力が必要なんですけどね。途中で考えつかなきゃよかったと思うんですが。でも、大変であればあるほど、成功するとめちゃくちゃ嬉しいわけです。
ビデオサロン◎小倉さんの今の夢は?
小倉◎それは家族の幸せです。子供もできて育てなければならない。そのために何が必要かって、まずはお金です。そのためにはアイ・ディー・エクスを大成功させないとダメなんです。ですから、目標と計画を持っています。言ったからには実行するしかないんです。商品作って、マーケティングしないといけない。
言わなきゃよかったと思うんだけど。
この構造が僕の考え方の中心にあります。
ビデオサロン◎お子さんが生まれて、とんでもないパワーをもらったということですね。
小倉◎子どもができて、めちゃくちゃ元気なんですよ。すごいモチベーションが生まれました。兄貴の店の経営もほんとうに大変で、自分のなかでは相当辛いことでしたけど、それでも乗り越えられましたし。
自分の子供が上が3歳で、次男が1歳、去年の12月にも生まれまして。本人がやりたいなら別ですが、学習塾は必要ない。学歴は関係ないな、それよりも経験だなと思っています。いかに多くの経験を積ませられるかですが、そのためにはある程度のお金は必要です。その資源は親として準備したいということをすごく思っています。
自分にしても、75歳まで脳が活性化していないとなりません。だから吸収できるものは吸収しないとならない、経験値もさらに上げないといけない。できないと思っていたことを自分に課さないとなりません。記憶に関しては難しいかもしれないけど、今できるんなら、それを続けると、55歳の自分を維持できるだろうと思う。概念変化についていくこと、そしてそれを予測する力は失われていないと思っているので、必ずいいものを生み出せると思っています。
ビデオサロン◎歳をとると新しいものについていけなくなり、物事を否定することも多くなりますね。
小倉◎そうなんです。そもそも理解する、しないじゃないんです。
よくあるのは、「理解しない」から、「分からない」、だから「やらない」。これはダメです。たとえばアメリカ人や中国人のこともよく理解できない、分からないと言ってしまう。そもそも理解じゃないんです。「認める」ところから始める。「認める」と、「分かる」ようになって、「やる」ようになる。
人間どうしのことだけでなく、技術もそうです。技術が変化すると文化が変化しますね。
たとえばスマホが作られたことによって、文化が変わりました。江戸時代からすると、たぶんとんでもないスピードで変化し、それこそ情報の伝達スピードはというのは、瞬間になった。
今、企業がスピードアップしているのは、ジャッジのスピードアップです。ですから商品が出てくるサイクルも速くなっている。そのつど新技術が投入され、どんどん変わっている。間違いなく、進む展開は速いんです。
そうすると、気が付いたときに音もたてずに技術が変わり、概念が変わり、評価基準も変わっているんです。メーカーは評価基準が変わった先にある商品を作らないとならないんです。
ビデオサロン◎これからアイ・ディー・エクスからおもしろい製品が出てきて、業界を面白くしてくれることを期待しています。仕事のやり方にしても、われわれ業界の後輩は学ぶところがたくさんあると思います。また、いろいろお話を聞かせてください。本日はありがとうございました。