新進気鋭の映画監督として人気を集める山戸結希監督。実は商業作品のデビューは映画ではなくアイドルのMVだった。MVを作る上で心がけていることや16mmフィルム撮影に挑んだ撮影の舞台裏などについて聞いた。
取材・文●山崎ヒロト(heatin’System)
「Sweet Wanderer」
■作品概要
それぞれ忙しく働く20代前半の女性たちが久しぶりに集まり旅をするストーリー仕立てのMV。SUZUKIハスラーワンダラーのCMと連動しており、軽井沢を舞台に撮影された。16mmフィルムの柔らかい画作りで、時折挟み込まれるフィルムカメラによる静止画も印象的な作品。
■スタッフ
(プロデューサー)家泉英明(監督)山戸結希(撮影)山崎 裕(スチル撮影)飯田エリカ(照明)小西俊雄(現像)IMAGICA Lab.(編集)平井健一(制作)MAZRI
■使用機材
カメラ:Aaton XTR Prod スーパー16mm(フィルム:VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 7219)、スチルカメラ:富士フイルムKLASSE W、ニコンFM10(フィルム:FUJI PRO400)/編集ソフト:AVID Media Composer/
絵コンテ上の“人形”ではなくて目の前にいる“人間”の表情に合わせて作ったほうが良くなる。ダサい監督だと思われてもいいから『あなたを撮りたい』という想いを伝えます
山戸結希
上智大学文学部哲学科在学中に映画研究会を立ち上げ、独学で手がけた初監督作『あの娘が海辺で踊ってる』を自主配給し異例のヒットに。2016年『溺れるナイフ』で商業映画デビューし、近年はオムニバス映画『21世紀の女の子』を企画・プロデュース。自らも監督を務めた。6月には最新作『ホットギミック ガールミーツボーイ』の公開を控える。
■主なMV監督作 おとぎ話『COSMOS』/神聖かまってちゃん『ズッ友」/乃木坂46『ごめんね ずっと…』『ハルジオンが咲く頃』/RADWIMPS『光』/NGT48『世界はどこまで青空なのか?』/Aimer『Ref:rain』/ラストアイドル『好きで好きでしょうがない』/DAOKO『終わらない世界で』他
撮影の枷になる時間や予算の制約を“良さ”に転化することが問われる
— 山戸監督のMVには必ず物語が存在しますが、まず脚本づくりから始めるのでしょうか?
最初にメンバーと会って 、数分でも1 対1で話すことは絶対に行います。脚本に使うための言葉を聞きたいという目的ではなく、その子の生きている “ 温度 ” のようなものを感じるためです 。MVの撮影の1日 、長くても2日であっても確かにそこにいて、フォーメーションの1列目であろうが3列目であろうが、全力で踊って生きている瞬間があったんだ、ということを一緒に作っていきたい。撮影の香盤によってセリフが残らない子もいますが、その子にも必ず抜かれるカットはあるので、その瞬間に幸せでも、不安の方が大きくても、物語に絶対に必要なひとりとして存在していて、その瞬間にしかできない表情があることから、逃げないでいたいですね。
— 見たことがないような表情を見せているメンバーもいますが、どのように演出していますか?
MVでは、絵コンテ上の “ 人形 ” ではなくて目の前に いる“人間”の表情に合わせて作ったほうが良くなるとい う実感が強くありますね 。普通に考えて10代の子は急にカメラを向けられてもあんまり笑いたくないと思うのですが、そこは良い作品になると信じて「ここで笑ってくれれば絶対に美しく撮ります」と話しかける。 「ダサい監督だな」と思われてもいいから「あなたをこんなにも撮りたいです」という想いを伝えます。みなさん尋常じゃないスケジュールで活動していて、MV撮影の今日が特別だと一緒に意識することは難しいと思うので、私がそういう現場のコミュニケーションをがんばることくらい全然…と思いますね。
— 一瞬の表情を捉えるカメラマンとのやりとりも重要になってくると思いますが、山戸監督は作品ごとにカメラマンを変えていますよね?
唯一の共通項としてのカメラを扱っているというだけで、それぞれのカメラマンさんはまったく別の美学を持つ独立した作家なのだと考えています。特別な存在だからこそ、その眼差しに一期一会の才能を求めているのかもしれません。大きいのは、初めての方と組むと完成図が見えないので、毎回困りながら、だからこそ楽しみながらも撮っている、そういう創作を生む過程の歓びによって、みずみずしい映像が立ち現れるんじゃないか…という期待が確かにありますね。
—ラストアイドル『好きで好きでしょうがない』のMVでカメラマンの山崎裕さんと組みました。これは山戸監督のリクエストでしたか?
自分です。山崎さんは雲の上の存在のような方だったので、お声がけするという発想になかなか辿りつかなかったんですが、ずっとご一緒したい方でした。難しいだろうと思いつつ、映画プロデューサーさんに連絡先を聞いて、ご連絡したところ自然体にお話を聞いてくださって…その時は、感動しましたね。『好きで好きでしょうがない』は、せっかく山崎さんとやれるならぜひフィルムでやりたいとお伝えして、制作部の方も努力してくださったおかげでフィルムとデジ タルで半分ずつ撮りました。
—再び山崎さんと組んだももいろクローバーZ『Sweet Wanderer』は全編16mm撮影でしたね。
ももクロさんも第一戦の超トップアイドルなので、 限られたスケジュールの中で撮影をする時に、その短い時間を、山崎さんの手によってフィルムで収めること自体の純度が大きく届くように、という構成にしました。そして、『好きで 好きでしょうがない』の時にも感じましたが、時間や予算など、どんな制約であっても、映像にとって枷や負荷になるだけではなく、良く転じる要素にも変えられるな、と。MV はその成り立ちの性質上、時間も予算も限定されているケースが多いので、 そうした思考回路でないとまず良いものが生まれない。 制約そのものを逆手に取り、良さに転化することがずっと問われている世界 だと思いますね。 それは、映画にも共通して求められている発想の転換だと思います。
—映像に写真が差し込まれる構成が印象的でした。過去作でもこの手法を使っていますが…。
『Sweet Wanderer』では信頼する写真家の飯田エリカさんが撮影してくれた写真を使っています。現代には手持ちカメラによる視点の留まらない映像が溢れていて、見る方の動体視力もそこに同期しています。だからこそ、その2010年代的な身体に対して、完全に静止する画の異化作用が存在するのだと考えています。写真による静止、静 止、静 止。見やすい一方、瞬きのタイミングによっては出会い逃すかもしれない、一瞬の速度による別軸が映像に挟まることによって、集中力が喚起させられ、ハッと心に残るということなんだと思いますね。
—印象論になってしまいますが、映画同様、やはりMVでも山戸監督の世界観は独特だと思います。
あえて言語化すると、商品としてのきれいさを突き詰めるよりも、人としての可能性を大切にして撮ろう、という意識が強いからかもしれませんね。例えば、照明を白く焚いて、肌をツルツルにレタッチすれば、それは表面的にはきれいなパッケージだけど、美しいとは感じな い。陰影が強くて、泥だらけで、髪がボサボサで…それでも、その子の眼が輝いていたら、それは美しい映像だと感じられると思うんです。 スポットライトが当たっていなくても、人は美しく輝くことができるということを、彼女のためにそう撮りたい。
—山戸監督のMVに勇気をもらえた、生きることを肯定された、という旨の感想を多く見かけます。作品に込めるメッセージは何を意識しますか?
『Sweet Wanderer』のお話が来た時にも、絶対に撮らせていただきたいと思いました。その活動の甚大さから、多くの10 代の子たちに届く可能性があるからです。そのアーティストさんを大好きな子は、スクリーンで映画を見るのと同じか、それ以上に集中して、その5分間を体験しますよね。その子だけの映画が、真っ暗なスマホから流れているんだと思います。ポップカルチャーに携わらせていただける際に、日本中の10代の子に対して、伝えなくていいものがあるはずがない、絶対に届けるべきものがあるんだという想いでいます。作り込んでゆく時間や環境がある作品は「他者に出会う物語」としてのギミックとメッセージを、短期間で生まれる作品も、そこにある違和感としての生命の輝きを受け取ってもらえたらと、願っています。
『Sweet Wanderer』の撮影の模様
CMと連動した作品であったため、ロケ地は軽井沢で行われることが決まっていた。撮影を務めたのは山崎裕さん。ムービー部分の撮影は全編山崎さんの私物の16mmフィルムカメラで撮影を行なったという。
『Sweet Wanderer』の撮影香盤表
メンバーは前日まで北海道、翌日には大阪に移動するため、撮影は1日。限られた時間のなかでドキュメンタリー的に撮影していった。
5thアルバム「MOMOIRO CLOVER Z」発売中
ももクロ初のセルフタイトルアルバムをリリース!限定盤Aにはコメンタリー付きライブ映像とMVを収録したBDが付属。●初回限定盤A(BD付):5,800円+税/初回限定盤B(CD2枚組):3,800円+税/通常盤(CD1枚):2,800円+税
●ビデオSALON2019年6月号より転載