◉REPORT 酒井洋一

 

はじめに

16㎜フィルムで撮影するのは何年ぶりだろうか。今回の撮影で思った結論を最初にお伝えしたい。できることならば ”今後全部フィルムで撮りたい”。それほど、今回の作品制作は私自身にとって様々な面で良い意味の刺激を受けた。ただ、16㎜フィルムで撮影したことがない方や、デジタル世代の皆さんにとって少しばかりわかりにくいところがあるのも事実。もちろん作品の予算の兼ね合いもあるだろうし、そのあたりのふわっとしている部分を含めて、16㎜作品完成までの簡単な体験記を綴ってみたい。

 

撮影は16㎜フィルムで

2月の終わりに撮影と観光を兼ねて、ロシアのウラジオストクを訪れた。「なぜウラジオストク?  どこにあるの?」と周りからものすごい勢いで聞かれた。ウラジオストクはロシア極東の地で、中国や北朝鮮の国境にほど近く、「成田から3時間弱で行けるヨーロッパ」として密かに人気が高まっている。さらには最近ビザ申請もWEBから簡単にできるようになったことも相まって、日本からの観光客も増えているようだ。せっかくのヨーロッパ、そしてロシアに行けるのだから、現地で何かしら撮影したいと思った私は、まず数分のショートフィルム撮影を16㎜で行うことを最初に決めてしまった。撮影メディアを16㎜にした理由は、最近日本でも16㎜で撮影された映画やWEB CMなどを再びよく目にするようになり、そのルックやトーンの価値を「やっぱりフィルムいいよね」と再認識させられたからだ。そしてそのルックやトーンを用いてロシアで撮影してみたいというシンプルな理由だった。学生時代に16㎜をやってはいたが、今の時代に16㎜で作品を作るワークフローの確認、コストや、最新のスキャン技術などを含めたフィルム制作の「現在地」を体感してみたいという思いが強かった。

 

撮影準備はインスタで

ウラジオストク行きのチケットは手に入れた。現地のホテルは多くがビジネスホテルのような、いたって普通の場所が多く、ある程度綺麗で価格もリーズナブルな場所を選んだ。ネットのレビューに書いてあったシャワーから茶色くてぬるいお湯が出なければいいなというのが唯一の願いだったが、その後心配は無用のものとなる。

異国でのスムーズな撮影となると、ロシア語がわからないため、コーディネーターが必要だと思った。そこで現地の個人ベースでやっている案内人と連絡を取り合っていたが、ギリギリでやむない事情で都合が悪くなってしまい、準備は振り出しに戻ってしまった。

次に考えたのは#ウラジオストクのハッシュタグでインスタを探ること。現地の綺麗な女性のフードカメラマンが目に留まった。もし協力してもらえれば、彼女自身をモデルとして画面に登場させることもできるし、カメラマンであれば、撮影からロケーションもある程度は相談に乗ってもらえると考えたからだ。早速メッセージを送ると、彼女の旦那さんもカメラマンで、英語も堪能。現地でのサポートを快く受け入れてくれ、出演はもちろん、今回のロケ地を提案、ロケハンから当日まで本当にお世話になりっぱなし。彼らなしでは今回の撮影は成立しなかった。

加えて、先の女性カメラマン以外に、キャスト数人登場させる作品にしたかった。そこで現地のモデル事務所を調べ、写真などをメールで送ってもらい、2名を追加でブッキング。ここで少し驚いたのが、モデルさんの単価の安さ。日本だとちょっとした撮影でも数時間で5〜8万円くらいかかるイメージだが、1時間3,500円ほど。6時間だとしても2万円ほどと、かなり良心的である。また、衣装に関しては現地のデザイナーのセレクトショップをこれもインスタで見つけ、撮影用にリースの交渉。日本の通例に沿って、販売価格の20パーセントほどを払おうと心の準備をしていたが、まさかの無料リース。撮影前日にピックアップに伺い、あれやこれやとファッションショーみたいにいろいろ試させて頂き、ビビッドめだが、どこか歴史を感じる衣装の色味やスタイルは、作品中のムードをロシアっぽいすごく良いものにしてくれた。

このような感じであれば、下手に日本で撮影するよりも「ちょっとファッションの撮影行ってくるわ」というノリでウラジオストクで撮ったほうが、様々なコストも安いし、雰囲気が良いのではないかと思った。

▲衣装は現地のデザイナーのセレクトショップで撮影用にリース。

撮影機材/フィルムはどうする

最近手に入れた、ドイツ製のARRI Sという16㎜カメラの定番とも呼べるものを持っていこうと考えていた。しかしこれが質実剛健、鉄アレイ2つくらいの本体重さと、申請を出さないと空港で引っかかる恐れがあるとのことで断念。今回はフランス製のBeaulieu R16(ボリュー)というカメラとAngenieux(アンジェニュー)中心のレンズ群を知人に借りることに決定。重さもARRI Sに比べると軽量で、カメラ本体もフランスの流線的なデザインが美しい。自らもフランス映画が本当に撮れそうな気分にさせてくれる。このカメラはバッテリー駆動につき、マイナス15度とも言われていた極東ウラジオストクで果たして問題なく動くのか、バッテリーの減りなどもかなり心配していた。そこはバックアップとしてSuper8の8㎜フィルムカメラと、キヤノンのデジタル一眼も持参することで対応した。

皆さんの中には16㎜カメラはそう簡単に手に入らないぞと思う方がいらっしゃると思う。16㎜カメラで比較的安価に手に入るのは、Bolex(ボレックス)やBeauliue(ボリュー)だと思う。三脚での使用が大前提となるであろうARRI Sなどに比べると比較的軽快に使える。ただ、ご存知のようにかなり古いカメラなので、手に入れるためにはYahooやebayオークションで良い状態のものを探すことになるだろう。きちんとした予算が出るようなプロの撮影現場であればレンタルでARRIのSRというシリーズがおすすめで、こちらは静音タイプなので、同時録音も可能である。

使用するフィルムはKodakの”VISION3”、劇場公開される作品で使用される高性能なカラーネガフィルムである。以前はFUJIFILMも”ETERNA”というムービー用のフィルムを作っていたが、現在はKodakの一択となってる。以前の購入方法は、Kodak社に電話をして、フィルムの種類や必要本数を伝え直接取引きをしていた記憶がある。しかし最近はネットで16㎜フィルムを手軽に購入できるようになり、何より学生割引(40%OFF)で、学生でも気軽にトライできる環境を作ってくれているのは素晴らしいことだと思う。

今回購入したのは100ft巻きの50Dが2本、250Dと500Tが1本ずつ、合計で400ft、時間にして約10分ほど(50D等の数字は感度、Dはデイライト、Tはタングステンの意味)。感度を振り分けたのは、ピーカンの太陽下で撮影することが一番多そうだったので、低感度の50Dを2本、自然光は入るが、薄暗い場所でも撮るかもしれないということで、250Dを1本、結構暗いなここは、という場所もあるかもと高感度の500Tを1本、と考えたからである。

フィルムの装填方法は少しコツがいる。しっかりとセッティングしないと、中で引っかかったり、フィルムに傷がついたり撮影中のトラブルのもとになってしまう可能性もある。方法はYouTubeなどにも動画が上がっているが、ARRI Sで実際に練習が必要となれば16㎜フィルムトライアルルーム(欄外)などで練習/サポートを受けられる。指先でフィルムを扱う感覚やパーフォレーション(フィルムの穴)とカメラ機構内の爪に噛ませる作業を繰り返し行う必要があるだろう。

本来であれば、感光しないように、埃が入らないようにダークバッグの中で装填を行うのが望ましい。つまり見ないで装填できるようになることが必要だ。しかし、今回は少人数クルー(私を含め撮影スタッフ2名、ヘアメイク1名)でフィルムチェンジもパパッと済ませたく、直射日光が当たらない場所で、布を被りながら装填してしまった。

▲16mmカメラはボリューR16、レンズはアンジェニュー中心で揃えた。

▲ワイド側からKinor 6㎜/f1.8、Nikkor 10㎜/f1.8、Angenieux 15㎜/f1.3、25㎜/f0.95、75㎜/f2.5。35㎜フルサイズ換算で21㎜、35㎜、52.5㎜、87.5㎜、262.5㎜。

 

 

当日撮影現場で

現場は現地に着いてからロケハンで決定した廃墟が2カ所。それぞれが車で30分と離れていて、日が暮れる心配もあり、1カ所に絞ることも考えたが、両方とても魅力的なロケーションで、結局2カ所をまわることに。作品内では外観と内観は別のロケーションだが、1カ所のように見せている。使ったレンズは先にも述べたようにAngenieux(アンジェニュー)中心のレンズ群で、ラインナップはワイド側からKinor 6㎜/f1.8、Nikkor 10㎜/f1.8、Angenieux 15㎜/f1.3、25㎜/f0.95、75㎜/f2.5というもの。いつもはフルサイズで撮影することが多いので、35㎜フルサイズ換算して考えたいのだが、約3.5倍すれば良いとのこと。つまり手持ちのレンズはフルサイズで21㎜、35㎜、52.5㎜、87.5㎜、262.5㎜というような標準的に使える範囲と、結構望遠という飛び道具を持って臨めた。

ただ、16㎜フィルムでの撮影はフルサイズの撮影で慣れている身にとって、画をボケさせることが難しい。もちろんただボケていればカッコいいというような意味ではなく、画の中の何、どこ、または誰に着目してもらうか、視聴者の目線の誘導、フルサイズでの撮影時と違ってくる。もちろんある程度はボケてくれるが、パンフォーカス気味な画を視聴者に提供するということは、被写体に対しての背景や色味だったり、より慎重にケアする必要があると感じる。レンズのフィルター側はステップアップリングなどでほぼ統一されていたので、NDフィルターを各レンズに装着してスムーズに撮影ができた。

フィルムは合計で時間にして約10分ほどと先に述べたが、この約10分で作品を作るのはある意味チャレンジであった。その制約があったからこそ、1つ1つのカットをより真剣に考えることができたし、より考えざるを得ない状況がとても新鮮だった。

撮影は三脚や一脚を用いず、全て手持ち撮影で行なった。改めて私はやはり手持ち撮影が好きなんだと思う。仕事で手持ち撮影をする機会はあまりないが、三脚や一脚だとどうしてもカメラ位置と高さとアングルが数値化できるような感覚。しかし手持ち撮影は、絶妙な数値の間にまでも入っていけるような感覚があり好きだ。結果として、作品中の登場人物の不安定な感情を表現すると同時に、撮影自体の進行、時間短縮が図れるということもある。

 

現像/スキャンについて

現像はIMAGICAにお願いした。と言ってもいきなりではなく、今回はIMAGICAと取引/口座があり、以前よりお世話になっている16㎜トライアルルームの荒木氏に仲介をお願いし、直接撮影済みのフィルムを持ち込んだ。ここで、告白しなくてはいけないのは、100ftを4本使用し、そのうち1本だけ、感度の設定を間違えて撮ってしまったのだ。ISO50のフィルムで撮影しているつもりだったが、実際はISO250のフィルムがカメラに入っていて、結果露出を間違えて撮ってしまったのだ。

皆さんおわかりのように、そのままノーマル現像してしまうと露出オーバーで現像されてしまう。そこで減感処理をする必要がある、となるがどのくらいの程度の減感処理をすれば良いか難しい。程度によっては粒子感が目立ってきたり、画の調子が変わってしまうようだ。

この件はIMAGICAの営業担当の方と、荒木氏のアドバイスで「1/2減感処理をする」ということで現像をしてもらった。このあたりの微妙な判断、決定は数々の撮影をこなしてきたフィルムのスペシャリストである荒木氏の経験からくるもので、結果ルックも大変良かったので、本当に助けられた。

スキャンに関しては、BlackmagicのCintel Scanner2を今回使わせて頂くことに。フィルムスキャナーというものを近くで見たことがなかったが、Cintel Scanner2に対面すると、プロダクトとしてのデザイン完成度が本当に高く、テンションが上がる。スキャナーの操作は本当にシンプルで、Macと繋いでDavinci Resolveのソフト上から簡単にCintel Scanner2を制御、操作できることには驚いた。フィルムが高速で回転するので、ブチっと切れてしまわないだろうかという心配もあったが、そこはCintel Scanner2がテンションをきちんと自動で測ってくれて、無理な負荷がフィルムにかからないようにできているとのこと。さらに、何か万が一異常やトラブルがあっても、スムーズに停止するようにプログラムされているのは安心だ。リアルタイムでのスキャンも可能だとのことだが、今回は2回の露出で行うHDRスキャンを試させてもらった。その名の通り、ハイライトとシャドー側で恩恵があるという。また、当たり前だが、今回の撮影はネガフィルム。ポジ反転しないことには実際の色味が出てこない。そのようなことも、さすがはDavinci Resolve、高度なグレーディングソフトにかかればポジ反転からのオートブラックやホワイトで、一瞬でノーマルの画に戻してくれる。

スキャンをしてしまえば、あとは通常通りのワークフローで編集できるので、データにしてしまえば少しホッと落ち着ける。

 

BlackmagicのCintel Scanner2でデジタイズしてDaVinciで編集&グレーディングできる

▲現像済みのフィルム。



▲現像済みのフィルムのリールをBlackmagicDesginのCintel Scanner2にかけて再生しながら読み込む。接続したDaVinci ResolveでCintel RAWデータとして扱える。

 

まとめ

フィルムでの撮影は多少なりともお金がかかることは事実だ。しかし、一度その画を見てしまうと、後戻りできないような感覚がある。カメラが回り始める駆動音でさらにファインダーを覗きながら、心地よい責任がのしかかってくる。カメラを回す前にいつもより、役者さんとコミュニケーションを密に取る。もうすぐ日が暮れて暗くなるので、ドキドキしながら準備する。英語とロシア語が飛び交い、本番まで最善の準備をした。そして最終的に吐き出されるフィルムの画は、私が最も大切にしている空気感、トーン、情緒があり、表現を助けてくれる。グレーディングを担当していただいた大田氏の「filmconvert使わなくていいよね」という一言はとても印象深い。私も愛用しているこのソフト。そう、フィルムで撮れば「模擬的」にフィルムで撮ったように見せなくてもよいのだ。できることならば ”今後全部フィルムで撮りたい”。

 

16㎜撮影フィルムと現像関連の経費
●16㎜フィルム 400ft(約10分)で約¥30,000
●16㎜フィルム 現像料金 400ftで約¥30,000
●16㎜フィルム 2K/4Kスキャン料金
400ftで約¥50,000-80,000(テレシネ/スキャンはピンキリでクオリティによっては安価にもできる)

16㎜撮影のための情報リスト
●KODAK(16㎜フィルム購入)
https://store.shopping.yahoo.co.jp/kodak/
●IMAGICA LAB(現像/スキャン等)
https://www.imagicalab.co.jp/
●Blackmagic Design(スキャン/Cintel Scanner2)
https://www.blackmagicdesign.com/jp/products/cintel
●16㎜フィルムトライアルルーム(カメラ/フィルム相談等)
http://www.banrifilm.com/room.html 

 

ビデオSALON2019年6月号より転載