今回のゲストは、岸田さんが注目し続けているEXIT FILMの田村祥宏さん。クライアントワークと自分の作りたい作品を両立させ、さらにその先の継続可能な道はあるのか?

構成・写真/編集部 一柳

田村祥宏
株式会社イグジットフィルム代表取締役/フィルムディレクター 映画的な演出や、個人としての作家性を大切にしながら、ドキュメンタリーの現場で培った技術により映像制作の全ての工程をワンストップで行う。また映像やWEB、音楽や写真など、様々なクリエイティブコンテンツの持つ価値を、企業や社会の課題解決に上手く組み込むファシリテーションを行なっている。国内外のアワード受賞多数。

https://exitfilm.jp/

 

ポートフォリオに巨額の投資をする

岸田 今回は僕が話をお聞きしたい人物、EXIT FILMの田村祥宏さんです。僕が映像を始めた頃に現場を見せてもらったり、初めて大きな案件を受けた時にサポートしてもらったりとお世話になってきました。また巨額な費用をかけてポートフォリオを作って成長するというスキームを生み出すなど、常にその行動に注目してきました。

自分は今、長編ドキュメンタリー映画を作っていて ( 『リスタートアップ』 )劇場公開を目指しているのですが、これからドキュメンタリーを仕事として継続していくのはどうしたらいいのかアドバイスをもらえたらと思っています。2014年にREDを買って、『KUROKAWA WONDERLAND』 (注1)を作ったときはいくらかけたんですか?

注1:『KUROKAWA WONDERLAND』 はWEBサイトがあり、そこから動画が見られる。
https://kurokawawonderland.jp/

 

田村 制作費500万円くらいです。REDは600万円くらい。

岸田 ということはトータルで1000万円以上!

田村 瞬間的にはそうですけど、カメラはその後、クライアントワークに使用して回収しているんで。

岸田 普通のビデオグラファーや小さな映像制作会社がすることじゃないですよね。ポートフォリオはいわば自主制作作品ですべて持ち出し。なんでそんなお金使うんですか? 

田村 絶対勝てると思ったからです。

岸田 ロールモデルはあるんですか。

田村 ないです。でも、ちゃんと計算はしていてREDを何回使えば元がとれて、そこから先は儲けだなと。その儲けをとりにいこうと考えました。一眼レフでカメラ機材費1日1万円の仕事じゃなくて、15万円とれるような仕事をとるぞ。そのためにポートフォリオを作ろうと思いました。

そのときに自分単独ではダメで、組むとしたらどこから発注を受ければいいのかと考えたんです。2014年の時点ではWEBの世界だなと思い、WEB制作でアワードをとっている人と共同でポートフォリオ作りましょうと提案しました。当時地方創生が始まり成長段階で、オープンソースという言葉も流行り始めていた。なくなっていく地方のカルチャーをオープンソース化して海外に出していこうというテーマを掲げました。ムービーだけじゃなく様々なアーティストを集めて総力戦にしました。

結果的にWEB業界と地方創生の領域にインパクトを与えて、それぞれから仕事がくるようになった。あのクオリティで作りたい。あれはREDで撮っているから、じゃあREDで撮りましょうとなりました。案件のアベレージが150とか200万円だったのが、一気に最低300万円とか500万円くらいになった。ポートフォリオへの投資は戦略があって、勝つべくして勝っていると思っています。

岸田 衝撃だったのは、映像作っている人って自主制作するとせいぜい映画祭に出すくらいしかなかったのに、デザイナーと組んでWEBサイトとして土台ごと作品として出した。

田村 うーん、ちっちゃな映画祭で賞とっても仕事なんてこないじゃないですか。映画に限らず。

大石 映像の世界に入ったのはいつですか?

田村 脚本は子供の頃からずっと書いていたんですが、映像の業界にということだと20歳ですね、遅いんです。単館系のインディペンデント映画を作っていて24、25歳くらいの時に実力がないのにキャストの力で大きな動員を狙おうとして、結局そこのキャスト事務所のゴタゴタに巻き込まれて失敗しました。僕に圧倒的に実力も仲間も足りなかったのがそもそもの原因ですが。そこからドキュメンタリーの勉強をしようと思って、アルバイトしながら作品を作ったり勉強したり、制作会社に入ったりしてました。

でも僕が入れるような小さな会社は企業VP主体で、 CMは代理店でという棲み分けがされているなか、当時は一眼もなかったし、 それこそVX2000とかでDVテープでやってましたから。でも一眼が出たときに世界が変わった。自分でドキュメンタリーのポートフォリオを作ったら、お声がかかるようになった。

大石 そのときから自主制作をやってたんですね。

田村 独立のきっかけも個人のポートフォリオでした。独立する直前はブラックだった制作会社も辞めて住み込みで介護の仕事をやっていて、そこで深夜に映像の勉強をしながら休日はポートフォリオを作ってました。住み込みでお金を全く使わないので、全部そっちに注ぎ込んで。


▲田村祥宏さん

 

 

映像の仕事を継続するには

大石 岸田さんは、今長編ドキュメンタリー映画を作っていて劇場公開を目指しているわけですが、岸田さんが辿りつきたい理想の状態というのは?

岸田 自分の作品を作って、見てもらって、それでお金がはいってきて、それを継続できる状況ですね。ドキュメンタリーは作品を見た人が行動を起こしたり、議論したりする力があって、それが面白い。たくさんの人が見て、作品をきっかけに何かが動き出す、それがないと意味がない。その状態が継続するのが理想です。

今はクライアントワークで収入を得て、作品を作っていて正直ギリギリの状態。だからコスパが悪いステップだとは思いつつ、長編映画を作って劇場公開して映画監督として名乗れるようになれば、あとはいろいろな作品の出し方ができるようになるのではと思っていて。

田村 僕はそこに答えをもってないです。僕も同じことにチャレンジをしている段階だから。自分も結果は出ていない。ただひとつ言えるのは、映画を作ってお金を得ようとしているライバルはいっぱいいるんで、岸田さんがそのレッドオーシャンに飛び込むのであれば、 何か新しいことをやらないと。それを考える上で言語化すべきなのは、なぜ映像なのか、映像で何を起こしたいのか、それは誰向けなのか。そこは岸田さんの中にしかないと思います。

それをはっきりさせた上で、ある程度テーマ的に勝ち筋に乗せないと闘えない。テーマ自体が勝ち筋じゃないとしたら、映像はエンターテインメントなので、エンタメ的な強みで作品のテーマ領域外から顧客を取り込んでいかなきゃいけない、というのが僕の考えです。

僕の場合は、映像として新しい表現をしたいというのが先にある。じゃあ何を勝ち筋のテーマにするか。2、3年前からエネルギー問題をテーマにして映画を作っています。これなら勝てるというテーマを発掘する。もしそのテーマが弱くて、でもそれをやりたい場合は、別の魅力が必要です。岸田さんは出身が映画の人じゃないんだし、今までの映画の見せ方とか、長編映画というカタチにこだわる必要はないんじゃないかと思う。

岸田 たしかに僕は既存のフォーマットに縛られすぎてる。

田村 もっと柔軟に考えてもいいのでは? 最終的に岸田さんの求めている結果が出ればそれでいいんですよ。劇場公開って冠が必要なら、どこかの劇場でイベント上映して、それで劇場公開と言ってもいいじゃないですか。

高島 僕は聞いていてすごく田村さんとは発想が近い気がする。プロデュース視点がありますね。

田村 たとえば『リスタートアップ』だったら、スタートアップ界隈のフィールドで関連のNPOに上映を持ちかけるとか、国は起業を盛り上げたいわけですから、起業の現実としての教育現場での活用を打診してみるとか。そこで多少の編集が入っても構わないじゃないですか。作品としての映像はそれはそれで存在していて、それを柔軟に利用してマネタイズすることを考える。継続して映像を作りたいというのが目標であればそういうスタンスでもいい気がしますね。

 

 

ポートフォリオのその先に

田村 僕が今作ってる作品は1時間尺の作品です。今までのポートフォリオは、僕が狙ったターゲット層に響いて、その後の案件、多くは広告案件に繋がってきた。でも僕がヒイヒイ言いながら作品を作っている目的はそこじゃないんです。社会を変えたいと思って、多くの人に見てもらいたいと思って、作った作品が自分の会社のCM、金儲けの道具にしかなってないというのが許せなくて。映像作品によって社会変容を起こす、それはショートムービーでは難しいと思っています。なので今回は長尺のものを作ると決めました。

岸田 それはどうやって公開するという作戦はあるんですか?

田村 僕は公開という形式についてはいかようでもいいと思っていて、お金の回り方を考えています。レーベルを作ろうと思っています。これは新しいアイデアでも何でもなくて、みんながやっていることなんですが。だから僕も勝ち目のない闘いに身を投じるんです(笑)。映画への対価ではなく、レーベルへの投資をしてほしいということで設計をしている。まぁ別に勝ち目はないんですけど。

岸田 でも、毎回、上のステップにいくための戦略を考えていますね。

田村 今回ばかりはわからないです。

高島 いい意味で、めっちゃ野蛮ですね。僕はプロデュース志向があるから、そこの考えはよくわかります。2年くらいのタイムラインで考えるんです。映像ひとつ作ったって世の中変わらないよということは理解していて、それをどういうふうに変えていかないといけないんだろうと計算できるんです。でも田村さんは結構ワイルドな感じがします。

大石 僕はそんなロングスパンでは見えてないし、遠い視聴者より身近な被写体なんですよ。ものづくりの視点がそもそも違う気がする。映像を作ったその先はあまり追えていない。そこは別に気にならなくて、それよりも目の前の人が喜んでくれれば、じゃあ次作ろうみたいな感じです。

高島 ぼくは映像はツールだと思っていて、大石さんは映像そのものをすごく愛していると思うんですよね、田村さんはどちらが近いんだろう?

田村 ぼくも映像が好きですよ。ただ僕にとって映像とは見るものじゃなくて、自分が持っている技術なので。単純に技術なんです。人の感情を動かして行動変容をさせるツールとしてのこの技術を愛して磨いています。そこに関わる人たちのことも。

 

 

映像と事業を組み合わせる

田村 さっき言った映像からのマネタイズですが、たとえば『Most likely to Succeed』という教育の映画があって、この映画はライセンス制でライセンスを持って上映時に定められているルールを守れば誰でも上映会が開けるんです。教育業界に変化を起こそうとしている方々が、この作品を上手に使っている。

こういった、映像をただ見せるわけではない外への広がりに、岸田さんのやっている、社会に密接に関わりのあるドキュメンタリーというジャンルの活路、また別のマネタイズへの道があるのかもしれないですね。映像と事業を組み合わせる。映像を見せるだけでは世の中は変わらない。

もちろんソーシャル系の作品を作ったりプロジェクトに関わると今までも変化の芽は生み出せていたんですが、毎回僕が作り終わったときにお金をがなくなるから、続けられないんですよ。だから作品をリリースして周囲や業界が盛り上がったタイミングで、僕は出稼ぎに行くみたいにクライアントワークをドカドカ入れて、まずは食い扶持を稼ぎに行くという…。それをもう繰り返さないために、今いろいろと考えているところですね。

岸田 僕もクライアントワークで作るか、自分で見つけた人とテーマで自由に作ってプラットフォームに置く二者択一。お金はぎりぎり赤字にならないくらいだから、バランスをとってやっていても、これは続かないなと思って。

田村 それと規模を大きくできないですよね。

岸田 そうではないサイクルを作れるんであれば未来があると思っていて、田村さんに注目しているのですが。

田村 まだ何も成功していないですよ。成功したら楽しいですよね。で、いろいろな人が出てきて盛り上がったらいい。

 

 

会社組織にする葛藤

高島 なぜ田村さんは組織にしているんですか? 岸田さんは田村さんを個人として見ているけど、その後ろ側には経営の顔もある。僕は田村さんは経営者としての顔も強いんじゃないかなと思うのですが。

岸田 そうか、僕は田村さんをプレイヤーとしか見てない。

高島 そう、高額なカメラを買うというのは、経営者としてはそんなに無謀なものではなくて、どういうふうに回収していくかという算段で選択しているから。社員を雇って組織化して、どういう算段を立てているのか、そういう話を聞きたいです。

大石 たしかにプレーヤーでもありながら経営者でもある方はそう多くないですし。

岸田 なるほど、今、社員は何人ですか?

田村 7人ですね。社員を増やしたキッカケとしてはポートフォリオの作品規模を大きくしたかったんですよ。個人だと製作費600-800万円という規模が限界だったので。

大石 ポートフォリオとクライアントワークを繰り返す、そのゴールというのは?

田村 ポートフォリオ、つまり作品のマネタイズですかね。それを起こしたくて組織を大きくし始めた。少ない人数で扱える作品だと予算規模が限られてくるので、どうしたって、1年に使えるお金は1000万円くらいしかない。しかも、それを使って作品製作をするときは仕事が止まるわけだから、貯金を使い切って、プラス仕事をしないでは追い詰められるに決まっている。これはとても続けられない。じゃあ正解かどうかわからないけど組織を大きくしようと。

大石 僕も法人化しているけど、一人法人なんですよね。つど業務委託して発注している。ただチームを作りたいとは思っていて、社員ではないけど、いつも同じメンバーで集まるスタイル。ただ別の仕事もするべきで。人を雇うと責任も生じてしまうから映像作りが純粋にできなくなるなと。だからそれは難しいと思うんです。田村さんは組織を作って、失敗しながらもそれをまだ維持している。でも自ら映像を作りたいとも思っている。どうして会社組織にこだわるんですか?

田村 うーん…僕は映像を世の中のために使いたい人なので、作っているだけでは足りなくて、でもその間の映像制作会社としての制作は誰がやるの? という。ただ、なかなか上手くいっていません。試行錯誤の中で、他の経営者でしかない人ではなく、作り手である僕が作る組織のあるべき姿を模索しています。

しかし、しっかりとシステムが構築されてそれが回っている会社組織は素晴らしいです。以前は会社の規約だったりシステムを作るのが面倒だと思っていた時期がありました。でもそうではなくて、規約やシステムは実は会社を助けてくれるものだったんだなというのが分かってきた。少しずつあるべき姿に近づいていっていると思っています。

大石 その話、聞きたいですね。法人なのに社員は雇わないぞと思っている僕としては。

田村 それはそれでいいと思います。ただ、大きなことをしようと考えた時に、それは僕や僕の会社だけではとても賄えなくて、外部の力を借りることになる。その時に、やはり僕が責任ある人間、立場なのかというのは重要だと思うのです。あと、僕はドキュメンタリーの中で言えばセミドキュメンタリー、さらに劇モノも作っているので、単純に制作が必要というのもあるかもしれません。僕が人見知りで外注先に疎いだけというのもありますが…。

大石 会社のメンバーは自分に近い思いを持ってくれていると感じるんですか。

田村 どうでしょうね。ただ詳細な人事評価のシステムを導入しているので、それを使って評価がなされ、そこからの昇給や賞与に機械的に直結します。これがすごく分かりやすくて、社員たちに大好評です。僕もそこを基準に彼らを評価すればいいし、社員たちも次の目標やステップが可視化されている、マネージメントが非常に楽になりました。

大石 それは具体的にはどういう基準での評価ですか?

田村 たくさんの項目がありますが、たとえば先程の「思い」についてだと「自社のブランドカラーを理解した上で、判断できる」とか。他にも『組織が求める役目・役割を認識し、会社全体の利益を考えた判断・行動・サポートが出来ている』とか。プロデューサー側とディレクター側にそれぞれ等級が6まであって、等級によって評価の内容や、その評点の割り振りが変わっていく感じです。

岸田 それは誰が評価するんですか?

田村 マネジメント担当の一次評価者がいて、二次評価者が僕です。

大石 ブランドカラーを理解した判断とは、具体的にはどういう判断?

田村 たとえば、ある内容でクライアントから修正かけてくれないかと言われた時に、うちはその工数を請求するのかしないのか、ということだったりとか。

大石 なるほど姿勢とか言動含めて、会社のブランドに沿った行動ができるのかと。

田村 たとえばクライアントから、被写体に対してこういうことを言って泣かせてくれ、という時にどういう判断をするのか、とか。

大石 社員はそれをどう学ぶんですか?

田村 社内の資料にブランドのパーソナリティーが書いてあって、あとは日々の業務の中で理解していく。制度と資料はパートナーの会社と一緒に作りました。

岸田 それで会社の骨格ができてきたと。

田村 システムができると自走し始めるので。僕がどうこう言うのではなく。社員が勝手に動き出すようになる。まだまだですが、理想の形に進んでいっていると思います。

岸田 もう発想、行動原理が全然違う。

大石 これは映像制作会社の評価制度として他の会社にこのまま売れるんじゃないですか? 

岸田 映像のリファレンスも作っていますよね。

田村 リファレンスを作って社員が見られるようにしています。タグがあって、インタビューを使っているとか、イラストを使っているとかで検索できる。あとディレクター側だと成長のための課題がいくつか用意されていて、それをやってみることもできる。

大石 うーん、なんだか想像以上ですね。最初、前情報としてお伺いしていた高価なカメラを買う無謀な人というイメージではまったくない。想像をはるかに超えていました。

田村 いやいや、数千万円の広告案件なんてうちには来ないですし、ぜんぜん大したことはありません。けどまあ、やりたいことはあるので、トライ・アンド・エラーしながら頑張っています。岸田さんもそういう意味で同志なので、これからも応援していきたいなと思っています。

 

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●VIDEO SALON2022年11月号より転載