この記事は2018年12月18日発売「DRONE空撮GUIDEBOOK改訂版2019」に収録しているインタビュー記事です。ドローンを活用し、美しい映像を作り上げるクリエイターとその使用機材についてお話をうかがいました。

 

田中道人
たなかみちと/釧路湿原のある北海道標茶町で育ち、北海道と東京を行き来しながら、数多くのミュージックビデオやCMの空撮を手がけるフリーランスのドローンカメラマン。北海道ではドローンを使って釧路湿原の四季を撮影し、ショートムービーを自主製作することをライフワークにしている。

田中空撮のWEBサイト●https://www.tanaqoo.com/

 

数々のMVやCMを手がけるドローンカメラマン
ライフワークは釧路湿原の自然

イドルグループのMVやCMの空撮を手がけている田中道人さん。北海道東部の標茶町出身で、ミュージシャンを志して上京し、音楽との関わりから大手IT会社に就職して十数年間着メロを作る仕事をやっていた。

「会社員の頃にボーナスでラジコンヘリを買って、暇を見つけては飛ばしていたんです。それでちょうどPhantomが出た頃に、空から映像も撮れるヘリってことでドローンを手に入れて、空撮を始めたのがきっかけですね」

もともと自ら何かを始めてみたいと考えていた田中さん。ドローンで撮った映像をショートフィルムに編集して、NHKのディレクターに送り続けていた。それが朝の連続テレビ小説『あまちゃん』のディレクターの目に留まり、ドラマの撮影に声がかかったという。ショートフィルムを投稿するのは、「バンドをやっていた時にデモテープをレコード会社やプロデューサーに送るのと同じような感覚ですね」と当時を振り返る。

  仕事としてはaugment5 Inc.の井野英隆さんが作っている、『True North, Akita.』のシリーズに参加したのがスタートラインです。実はその頃はまったく映像の知識がなくって、その時のカメラマンだった印藤正人さんに映像の基本を教えてもらったのが、今につながっているのだと思います」という田中さん。この作品を見た映像関係者から、その後MVやCMの仕事に声がかかるようになったという。

現在、田中さんは自宅ある北海道と東京の事務所を往復しながら仕事をしている。MVやCMの仕事はもっぱら東京を拠点に活動しながら、北海道では地元の撮影仕事に加えて、釧路湿原をテーマにした自主作品のための撮影を行なっている。その作品は華やかなMVやCMの仕事とは対照的に、湿原とともに育ってきた田中さんだからこそ知る、釧路湿原の最深部の自然を丁寧なドローンワークで緻密に描き出している。

撮影にはInspire 2を使いながらも、そのスタイルは自身で操縦とカメラ操作を行うワンマンオペレーション。それだけに撮影のない日は、アーティストの撮影を想定した練習を欠かさない。「僕はラジコンヘリから入っているんで、練習は当たり前のものだと思っています」という田中さん。しかし、田中さんにとってドローンはあくまでもカメラだ。その証拠に田中さんの名刺には、“ドローンカメラマン”という肩書が入っている。

 

 

失敗の許されない1テイクに込めたどこを切り取っても使える隙のないドローンワーク

STU48『瀬戸内の声』ミュージックビデオ

 

AKB48の姉妹グループSTU48が2017年6月に公開した初のMV『瀬戸内の声』は、田中さんにとっても初めてのアイドルグループの空撮だった。STU48ならではの美しい瀬戸内の景色を紡いだこの作品は、田中さんの空撮カットが魅力のひとつである。この作品をきっかけに、SKE48、HKT48や乃木坂46といったアイドルグループの撮影を田中さんは次々と手掛けるようになった。

しかし、その撮影の仕事はとても厳しい。「MV撮影はとにかく時間がありません。一日で撮りきるのは当たり前で、ダンスを地上で数テイク撮って、最後にドローンで1テイクだけ撮って終わり。ドローンは1回しか撮れないので、どう編集で切り取っても使いやすい素材を撮らないとダメなんです」という田中さん。ドローンの撮影でいつも心がけているのは、「ドローンワークというよりクレーンワーク」だということ。それだけにドローンの動きには切り返しを作らず、円を描くような軌跡で飛ぶように心がけているという。

「『瀬戸内の声』は初めて撮ったMVだけに思い入れがあります。特に最後のサビのカットは、猛烈に風が強いワンチャンスの中でも、監督のイメージ通りに撮れたと思います。もともと音楽をやっていたこともあって、MVのお仕事はやりがいがあります。それにMVは短い期間にバンバン撮っていくから、腕も鍛えられるんですよ」

 

奥深くまで入らないと得られない四季折々の釧路湿原の素顔を丹念に折り重ねた自主製作ムービー

『MARSHLAND │ 釧路湿原』

 

釧路湿原のそばで生まれ育った田中さんにとって、釧路湿原を撮るというのはライフワークとなっている。この作品もそんな田中さんの自主制作の最新作だ。

「父が釧路湿原のほとりで民宿をやっていることもあって、観光で湿原に来られた方と触れ合う機会が多いのですが、最近人が増えたせいもあってマナーの悪さが目立つようになったんです。そこで、観光で訪れた方々に釧路湿原の大切さを知っていただこうと、ビジターセンターで流してもらえたらいいなと思って作りました」。

田中さんがこれまでに撮りためた釧路湿原のカットの数々は、壮大な自然のスケール感を幻想的に描き出す。空撮だけでなく地上で撮影した動物のカットや、タイムラプスで作り出した夜空のカットを丹念に重ねている。さらにこの作品は自然の美しさだけでなく、アニメ映画『秒速5センチメートル』で知られる元声優の近藤好美さんのナレーションで、しっかりと湿原の大切さをメッセージとして伝えている。

「ここまで大規模な湿原は日本の中でも釧路湿原しか残っていません。でも、大昔は海沿いの平地はほとんどが湿原でした。だから、湿原は海にいた生物が陸に上がってくるかけはしの場所。そこに僕はロマンを感じるんです。実はシベリアにはもっと大きな湿原があって、いずれはそれをドローンで撮りに行くのが夢ですね」

 

Inspire 2+X5Sをメインで使用。地上ではα7S Ⅱとオールドレンズを愛用


▲Inspire 2は現場用に2機、修理時の予備でさらに1機を所有。


▲プロポはCendence。モニターはCrystalsky。BHボタンを押すと、画面表示を消して映像を確認できる。


▲X5S用レンズは35mm判換算で焦点距離15〜90mmをカバーする。オリンパス、パナソニック、Laowaのレンズ5本を使用。


▲NDフィルターはND8とND16を使うことが多い。


▲航空機で移動の際には欠かせないバッテリー収納用カメラバッグ。


▲Mavic 2 Zoomはロケハンで重宝するという。


▲地上撮影用α7Sではオールドレンズ(LEICA summicron 50mm F2.0)を愛用。


▲航空業界で人気の飛不動で購入した「航空安全」のシール。

 

機材車はジムニー

  

空撮の足はスズキのジムニー。1ヵ月おきに釧路と東京を行き来している。険しい山道を行くために導入したが、廃道ロケなどでも重宝している。後部座席まで広げた荷台にはInspire2を2台のほか大量の機材を満載。充電は車のバッテリーに直結した500wのインバーターと純正カーチャージャーを使用。

 

12Kの縦位置パノラマ写真にも取り組む

田中さんはドローンで写真も撮影する。特に最近は縦パノラマの作品を意欲的に発表している。カメラをチルトさせながらRAW形式で7枚を撮影し、スマートフォンの画面サイズに合わせて16:9のサイズにつなげている。

 

●12月18日発売の新刊MOOK
ドローン空撮GUIDEBOOK 改訂版2019年より転載