伊関役の柄本 佑さん(左)と栩谷役の綾野 剛さん(右)。

<純⽂学の最⾼峰>=芥川賞受賞作の同名小説を荒井晴彦監督が⼤胆に脚⾊し、ふたりの男がひとりの⼥をめぐって過去と現在をいききしながら記憶をつむぐ映画『花腐し』が11月10日(金)に公開される。『火口のふたり』に続き、作品に参加したふたりの撮影監督に制作の舞台裏を語ってもらった。

取材・文●編集部 伊藤

 

撮影:川上皓市

1946年10月3日生まれ、東京都出身。

1978年、『サード』(東陽一監督)で撮影監督デビュー。80年、『四季・奈津子』(東陽一監督)で芸術選奨新人賞など多数受賞、92年の『橋のない川』(東陽一監督)、06年の『紙屋悦子の青春』(黒木和雄監督)で毎日映画コンクール撮影賞を受賞する。荒井晴彦監督作品の撮影は全て手がけている。

 

撮影:新家子美穂

2002年Vシネマの撮影をきっかけにCMの撮影を多数手がける。一方、映画では撮影チーフとして色彩計測、オペレーター、Bキャメラを経験。主な撮影担当作品に第41回ヒューストン国際映画祭レミアワード金賞を受賞した『母・外与子〜愛は悲しみを超えて〜』(05/桜井真樹監督)、日本編の撮影で参加した『EARN A LIVING』(18/ユバル・オー監督)などがある。荒井晴彦監督とは『火口のふたり』(19)に続き2作目となる。

 

撮影は常に2台体制で進行

――まずは撮影に参加する経緯を教えてください。

川上 『花腐し』を映画化しようという話は『火口のふたり』の制作前からあったので、その頃から原作を手に入れて読んでいました。『火口のふたり』の撮影が終わったのが2018年で、決定稿ではありませんでしたが『花腐し』の脚本が上がって、制作をスタートしようかと話していたところに、コロナが始まってしまい、企画はいったんストップすることになりました。

その後、22年に改めて撮影が始まることが決まって、荒井さんがコロナで在宅時間が増えた僕の体力的な状態をチェックしにうちに来ました。それで「ぜひやりますよ」ということで準備が始まりました。

撮影現場のメイキング。と荒井晴彦監督(中央)と川上さん(左)。

――前回の『火口のふたり』の際は助手という形で新家子さんも撮影に参加されていましたが、今回の『花腐し』でもふたり体制で撮影を進めるのはどういった形で決まったのですか?

川上 『火口のふたり』のときは、新家子さんはチーフ助手をやりながらBキャメを、メインは僕が担当し、2台で回せるところだけ新家子さんにもう1台を頼んでいました。

今回はほとんどのシーンを2台で、カットもサイズもアングルも変えながら撮っています。『火口のふたり』のときからそうでしたが、荒井さんの作品はセックスシーンが多いので、それをワンキャメでカットを割ると、何度も俳優さんに芝居をお願いしなくてはならず、しんどいし時間もかかってしまいます。

なるべく2台で少ない時間で撮れれば、こちらも俳優さんも楽だという考えで撮影を進めました。だから現場では毎日、撮影が結構早く終わっていました。

どう2台で撮っていくかは、荒井さんがほとんどこちらに任せてくれたので、毎日現場でモニター映像を出して、常に荒井さんにチェックしてもらっていました。

話し合いをするスタッフ。左側の女性が新家子さん。

――作品にセックスシーンも多いということで、今回はインティマシー・コーディネーターの方が入られたそうですが、カメラマンの方にとってはどのような影響があったのでしょうか?

新家子 インティマシー・コーディネーターの方がいらっしゃる現場はふたりともはじめてでした。最初にインティマシーリハーサルというのを一日やってもらったので、どういうところに意見を言ってくれるのかは、その日に大体雰囲気をつかみました。

川上 インティマシー・コーディネーターは、事前にまずスタッフ側の意見を聞いて、それを俳優さんのほうに伝えて、俳優さんがどう考えているかをスタッフに戻して、じゃあこういう風にやりましょうといったことの橋渡しをしています。だから、お互いにこうしましょうということは俳優さんも事前に了解済みです。現場では監督のそばにいて、あまりキャメラマンと直接コミュニケーションをとるという感じではありませんでした。

新家子 自分でこう動きたいという考えのある俳優さんたちだったので、どちらかというと監督や俳優さんたちといろいろ話してもらう形でした。

映画の中心となるふたりの男性を奇縁で結ぶ女優・祥子を演じるのはさとうほなみさん(右)。

過去と現在をいききし、モノクロとカラーで織りなす3人の物語

――今回はモノクロとカラーのシーンから映画が構成されていますが、ルック作りのお話も経緯をふまえてうかがいたいです。

川上 現在をモノクロにして過去をカラーにするのは荒井監督のからの提案でした。モノクロで撮影をして、最後に編集の段階でやっぱりカラーが良かったとなると取り返しがつかないので、現場では色情報のあるLogで撮っておいて、テストの時に「モノクロではこうなりますよ」と監督に確認してもらいました。

――最初から時代によってルックを分けることは決まっていたんですね。

新家子 はい、お客さんに提示する時に分かりやすいように、色を変えていこうというお話でした。ただ台本上は「赤色の~」というように色のことが書かれていました。モノクロになってしまうと赤は伝わりませんが、そこは割り切って撮影を進めました。

――グレーディングの作業はどういう形で進めていったのでしょうか?

新家子 担当の方に台本を読んでいただいて、テスト撮影時にリクエストと撮影内容の詳細とテーマを添えて素材をお渡ししました。『火口のふたり』に続き、東映ラボ・テックの菅井さんという方がついてくださって、やりたいことを理解してくださっていたので、伝えたイメージにそって仕込みをしてもらいました。それを見てふたりで意見を出して進めていったという流れです。LUT作りもグレーディングも割とスムーズにいった印象です。

――お願いする際にはどういうイメージでお願いしたのでしょうか?

新家子 まずリクエストする時点で、モノクロのシーンがあることがわかっていたので、モノクロで始まってモノクロで終わる映画になるという点と、それに対比する形でカラーをどうしたいか伝えました。雨が降っているシーンが多いので、特にブルーの出し方について話をしました。

撮影にはパナソニックのAU-EVA1を使用

――今回の使用機材を教えていただいてもよろしいですか?

新家子 4年前にパナソニックのEVA1が出始めて少し経っていて、感度もふたつ選べて暗部に強いので便利なカメラだなと思って、私の仕事で頻繁に使っていました。それを『火口のふたり』の時に川上さんに提案をしたところ採用されて、V-Logでの撮影を1回経験したんです。なので、それを今回もできるのではないかということで同じV-Log撮影をしました。

レンズは昔からあるタイプですが、少し古めのほうがむしろ硬すぎず、シャープすぎない感じでいいと思ったので、ZEISSのT2.1単レンズをメインに使って撮影しました。

予算面でどうしても上位クラスを選べない場合もあるのと、新旧ではなく狙いに合ったことができればという思いとで、その中でベストなものを選択していくことになりますね。

川上 一番良かったのは、かなり小型のカメラだということです。ロケセットの撮影が多いので、2台で同時にアングルを変えたりする時に、小型のカメラの方がワークしやすかったです。特に『火口のふたり』の時は車の中でも2台で撮影できて助かったので、同じ機材でやろうということになりました。

新家子 やはりカメラ本体が小さいほうが、高い所や狭い所で撮影を進めやすかったです。今回は割と冒頭の居酒屋でのシーンの撮影でトイレに閉じ込められたりもして。うしろに下がれなくて引きじりがどうしてもなくなるので、そういう時は小さいカメラのほうが断然楽でした。

雨ふらしで一発勝負の撮影をしなければならない場面もあったので、どうしても2台のほうが効率的なんです。

川上 雨ふらしのときは、大抵衣装を2着用意するのですが、綾野さんの衣装は1着しか用意できないということで、一回衣装が濡れてしまうと、替えがきかないという条件でした。だから2台でアングルサイズを変えて同時に撮ろうとなったのですが、そういうところでもうまくいっていましたね。

作品は全編を通して雨のシーンが多い。

俳優さんたちが自分たちで考えて、それに助けられて画ができている

――印象的な雨のシーンが多い作品でしたが、ゴールデン街での撮影はいかがでしたか?

新家子 あのシーンはインして2日目の撮影で、みんな終電で集合するような重たい撮影でした。特機部さんがひとつの道全体に雨を振らせてくれたのが大きかったです。

――カメラは固定ですか?

新家子 カメラはローアングルで1台とハイアングルで1台。両方ともフィックスです。

――おふたりが気に入っているシーンはありますか?

川上 どのシーンも俳優さんがお芝居をよくやってくれているので、こちらはそれをちゃんと撮ればいいと思っています。若いころはこういう技術も使おうとか、そういうことを考えがちでしたが、最近はどんどん俳優さんのお芝居をちゃんと撮ればそれで成立するんだという気持ちが強くなってきました。

新家子 撮っていれば、俳優さんに十分おもしろくしてもらえている感覚はありますね。

川上 綾野さんと柄本さんがふたり並んで座ってしゃべっているシーンも、カットバックをせずに、ただふたりを正面で撮っているだけなんですけど、画として充分持つわけです。そういうことでいいんじゃないかと思っています。あそこで「これは重要なセリフだからちょっと寄っていきましょう」など考えると、その後ずっとカットを割っていかなければいけなくなってしまいます。

新家子 そのシーンはセリフが難しいため、ふたりのテンポや雰囲気を途切れさせないほうが重要だなと感じていたので、あのまま真正面で撮ってしまおうということになりました。

私の好きなシーンを一個いいですか?祥子が朝帰りする場面で、ブラジャーを脱いで洗濯かごの下の方に押し込んで隠す芝居で、すごくやましさが出ているように感じて気に入っています。つい先日、それは監督とさとうさん、どちらのアイデアでああいう動きをしたのかと聞いたら、さとうさんが自分で考えてテストの時からずっとやっていたそうです。俳優さんたちが自分たちで考えて、それに助けられて画ができている感じがしますね。

劇中の栩谷と伊関の会話シーンより。

俳優は全身で芝居をする

――今回の作品はセックスシーンも多いですが、そういったシーンを美しく撮るために、どういうことを考えながら撮影をしているのでしょうか?

川上 キャメラマンはフレームを切りますよね。そのフレームは怖いもので、キャメラマンの品性がどうしても画に出てしまいます。失礼ですが、下品なキャメラマンのフレームは不思議と下品な感じが出てしまうので、そういうことにものすごく気をつけています。

例えば昔ある監督から「キスしているふたりの唇のアップを撮ってくれ」と言われて僕は嫌だと言ったんです。「そうじゃなくて顔全体でいいじゃないか」と。僕としては唇のアップはすごく下品な感じがするので、なるべく撮りたくないんです。

昔、神代辰巳監督と仕事をした時、「俳優さんは全身でお芝居しているから、なるべく全身を撮ってください」と言われたことがあります。食事をしている口や目だけのアップにすると、かえって物が見えなくなる感じがするんです。なるべくお芝居全体がきちんとわかるように撮るというのが、僕なりの下品にならない方法です。

新家子 エロティックには見せたいけれど今言ったように下品にはなりたくないというのは、見た物に対する感じ方の難しさを考えさせられます。セックスというものがスポーティーに見えてもいけないので、毎回考えますし苦労します。

肌の露出が多くなるシーンは特に、私たち撮影者だけじゃなく照明部さんとの兼ね合いでやれているところもあります。女優さんをきれいに撮りたいし、でもそういうアングルに入ると「バレ物があったらどうしよう」とかいろいろな攻めぎあいがある中で試行錯誤しています。

映画『花腐し』

▼あらすじ 

斜陽の一途にあるピンク映画業界。栩谷(綾野 剛)は監督だが、もう5年も映画を撮れていない。
梅雨のある日、栩谷は大家から、とあるアパートの住人への立ち退き交渉を頼まれる。その男・伊関(柄本 佑)は、かつてシナリオを描いていた。映画を夢見たふたりの男の人生は、ある女優(さとうほなみ)との奇縁によって交錯していく。

▼DATA

映画『花腐し』(11月10日公開

脚本・監督:荒井晴彦、脚本:中野 太、製作:與田尚志、藤本鈴子、川村英己、プロデューサー:佐藤 現、田辺隆史、永田博康、共同プロデューサー:末吉太平、撮影:川上皓市、新家子美穂、照明:佐藤宗史、美術:原田恭明、録音:深田 晃、編集:洲﨑千恵子、装飾:寺尾 淳、効果:清野 守、スタイリスト:袴田知世枝、ヘアメイク:永江三千子、インティマシー・コーディネーター:西山ももこ、助監督:竹田正明、制作担当:奥 泰典

出演:綾野 剛 柄本 佑 さとうほなみ、吉岡睦雄、川瀬陽太、MINAMO、Nia、マキタスポーツ、山崎ハコ、赤座美代子/奥田瑛二

原作:松浦寿輝『花腐し』(講談社文庫)

制作幹事・配給:東映ビデオ/2023年/日本/137分/ビスタサイズ/モノクロ・カラー/5.1ch/デジタル/R18+

@2023「花腐し」製作委員会

◉公式サイト
https://hanakutashi.com/