古き良き文化を現代に取り入れ、若年層を中心に流行する“レトロブーム”。その表現はファッションや音楽のみならず、映像制作においても非常に注目されている。本記事では、レトロな表現を取り入れた映像制作を日々行う葛飾出身さんを講師に招き、見る人にノスタルジーを感じさせる作品がどのようにできているのか、本誌の特集テーマである“映像と文字”という切り口から紐解いていく。

講師   葛飾出身  KATSUSHIKA SHUSSHIN

香川出身。2018年頃より、Twitter上で自作のレタリングをフィーチャーした短編ビデオ日記「今日の日記」の投稿のほか、MVを中心に映像作品を制作。ビザールギターを見るのが好き。映像制作会社「VIXI」に所属。

X ● https://twitter.com/ahtamaraneze

HP ● https://vixi-vixi.jp/







映像と文字で表現するノスタルジー

過去の文化をリバイバルする“レトロブーム”

“パラレルワールド的表現”という形で過去のスタイルをまとった新しい世界観を表現

はじめまして、映像作家の葛飾出身と申します。今回のテーマは「文字と映像でノスタルジーをどう演出するのか」ということで、映像を見た人の実体験の有無に関わらず、ノスタルジックな気持ちを呼び起こすにはどうすればいいのかを作例を交えつつ解説できればと思います。

まず、過去の文化をリバイバルする「レトロブーム」というものがありますが、レトロブームとは我々の現代の暮らしに過去の魅力を再度参照するムーブメントだと僕は形容しています。カセットウォークマンで80年代の歌謡曲やシティ・ポップを聴いてみたり、ゲームボーイカラーを持って街へ出てポケモン金銀をやってみたり、ファッション的に過去の文化を現代の要素に取り入れるムーブメントが起きていて、僕はそういったことを映像を使ってやっているわけです。

例えば、60〜70年代のサイケデリックムーブメントの中で登場した「サイケ文字」。元ネタとしては、19世紀末のオーストリア・ハンガリー帝国の首都ウィーンで起こった“世紀末ウィーン”と括られる文化において現れたレタリングのスタイルのひとつです。サイケ文字のデザイナーはウェス・ウィルソンという方ですが、 どうやら世紀末ウィーンにおいて活躍したアルフレート・ロラーの作品自体を直接的な元ネタにしていたらしいんですよね。

このように古い文化をリバイバルして新しい表現として組み込んでいくという行為自体は昔からずっと行われてきたことであり、先達の文化に影響を受けて新しいものはできています。

ただ、僕自身はノスタルジーを表現するためにフィルムルックやビデオルックの作品をあえて作っているという自負はあまりなく、単純に魅力を取り入れる行為をやりたくてやっているというのが、自身の表現の大半を占めています。なので、「ノスタルジーをいかに表現するか?」という問いに対しては、正直なところうまく答えられません。なぜなら僕はその当時を経験していない人間なので、はっきりと再現できるわけではないんです。

なので、今回の記事では“パラレルワールド的表現”という形で、 過去のスタイルをまとった新しい世界観を表現する方法について、レタリングを軸に解説していきます。


葛飾出身さんが60〜70年代のサイケデリックムーブメントから影響を受け、リバイバルしたサイケ文字のフォントデザイン。



表現に落とし込むための「設定」を考える

まずはリファレンスを集めよう

当時の物を吸収することは創作活動において大切なこと

レトロな表現のリファレンスは幸いなことに、そこら中に転がっています。日本に絞って考えるなら、皆さんが住んでいる街そのものがリファレンスになるわけです。古い看板、古い建物、古いレコード、古いCD、何でもござれ。当時の物をざっくばらんに吸収するというのは大切なことです。

元々古いものが好きな人は、その中でも本当に自分が好きな分野を細分化することもできますし、興味の有無に関わらず具体的に古いものを今の表現にどう落とし込むかといった手札を増やすことができる利点があります。あまねく創作活動において、リファレンスは非常に大事な要素だということです。


設定を決めよう

レトロな映像表現を作るにあたり核となるのは様々な「設定」

僕は普段から、『今日の日記』と題して、暮らしていて起きた出来事や思ったことを題材に10〜20秒程度のミニビデオを制作しX(旧Twitter)で発信しています。そのひとつを作例に、レトロな映像を作るにあたって核となる「設定」について説明していきます。

例えば、僕は岩崎宏美さんが好きなんです。先日ようやくコンサートチケットを買うことができたため、そのご報告日記という題材で映像を制作すると仮定して、その映像の設定を決めていきます。

必要な設定は大まかに分けて3つあり、ひとつは「“時代の変遷”の印象を掴んだ、表現したい時代感の設定」、次に「媒体からくるテクスチャーの設定」、そして「メディアの劣化具合の設定」となります。





時代の変遷の印象を掴み、表現したい時代感を設定する

自分なりの印象や見たままの感想から変遷を捉えることが大事

文化は常に変化するため、表現したい時代感を適切にピックアップすることが重要となり、時代の変遷の印象を掴むことが第一歩です。とはいえ、数十年にわたる文化の流れを正確に掴むことは難しいため、自分なりの印象や見たままの感想から変遷を捉えることが大事です。

例えば、ふらっと散歩に出ていろんなものを見たら、古いものを時系列順に整理し、その変遷やデザインのトレンドなどを観察してみましょう。レコードのジャケットなんかは特にわかりやすく、手書きのレタリングや、使われている書体の変遷などさまざまなその時代の特徴が見えてきます。他にも、週刊誌の見出しや表紙のタイトルロゴ、会社の企業ロゴなど、 文字に限ってだけでもリファレンスは数多く存在します。

多様な媒体を跨いで時代の変遷を掴んでいけば、自分が表現に用いたい当時の要素を時代の流れの中から適切にピックアップすることができるようになり、その手札を増やすことができます。


当時の音楽番組『ザ・ベストテン』を彷彿とさせるタイトルロゴ。70年代後半頃にありふれたデザインを想定して制作。



媒体のテクスチャを設定する

視聴者の目に届くシチュエーションを考えよう

次に、デザインされたレタリングがどういったところで、どういった媒体の上にあらわれているのかを設定していきます。例えば、紙媒体にしてもそれが雑誌なのか、それとも新聞なのか、紙質はどういうものなのか。映像であれば、フィルムで編集されているのか、ビデオで編集されているのか。デザインがあしらわれているカットは、画用紙に直接レタリングされたものが撮影されているのか、光学合成で焼きつけられているものなのかなど、シチュエーションを細かく設定していきましょう。

具体的には、時代感の設定に基づいた実際の映像作品などを見て、そのまま真似てしまうのが最も手っ取り早い方法かと思います。

視聴するシチュエーションを想定し、フィルム風の処理を施した状態。



● 映像のシチュエーション設定手順

映像の編集方法

・何mmのフィルムで撮っているか?

・編集・合成しているか?

文字の撮影方法

・文字はどのように撮影しているのか?



映像の編集方法

・規格は何か?

・何で録っているのか?

文字の撮影方法

・文字はどのように撮影しているのか?



メディアの劣化具合を設定する

映像の劣化はレトロ表現の魅力の大半を占める

最後に、その映像が現代にどういう形で残っているのか、制作されてから現在までの間にどういうタイプの劣化をしてきたのか、フィルムやビデオがどれだけのダビングを重ねられ、画質にどう影響を及ぼしているのかなどを設定します。劣化具合の設定に関しては、実物のリファレンスがあるといいですね。作例の場合も、VHS世代のダビングの劣化結果についてYouTubeに参考映像が残っていたため、そこから参照しています。

レトロな映像の魅力を考えたとき、映像の劣化は大きな割合を占めています。現在我々が見ることのできる古い映像は必ず劣化に直面しているため、当時の姿をそのまま保っているわけではないんです。これは、ノスタルジーを表現する上でとても重要なポイントだと考えています。


素材用のフィルムがテレシネ(フィルム映像をテレビジョン信号に変換する作業)され、VHSにダビングされているという設定を反映した状態。




過去の作例における「設定」

どのような形でアウトプットするか?

レトロ表現には主に2種類の出力方法がある

過去に自身が作ってきた映像を整理してみると、レトロな表現には大まかに2パターンのアウトプット方法が存在していることがわかります。ひとつは「当時の映像」に頑張って近づけてみたもの、もうひとつは「現代の映像」として古い要素を映像のフレーバーにしたものです。



「当時の映像」に近づけた作例

ヤシノミ洗剤アデリアレトロボトルCM

ヤシノミ洗剤アデリアレトロボトル『懐かしのヤシノミCMオマージュ』篇


ヤシノミ洗剤アデリアレトロボトル『純喫茶』篇



●「ヤシノミ洗剤アデリアレトロボトルCM」の設定

1982年2月頃(企業CM特有の硬さも表現)

フィルム編集されたCM

当時テレビで放送されVHSで録画された



明確なコンセプトを持って作る場合設定を決める工程がとても重要になる

ヤシノミ洗剤アデリアレトロボトルのCMは、「1982年2月頃に制作されたCM」というコンセプトのもと制作した映像です。このように、“当時のCM風”といった明確なコンセプトを持って作る場合は、先述の設定を決める工程が非常に重要となります。上記を踏まえ、表現に落とし込むための設定を決めていき、このCMがどのような状況で制作された映像なのかを改めてまとめていきます。

まずは、時代の変遷の印象を掴みます。ここでは、1982年のデザインのトレンドそのものというより、その流行の波が遅れて到達しているイメージとしています。加えて、企業CMなので少し堅めな印象を意識し、当時における今時のデザインは用いない形にしました。

次に、CMがどんな媒体で編集されたのかを決めていきます。ここではフィルムを使って編集された設定としています。映像をよく見ていただくと、随所に再現したフィルムのゴミが映っているのがわかるかと思います。また、文字についてもテロップの書体をすべて写真植字で揃えています。

そして、映像がどういう形で残り劣化していたかを決めていきます。当時CMとして放送され、VHSでテレビ番組を録画していた中に紛れ込み、それがデジタル化されてYouTube上にアップロードされたという設定にしています。

このように、当時そのものを再現しようとするとより文化的な知識が必要になります。僕自身も、身近にいる昭和好きな友人から情報を集めるなどして、予備知識をつけながら制作していきました。


写真植字とは?

写真植字とは、写真と同じ技術を用い、写真原板の文字をフィルムに焼き付けて印刷用の版下を作る方法。「コンピューターオンリーでの組版が実用化される前までは、綺麗に書体を印刷するための版下を作る手段として写真植字が最も一般的なものだったため、80年代では写真植字で印字された文字が字幕に使われていました」と葛飾出身さん。