欧米においてのドキュメンタリー映画は、記録や情報としてではなく、ドラマに並ぶエンターテイメントとしてポピュラーな地位を確立している。本記事では、国内外から高い評価を受けるドキュメンタリー監督の山崎エマさんを講師として迎え、国際スタンダードなドキュメンタリー制作手法や世界と日本のアプローチの違いなどを、作例を交えながら詳しく解説してもらった。

講師   山崎エマ  Ema Yamazaki

東京を拠点とするドキュメンタリー監督。日本とイギリスの血を引き、ニューヨークにもルーツを持つ。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かし、人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリー制作を目指す。3本目の長編監督作品『小学校〜それは小さな社会〜』が2023年東京国際映画祭でワールドプレミアし、現在様々な国での映画祭で上映され、配給中。そして、編集と共同プロデュースを務めた伊藤詩織監督の『BLACK BOX DIARIES』が2024年のサンダンス映画祭で上映され、高い評価を得た。





なぜドキュメンタリー映画を作るのか?

周りにあるものを自分という人間を通して伝えることがやりたかった

ドキュメンタリー監督の山崎エマと申します。出身は神戸で、父がイギリス人のためバイリンガルとして育てられました。青春時代はダンスにハマっていて、今振り返ると「何かを伝えたい」という情熱がダンスという形式から映像に移っていったのかなと思います。高校卒業後にアメリカで映画の勉強をしたいと考え、19歳でニューヨーク大学の映画制作学部へ入学しました。その中で、「私は映像制作の中でもドキュメンタリーがやりたい」「脚本を書いて自分の頭の中にあるストーリーを伝えるのではなく、周りにあるものを自分という人間を通して伝えることがやりたい」と気づきました。

その後、どうすればドキュメンタリーで一流になれるのかを考えながら、大学卒業後もニューヨークで編集助手としてキャリアをスタートし、巨匠と呼ばれる方々の周りで映像編集を通じてドキュメンタリーの作り方を学んでいきました。その中で、与えられた題材ではなく、私自身が興味のある話を作るには自分が監督になるしかないと考え、現在までに3本のドキュメンタリー長編映画を作りました。私のドキュメンタリーの多くが、NHKを絡めた国際共同制作というやり方で、映画になるものもあれば国内向けの番組として作ることもあります。

また監督業だけでなく、今年発表された『BLACK BOX DIARIES』というドキュメンタリー映画の編集にも携わらせていただきました。この映画はサンダンス映画祭のコンペ部門において入賞しました。これは日本のドキュメンタリー映画としては40年間の歴史で2本目となります。

ニューヨークには10年ほどいたのですが、日本の映像を作りたいという思いが強くなりかけた頃に東京にも拠点を作り、しばらく行き来するような生活を始めました。現在は小さい息子もいるので基本的に東京で過ごしながら海外にアンテナを張りつつ、海外のいいところと日本のいいところを取り入れながら制作活動をしています。

海外から見た日本は、お寿司や忍者、侍などの代表的なものばかりが知られていて、それはそれでいいのですが、「日本には他にもいろいろあるのにな」と感じていました。私としては、日本のことをもっと海外の人に知ってもらいたいという理由で日本に帰ってきたので、複雑な日本人像や、日本社会の在り方をテーマとした映像を海外へ発信することで、海外の方々にもっと日本のことを知ってもらいつつ、逆輸入的に日本の人にも感じ取ってもらいたいと考えています。私は日本の外に行って、改めて日本のいいところにもたくさん気づけたので、 そういった視点を活かした作品制作を心がけています。ユニークな道を進みながら、自分にしかできないような映像制作をしていきたいですね。



©Neo Sora





そもそも「ドキュメンタリー」とは何か?

日本と欧米におけるドキュメンタリーの違い

日本でのドキュメンタリーは記録や情報提供社会性の強いものなどシリアスなものが多い

そもそも、「ドキュメンタリー」という概念が日本と欧米において違う部分があり、両方の世界で生きているとその違いをすごく感じます。

まず、日本のドキュメンタリーには大まかにふたつのパターンがあると考えています。ひとつは、日々テレビでやっているような、ナレーションがついているNHK風のドキュメンタリーです。NHK風とは、時事的な報道において何らかの記録や情報提供が重視された番組や、公平なバランスが取れた、誰が作ったのか分からないような客観性が重視されたものを指します。大抵はナレーションが多めに使われており、年配の方に焦点を合わせた丁寧な説明がされているイメージです。

もうひとつは、劇場に見に行くようなドキュメンタリーです。日本のドキュメンタリーは社会性が強く、偏った政治のイメージやシリアスなものが多い印象です。そういったものを劇場まで見に行くのは限られた人で、2万人が見に行けば大ヒットと言われます。また、ドキュメンタリーの巨匠と呼ばれる監督の作品がコンスタントにあり、その監督でなければ成立しないような映画がほとんどです。日本ではこのふたつのパターンが主なドキュメンタリーとなります。



日本の場合

「NHK風」ドキュメンタリー

・記録、ニュースの延長、情報提供重視

・客観性&公平性重視

・ナレーション多め

・説明が丁寧で分かりやすい



劇場で見る日本のドキュメンタリー

・社会性が強い、シリアス、特定層の人が見る

・ミニマルな撮影体制

・有名な監督がコンスタントに制作



欧米の場合

・ドラマに並ぶエンターテインメント

・「情報」「記録」重視でないものも多い

・主観的なものもある(ニュースではない)

・若者も見る社会の中心にあるもの

・映像と音の一定のクオリティ

・結論を視聴者に委ねる




欧米のドキュメンタリーは幅が広くエンターテインメントとして支持されている

一方、アメリカをはじめとする欧米では、ドキュメンタリーの幅がもっと広いです。劇映画のようなものもあれば、10年間も撮影しているようなものもあります。また、ドラマと並ぶポピュラーなエンターテイメントであり、何かを学ぶために見るのではなく、若者が自ら望んでドキュメンタリーを見ているような印象を受けます。その証拠に、アメリカでドキュメンタリー監督と名乗ると、「すごくクールだね」と言われますが、日本だと「お爺ちゃん、お婆ちゃんのために社会貢献をされているんですね」といったイメージで見られることが私自身多いです。

欧米のドキュメンタリーは、ここ10〜15年で伸びてきた業界であり、情報や記録重視の作品ばかりではなくジャーナリズムのようなルールもないので、ある意味何でも成立してしまうジャンルでもあります。ただ、世の中で話題になるドキュメンタリーは映像と音に一定のクオリティがあり、本を読むのとは全く違った感覚の体験ができるものが多いです。テーマが興味深いだけでなく、撮り方や伝え方にまで工夫がされているものが当たり前。主観的なものもあり、クリエイティブがかなり自由です。さらに、結論を視聴者に委ねる作品も多いです。例えば、劇映画を見た後、友達と「これって、こういうことだったのか」と感想を言い合うのは当たり前の光景ですが、NHKのドキュメンタリーを見た後に「何を伝えたかったんだろう?」と思うことはまずないですよね。一方、欧米のドキュメンタリーにはドラマのように「視聴者が考えましょう」というスタンスが多くあり、わかりやすさは求められておらず、ナレーションのないものが大半を占めます。日本と欧米のドキュメンタリーにはそのような大きな違いがあると感じています。


何をもって「リアル」と捉えるか?

「リアル」に敏感過ぎるせいで日本のドキュメンタリーは遅れている

私から見た日本と欧米の違いは、何をもってリアルと捉えるかという、「リアル」への考え方です。

日本のドキュメンタリーといえばありのままを記録する概念が強いですが、例えば「誰かが撮影をして、誰かが部屋に入ってくるときカメラが部屋の中で待っていたら嘘っぽい」「ピンマイクをつけているせいで、声が聞こえ過ぎてしまってリアルじゃない」というような、’やらせ’という概念に敏感過ぎます。だから、テレビドキュメンタリーでも「うなじショット」と言われる、1歩後ろから撮る方法こそがリアルだという感覚が根付いているんですね。そういったリアルな感覚のもとに今の日本のドキュメンタリーの作り方があって、欧米ではその「リアルとは何なのか」という部分において違いがあります。日本はある意味とても純粋で、私自身もそういった部分をあえて取り入れることで作品に活かすこともあります。ただ、そこが制限されてしまっているからこそ、ドキュメンタリーのクリエイティビティが遅れている部分もあると思うんです。そういった点を踏まえて、私のドキュメンタリー映像の作り方について説明していければと思います。



©Maya Daisy Hawke




山崎エマさんが目指すドキュメンタリーの形

私が作るドキュメンタリーは“私”の視点から見た「物語」である

私が目指しているドキュメンタリーは、記録でもなく情報を提供するような映像でもなく、かといって自分が表に出ることでもありません。映像を通した’私’の視点から見た「物語」である、という考え方をしています。

もちろん、ドキュメンタリーなので脚本があるわけでも、私が台詞を書いているわけでもないです。実在する人間たちの本当の人生の中から見えてくるもので、それを私という監督が切り取り、私自身がその現場に時間をかけて通い、自信を持って「こうです」と言えるくらいの準備や裏の仕事をしてから、物語を編集していくような作り方を目指しています。


「エマ・スタイル」の特徴

・世界がまだあまり知らない日本の「何か」を深く捉える

・長期取材。膨大な量の撮影

・超一流カメラマン&音声との基本3人体制

・「こういうものが撮りたい」と「現場の発見」とのバランスを取る

・編集で物語を決める

・ナレーションはなし。でも「語り手は私」の意識