地方の絶景を映像に撮っていくだけではなく、それらをどのように取り込むことでより魅力的な観光映像にしていくことができるのか。実際の制作事例と映像制作プロセスを紹介しながら、絶景と掛け合わせることで地域の魅力を深く伝えられる、ストーリーテリングとリサーチの重要性に焦点を当てる。

講師   伊藤広大

ジオグラムス株式会社。北海道幌延町生まれ。外資IT企業での海外駐在、事業開発/広告ディレクター経験を経て独立。地元である北海道を拠点に、観光映像をはじめとする自然風景を生かした自治体広告制作、インバウンドPR、MICE招致広告、企業ブランディングを手掛ける。会社員時代に培ったデジタルスキル・マーケティング視点を活かした企画・提案を得意とするほか、フィールドを問わず空中・地上・水中を撮影できるスキルに長け、自然や文化の躍動感に迫る映像制作を行う。







観光映像にとって「絶景」はどんな意味をもつのか?

ジオグラムス株式会社の伊藤広大と申します。普段の案件ではアウトドアや自然の撮影が多く、これらを得意としています。制作はほぼひとりでやっています。この特集では先輩の講師陣がいらっしゃいますので、私は絶景映像が活きるひとつの可能性として観光映像との関係性をテーマにしてみようと思い、あえてタイトルを「絶景だけでは作れない!  観光映像の真価」としてみました。観光映像は、その地域の絶景をスライドショーとして並べてみせるような案件は非常に多いのです。ただし必ずしも、この「絶景を撮る」ことと「観光映像を作る」ことは、イコールではないと思っています。今回は映像と一緒に提案するストーリーテリングの重要性や、視聴者の行動をどう誘発させたいのか、観光映像にとって絶景はどんな意味を持つのか、自分が経験した映像をもとに、お話をできればと思っています。



空撮ドローンをきっかけに独立地元の北海道を中心にアウトドア撮影

空撮ドローンに出会って

私は北海道と東京の2拠点で生活しています。滞在は北海道が多く、比率は7:3くらい。生まれは北海道北部の幌延町です。大学卒業後、韓国のWEBポータル企業に入り、中国勤務を経て日本に戻ってきました。そこではビジネス開発やマーケティングの仕事を担当し、自社広告のインハウスディレクターを務めたあと、現在は独立しています。

映像制作は趣味や副業として20代から続けていて、ショートフィルムを作ったり、イべントのVJをやったり、ニコニコ動画やYouTubeで作品を発表しながら、映像に関わってきました。直近だと自然の風景とか動物を撮ることが多く、特に北海道らしいキタキツネが大好きで、わたしのハードディスクの中はキタキツネの素材が容量を圧迫しています(笑)。

映像にもっと踏み込んでみようと思ったのはドローンとの出会いでした。中国に赴任していた2013年頃、新疆ウイグル自治区とロシアの国境付近にあるカナス湖という風光明媚な場所へ旅行に行った際、ドローンを飛ばしている人に出会い、初めて見るドローンに強い興味を持ち1週間後には即購入しました。

ところが初期のドローンはとても不安定でGPSの精度も悪く、買って2週間後には海に落としてしまい、やる気を失ってしまったのですが(笑)、それで日本への帰国後、2016年頃から日本でもドローンが話題に上るようになったことをきっかけに再びドローンへ関わり始め、空撮映像へのめり込むようになりました。

しかし当時も都心部でドローンを飛ばせる場所は非常に少なく、旅行がてら頻繁に北海道へ戻り、様々な場所を空撮して周るようになりました。そうして作品を作っていくうちに色々なところで賞をいただけるようになったのですが、  Japan Droneという展示会の中で、デジタルハリウッドが開催していた映像コンテストでグランプリをいただいたことをきっかけに副業として空撮を始めました。

当時は2018年、明治150周年という時期もあり、成立150年を迎える自治体が多く、北海道も命名150年というタイミングでした。その中で、北海道庁の知り合いから記念式典用の映像制作を頼まれ、この時に作ったのが『ODYSSEY』というショートフィルムです。開拓時代に北海道の地形や地名を調べて歩き、北海道の名付け親とも言われる松浦武四郎の足跡を空撮で辿るロードムービー的な作品でしたが、これが好評で札幌国際短編映画祭でも最高撮影賞をいただきました。またこの作品のおかげで、地元の風土や歴史、地理地形を絡めた空撮の面白さについて考える機会を得て、それが絶景のあり方を考えるきっかけになりました。



北海道での絶景ドローン空撮をきっかけに独立

アウトドアでの撮影が多いので、特に北海道の場合はクマ対策のグッズも必要になる。これらはほんの一部。


ドローンは、メイン機がDJI Mavic 3 PRO、DJI Avata 2、水中ドローンはCHASING M2。カメラはDJIのRonin 4D、ソニーα7SIII、富士フイルムX-T5、iPhone 15 Pro、GoPro HERO11、Insta 360 X4など使い分ける。





北海道のスポットを撮り集める

独立した当初は東京の仕事が多かったのですが、徐々に北海道の自治体からお仕事をいただくことも増え、北海道内を回る機会が増えてきました。そこで要所となる250カ所をマーキングし、資料と素材を集めることをライフワーク的に始めました。

わたしの拠点は新千歳空港の近くにあるのですが、この場所はどこへ行くにもアクセスが良く、北海道の端にあたる稚内や根室、函館までも車で6〜7時間かければ行けるので、ぎりぎり許容範囲の移動距離なのです。

たとえば翌日最終の気象予報が出る前日の21時頃、その時点で翌朝はこんな天気になりそうだという場所を特定して、そこから車を走らせます。現地には3時目安に到着し、まもなく日の出を迎えます。そこで日の出を撮影できたら、少し仮眠して、昼前には自宅に戻って来るというような撮影を頻繁に繰り返していた時期がありました。移動距離が6〜7時間というのはかなり極端な例ですが、自然現象の発生条件が揃った場所にいち早く駆けつけ、撮影の難しい絶景映像を撮り集めておくことは、その後に制作する成果物の品質を上げることにも役立ちます。

四季の素材をすでに持っている、ということも観光映像では非常に重要で、自治体の実施するプロポーザルの中で加点項目になったりもします。

だいぶ素材が撮り集められたこともあり、個人的には今年は『ODYSSEY』に続くロードムービーとして、何らかのショートフィルム作品にまとめたいと思っています。



ライフワークとしての活動







観光映像において絶景とストーリーをどう絡めていくのか?

小樽市観光誘致プロモーションビデオ『青の街』を題材に



公文書の分析から始める

観光映像である程度のバジェットがある案件は自治体や公共団体からのもので、プロポーザル(企画コンぺ)になることがほとんどです。小樽市の場合も同様でした。プレゼンが行われるまでに2週間もないようなスケジュールで、3日はほとんど寝ずに準備したことを覚えています。市としては16年ぶりに観光映像を刷新するタイミングで、仕様書には今後10年間は使える、小樽市の観光ビジョンを示す映像とする、ということも書かれていました。また国をあげてのインバウンド政策が始まっていたタイミングでもあり、広域観光圏を交えた要素も求められ、スケール感のあるものでした。ライバルは大手の広告代理店や、札幌の制作会社。我々の提案母体は地元の街づくり事業を核とする企業でしたが、彼らが持っている横のつながりと、私が持っていた周辺の絶景映像、自然現象の発生条件を含めた知識を強みにして、新規性のある提案をするにはどうしたらいいのかと考えました。

当時の私は本格的な観光映像制作を手掛けるのは初めてのことで、経験も知識もない中で最初に始めたのが、前の会社で行なっていたマーケティングやビジネス開発の文脈でのリサーチでした。いまでもこのアプローチが最適解だと思っていて、観光映像のお仕事をいただいた時は大体このリサーチから入ります。

最初に観光行政の現状や課題などが分かる公文書の分析を行いました。そうすると、仕様書には書かれていないニーズや複数年度先のビジョンが掴めてきます。同時に民間事業者、たとえば市内の市民グループや観光事業者など、観光産業に関わる方々へインタビューしていきました。すると、当事者としての認識とギャップが見えてきます。同時にこれはストーリーテリングのネタを探すことにつながりました。


まずは課題分析から

“まず始めたのは、OSINT(仕様書外の公開情報調査)”




公文書分析、フォーカスインタビューとSNS分析でわかったこと

SWOT分析とは、マーケティング用語で、外部環境と内部環境をStrength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threats(脅威)の4つの要素で要因分析すること。上記の黒文字は公文書から得られたもの、赤文字はリサーチやSNS分析から導き出したもの。

● 北海道開拓期を感じる歴史的景観

● 運河の観光活用

● 山にも海にも近い自然環境

● 早朝・夜間の観光コンテンツ不足

● 公共インフラの未整備

● インバウンドへの対応力

● 外国人観光客の増加

● 観光商品化できていない資源の存在

● 中心部、港湾地域の再開発計画

● 近隣観光地との競合

● オーバーツーリズム

● 似た場所との混同(特にインバウンド)