SNS分析で特に海外事情が分かる
またSNSを使って海外の動態調査をしました。小樽は韓国、中国はじめ海外からのお客さんが非常に多い場所だったので、韓国だったらNAVER、中国だったらBaiduやWeiboなどの掲示板やSNSで投稿されている内容を分析していきました。こういったことは広告代理店などがやることであり、通常映像制作のプロセスではやらない範疇だと思うのですが、我々のチームには広告代理店の役割を担える者がおらず、しかし企画提案を裏付けるバックデータを揃えないと勝てないと思ったのです。その結果を分かりやすく、SWOT分析の形でまとめたのが上の図です。紙幅が足りずそれぞれ詳しく説明することはできないのですが、たとえば海外から見た小樽は日本国内のイメージとは少し違うことが分かりました。具体的には小樽を舞台に撮られた岩井俊二監督の映画『ラブレター』の作り上げたイメージがジャンル化するほど深く浸透していて、現地SNSアプリのフィルターエフェクトにOtaruと名付けられているものがあるほどでした。
このような調査を踏まえて、方向性を見出しました。何を観光の“光”として表現していくのか。今回は合理的(Rational)と感情的(Emotional)というアプローチで裏付けを取る資料を作ってみました。クライアントである行政の基本姿勢とプロポーザル仕様のバックグラウンドを定量的に分析しながら、それに寄り添った企画にするのは大前提ですが、その上で市民の人たちへのリサーチや国内外のSNSを定性的に見ていくことで、見るべき”光”とは何なのか、そこに紐づいた絶景とは何なのかが見えてきます。これは『青の街』に限らず、観光映像に対する普遍的なアプローチだと思っています。
小樽ではこの先10年、インバウンド需要を取り込むのが絶対条件でした。一方で小樽市民が持つ観光産業への意識の低さ、シビックプライドの課題もありました。この両方に作用するテーマに相応しい画作りとはなんだろう、小樽の撮るべき絶景はなんだろうと考え、これを観光客と市民の記憶が交錯する風景と定義しました。小樽観光の今から今後、10年にわたって中心にあるのは海であり、だからこその『青の街』であり、大事なものは街に住む人々、訪れる人々が作り上げたストーリーであるということです。
オープンデータ分析 / 現地調査から観るべき“光”を見つけ出す
”青の街”の提案コンセプト
“広く世界に伝える、いつもの小樽の新しく美しい今”
すでに伊藤さんが撮影している素材もあったのが提案の強みになった。
世界観とストーリーの考察
ライトな“映え”よりは、ウェットでロマンチックな世界観
過去の映画やドラマと地続きにある、ノスタルジックなルックと音楽
市民と観光客の記憶が通じ合うようなストーリー展開
導き出した方向性とマッチする郊外ロケーションのプレゼンテーション
『青の街』における絶景の定義
“絶景は、市民と観光客の記憶が交錯する風景と定義”
実際の企画提案資料をアレンジ。「観光」に対する市民の意識喚起を促すと同時に、移住促進としても位置付けられる。
ストーリーテリング
設定していたペルソナに合った3組の登場人物。それぞれの日々の生活を過ごす様子は、
制作期間中、日々のライフイベントを中心に取材を重ねていった。
【キャストA】大学生
・小樽中心部で生まれ育った大学生
・地元民のよく知るスポットで自然を満喫
・日常に溶け込む、街の象徴的な風景
【キャストB】カフェの夫婦
・郊外地域で夢を叶え、カフェを営む夫婦
・心温まる家族の風景
・自然由来の絶景と隣り合うライフスタイル
【キャストC】漁師
・基幹産業である漁業を営む老漁師
・何十年と繰り返してきた仕事
・港町を象徴する風景
【ストーリー】
3人のストーリーは同時進行で進みます。タイムラインは四季の移り変わりに沿いますが、各人のストーリーをカットアップしながら進み、逐次、場面に応じたロケーションのカットシーンを入れます。共通するイメージワードに関わるシーンでは、違いが交錯する場面も入れ込み、ストーリーに深みを持たせます。(実際の企画提案資料より)
小樽各所の風景カットインしタイトル
冒頭でまず小樽と分かる印象的な風景をカットインし、日の出まもない小樽市街全景の空撮にて「タイトル」を表記。
老漁師夫婦登場
飲食店を営むカップル登場
アルバイト大学生登場
場面は〇〇方向へ移動しストーリーが始まる
ここまでの軽快な短めのシーンの連続をカットアップ手法により繋いでいきます。
想像する余地のある映像のストーリー展開
キャストの方は実際の小樽市民。大学生、カフェを営むご夫婦、地元漁師の3組の方々です。世代や立場の違う3人の人物の方に登場いただきました。撮影は半年ほどでしたが、もちろんその期間ずっとカメラを回し続けるのではなく、事前にヒアリングを行い、ポイントを絞って撮影を進めていきました。
『青の街』は3組のストーリーをザッピングしながら、細かいカットアップを繰り返す構成になっています。これは、最終的にこの観光映像がどう使われるかに関係しています。WEBでも公開するのですが、鉄道駅や道の駅の公共スペースにある大型モニターでの上映や、観光系イベントでの上映といった用途に合わせる必要がありました。このためにストーリー性を持たせた映像ではあるのだけれども、どこから見ても印象に残るような構成がいいだろうと考えました。ワンカットあたり大体3秒から4秒ぐらいでシーンを構成していますが、特定のワンシーンだけを見ても印象に残るよう、細かい単位で見せていく編集にしています。
展開の中でひとつのストーリーを説明しきるのではなく、カットを細かく刻むことでミュージックビデオのように想像する余地、余白を残し、最終的には視聴者の記憶や経験で、その余白を埋めてもらうような構成をとっています。特に脚本があるわけではなく、演技をお願いすることもなく、そういう人たちを追った映像はどうなっていくのかなと想像しながらドキュメンタリー的に撮っていき、最終的には編集で組み立てました。
導き出した絶景ロケーション一覧
今回、『青の街』だけでなく、小樽が属する広域エリアの観光映像『PULSE OF LIFE』を制作。また小樽の産業に特化した10本の動画を併せて作っているので、その分の素材も必要であり、膨大な撮影が必要になった。
『青の街』 OUR STORIES : from OTARU
『PULSE OF LIFE IN KITASHIRIBESHI』
撮るべきロケーションの調査
『青の街』には逐次、場面に応じたロケーションのカットシーンが入ってきます。そのロケーションをどうやって選んだのか、制作初期に作成したロケーションリストがありますので、それをお見せします。まずは海外のSNSや掲示板サイト、旅行に関する情報サイトで、どういうロケーションが取り上げられてるのかをリストアップしました。そこからいろいろな条件で優先順位をつけていきました。たとえば、公共交通機関を通じて到達可能な場所なのか。カメラで構図が撮れる場所なのか。あとはアクセスの方法が面白いのかどうかなどです。
実際の市民の声も反映しています。いい場所があるということを教えてもらうだけではなく、そこが私有地でないかどうか。ここに来てほしくないというところは外しています。
こうして重みづけをしていった上で、そのロケーションはどの時間帯で撮るのが最適なのかも調べています。膨大な量のように思われるかもしれませんが、この案件は市内版だけでなく、広域観光版も含まれていました。さらに様々な要件に特化した10本の動画を作るという仕様だったこともあり、合計12本分と考えれば、これだけの素材があっても多すぎるということはないかと思います。
ただ、さすがにこれらをひとりで撮っていくのは難しいため、アシスタントや地元の制作会社に入っていただきながら、みんなで作っていきました。
ロジックに組み立てることの重要性
この作品を作る過程において、観光の裏には定量的にも定性的にもたくさんの客観的なデータがあり、それにアクセスすることができ、観光映像を関連付けることができると分かったことは、大きな気づきになりました。
自治体のプロポーザルである以上、ロジカルに組み立てることが大切です。プレゼンで勝たなければならないので、客観的に説得力を持たせられるという意味でこういうデータを使うことは非常に重要だと思っています。
またわたし自身のライフワークに関連することですが、地域の文脈を捉えた絶景をたくさん知っていて、素材として持っていることも重要です。
どういう条件で起こる自然現象かを知っているということも強みであり、これらがあることで説得力を強化できます。こうした制作手法を実践できる案件に出会え、このチームで制作ができたことはとても運が良かったと感謝しています。
AI、デジタル統計資料を触ってみる
ChatGPTを活用して
公文書などのオープンデータ分析は、専門家ではない我々にとって大変な作業ですが、現在はChatGPTなどのAIを活かすことでとても簡単になりました。例えば自治体の観光系データを取り込み、それを参照するプロンプトを組むことで、最適なデータを引き出してまとめてくれます。青の街のリサーチで3日かかっていたようなことが、4、5時間でできるようになりました。
またRESASのような、政府主導で作られた地域経済分析システムも活用できます。デジタル化によって専門家ではなく個人や制作会社でも実践できるようになりました。
地域を拠点にしていればこそ
リサーチはAIに任せることで
いまは専門性の高いリサーチャー、マーケターがいなくても、必要機能をAIで代替し、競争力の高いデータ分析を行えるため、地方にありがちな専門人材不足を補うことができます。そのコストが下がることで地域に拠点を置くメリットは高まります。その地域にいれば条件の揃う絶景ロケーションにもアクセスしやすいですし、コミュニティとの絆も深まり、地元メディアとの連携も可能になります。
観るべき光を特定できてこそ、絶景が生きる
観光映像は公共性の高い仕事
自分は独立4年目で、ロジックの組み立てもクリエイティブの磨き上げもまだまだこれからだと思いますが、観光映像についてはデータからアプローチし、信頼できるプロセスを実践することができ、ひとつの方法論を確立できたのではないかと思います。
観光映像は地域やコミュニティのことを考え、長いスパンを見据えなければならない公共性の高いものだと思います。地域の産業振興を考えながら、それを後押ししていくつもりで作るべきだと思っています。この方向性でこれからも頑張っていきます。