国内配給を経験して海外へ視野を向けた動機

クラウドファンディングで支援を募った「日本映画を世界のミニシアターへ」プロジェクト

関さんが立ち上げたCAMPFIREのクラウドファンディングページ。このプロジェクトでは、作品を制作するだけでなく自分の手で観客に届けること、多くの人に観てもらうために世界のミニシアターと繋がることなどを目標にした。


イギリス、アメリカを中心に世界各国17都市のミニシアターを訪問し、直接配給するためにブッキング交渉を行なった。





 製作だけじゃなくて配給まで自分たちでやろうと思ったのは、作品の規模によるところも大きかったと思います。だれかに作品を預けて配給してもらうのではなく、一度自分たちで最後までやってみよう、と。劇場の支配人さんとの交渉もこのときが初めてでした。この作品を新宿K’s cinemaに見にきたのが入江(悠)監督でした。ある日入江監督から電話があって、「自主映画を作るので関さんに配給をお願いしたい」と言われてスタートしたのが『シュシュシュの娘』だったんです。『22年目の告白 -私が殺人犯です-』などを手がけていたトップ監督が「なぜ僕に?」とまず思ったし、入江監督は『SR サイタマノラッパー』などで自主配給のこともよく理解しているはずです。正直、配給を始めたばかりの僕らが引き受けていいものか、と。

ただ、そのときの入江監督は予定されていた作品がコロナ禍で撮影を中断していて、スタッフやキャストも現場を失っていたタイミング。さらに劇場もかける作品がなくて人が集まらない状況。映画監督として映画を作って劇場に届けますという入江監督の熱い想いに感動して、「僕でよければ配給させてください!」ということになりました。この作品を経験して、自分たちで作ったものは自分たちで配給したいという想いがより強くなったんです。

 入江さんの意向でスタッフも学生さんが多くて、みんなやる気に満ちあふれていたので良い現場でしたよね。

 入江監督の配慮が行き届いていて、本当に素敵なプロジェクトでした。なんだろう、この『シュシュシュの娘』によってぼんやりと考えていたコギトワークスの進むべき方向に確信を持てたというか…。あと、全国のミニシアターの支配人さんとの関係性もより深くなりました。中には次の作品のお話をしただけで、まだ作品を見てもらっていない状態なのに「関さんの作品なら上映したいです」と言ってくださる支配人さんもいて。もちろん作品の良し悪しはありますが、支配人さんたちと仲良くなることはすごく重要だな、と。そこでふと考えたのは、日本だけじゃなくて海外でも同じことなんじゃないか、ということでした。海外の劇場の支配人と仲良くなれば、海外で自分たちの作品を上映できるかもしれない…そんな経緯で「日本映画を世界のミニシアターへ」というプロジェクトを立ち上げました。ブロックバスター的な作品であれば全国の数百のスクリーンに届けないといけないので、配給業務としてもっと大変なことがあると思うんですけど、自分たちが作った作品であれば、人対人のコミュニケーションでもっと上映館を増やせるのではないか、と。

 われわれがやっているプロジェクトの規模であれば大損せずにそういう挑戦もできるんですよね。ただ、自分たちが作った作品であっても、少し規模が大きくなると国内で回収しきるのは簡単ではありません。それなら外に目を向けて、海外でも作品を上映しようという動きはわりと必然的な方法論かなと思います。

 僕は作っている本人が劇場に届けるということに意味があると思ったんです。自分のプロデュース作品なので、「この映画、すごくいいんですよ!」という言葉にも熱量がこもるじゃないですか。セールスカンパニーに対してプレゼンすることもできますけど、そこから各国の配給会社、さらに各劇場へ…という道筋になると、僕の熱意は届かない。だから劇場に直接交渉することにしたんです。とはいえ、どこの劇場もメールを返してくれるわけがありません(笑)。でも5〜6回しつこくメールしてると、ちょっと話を聞いてくれるようになる。そんな地道な作業のうえで実際に会ってくれそうな劇場が出てきました。ありがたいことにクラウドファンディングで非常に多くの支援をいただけたのですが、このクラファンでやりたかったことがもうひとつあって。それが日本映画を海外に届けるってどういうことなのか、このプロジェクトを通してみなさんが知るきっかけになればいいな、ということです。

 問題提起ですよね。映画祭に出品できても必ずセールスカンパニーがつくわけでもないし、仮にセールスカンパニーがついても、MG(ミニマム・ギャランティ/最低保証)と言って買い切りの契約になることがほとんどです。つまり、海外の劇場で何人お客さんが来ても、こちらにはレベニューシェアとしての分配はない状態。もちろんたくさんの国に売れたらその売上を手にできますが、あまり夢のある話ではない、というか。そんな中で劇場に直接交渉というラディカルな動きをしてみるとどんな反応が起こるのか、興味があったんです。

 そのときに持って行った作品が『almost people』です。この作品は製作・制作・国内/海外配給まで、コギトワークスしか携わっていません。それを全部、一回やってみよう、と。実際に海外の劇場に行ってみると、さらにそこから別の劇場に繋がっていきました。話をすると、こういう動きをしている映画会社はほかの国でも珍しいみたいで、みんな興味を持ってくれたんです。このチャレンジがビジネス的にすごく成功したかと言われれば正直そこそこでしたけど、この取り組み自体への反響はすごかったので、次につなげていきたいなと思いました。



直接交渉を行ったNYのDryden Theatreでのひと幕。フィルムアーカイブに併設されている劇場で、500席ほどのキャパを持つ。関さんの理念に共感してくれたことで『almost people』の上映が実現した。


『almost people』を上映したロンドンのPhoenix Cinema。イギリス国内でも老舗の劇場で、多くの映画人が集まることもあり、支配人とオーナーが別の劇場を紹介してくれるという予想外の収穫があったそうだ。




熱意を持って海外の劇場に届ける

コロナ禍で現場の制約が多かった時期に4人の監督と少人数の現場で撮りきった『almost people』。海外へ持っていくことも意識して、兄弟姉妹という普遍的な関係の4人をストーリーの主軸に据えた。特殊能力を持つ(足された)登場人物が映画のトレンドとしてあるなか、逆に欠けている4人の人間を描くことに。そこから4編ごとに違うテイストを入れるため、関さんが普段からお願いしたかった4人の監督たちと組むことになった。

—映画  『almost people』—

https://www.almost-people.com/

喜び、怒り、楽しみ、寂しさ…一部の“感情”が欠けた4人の兄弟姉妹。それぞれの日々を横浜聡子監督、石井岳龍監督、加藤拓人監督、守屋文雄監督が1本の映画に仕上げ、東京、ロンドン、ニューヨーク​、トロントほかにて世界同時期公開された。

〈スタッフ・キャスト〉

監督:横浜聡子、石井岳龍、加藤拓人、守屋文雄 プロデューサー:関 友彦 脚本:いながききよたか、加藤拓人、守屋文雄 撮影:石垣 求 照明:後閑健太 録音:川本七平 美術:布部雅人 編集:長瀬万里 音楽:菊地成孔、新音楽制作工房 出演:嶺 豪一、柳 英里紗、井之脇 海、白田迪巴耶 ほか

製作・配給:コギトワークス






映画レーベル「New Counter Films」の立ち上げ

“作り手ファースト”の制作体制を実現するための試み

今年の3月4日に開催された「New Counter Films」設立&レーベル第1弾作品『若武者』公開発表の記者会見(写真左から鈴木さん、二ノ宮監督、関さん)。「誰もが観たい映画でなく、誰かが観たい映画を作る」というレーベルの方向性、制作プロダクションとしてだけではなく“産地直送型”の製作と配給を手がける意味、製作費とクリエーターへの還元…などのビジョンが語られた。『若武者』はコギトワークス、パートナーのU-NEXTが半々ずつ出資する形で作られ、U-NEXTでの配信も国内外の劇場公開と同時に並行して行なった。今後は製作委員会ではないNew Counter Filmsのファンド組成も模索しており、製作費の底上げを目指すそうだ。


誰もが観たいでなく、誰かが観たい映画を作るために立ち上げた新しいレーベル

 ここまでお話ししたことを発展させたのが「New Counter Films」です。この新しい映画レーベルは、「誰もが観たい映画でなく、誰かが観たい映画を作る」をミッションに掲げて、作家性と収益性を両立するような製作体制を目指しています。

 『almost people』では企画、製作、配給だけでなく、国際的な配給網の模索もお試しでやってみました。一度の実験だけではもったいないし、我々としては恒常的に映画を作っていかないといけないという課題もあったんです。加えて、日本の映画監督たちからも「作りたいものが作れない」という話を常々聞いていました。そこで自分たちでレーベルを立ち上げようと思い至りました。我々の想いに共感していただけたU-NEXTさんが製作パートナーになってくれたのですが、映画の劇場公開に対してもすごく理解のある会社さんで、「劇場公開があってこそ映画であって、レーベルの作品はぜひ劇場でやってほしい」と言っていただけたんです。その第1弾として製作したのが『若武者』という作品。僕が『枝葉のこと』から一緒に映画を作ってきた二ノ宮隆太郎が監督です。二ノ宮さんは若者3人を主人公にした脚本を書いていたんですけど、起用するキャストがスター俳優でないことを理由に映画会社に持ち込んでも実現しなかったみたいで…。脚本は本当に面白かったので、この企画をNew Counter Filmsの1本目にしよう、となりました。

 『almost people』と同じように“世界同時期公開”と銘打っていますが、少しずつ上映できる国外の館数は増えましたね。

 我々の国外に向けた動きが認知されてきた、ということもあるかもしれませんし、二ノ宮さんの前作『逃げきれた夢』がカンヌ映画祭のACID部門に出品されたという“分かりやすい実績”があったので、興味を持ってもらいやすい状況ではありました。

 正直、「日本映画を世界のミニシアターへ」プロジェクトのときにメールの返信がなかった劇場も、コギトワークスの制作作品(『箱男』と『ナミビアの砂漠』)がベルリン、カンヌでプレミア上映されたことを踏まえてもう一度メールをしたら返信がありましたからね(笑)。みんな分かりやすい実績には反応するみたいで。

 権威主義ではあるかもしれませんが、ビジネスとしては当然のことですよね。

 記者会見の場でNew Counter Filmsの①〜④の特徴をお伝えしました。①は「誰もが観たい映画でなく、誰かが観たい映画を作る」というミッションについて。②はセールスカンパニーを介さずに国内も国外も作り手が直接届ける、ということ。③はクリエイターに成功報酬の分配を行います、と。昨今では濱口竜介監督の作品など例としては増えてきたんですけど、それをちゃんとビジネススキームの中で明示することにしました。クリエイターに分配するのは最終的な利益の50%です。

 日本映画では、通常は出資者にしか還元がない仕組みです。興行の売上の50%は劇場のものになって、そこからさらに20%が配給会社のものになるのが慣例で、残りは出資者の出資率に応じて分配されます。つまり監督であっても制作費内のギャラ以外に還元はなくて、二次利用からやっと分配されますよ、と。New Counter Filmsの作品では、このルールを撤廃して、ちゃんと作り手に還元される仕組みを、業界への提言込みでやっていくというスタンスです。拘束期間や実作業のわりにギャラが少なくて苦しい…という現場をたくさん目にしてきましたが、さらにモヤモヤしていたのが小さい作品でもヒットしたときに苦しんだスタッフには還元されないという状況でした。映画業界だけ謎のシステムが残っているのはおかしいよね? ということを言いたかったんです。

 当面の間は、ですがNew Counter Filmsの作品ごとの総事業費は2,500万円としています。これは現場の現場の制作費を2,000万円にして、配給・宣伝費を500万円にしてもいいし、作品によっては逆にしてもいい、と。この“枠”の中でどういう作品がつくれるのか、プロデューサーと監督でこれからも模索していこうと思います。④はU-NEXTさんと組んでいることもあって、劇場公開と同日に配信でも見れるようにします、というものです。

 前々から映画館がない地域に住んでいる方や、子育てなどで時間がない方でも最速のタイミングで見れるようにしたかったんです。あと、作品のレビューが劇場公開と配信で同時期に盛り上がるとどうなるんだろう、と単純に興味があったので、これも実験のひとつですね。



さまざまな立場に置かれた人の“生き様”を描いてきた二ノ宮隆太郎監督が『若武者』で描くのは3人の若者。キャストを当て書きした脚本の完成度を見て、レーベルの第1弾作品として製作された。


『almost people』も上映されたNYのDryden Theatreとオンラインでつないだ『若武者』北米プレミア上映のティーチイン。現地時刻の21時から開始したにもかかわらず、1時間を超える盛り上がりを見せた。




配給網の確立とその先に目指すもの

製作した映画を独自の配給網で国内のミニシアターへ配給し、セールスカンパニーを介さずに海外のアートハウスへも直接配給を行う…という『almost people』で実践させたことをさらに発展させた『若武者』。5月25日にメイン館であるユーロスペースほかで公開を迎えたが、国内は25の劇場で、国外はアメリカとイギリスの7つの劇場で上映される予定だ(※記事執筆時点)。本作ではU-NEXTでの同時配信も行うことで、より広く映画を届けることに成功している。

—映画  『若武者』—

https://www.wakamusha.com/

3人の若者を描く青春群像劇。鋭い言葉と不穏かつ美しい絵画的ショットを積み重ね、人生の普遍的な問いに光を当てる。監督は、長編第2作『枝葉のこと』が第70回ロカルノ国際映画祭の新鋭監督部門、前作『逃げきれた夢』が第76回カンヌ映画祭のACID部門に正式出品されるなど、国内外で高い評価を得る二ノ宮隆太郎。

〈スタッフ・キャスト〉

監督・脚本:二ノ宮隆太郎 エグゼクティブ・プロデューサー:堤 天心、関 友彦 プロデューサー:鈴木徳至 撮影:岩永 洋 録音・整音・効果:松野 泉 美術:福島奈央花 編集:長瀬万里 音楽:imai 出演:坂東龍汰、髙橋里恩、清水尚弥 ほか

製作:コギトワークス、U-NEXT 制作・配給:コギトワークス






コギトワークスが考える目標と課題

国内・海外配給と同時に海外共同製作への挑戦

システムはアップデートしていけばいい

 海外への展開は今後も模索していきたいと思っていて、フランスのように日本映画の配給ルートが確立している国ではセールスカンパニーに預けるべきなのか、あるいは出資から入ってもらってワンポットで製作するのが良いのか…と、いろいろと考えています。

 国内配給とミニシアターのあり方も考えるところはあります。お客さんが呼べる良い作品をつくり続ける努力は当然するんですけど、僕は劇場にもまだまだ可能性はあると思っていて。たとえば『若武者』を夜に上映をしてくれたイギリスの劇場では、昼間の3時間ぐらいは地元の小学生連れの家族がたくさん来て、映画を観ながらお茶会みたいなことやっていたんです。なぜそれをやるかというと、小学生のうちから映画館に来ることを日常化してもらうためにやっている、と。日本のミニシアターもその部分は考える余地があるかもしれません。たとえば毎週月曜日はeスポーツの会場にするとか、映画以外の使い方をしてもいいわけじゃないですか。それで利益を上げることでチャレンジングな映画を上映する、とか。

 eスポーツじゃなくても、教育的なイベントをやることで映画とは別の文脈で助成金が出るかもしれません。

 数名の支配人さんとこの話をしたことがありますが、毎日の業務に追われていて、なかなか実行することが難しいみたいですね。僕はそれを一緒に改善していきたいな、と思います。映画づくりの面では、海外共同製作を模索していきたいですね。日本のスタッフやキャストが世界に対して劣っているとはまったく思わなくて、演出のレベルが高い監督も多いんですけど、もしかしたら日本は作ったものを広げることがヘタなのかもしれない。必要なのはプロデューサーの成長です。共同製作も含めて、世界に広げられるセンスを持ったプロデューサーがいれば作品をたくさんの人に見てもらえますから。コギトワークスとしては5年後ぐらいに共同製作の発表ができていればベストですね。とはいえ、現実的な問題にも目を向けないといけません。僕は明るい未来ばかり考えちゃうタイプなんですけど、足元は沼になっているというか…(笑)。

 まあ、小さな会社なので、1本1本がヒットしなかったら大変なことになりますからね。

 軸としてあった制作プロダクションとしての業務も、フェアにやれるものだけやらせてもらっているので、売上が薄くなってきているのが現状です。日本の映画って、制作プロダクションとして利益が上がるものの本数は少ないんですよね。そうなると「じゃあギャラの良い配信を狙おう!」となりがちで、我々もNetflixやAmazonの作品にも関わっていますが、これはこれで拘束期間が長くなって、会社の利益としてはそんなに変わらない。フリーランスのスタッフなら他の映画よりも単価が高くなりますが、プロダクションとして引き受けるにはなかなか難しい。

 僕たちがやっていることとか僕たちのやり方に興味を持っていただける方とは一緒に組んでやれると思います。まあ、極端な話、作った作品がヒットすればすべて問題ないんです。カンヌ映画祭でパルムドールを獲れば売れる、アカデミー賞に絡めば売れる、そこは分かりやすい指標になるので、これからも目指すべきだと思います。作りたいものにちゃんと商品価値が生まれれば、成功報酬も分配できるので、利用できる賞はどんどん狙う、と。

 いずれにしてもいまは試行錯誤中。やってみて「これは違う」と感じることがあれば変えてしまえばいいと思うんです。僕は最初の決めごとを変えることにまったく抵抗はなくて、曲げてはいけない羅針盤は持ちつつも、システムはアップデートしていけばいいと考えています。


関さんの最新プロデュース作品

『箱男』8月23日(金)より全国公開

安部公房が1973年に発表した同名小説を石井岳龍監督が映画化。ダンボールを頭から被り、世界を覗き見る男に降りかかる数々の試練を描く。石井監督と共に脚本を手がけたのはコギトワークスのいながききよたか。第74回ベルリン国際映画祭でプレミア上映された。

©2024 The Box Man Film Partners



鈴木さんの最新プロデュース作品

『ナミビアの砂漠』9月6日(金)より全国公開

初監督作品『あみこ』で注目を集めた山中瑶子が監督・脚本を務め、主演の河合優実とタッグを組んだ人間ドラマ。やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きているカナの苦悩を描く。第77回カンヌ映画祭でプレミア上映され、国際映画批評家連盟賞を受賞した。

©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会