2021年のオンライン配信ライブから始まり、アジアツアー、アメリカ公演、海外のフェスティバルまでYOASOBIの数々のライブで映像演出を手がけてきた平山氏と江藤氏に「ライブ映像演出」の面白さと制作の裏側を語ってもらった。

講師 平山純一 Junichi Hirayama

映像制作を中心としたクリエイティブユニット、19 –juke–(ジューク)所属のプロデューサー・ディレクター。ミュージックビデオ、ライブ映像などカルチャーやエンターテインメントの領域を得意とする。1981年生まれ、宮崎県出身。



講師 江藤 昇 Noboru Eto

コンサート映像制作会社を経て2014年にflapper3に参加。ステージ映像に長年携わった経験を活かし、プロジェクションマッピングやステージ演出など音楽と空間を融合する映像演出を得意としつつ、企業PVや映画、HUDデザインなど幅広いジャンルのディレクションに携わっている。






映像からの観点でライブの感動を作り出す

平山 僕がYOASOBIのライブ映像演出に関わるようになったのは、2021年2月、コロナ禍にオンライン配信した初めてのライブからです。ライブの全体演出を手がける清水さんから声をかけてもらったのがきっかけで、その後に開催された初の有観客ライブから江藤さんが加わりました。

それから現在まで、僕はすべてのYOASOBIのライブ映像を監修しており、それに加えてステージを撮影して編集し、収録映像として仕上げるところまで手がけています。今日はYOASOBIのライブの変遷を取り上げながら、ライブ映像演出とはどんなものかについてお話ししていきたいと思います。

江藤 ライブ映像演出の魅力とは、ライブでしか得られない体験を作れることだと思っています。今はYouTubeなどいろいろな音楽の楽しみ方がありますが、音楽を体で感じるフィジカルな体験こそがライブの醍醐味であり、一番の魅力ではないでしょうか。そのライブの構成要素には照明、電飾、特殊効果などに加え、もちろんアーティスト本人や観客の存在があり、それらすべてがひとつに合わさった時にライブは完成します。そのうちのひとつの要素として、映像には何ができるのかを考えるのがライブ映像演出の課題です。

ライブ全体の演出は前述の清水さんが手がけるのですが、僕らがやる「映像演出」とは、ステージのLEDディスプレイに流す映像はもちろん、カメラから収録まで含め、ライブの中で「映像ならどういうことができるか」を考えることです。例えば、会場にあるLEDはどんな形状で、そこにどのような映像を出せばステージをより良く見せられるか? カメラ画を通して観客にどういうイメージを演出できるのか? というように、映像からの観点でライブの演出を考えていく仕事です。

ライブ映像はメインにも脇役にもなることができます。主役として見せたい時はそう見せることができますし、時には背景や美術セットのような役割に徹し、前に出すぎず他を引き立てる道具にもできる。考え方と工夫次第でどんな役割にもなれる面白い存在です。

また、ライブというのは日によって印象が大きく変わる「一度限り」の存在です。すべてがその日だけの一発勝負であるからこその感動があり、それを仕掛けるのがライブ映像演出の役割であり魅力でもあります。






ライブ映像演出はこうやって作られる

YOASOBIのライブ映像はどのような体制で、どのようなフローを経て出来上がるのか? 基本のスタッフ構成と映像制作の流れ、そして実際に制作に取りかかる段階で考えるべき具体的なポイントについて紹介する。


ライブのスタッフ構成(※図は一例)



スタッフは総勢100人を超えることも

江藤 音楽ライブは多くのセクションとスタッフによって成り立っており、互いに関わり合ってひとつの公演を作り上げています。全体を統括する立場に演出、舞台監督、クリエイティブの方々がいて、そこに対して複数のセクションがそれぞれの役割を担っていきます。

平山 スタッフの総人数は100人を優に超えることもあります。YOASOBIのライブは見たことのないようなステージを作ることを目標にしているので、必然的にセクションとスタッフの数は増えていきます。また、完成度の高いライブを作るために、各セクションが業務の垣根を越えてコミュニケーションできる体制になっているのもYOASOBIの現場の特徴だと思います。

江藤 例えば、映像と照明はそれぞれのバランスを間違えるとぶつかり合ってしまいます。引くところは引き、押すところは押すというように、各セクションと自由に話し合える距離感があるのが良いところですね。



映像制作のフロー



平山氏が調整・提案し、江藤氏が実制作を担当

平山 ライブでは基本的にステージを作る段階から参加して、僕が全体のイメージや流れの大枠をスタッフと相談しながら作って提案し、それを技術的に実現してくれる人たちをスタッフィングしていきます。中でも映像の実制作を手がける江藤さんには、何曲もあるうちの1曲ではなく全体の調整まで引き受けてもらったり、ライブの現場に来て本番ギリギリまで最終調整をしてもらったりと、一番コアになる部分を担ってもらっています。

江藤 YOASOBIの楽曲といえば、元々は小説を原作としていることや世界観のあるアニメーションMVの印象が強いと思うのですが、ライブではそれらの要素からどのようなイメージを膨らませ、ステージという形にどう落とし込むかが要になります。国内外のライブやフェスの事例も参考にしながら、ステージの形状やライブ特有の演出などを考慮して、どんな映像を出せばライブとして良いものになるのかを詰めていきます。必ずしも制作に時間のかかる映像が適しているわけではなく、「ライブで映える映像とはどんなものか」を考えることのほうが大切です。

そして、このプランを実現するには具体的にどうすればいいのかを、平山さんが演出や照明など他のセクションと調整しながら最終的にまとめて提案するという流れです。僕も途中でさらにアイデアを出したり相談したりする場合がありますが、楽しくもなかなか難しい作業です。



映像制作時に考えるポイント

楽曲の持つイメージ

平山 まず、YOASOBIの楽曲はどれも原作小説を元に作られているという前提があり、その上で、楽曲の世界観を表現したMVがアニメーションで存在するという大きな特徴があります。ただ、元々ある小説やMVのイメージをライブでそのまま出すかどうかはまた別の話です。それがふさわしい場合もあれば、ライブとしては既存の印象に引っ張られたくない時もあります。小説、MV、配信用ジャケットなどの元々のイメージは参考にしつつも、常にバランスを考えながら作っている感じですね。お客さんはあくまでライブを体感し来ているのであって、映像を見に来ているわけではないですから。それよりも「ライブの映像」としていかに映えるものにするかを大切にしています。



ライブのタイトル、キービジュアル

江藤 ツアーのタイトルやライブのキービジュアルには大きな軸となる世界観があるので、そこからイメージを膨らませていったり、その世界観を保ったまま、小説やMVとは違う世界を作り出せないかを考えたりします。

平山 ライブの世界観やキービジュアルはAyaseさんとikuraさんがその都度決めているのですが、そこでテイストが決まったら、じゃあこういうことをやってみたらどうだろう、とか本当にラフにやりとりしながらアイデアを膨らませていく関係が築けています。






曲順、セットリスト

江藤 音楽ライブは曲順も重要で、前後の曲でどういう差を出したいかも演出に関わってきます。例えば前の曲が赤色のイメージなら次の曲は違う色にしたいとか、逆にこの5曲はひとつのパートとして同じ世界観で繋ぎたいなど、曲の順番に合わせてイメージの継承や差別化を考えていくのがライブ特有の面白さでもあります。

また、ある曲がセットリストに入るかどうかで全体の意味合いが変わってくることもあります。そこに清水さんの演出が加わると同じ曲でもこれまでと異なる見え方や魅力が引き出され、これが映像演出の力なんだと感じることができます。



LEDの形状とステージでの役割

江藤 ライブ特有の要素として大きいのは、LEDの形状と、映像がステージでどのような役割を果たすのかということです。この形ならどのような映像を出せばステージが良く見えるのか、映像の役割は具体的なイメージを伝えることなのか、歌詞を読ませることなのか、あるいは照明のように使うのかなどを考えます。

また、照明が引いたタイミングで映像が押すのか? レーザーが出ている時には引いて引き立たせるのか? など、他の要素とのバランスも考慮します。逆に「ここは全部押しだ!」 と判断する時もあります。






楽曲のアレンジ、追加要素

江藤 ライブでは楽曲が配信音源とは異なる「ライブバージョン」のアレンジで演奏されたり、曲の導入部にインストパートが追加されたりすることがあります。それに合わせて観客を引き込むような映像演出を入れることで、普段聴いている曲とは違うイメージを作ることができるのもライブならではの面白さだと思います。



ライブの時間帯、環境

江藤 屋外なのか屋内なのか、フェスなら昼なのか夕方なのか、夜なのか。そういった時間帯や環境は、ライブ映像の映え方に影響してきます。

平山 例えば、昼の屋外では照明がほとんど効かないので、映像を全開にしないと寂しい印象になってしまうんです。逆に屋内や夜など照明がしっかり作れる環境なら、映像は引くべきところでは引くという計算が必要です。

また、フェスとワンマンでも少し変わります。フェスの場合はワンマンよりライブの時間が短くなることが多いので、セットリストの中でどこに盛り上がりのピークがあり、どう完結させるかなどを考え直す必要が生じます。






映像の見え方は3D仮想空間で確認する

ライブはステージの複数の要素が合わさって成り立つが、映像を出す箇所や範囲、観客からどう見えるかを平面だけで確認するのは難しい。そこでYOASOBIのライブでは、実際の公演での見え方を3Dでプレビューできる工夫を取り入れている。


After Effectsで作成した、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023のステージ空間のイメージ。


3Dで作成したAfter EffectsのデータをUnityで表示したところ。中央の湾曲したLEDの見え方も表示角度を変えながらプレビューできる。


左がAfter Effectsのコンポジション、右がUnityの画面。After Effects上ではアジの開きのように展開されて表示されているステージの各要素が、Unityでは3Dで立体的に表示され、After Effectsの画面で行なった修正などをすぐ反映して確認することができる。




実際のライブに近い状態で見え方を確認する

江藤 YOASOBIのライブはセットやLEDの形状が特殊なことも多く、パソコン上で平面の画像を確認するだけではなく、3D空間にLEDを仮想的に配置し、奥行きや観客席からの見え方、角度による見え方の違いなどを実際のライブに近い状態で確認できるようにしています。そうやって仮想的に組んでみて初めて気づく部分もありますし、自分にとって分かりやすいだけでなく、平山さんや演出の清水さんに確認してもらう際にもよりイメージを共有しやすいというメリットがあります。

このプレビューは主にAfter Effectsで作るのですが、ライブ映像は基本的にAfter Effectsで作っているため、同じソフトで確認できるほうが効率がいいという理由からです。ただ、Rがかかっている、湾曲しているなど、特殊な形の場合はAfter Effectsでは作りづらいため、3DでモデリングしたものをCinema 4DやUnityに持ち込んで確認します。



Unityとの連携でリアルタイムプレビューが可能に

江藤 また、最近はAfter EffectsのデータをUnityからリアルタイムで確認できるシステムも試験的に運用しています。弊社のテックチームが開発したもので、これまでCinema 4Dとの組み合わせでは一旦レンダリング作業を挟むためにプレビューまでにひと手間かかっていたところを、NDI Toolsというアプリケーションで繋ぐことでAfter EffectsのデータをそのままUnityに転送し、Unity上でカメラをぐりぐりと動かしながらリアルタイムでプレビューできるようになります。

多少のラグはありますが、通常の制作過程では見えにくい部分を確認でき、レンダリングの工程を省けるというだけで作業のペースはかなり上がります。ステージの形状を活かしたい曲や、様々な角度から詳細に見たいシーンなどで活用していけたらと考えています。ゆくゆくは照明なんかも組み込めたらいいですね。