ここでは全編iPhone15 Pro MAXで撮影されたアイオケ『アイドルイノベーション』MVを作例に、小規模プロダクションでも再現可能な“超低予算な撮影体制”を大公開。映像クリエイターたちの“自由研究”としてこのMVを手がけた監督・編集の佃 尚能さん、撮影の江部公美さん、カラリストの大淵友加さんに、お手軽と思われがちなiPhone撮影に潜むさまざまなトラップ=要注意ポイントを実体験に基づいて、赤裸々に語ってもらった。

講師   佃 尚能  Hisanori Tsukuda

ドラマ演出家/クリエイティブ・ディレクター。主な演出作に『ゲゲゲの女房』『伝説のお母さん』『浪花の華』など。クリエイティブディレクターとして大河ドラマ『真田丸』『西郷どん』連続テレビ小説『ひよっこ』のオープニング映像他を手がける。仕事外の自由研究でショートフィルムやMVを制作。カンヌ、ベルリンをはじめとする海外映画祭でも上映・受賞多数。ハリウッドでは世界のダンスフィルム15本に選出されている。

note●https://note.com/tsuku_dany/



講師   江部公美  Satomi Ebe

株式会社オムニバス・ジャパン撮影部を経て現在はフリーランスの撮影監督。撮影担当案件にGoogleアプリ、ディズニー、Levi’s、花王、パナソニックリフォームなどの広告、映画『武蔵ーむさしー』『RADWIMPSのHESONOO』、ドラマ『牙狼<GARO>-魔戒ノ花-』などがある。



講師   大淵友加  Yuka Ohbuchi

福岡の映像制作会社勤務中にタキユウスケさんに見いだされ、カラリストとして「虎徹」に参加。HIS、イエローハット、しまむら、KOSEなどのCM、内閣府VP、乃木坂46のショートドラマ、MVなど多ジャンルのグレーディングを幅広く手がける。

WEB●https://www.kotetsu.work/






“自由研究”として撮影したアイドルMV

 『アイドルイノベーション』MVで監督・編集など諸々やりました佃です。普段は演出家/クリエイティブ・ディレクターとしてTVの仕事が多いんですけど、今回のように“自由研究”としてショートフィルムやMVも監督しています。そのときによくお誘いするのが江部さんです。

江部 フリーランスで撮影監督をしている江部です。佃監督には今回のMVのような自主企画でお世話になっています。そこに巻き込まれたのが大淵さんです(笑)。

大淵 虎徹という会社でカラリストをしている大淵です。おふたりとは今回の『アイドルイノベーション』MVで初めてお会いすることになりました。

 虎徹の代表のタキ(ユウスケ)さんとは『真田丸』のオープニングでご一緒して以来で、たまたま今年の夏に再会したんです。そこで今回のMVの話をしたら、「いま、ウチのイチオシのカラリストがいるから、ぜひ!」と推薦されて、大淵さんにご依頼することになりましたね。

江部 そういう偶然の再会からお仕事につながるのが面白いですよね。

 僕と江部さんはiPhoneをカメラとして使ったことがなかったんですけど、大淵さんはiPhoneで撮影された素材を扱ったことがあったんですよね?

大淵 そうですね。全編iPhone撮影の作品は『アイドルイノベーション』MVで2度目です。映像の一部だけiPhoneの素材ということはよくあるんですけど。

 我々は初めてでしたが、いろんな理由があって実験的にiPhoneを導入することにしたんです。



アイオケ『アイドルイノベーション』MV

歌・演奏・ダンスを融合させたパフォーマンスが魅力のアイドルオーケストラ〈アイオケ〉による楽曲『アイドルイノベーション』。MVは、国土交通省 霞ヶ浦導水工事事務所、いばらきフィルムコミッションをはじめ茨城県協力のもと、SF感のある地下水道施設で大規模なロケを実施。アイドルのMVでは異例となる3台のiPhone 15 Pro Maxを使用して撮影が行われた。








なぜiPhoneを使用してMVを撮影したのか

企画スタートからイメージボード作成時に考えたこと

佃監督が描いたイメージボード。ロケ地の施設内にあるシンボリックな水道塔を活かし、ブルーとピンクの照明でメンバーを2チームに色分け、ライフル型水鉄砲の小道具も持ち込み、サバイバルゲームのようなストーリーを感じさせる内容にしたという。





本当に本番でiPhoneを使えるのか?不安が増すことになったテスト撮影

 iPhoneでの撮影は江部さんのアイデアでしたよね?

江部 はい。まず、シネマカメラを使えるようなバジェットがあるわけではなかった、ということあります。そういうMVのよくあるパターンとして、カメラマンが自前の一眼を使うことがあると思うんですけど、それはみんなやっているからつまらないな、と(笑)。あと、全体の予算を考えたときに、照明部さんは呼べるのか、特機は入れられるのか、といろいろ悩むわけです。それなら、iPhoneで撮ることを選択したほうが可能性が広がるし、世の中にもiPhoneだけで全部撮った作品はあまり多くないので、新しい画として見てもらえるという計算もありましたね。

 少ないバジェットをカメラのレンタル費に割くより、多少なりとも照明や特機に回したほうが面白い作品になると江部さんが提案してくれて、すぐに「いいですね!」と賛同しました。そこから手探りでiPhone撮影をすることになったんですけど、トラップがいっぱいあったんです(笑)。そこを読者のみなさんにもシェアしていきたいと思います。あと、iPhoneが得意なことと苦手なことがあるぞ、という部分もお伝えできれば、と。

江部 結論から言うと、「100%使えないわけではないけど、100%安心して使えるわけではない」ということです。なので、みなさんがiPhone撮影を検討したときに、使いどころの判断材料になればいいと思います。iPhoneだから気軽に使えると思いがちですけど、どんなシチュエーションでもiPhoneで撮れるわけじゃないので。

 あと、そのまま真似すると今回のMVぐらいのことはできるよ、という機材リストだったり、グレーディングはどうだったのか、ということもお話しします。まず企画段階ですが、最初にロケ地を下見しに行って、イメージボードを描きました。なぜiPhoneで撮影することにしたのか、ということにもつながるんですけど、今回は仕事ではあるけどかなり自由度が高かったんです。そういう機会だからこそ、リサーチ・アンド・ディベロップメントの場にすることが必要で。クライアントワークでいきなり実験的なことをやるのはリスクが高くて、なかなか踏み切れないんです。とはいえ、作品づくりではないテストで撮っても、あまり本質を理解できないんですよね。

江部 たしかに、検証したつもりでも実はできていないことも多い…本番でいかに検証できるか、ですよね。

 そう。MVがすべて実験の場であると言うつもりはありませんが、こういう場も必要だよね、と常に思っています。今回のMVは、もともと作る予定がなかったみたいなんですけど、これからリリースされる新曲として『アイドルイノベーション』を聴いたらカッコよかったんです。「MV作りましょうよ!」と提案したら「作ってもらえるのでしたら、ぜひ!」と本当に作れることに…という流れでした。つまり最初から“遊べる企画”だったということです。ロケ地を下見に行った日に、ちょうどアイオケのライブが渋谷で行われていました。ロケハン用にレンタルしたiPhoneが手元にあったので、ライブ会場で撮ってみたんです。そうしたら本番への不安がどんどん増す結果になりました…(笑)。

江部 いろいろトラブルが起きましたね(笑)。

 まず逆光でゴーストが出まくりました。これは結局解決できず、本番でも出まくっています。やはり逆光のシチュエーションは、iPhoneは苦手ですよね。特に点光源の逆光はゴーストがいっぱい出ました。

江部 これは味として使うしかない、と思いました(笑)。でも、私は本番時のゴーストは思ったより気にならなかったです。ワンショットの寄りのときに出たら困るな…と心配していたんですけど、スモークを焚いて光源が分散されていたから大丈夫だったのかもしれません。

 さらに怖かったのはオートフォーカスの問題です。ライブのMCでメンバーがひとりずつ自己紹介をしているところを撮っていたんですけど、次の人にパンしたらその間に一度フォーカスが外れて、しばらく探ってからまたフォーカスが合う、というiPhone特有の不安定さを感じて。本当に本番でiPhone使えるの? となってしまいました。

江部 iPhoneがフォーカスを探るたびにブレゴマのようになってしまいましたね。これはiPhoneの望遠のレンズでデジタルズームをかけた状態で起こりました。決して良い撮影環境ではないですが、ライブハウスの舞台上は暗いわけではないし、黒背景に白い衣装で立っているメンバーにフォーカスが合わないというのが謎で…。監督と「本当に大丈夫かな?」と弱音を吐いていたと思います。本番までに調べたり、機材屋さんでもう一度触ってみたりしたんですけど、100%いけるという自信はありませんでした。なので、本番の日もこっそりと自分の一眼カメラを持って行ってました。万が一のことがありますから…。

 実は僕も自分のミラーレス一眼をこっそり持っていきました(笑)。まあ、結果的に使わなかったんですけど。テスト撮影では大いに不安が増しましたね。



テスト撮影〜現場でのセッティングで起きたトラブル

逆光時のゴーストが発生

事前のテスト撮影のために訪れたアイオケのライブ会場。レンタルしたiPhone 15 Pro Maxで撮影してみると、写真内の赤丸で囲ってあるゴーストが気になる結果となった。特に点光源の逆光でのシチュエーションで頻発したという。





フォーカスの不安定さ

テスト撮影でもうひとつ判明したのがオートフォーカスの甘さ。これはiPhoneの望遠レンズで撮影した際に顕著だったそうだが、一度フォーカスが外れてしまうと再度フォーカスが合うまでに少し時間がかかってしまう現象が起きたとのこと。





モニター出力の不具合

現場でスタッフ陣を悩ませたのが「どうモニタリングするか?」という問題。事前にテストを重ねたうえで本番当日を迎えたが、トランスミッターで画を飛ばす当初のプランに不具合が生じ、急遽予備の有線接続の方向に切り替えた。モニターはカメラマンが見るiPhoneの画面だけでよければ問題はないが、今回のMVのようにモニタリング必須の現場では注意が必要だ。