iPhoneで撮影する際に気をつけること

現時点でiPhoneが苦手とする撮影シチュエーション

実際に本番で撮影してみて分かったiPhoneならではのデメリット

江部 そんな準備期間を経て本番を迎えたんですが、最初に直面したのがモニタリングの問題です。

 結局、90分ぐらい撮影開始が押しましたよね?

江部 そう。とにかくモニターに画が出ない、と。

 現場に着いて、まずクレーンのレールを敷きました。並行して照明も作ったんですが、そのふたつが据えられれば、普通は「よし、撮影だ!」となるものですが、そこからが長かった…(笑)。

江部 当初の構想としてはトランスミッターでiPhoneの画を飛ばすことを考えてセッティングしていたんですけど、なぜかトランスミッターでは画が飛ばない現象に陥り、「それなら有線に変更だ!」と思って試したら有線でも画が出ず…。正直、何が原因だったのかいまでも分からないんです。HDMIケーブルが原因なのか、iPhoneに刺したType-C→HDMIの変換アダプタがいけないのか、もしくはiPhoneそのものの問題なのか。結局、現場にある機材やケーブルをすべて試して、何が功を奏したか分かりませんが、たまたまうまくいった…という感じでしたね。

 撮影部の名誉のために言っておくと、もちろん事前に別日でちゃんとセッティングのテストをしていたんです。そこで大丈夫だったものを持ち込んで、そのまま現場で再現しているのになぜかモニタリングできない、という。普通のカメラではそんなことは起こらないですよね?

江部 そうですね。ただ、そもそもHDMIケーブル自体、SDIケーブルに比べると長い距離を延ばすシチュエーションでは安定性に欠けると思います。iPhone撮影に限らず、「HDMIケーブルはなるべく伸ばさない」「なるべくHDMIからSDIに変換してからSDIケーブルのほうを伸ばす」というのが答えかもしれません。

 今回痛感したのは、iPhoneはモニタリングに課題があるということです。複数人でモニタリングしながら撮影を進める現場では、どこかで不具合が出るんじゃないか、という不安がつきものだと思います。モニタリングとは別の課題として見えてきたのがHS撮影ですね。じつはHS撮影したシーンがあったんですけど、泣く泣く本編からカットしたんです。iPhone 15 Pro Maxでは、HSはHDでしか撮れないし、Apple Logでも収録できない。パッと見いけそうな映像が撮れるんですけど、編集時にApple Logで撮った4Kの画と並べるとすごく画質が悪くて。

江部 4K素材の中にHDの素材を入れ込むと「うーん…」という感じでしたね。なおかつ、そのHS撮影のシーンは照明的にも暗めだったので、それも影響しているかもしれません。ちなみに、いまのは120fpsで収録したときの話で、60fpsまでならApple Logの4Kで撮れます。

 なので、HSはプロ仕様としてはなかなか使えないかな、と。そのシーンで使った美術は現場に応援にきてくれた武蔵野美術大学の学生さんが作ってくれたものだったんです。一生懸命作ってくれたのに、本編に入れられなくて申し訳ない気持ちです。やはり事前検証が必要なんですよね。iPhoneの怖いところは、iPhoneの画面では「いけてる画」に見えるんですよ。でも、編集するときにモニターで素材を見たら全然ダメ…ということも多かったです。

江部 ただ、撮影時点では発売されていませんでしたが、iPhone 16 Pro Maxなら120fpsでもApple Logの4Kで撮れるので、これはもう解決できる問題かもしれません。

 HS撮影でもうひとつ注意点がありました。普通に考えて、RECボタンを押したらすぐにHS収録が始まると思うじゃないですか。でも、開始から数秒はノーマルのスピードで収録されていて、そこからHSに切り替わるヘンな素材になる…という現象もありました。

江部 そうでしたね。現場ではOKだったけど、編集時にデータを見ていて気づく、という(笑)。

 最初は撮影の設定をミスしていたのかと思いましたよ。だから、REC開始から10秒待ってから、「よーい、はい!」をやらなきゃいけない。特にHSは収録尺が長くなるから、ついつい5秒ぐらいでOK出しちゃうんです。そしたらHS収録されていない…というね。


写真のようにテスト撮影でゴーストが発生した逆光のシチュエーションもあったが、本番ではあまりゴーストが出なかったそうで、江部さんは「スモークを焚いたことで全体的に光がディフューズされたからでは?」と語っていた。



撮影は茨城県の地下水道施設で行われた。佃監督は「ロケ場所もテンションが上がるような非日常的な空間ですし、ビカビカのムービングライトもあったので、メンバーたちはみんなすごくイキイキとしていました」と振り返った。




特殊なMV撮影現場で何が起きていたのか?

自主的な企画だったためとにかく人手が足りなかったという今回の現場。ロケ場所は通常のビルの地下6階相当の空間だったが、撮影に特化しているわけではないためエレベーターがなく、搬入・搬出に苦労したそうだ。また、光をキレイに反射させるために床に水を撒いたようだが、これも佃監督自ら水撒きを担当。水は地上と地下を何度も行き来してポリタンクで運ぶ必要があったため、肉体的にかなり過酷だったとのこと。








iPhone撮影を実現するために集めた機材

『アイドルイノベーション』MVに使用した機材のすべて

カメラアップル iPhone 15 Pro Max(3台)
リグSmallRig x Brandon Li共同デザイン iPhone 15 Pro Max用モバイルビデオケージ
フィルターSmallRig マグネット 1/4ブラックミストフィルター 52mm
ジンバルDJI Ronin 2、RS 2
SSDHACRAY MagDrive 1TB
その他 周辺機器Anker 622 Magnetic Battery(モバイルバッテリー) アップル USB-C Digital AV Multiportアダプタ(Type-C→HDMI変換用)




しっかりとしたMVのカメラワークを実現するために、多くのシーンをクレーンで撮影した(特機はTOKKI WOLF・佐川敬一さん)。クレーンを導入するためにも、全体の予算バランスから安価なiPhoneであることが必要だったとも言える。Bカメはジンバルに載せて自由に動きながら撮影。レンズ切り替えのたびにバランス調整を行う必要がないのがiPhoneの利点だ。





クレーンはもちろん、照明を作り込むなど、限られたバジェットの中で画にこだわったという。とはいえ、佃監督は「アイオケのパフォーマンスをしっかりと見せることがメインだった」と語る。また、アイドルMVである以上、表情をかわいく撮ることも必須。佃監督の元にファンから「かわいく撮ってくれてありがとうございます!」という声が届くなど、好評だったそうだ。




特徴を押さえて実践的な対応をすれば少人数の現場でもリアリティがある

江部 もうひとつ感じたのは、暗所に弱いということ。これはセンサーサイズが小さいので当然ですが…。

 今回は暗所のシチュエーションだらけでしたからね。そこであえて使ってみたところ、弱さを痛感しました。

大淵 撮影された素材を見たら、暗部のノイズは結構出ていたので、グレーディング時にノイズリダクションをたくさんした記憶があります。

 でも、意外と黒は潰れなかったですよね?

大淵 はい。Apple Logの状態でも潰れていなかったので、暗所といえどそのレベルでは現場の照明が効いていたのかな、と思います。

 まあ、普通に明るいシチュエーションではキレイな画が出ていたので、得意・不得意が顕著ですよね。

江部 デイでオープンの撮影ならかなりいけるんじゃないかな、という印象です。それで言うと、事前の検証が難しかったのが熱問題ですね。テスト撮影のとき、夏の屋外で回していたんですが、気がつくとRECが止まっているということが何度かあって。その意味では今回の現場は夏でしたけど肌寒いくらい涼しいロケ場所だったので、ラッキーだったと思います。

 今回はMVでしたが、MVはシーンによって1曲分、3〜4分回し続けることもありますから。環境によってはREC停止も全然ありえましたよね。

江部 そう。なので、本番でも途中で止まったりしないか、ちょっとドキドキしながら撮影していた記憶があります。今回は外付けの冷却ファンをつけなくても、一度も止まることはなかったです。ただ、今回はA〜Cの3カメ体制だったので、その3台に対して、常に気を配らなきゃいけないというのが地味に大変なポイントでした。

 機材まわりのお話をさせていただくと、1台はRonin 2を取り付けたクレーンに載せっぱなし、1台はジンバル・RS 2に載せっぱなし、もう1台は予備というか時間がないときに同時に僕も回す…という3カメの使い分けでした。

江部 3台とも東京オフラインセンターでレンタルしました。合わせて周辺機材もレンタルしたんですが、リグはSmallRig x Brandon Li共同デザイン iPhone 15 Pro Max用モバイルビデオケージを使っています。このリグはネジ穴がたくさんついているので拡張性が高くて便利ですね。今回の撮影では使いませんでしたが、バリアブルのNDフィルターもついていたので良いなと思いました。

 室内だったのでNDは使いませんでしたが、フィルターはブラックミストを入れてましたよね?

江部 そうです。後述しますが、iPhoneの生っぽい画を和らげるために使いました。あと、機材として特徴的なのがモバイルバッテリーです。とにかくたくさん必要になると思って15本もレンタルしたんですよ(笑)。3カメを一気に回すかもしれない、しかも朝から晩まで撮影が続くかもしれないと思って、1カメにつき5本のモバイルバッテリーを…。こういう実践的な情報はどこを探しても載っていなくて、念には念を、ということで。ただ、結果的には全然使わなくて、お昼に1回バッテリーチェンジして、夕飯休憩でもう1回バッテリーチェンジしたので、そんなにいりませんでしたね。そのバッテリーチェンジも念のためにしただけで、1カメにつきひとつあれば充分だったのかもしれません。iPhone自体のバッテリー性能が向上しているからなのか、思ったよりも持続した印象です。

 ちなみに撮影データはどう管理してたんですか?

江部 昼と夕の休憩中にSSDにバックアップしていました。iPhoneから直接SSDにつないで転送しましたが、転送時間は全然かからなかったです。今回は「Apple ProRes 422 HQ」「4K」「Apple Log HDR」の設定、つまりiPhone 15 Pro Maxでは最大のデータ量で撮影しましたけど、トータルで一番回したAカメでも280GB程度でしたね。

 データとしてはかなり軽いですよね?

江部 思ったより軽かったです。これなら少人数の現場でも全然リアリティがあるし、DITさんには申し訳ないけど、スペシャリストがいない現場でも扱えるデータだな、と。



Blackmagic Cameraアプリの収録&LUT設定

Blackmagic Cameraの設定は、解像度=4K、コーデック=Apple ProRes 422 HQ、カラースペース=Apple Log –  HDR。LUTは現場のモニター用にApple Log To Rec709を選択したが、佃監督は「目指すルックが決まっていれば、オリジナルのLUTを当てながら現場で調整して撮影したほうが良いかもしれません」と振り返った。








カラリストが語るグレーディングの苦悩

iPhone素材の生っぽさをいかに軽減するか

 そもそもApple Logの素材ってカラリストから見てどんな特徴があるんですか?

大淵 普段はシネマカメラで撮影された素材を作業することが多いので、そことの違いという観点から言うと、一番の違いは質感です。やはりiPhone特有のちょっとツルっとした感じが気になりました。今回はアイドルのMVだったので、かわいく見せるということを大前提にしながら、カラコレする前に江部さんと方向性を確認したんです。そこで『アトミック・ブロンド』という映画のように、ネオンぽいカッコいいルックを目指そう、というお話になりました。

江部 志は高く持って、まずはそこを狙おう、と(笑)。

大淵 そういう質感に持っていくにあたって、iPhone素材の生っぽさが一番苦労したポイントでした。撮影時にブラックミストのフィルターを使っていただいたんですけど、DaVinci Resolve上でもさらにブラックプロミストを入れて、ディテールの生っぽさを軽減しました。これは感触ですが、Apple Logの素材はちょっといじるだけで彩度が一気に上がってしまう気がしていて…。それで肌色に影響が出た場面がいくつかありましたね。

江部 Logにしては色が乗っている印象でした。

大淵 S-LogやARRIのLogと比べると、Logの時点でちゃんと色が認識できるぐらい画に出ています。今回のグレーディング作業で鬼門だったのが、メンバーさんたちがかけているスマートグラスのようなメガネです。もともとグラデーションのある発光したメガネだったんですけど、コントラストを上げると色飛びしてしまって…。

 しかも、現場は夏なのに肌寒かったので、撮影を進めていくとそのメガネ曇るんですよね。その曇った箇所に光が影響してしまうので、余計に難しかったと思います。

江部 グレーディング後の画を見ると、メガネの発光とカラーの具合は強調しつつ、全体はしっかり抑えられている、という感じになっていると思います。

大淵 今回のロケ場所は暗めだったので、暗部にノイズリダクションをかけながら、全体のトーンとしては少し粒子があるような質感を目指してグレインを足しました。

 頭では分かっていたけど、暗所にはやはり弱いな…という感じですね。大淵さんが相当がんばってくれて今回ぐらいのクオリティが出せたと思います。



iPhone撮影素材のカラー特性とグレーディングの注意点

独特の生っぽさとLog時点での発色の強さがApple Logの特徴だと言う大淵さん。今回、色域をARRIのRec.709にカラースペース変換して、そこをベースにグレーディングした。目指したのは映画『アトミック・ブロンド』のような、暗い中でもしっかり色を出すルック。





グレーディングの手順としては特別なことをしておらず、コントラスト、サチュレーション、ホワイトバランスを調整するところから。ダンスシーンなど激しい動きもある映像なので、マスクを切れる範囲に限界はあったが、特にメンバーの表情の部分はよく見えるようにマスクを切りながら作業したという。








改めてiPhone撮影ならではの良さを考える

いろいろと欠点はあるがなんだかんだでiPhoneはスゴい

映像のキレに影響する扱いやすいデータ

 ここまでネガティブなことも言ってきましたが、良いところもたくさんありましたね。

江部 iPhoneで4KでLogが撮れるというのがまずスゴいことだと思います。Blackmagic Cameraのおかげでカメラの設定がキープできるから安心して撮影に望めるようになりました。撮影部目線では、クレーンやジンバルに載せていてレンズ交換するときのラクさも魅力です。

 あと、大前提として価格ですよね。

江部 そうそう。1台のレンタルは2,600円/1日です。カメラのコスパを考えたときに、モニタリング問題さえクリアできて、“勝ち筋”が見つけられれば全然アリかな、と。

大淵 カラリストの観点で言うと、ライトをしっかり焚いていて、なおかつカラーライトもいい位置にあったシーンはシネマカメラと遜色なく作業できました。iPhoneが苦手な環境を理解して、その環境で撮影されたシーンをしっかりリカバリーできれば問題なく使えると思います。

 僕の感想は、「iPhoneがあって良かった!」に尽きます。これは編集作業で感じたことなんです。ウチのPCは5〜6年前のものを使っていて、4Kをガチで編集するときはプロキシに置き換えないとリアルタイムで走らないような環境。MVは素材がたくさんあるじゃないですか。同じ箇所でどんどんタイムラインが積み上がっていく。4K素材なんて走るわけないじゃんと思ったら、スルスルとプレビューできるんですよ。それはiPhone素材のひとつひとつのデータが軽いからできること。

江部 しかもデータ容量以上に、軽く感じたんですよね?

 そうそう。3〜4トラック並べて、マルチ画面でどれを使うか見ていたんですけど、ストレスなく動く。過去にやったREDの4KのRAW素材の場合、ふたつ並べた時点でカクカクでしたから。もちろんハイスペックのPCをお持ちなら関係ないですが、こんなに編集が快適ならiPhoneアリじゃん、と。仮のLUTを当てながらでも全然サクサク編集できました。こういうMVの編集は、音ハメの要素も強いので、プレビューを流してどんどんマーカーを打ってつないでいきたいじゃないですか。それがリアルタイムで流れてくれないと、映像のキレに影響するというか。今回はiPhoneのおかげでキレの良いMVになったのかもしれません。出先で編集するような撮って出しのシチュエーションで、スピード感が求められる現場でもフローができていれば、じつはiPhoneってかなり有能なんじゃないかな。



今後もiPhoneで撮影するのか

 大規模な数十台のマルチカメラを使う演出にはマッチすると感じました。古い話ですけど、ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、芝居の動線にカメラを仕掛けまくって撮ったじゃないですか。そういう演出もiPhoneがあれば現実的かな、と。100台借りても20〜30万円ですから。こういう実験的な企画は、昨今どんどんジリ貧になっていくなかで、iPhoneが何かの突破口になるかも、という予感はしています。

江部 予算的にボツになっていた企画が、iPhoneによって実現する、という形になれば面白いですよね。

 気軽にトライ&エラーできるのはいいところです。今回の“自由研究”の結果は、完成した『アイドルイノベーション』のMVを見てください。現時点で、ここまではiPhone撮影でできるぞ、ということなので。

江部 今回私たちの成功した部分、失敗した部分を踏まえて、参考にしていただけたら幸いです。

 iPhoneって身近なもののように見えて、実はかなり未知のガジェットだったんです。つい使い慣れたものになりがちですけど、この未知な部分を面白がって、僕もいろいろチャレンジしていきたいですね。


「ARRIで撮った素材にワンカットだけiPhoneの素材が混ざってもたぶん気づかない」と言う江部さん。特有のクセはあるものの、使いどころを見極めればiPhoneは“カメラ”になり得る、というのが結論だった。