『SAGAMA』ブランドムービー
学び直したことで、“本当の意味”での提案ができるようになった髙橋さん。海外向け有田焼ブランドムービー案件における、具体的な取り組みを紹介する。
『SAGAMA 2021』ブランドムービー

クリエイティブディレクション:クレアツォーネ
シネマトグラフィー、編集:髙橋 遼(doar.)
サウンドデザイン:若狭真司(Hitsuji Sound Factory)
ドキュメンタリースタイルで、シネマルックに
有田焼・伊万里焼の海外ブランディングプロジェクト『SAGAMA』向けに、各ブランドの動画制作と、ロケ地のスチール撮影を担当しました。当時、コロナ禍によって海外との往来が困難になってしまったんです。そこで、中国や北米への販路拡大につなげられるような映像が求められました。海外向けなので言葉には頼らずに映像の力で、そして海外の人たちに適確に伝わるルックによって、窯元(ロケ地)の空気感、作家さんの表情、そして作品の美しさといった“届けたいもの”を映像に込めるためにARRIのセンサーで最大限引き出すことを目指しました。
コロナ禍中ということもあり、映像については僕ひとりで全てを担当しました。ドキュメンタリースタイルなので、撮影プランもあえて決め込まずに、現地で作家の方々とコミュニケーションを取りながら、撮り方やライティングを決めていきました。窯元の歴史や、作家さんの人柄、有田焼特有の色合いなど、それらが組み合わさることによって導き出された「届けたいもの」、つまり文脈が生まれます。その文脈を「届け方」という映像の「ルック」で包み込むという考え方でいつも取り組んでいます。この作品では、日本独特の色彩や光を、海外の人が魅力的に感じるルックとして、現場の繊細な陰影を画に込めるべく、最小限のライティングで画作りしました。
● ワンマンスタイルに最適化〜機材リスト(抜粋)〜
カメラ | ARRI ALEXA EV |
レンズ | シグマ Cine-mod Lens 18-35、 50-100mm T2(EFマウント) |
照明 | NANLITE PavoTube 30C Aputure Accent B7c ブリーチ・モスリン幕 |
モニター | SEETEC P133-9HSD(4K、HDMI) |
その他 | OConnor Ultimate 2575D(雲台) C-stand(重量バッグ付きクロスアームバー) Proaim Flyking Precision Camera Slider (Mitchellマウント) |



シネマトグラフィーとは、照明で描くこと
被写体の文脈を、映像のルックとして具体化
下の図解は、海外では「ダイアグラム(diagram)」と呼ばれるものです。YouTube動画用に後から作成したものですが、撮影時に頭の中で考えていたプランです。できるだけ自然光を活かしながら、最小限の照明機材で繊細な陰影を創り出すことを心がけました。クシャクシャにしたトレーシングペーパーで灯体を覆って、ニュアンス(光の強弱)が出るようにしたり、窓から入る自然光が強すぎた場合は、モスリン幕を配置するといった具合に、柔らかい光を作り出すようにしました。
そうやって作り出した空間を、ARRI ALEXA Classic EVに内蔵されたセンサーの性能を最大限引き出して、映像に込めるというのが、画作りの基本方針でした。僕のスタイルとして、できるだけ現場で色を作るようにしています。そのため、DaVinci Resolveによるカラーグレーディング作業も、コントラストのカーブを若干調整する程度です。このスタイルを実践できるのも、ARRI ALEXAというデジタルシネマカメラのおかげです。
先ほど説明した通り、この作品はドキュメンタリースタイルで撮影しました。本来はロケハンしたかったのですが状況的に難しかったので、事前にGoogleマップでロケ地を見ながら、Sun Seekerというアプリで太陽が何時頃に昇り、部屋のどちらの方向から陽光が入るかを確認しました。いろんな方向からできるだけ引きで撮った写真を送ってもらいつつ、大まかな作業手順を教わった上で「この場所なら、こういう画が撮れそうだな」などと、当日撮影がスムーズに進むように可能な限りシミュレーションをしました。
今回はなるべく実際に働いている職人の方のリアルな姿をカメラに収めたいという意図があったので、窯元で働いている方々には、撮影のことは気にせずに普段と同じように作業をしていただきました。そのため、状況に応じて撮り方や演出を決めています。場合によっては、作業場所や机の位置、道具の置き場所などを変えさせていただいたこともありましたが、できるだけ最小限に留めるようにしました。あとはクライアントチェック用に13.3インチの4Kモニターも持ち込んでいたので、その場で撮れた映像を見てもらうことで、作家さんの協力を得やすくできたと思います。

撮影環境を可視化する〜ダイアグラム〜
海外の映像制作現場では、ライトの位置、種類、強度、色温度といった照明プランに関するもの以外にも俳優とカメラワークの相関を示したものやセットデザインに関するものなど様々なダイアグラムが視覚的に情報を共有するためのツールとして活用されている。
最小限の照明を、ARRIのセンサーで捉えきる

現場のグリーンを活かした色味に


3つある窓のうちふたつのブラインドを下ろして明るさを調整。下手から入るキーライトによって生まれたシャドウに対して、上手・奧からチューブライトを当てることで頭部のエッジと左袖にハイライトを追加。さらに、電気スタンドの電球をAputure B7cに交換して、オレンジの光(色温度2,700〜3,200K)を追加して、空間全体のグリーンとのコントラストを演出した。

ネガティブフィルで映画的な陰影を作る


基本的には、カットAと同様の照明プラン。下手からの陽光(キーライト)に対して、作家(被写体)の上手・前に立てた黒幕によって「ネガティブフィル(Negative Fill)」効果を引き出し、シャドウを強調することで、シネマルックのコントラストが作り出された。

学び直しによって、会得した技能


カメラ位置を側面に変更。奧に見える窓を遮蔽し、Aと同様のキーライトを作る。上手・奧からチューブライトで光を当てて、左手のエッジにハイライトを作りつつ、影となる部分はしっかりと暗くすることでチェッカーボード効果を作り出した。
— もし今、最初のカメラを買うとしたら? —
僕が映像クリエイターになろうと決めてから、最初に購入したカメラはブラックマジックデザイン Blackmagic Cinema Camera でした。もし今から映像クリエイターを独学で目指すのであれば、最初に購入するのはソニーCinema LineのFX3とかを選ぶかもしれません。それは国内外の映画産業でもVENICEの導入が増えているからです。
だけど、今でもARRIを個人で購入するというチャレンジをしたほうが後々良い結果につながるとも思います。大切なのは機材ではなく、どんな映像が撮りたいのか。機材はどうしても古くなっていくので。
点ではなく、面で。〜Cine Frame始動〜
100人分の1年間を短縮させる
こうして僕は、独学でディレクター&シネマトグラファーになりました。このスタイルは良い映像を作る最適解だと思っていますが、個人の限界も痛感しています。
そこで、僕が独自に体系立てたシネマトグラフィーの知識を広めていく活動を始めました。それが「Cine Frame」です。僕がこれまで歩いてきた道を最短距離で進められるマップを作って、広めていくことによって、日本で作られる映像、その作り方が良い方向へ変わっていくことにつなげられればと考えています。
Cine Frameを続ける中で自分の内面的な変化に気づきました。以前は、自分が良いと思う作品を作って売れたいという思いでしたが、最近は日本で作られる映像がよりシネマティックに、より良いものが作られてく未来に向けて知識と可能性を残したいと考えるようになりました。
撮影や照明の基礎知識は不変的なものですが、海外のプロフェッショナルな映像制作は体系立てられた知識とワークフローに基づいて行われています。そのことをCine Frameを通じて学んでもらい、ひとりひとりが実践していくことで日本の映像制作が良い方向に変わるはず。100人分の1年間を短縮することができれば、100年分の価値を1年でもたらすことができると思っています。
Cine Frame

YouTube:https://www.youtube.com/@cineframejp
note:https://note.com/cine_frame/membership/join
Cinematography is Painting with Light
光で描くこと=シネマグラフィ

まずは基礎的な知識を無料で広めていく
上図は、髙橋さんがシネマトグラフィーに関する知識を独自に体系立てたもの。その基礎となるのが、緑色でハイライトした8つ。いずれの解説もCine FrameのYouTubeチャンネルにて、無料で公開されているので必見である。
「文脈を紡ぐ」ための映像とは?
情報が飽和しているからこそ、長距離伴走型へ
最後に、これからの映像制作において、僕が鍵となると考えているふたつの要素を改めて説明します。
ひとつは「文脈」です。例えば僕が「99.7%」という数字を出します。これは、日本の中小企業の割合です。次に「40%」という数字を出します。これは、2050年の日本の高齢者の割合を予測したものです。最後に「2.1%」です。これは世界中のインターネットにおける日本語の情報の割合です。これら3つの数字をバラバラに出してもひとつの情報に過ぎません。ですが、独学で海外のシネマトグラフィーを学び、映像クリエイターになった後、新たにCine Frameという活動を始めた僕が提示すると、3つの数字に何らかのつながりや意味を感じませんか? これこそが「文脈」です。
ふたつ目が「短距離型から長距離伴走型へのシフト」です。僕は、これまでの活動を通して、映像とは“物語を届けるための道具(ツール)”だと捉え直すことができました。そして今、映像は多様化しています。それはITなどのテクノロジーの発展によって、情報が氾濫するようになったからです。1日は24時間ということは変わりませんが、情報が氾濫し、個々人の価値観も多様化しているため、テレビCMのような不特定多数に向けた映像の効果は以前よりも弱まっています。
別の言い方をすれば、ひとつの映像が、世界を変える時代ではなくなりました。だからこそ、ひとつの文脈を、その時々の状況や変化に合わせて、様々な映像によって紡いでいくことが、これからの時代より大切になっていくはずなのです。
僕が独学で映像を学んでいく中で知った英語に「Easy come, easy go.」というものがあります。簡単に手に入れたものは、簡単に失うという意味です。映像制作にも当てはまると思いませんか? ひとりひとりの映像クリエイターが、それぞれの文脈をどのような映像によって紡いでいくのか。正解はひとつではありません。失敗を恐れずに、何度もトライして実践し続けることが大切です。あなたが紡ぐ「文脈」で、映像を作っていきましょう。
— 文脈によって、言葉の意味が変わる —
文脈(context)とは
文章や会話、映像など、情報伝達の手段を問わず、情報を正しく理解するための鍵となるのが「文脈」である。例えば「おいしい」という言葉の対象が、高級フレンチなのか、コンビニ弁当なのかで印象や捉え方が変わってくる。そして、文脈を効果的に伝えるための効果的な方法が、ストーリーテリング(物語の伝え方)である。

クライアントの文脈に合わせた画づくり

上は『SAGAMA』ブランドムービーに込められた文脈(伝えたいこと)と、映像のルック(伝え方)を表にしたもの。クライアントワークかオリジナル作品かを問わず、文脈に合わせて効果的な映像表現を用いることが重要となる。
ひとつの映像が、世界を変える時代ではない

かつては新聞、雑誌、テレビ、ラジオという4大マスメディアを使って不特定多数に情報を伝達することが大きな影響力を持っていた。情報が氾濫し、価値観が多様化した現代では、特定の文脈に沿って長期的にコンテンツを発信することが有効である。