ビデオグラファーのためのイベント「Videographer’s Night」。過去9回、東京で毎月開催されてきた同イベントが9月14日に関西地方で初開催された。ここではそのイベントの中で行われたトークセッションの模様を書き起こしする。登壇者はWEBメディアでの動画ルポやドキュメンタリー映像を中心に活動するビデオグラファーの岸田浩和さん。
取材協力◎Vook(http://vooook.com/)
ビデオグラファーになるまで
僕はもともと京都出身で、図のように35歳まで会社員をしていました。そこから独立して映像クリエイターを目指したので、決してキャリアは長くないんです。コネも情報も技術もないけれど、ただ映像をやりたいという気持ちだけがありました。でもやり方さえ分からない…ということで、まずVimeoを見て市販の映像機材を買い、ひとりで編集までやるようになりました。これが「ビデオグラファー」というスタイルに行き着いた原点です。
Cans of Hope from Hirokazu KISHIDA on Vimeo.
最初に撮ったのは2012年、「Cans of Hope」(https://vimeo.com/74058670)という、東日本大震災で被災した缶詰工場のドキュメンタリーです。この時はまだキヤノンのEOS 7Dを買ってまだ4~5カ月しか経っておらず、カメラの取扱説明書を読みながら撮っているような状況でした。ただ、この作品が海外を含めていくつかの映画祭にノミネートされたことがきっかけで、仕事の依頼も来るようになりました。僕は制作会社で働いたりCMを作ったりした経験がないので、最初は「映像の仕事を獲得する」ための突破口を開くのが難しかったのですが、映画祭でのノミネート・受賞経験が僕の看板になり、映像業界に入っていく近道になりました。
今では実写のドキュメンタリー映像を使ったCM制作などもしています。これはGoogleのサービス「Googleマイビジネス」のCMです。最近では京都の料亭をテーマに「Zen Chef “Sakurada”/「桜田」最後の100日」というドキュメンタリーを撮りまして、今年の10月にニューヨークで開かれたフードフィルムフェスティバルに出展して「最優秀短編賞」と「観客賞」を頂くことが出来ました。京都出身だから京都の仕事をしたい、と色々なところで話していたら、こうやって京都をテーマにした作品の企画で声をかけてもらえたんです。
ビデオグラファーが戦える領域
ビデオグラファーが仕事をしていける分野は大きく分けて二つあると思います。ドキュメンタリー映像を使った「広告」の分野と、ウェブニュースなどに掲載する短いドキュメンタリーなど「ジャーナリズム」の分野です。今回は後者についてお話しします。
まず、現在のウェブメディアにおける映像制作のフィールドについて。ウェブ上のジャーナリズムの分野は、大きく分けて「ネットニュース」「ウェブニュース」などと呼ばれる媒体と、古くからある新聞社サイトという二つに分けられます。このようなニュースサイトがいま映像を活用しているんです。
http://www.nikkei.com/video/
これは日経新聞の動画特集ページです。これの元になっているのがアメリカのニューヨークタイムズが運営する「Times Video」(http://www.nytimes.com/video)というサイトで、トップページにニュース映像、その下にジャンル分けされた映像が沢山あるという同じような作りになっています。自社の記者や外部の専門プロダクションが撮影した動画が一日に何本もアップされ、とても充実しています。
http://jp.vice.com/
ウェブメディアの中で最近注目しているのは「VICE」というサイト。ここはひとつの事象や人物を独自の視点で掘り下げるような記事を掲載しているメディアで、ドキュメンタリー映像を目玉コンテンツの目玉にしており、ひじょうにアクセス数が多く成功しています。新聞社系のサイトや通常のネットニュースに掲載される映像は、スマートフォンでの視聴を想定して短く作られているのですが、VICEは8分や15分、中には30分位上のものもあり、映像をしっかり見せる作り方をしているのが特徴です。僕もいくつか記事を書いたり映像を作ったりしているのですが、こういうサイトの出現で、ビデオグラファーの活躍できる場所が広がるのではとも思っています。
次に紹介するのはBLOGOSというサイトで2015年に書いた記事です(http://blogos.com/article/112237/)。安保法案について反対デモが盛り上がっていた時に、国会前に集まり抗議する人々の取材を依頼され、インタビュー・写真・映像・テキストのすべてを自分で担当しました。これはいわゆる「速報系」と呼ばれるニュースで、早ければその日のうちに、遅くとも翌日にはアップするという素早い対応が求められます。
このような案件はWebニュース系のメディアから、取材依頼があるのですが、テキストが主体なのでどうしてもギャラの単価も映像の案件としては安くなってしまいます。質よりスピード重視なので映像はスマートフォンで撮影すればいいというような考えもあり、作品作りを考えるビデオグラファーがここを主戦場として映像の力で戦うのは難しいと思っています。それに、読者は記事と写真のほうに目が行くので、映像まで観る人はアクセス数全体の1/10とも言われています。
同じようなネットメディアでも、ルポや特集など、もう少し掘り下げた記事を載せる媒体もあります。これは2015年に、弁護士ニュースドットコムというサイトで、日本に帰化して区議会選挙に出馬した中国人の方を取材した記事です。(https://www.bengo4.com/kokusai/n_3050/)この李小牧さんという方の書かれた本を読んで興味を持ち、自ら企画を持ち込んで特集記事と映像を掲載しました。
1週間密着取材して2日間編集、選挙の投票が終わってから3日後にアップするというスケジュールです。こういう取材方法だと速報系のニュースと違い、映像制作も含めた取材に見合うギャラを出してくれることもあります。
これまでウェブニュースの映像というのはオマケや補助資料という要素が強かったのですが、映像をメインにして読者もそれを目的にアクセスするという媒体も徐々に増えてきています。映像をウェブに掲載するメリットというのは「長く見てもらえる」ということ。この選挙の記事も、これから選挙があるたびに関連記事としてリンクが貼られるため、アップされた時点でのアクセス数が多くなくても、月日が経って後からまた視聴してもらえる可能性があるのです。
クライアントと自分の双方にメリットがある企画を作る
いま挑戦しているのは、自分の撮りたいと思った映像を映画祭と絡めて作品にし、制作費を取材対象者などに出してもらうという方法です。これはアフリカのナイジェリアで撮影した「Soccer Club in Nigeria Slum」というドキュメンタリー。ナイジェリアでサッカーチームの運営に携わる加藤拓明さんという方がいらっしゃるのですが、加藤さんがフェイスブックに投稿した写真に衝撃を受けて、この方と会ってみたい、一緒にナイジェリアに行ってみたいと思い連絡を取ってみたのが制作のきっかけです。
加藤さんに、何か映像でお手伝いできることはないかとお話を伺っていたところ、チームの運営費をクラウドファンディングで募集するという話を聞きました。そこで僕が提案したのが「クラウドファンディングの告知映像(クライアントワーク)とドキュメンタリー(自分の作品)の二本立て」という企画です。告知映像と合わせてチームの今後をドキュメンタリーにすれば、それが映画祭でノミネートされたり受賞したりした場合にチームのプロモーションになるし、自分のキャリアアップにも繋がるというメリットがあります。そして企画が実り、取材の全面協力と制作費をいただくという形で制作がスタートしました。自分の撮りたい作品を形にするにはお金が必要ですが、こういう方法もあるわけです。
自分の作品を世に出すために、今はまだ試行錯誤の段階で色々なケースを試してみたいと思っていますが、一番視聴者の多いテレビには既存の制作会社の存在や様々なルールがあるため、キャリアのない自分には難しいという現実があります。インターネットには有料で作品を配信するプラットフォームもあるので、そのようなサービスを使って作品を発表するのも今後の課題として考えています。「作品」というと1~2時間の長い映像をイメージしますが、ネットでは短篇も需要があるし、内容が良ければ合う媒体で使ってもらえる可能性があるので、より低いハードルで挑戦していけるのではないでしょうか。
企画を通すためのアドバイス
最後に、企画を通すためのアドバイスをお話しします。作品を世にだすまでには何段階かのハードルがあるのですが、一番大変なのが第一段階目の「私はこういうことをしています、という話を聞いてもらう」ところです。それに必要なのは、どんな作品なのか、何を撮っているのかをひとこと(一行)でまとめることです。これは映画祭のキュレーターにも同じことを言われました。一行でまとめられたら、次に100字くらい、その後に800字くらいの詳細…というように、読んでもらえる文字数が増えていきます。例えば「ハリー・ポッター」シリーズであればあれだけ長く世界観のある話でも「惨めな生活を送る少年が魔法学校に入学し、悪から世界を守るために奮闘する物語」とまとめることができます。これを自分の作品でも説明できるようにしなければなりません。僕が撮っているナイジェリアの作品なら「ドラッグと犯罪が支配するスラムから、誘惑を断ち切りサッカーで海外移籍を目指す選手たちを追う」という感じです。
最後に
映像制作のフィールドは広がっていますが、まだ制作者は多くなく、ここにはチャンスがあります。自分で企画を立てて作品を作っていくというのはビデオグラファーとして魅力的な仕事ではないでしょうか。自分の仕事の売上はまだ85%が広告でドキュメンタリーは少ないのですが、将来的にはドキュメンタリーの比率を上げてそちらを収入の軸にできるようにしていきたいです。また、それと同時に色々なウェブメディアに良い作品が安定して集まることも大切だと思っています。いい作品を育てるだけでなく、「いい作品が集まっているから人がやってくる」というような、いい畑を育てていくようにしたいですね。
◆Videographer’s Nightについて
http://vooook.com/2801
◆同日のイベントで行われた伊納達也氏のトークセッション
http://www.genkosha.com/vs/report/entry/videographers_night_1.html
◆ビデオSALON2016年11月号より新連載「ビデオグラファーという生き方」スタート。
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1599.html