コマーシャル・フォト誌とビデオサロン誌が企画するデジタル一眼ムービーのイベント「Mash up Photo-Video」の第7弾。今回は初の試みで、広告プランナー/プロデューサーを対象とした「EOS MOVIE」の入門編ということで、映像制作会社NAKED(ネイキッド)の大屋友紀雄氏と藤田秀樹氏を講師に迎えてEOS MOVIEによる映像制作の特徴とメリット、EOS MOVIEがどんな映像表現に適しているかについて紹介した。司会はコマーシャル・フォト川本副編集長。
「Mash up Photo-Video」はカメラマンやディレクター、編集マンなど、映像の撮影や編集に直接関わる人を主な対象としてきたが、今回は広告の企画立案に関わるプランナーと、予算から機材のセレクトまで制作の総責任者であるプロデューサーを対象とした。これは、今回の講師であるNAKEDのお二人からの提案でもあった。会場は満席状態だったが、来場者の層はいつもとは少し違っていたようだ。
NAKEDは1997年に設立。映像制作のほか、WEBや紙媒体の企画制作やデザイン、PR業務などを手がける。大屋氏はデザイナー/編集者としてNAKED設立に参加、現在はクリエイティブディレクター、プロデューサー、プランナーとして、CMや映画などの映像作品の制作に関わる一方、執筆活動も行っている。藤田氏は2000年NAKED入社。撮影監督として映画やCM、アーティストPV、企業向けVPなどの撮影に携わり、新しいカメラ機材をいち早く使用したり、既存の枠に捉われないワークフローに積極的に取り組んでいる。
NAKEDのクリエイティブディレクター・大屋友紀雄氏(左)と撮影監督の藤田秀樹氏(右)
ビデオカメラとどこが違うのか
NAKEDの最近の仕事(CM)の上映に続いて、まずは「なぜデジタル一眼でのムービー撮影が増えているのか」という根本の話からスタート。よく言われるのは「民生機だからコストが安い」こと。一面では真実だが、きちんと撮ろうとすれば追加の機材やレンズが必要になり、コストは増える。必ずしも当てはまらないケースがある、ということだ。
次に、ビデオカメラとの違いについて大屋氏が説明。最大の違いは撮像素子の大きさ。撮像素子とは、レンズから入った光情報を電気信号に置き換えるセンサーのことで、大別してCCDとCMOSがある。CCDの長所は色のりが良く、暗い条件に強い、画像の歪みが起こりにくいこと。反面、開発コストがかかり、消費電力が多く、データの読み出しが遅い欠点がある。EOSシリーズが採用するのはCMOSで、開発コストが安く、消費電力が少なく、装置がシンプルなのでボディの小型化にも有利だ。データの読み出しも速く、スミアも出にくい。欠点は暗部の撮影が苦手なことと、動きの速いものを撮ると動体歪みが起こりやすいこと。これはCMOSが上から下に向かって順に情報を読み込んでいくためで、ローリングシャッター現象と呼ばれる。
EOSなどのデジタル一眼カメラは、ビデオカメラに比べはるかに大きな撮像素子を持つ。例えば、ソニーの業務用カメラF900は、ジョージ・ルーカス監督が『スター・ウォーズ』を撮影するために開発されたカメラと言われるが、撮像素子(CCD)が2/3インチサイズ(8.8×6.6mm)で、これが業務用カメラのスタンダードになっている。より小型のハンディカメラでは1/3インチサイズが主流で、最近では1/2サイズも増えている。これに対し、フル35mmのEOS 5D MarkⅡのCMOSは36×24mmもある。
センサーが大きいと、被写界深度が浅くなる。ピントが合う範囲が狭いということだが、これがデジタル一眼独特のボケを生み出し、奥行き感の表現にもつながっている。このボケ味に惹かれてデジタル一眼に手を伸ばす人も多い。また、センサーサイズが大きいということは、同じ画素数なら小さなセンサーよりも画素一つひとつが大きくなり、より多くの光を受けることになる。
ボディが小型で、システムを小さくできるデジタル一眼は機動力が高いように見える。実際その通りなのだが、ボディ形状や操作系はあくまでもスチル用に設計されているため、必ずしも機動性を活かした撮影に最適化されていない面もある。暗い条件ではISOを上げて撮ることも可能だが、大型センサーの特性を活かしてきれいに撮りたいと思えば、やはり照明は必要。「機動性よりも、むしろじっくり撮ることに向いた機材と言えるでしょう」と大屋氏。
それまでの分業体制が変わる
NAKEDでは、撮影の95%がテープレスになっていて、ファイルベースでの撮影・編集になっている。ワークフローが短縮でき、CG合成がある場合は撮影とCG素材の制作を同時進行できる。フィルム上映を行う劇場映画であっても、現在はキネコといってデジタルデータからフィルムに起こす方式なので、デジタルのプロセスを必ず通ることになる。
デジタル編集は作業の効率化が可能な反面、決まったワークフローが確立していない。ポストプロダクションごとに違うのが当たり前だ。特にデジタル一眼は、収録データがH.264というMPEGベースの圧縮ファイルである点にも留意する必要がある。ファイル自体は軽くても、PC上で扱う場合は動作が重く、レンダリングに時間がかかる。
また、デジタル編集は、それまで分業化が進んでいた撮影~編集のフローを大きく変えてしまった。すなわち、ディレクターがPCを使って自分で編集したり、直接自分で撮らないまでも撮影にコミットすることが増えるなど、いったん分業化されたものが再び収束していく流れが起こっている。大屋氏は「仕上がりイメージが最もよく見えているディレクターの責任の範囲、ディレクターがコントロールする範囲が広がっている」と説明した。コンポジット(合成)が前提なら、それに合わせた撮影を行わなければならない。デジタル一眼でレンズワークを駆使しようとすれば、それぞれのレンズの特性まで理解しておく必要もある。
さらに大屋氏は出版におけるDTPによる制作フローの変化を例に挙げ、「DTPによって編集者に撮影やデザインのスキルが求められるようになった時と同じで、データを扱う仕事にはテクニカルなスキルも求められるようになる」と続けた。それはプランナーやプロデューサーも例外ではない。藤田氏は「クオリティコントロールの面から、企画立案時にどんなテクニカルスキームを立てるかが大切で、プランナー、発注側にそれが見えていないといけない」と述べた。
制作物のアウトプットの変化も見逃せない。例えば、WEB用に作ったコンテンツが劇場用にも展開されるといったことが平気で起こり、そうなると画質やフォーマットの問題が出てくる。今やモバイル用デバイスで映画を観る時代。これまでとは違うサイズ、距離、矩形で見られることも視野に入れておく必要がある。こうしたアウトプットのチャンネルの広がりはプロデューサー、プランナーにとってひじょうに重要なことだ。
圧縮技術の発展に注視すべし
EOS MOVIEを中心にデジタル一眼ムービーの台頭が引金となって、ビデオカメラの撮像素子の大型化が進んでいる。元データとしてはひじょうに大きな映像が撮れるようになったが、ポスプロがそれについて来れない状況も生まれている。加工やレンダリングに時間がかかりすぎるためだ。また、フルHDカメラで映像を撮るアマチュアと、圧縮データがイヤで未だDVテープでSD映像を撮ることが多いプロとで画質の逆転現象も起こっている。
そこから、「データの取り回し」の問題に話題が進んだ。データは圧縮か非圧縮か、ローレゾナンスかハイレゾナンスか。これまでは高画質と編集時の扱いやすさで、ずっと非圧縮・ハイレゾを基本に考えられてきたが、EOS MOVIEは圧縮データだ。今後、ファイルが巨大になるが扱いやすい非圧縮で行くべきか、扱いが面倒だが小さくて軽い圧縮データで行くべきか。それは、HDDのさらなる大容量化とプロセッサーの処理能力の進化が速いか、圧縮技術の進化が速いかで決まる。「どっちが速い?」という大屋氏の問いかけに藤田氏は「今は圧縮技術の進化のほうが速いです」
HDD容量とプロセッサーの進化が速いなら、これまでの延長線で非圧縮・ハイレゾで進めばいい。しかし、ここへ来てPCで元データを取り回す速度が思うように上がっていないのが現状。「最近は動画共有サイト等でもHD画像がバンバン流れている。それだけ圧縮技術が進歩してきています。今後はPCのハイスペック化よりも、コーデック技術の進化を注視していくべきでしょう」(藤田氏)
圧縮技術はメーカーごとにいろいろあって複雑だ。多くの相手と仕事をしていくには、さまざまなコーデック形式に対応していく必要がある。NAKEDにはコーデック担当者がいて、多様なコーデックへの対応が可能になっている。では今後、複雑化しているコーデックは統一されていくのか? 統一はされないだろうというのが、二人の一致した見解だ。ワークフロー全体を含め、「業界標準」を作るのは困難。よって、多用なコーデックに対応し、扱いに慣れていくことが必要とも。
「会場がアップルストアだから言うわけではないですが」と前置きしつつ、EOS MOVIEにおけるFinal Cut Proの優位性に話は及んだ。編集ワークステーションはハードウエアの価格も高いが、相当のトレーニングが必要でそのための時間とコストもかかる。一方、FCPは導入コストやトレーニングコストもはるかに安い。「学生の時から触れている人も多いし、バージョンが違ってもGUIに統一性があって使いやすいから、習熟のための時間が少なくて済む分、ディレクションに時間と手間をかけられます」(藤田氏)。EOS MOVIEのH.264ファイルをFCPのコーデックであるProResに変換して読み込めるプラグインも出て、FCPとEOS MOVIEの親和性は相当に高まっている。
ローコストでハイエンドに触れる
今後はプランナーやプロデューサーにも一定の映像スキルが求められる。それにどう対応していくのか。ボディと基本レンズ一式が50~60万円から揃うEOS MOVIEは、「参入障壁」が低い。ただ「安い」からいいのではない。今後ハイエンドも視野に入れると、EOS MOVIEはそれに近いものにローコストで触れておくことができ、DeckLinkなどのコンバーターをつなげばハイエンドでも扱えるなど、ハイエンドとは地続きになっている。EOS MOVIEの普及は「それまで分断されていたハイエンドとローエンドがつながってきた」(大屋氏)という状況も作り出している。
デジタルワークフローは変化のスピードが速い。細かな技術を習得するより、大括りな技術トレンドを把握することが大切だ。統一的なすっきりしたワークフローが望めない以上、「不安定さ」とうまく付き合うことも必要になってくる。広告を前提に考えると、これまではメディアが決まっていたが、最近はメディアありきではなくなっている。「まず“何をやりたいか”があって、そのためにどのメディアを組み合わせるか。CMだけでいい、Webだけでいいという割り切りはできにくくなっています」(大屋氏)。
こうしたクロスメディアの流れは、それぞれの仕事や責任の範疇が広がって重なり合う状況を生み出している。プランナーやプロデューサーが映像づくりにコミットしていく機会は今後増えるだろうし、視聴環境の多様化を前提に企画立案をしていくには映像への技術的な裏打ちも不可欠になってくる。「これからは“畑違いだから”という言い訳は許されません」という提言で、二人の話は締めくくられた。
NAKEDホームページ
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