1月25日、デジタル一眼ムービーの魅力と可能性を伝えるイベント「Mashup Photo-Video」の6回目がアップルストア銀座「アップルシアター」で開催された。「ビデオサロン」と「コマーシャル・フォト」の主催で、今回のテーマは「写真の感覚を大事にしながら撮るEOS MOVIEの秘訣」。広告などでは不可欠なシズル撮影を題材に、スチル写真側からのアプローチを中心に話が展開された。
このイベントにはいつも多くの来場者が詰め掛けるが、これまで少なかったスチル寄りのテーマということもあってか観客の出足は早く、開始15分前にはすでに満席状態で立ち見が出始めた。最終的に定員の倍近い約150人もの来場者が集まり、終始会場は熱気一杯だった(ご来場ありがとうございました)。


Mashup6-2.jpg
宮原康弘さん(左)と山本久之さん
今回の出演はフォトグラファーの宮原康弘さんと映像エンジニアの山本久之さん。宮原さんはアマナグループの広告写真を中心としたクリエイター集団「アキューブ」の代表を務める。山本さんの肩書きはちょっと耳慣れない人も多いかもしれないが、撮影からポストプロダクションまでの作業の流れを技術的にサポートして「交通整理」する役割だそうだ。
まずは、宮原さんが撮影し山本さんがテクニカルディレクターを担当した「SUCRE」という約3分のムービーを上映。これは「コマーシャル・フォト」2010年1月号の記事のためにオリジナル制作したもので、スイーツをモチーフにした「シズルカット」で構成された作品。カメラはEOS 7Dを使用したが、「スチルの感覚を大事にして撮影に臨んだ」と宮原さんは話す。ちなみにシズル(=SIZZLE)とは、肉などの焼けるジュージューという音を英語で表した擬音。転じて、食べ物の味わいを想像させる写真や映像のことを指す。

powerd_by_pixwork.jpg宮原氏がEOS 7Dで撮影し、Final Cut Proで自ら編集したムービー作品「SUCRE」。1280×720ピクセルで仕上げてある。3分4秒。※プレーヤーのボタンでフルスクリーン再生
EOS UTILITYを活用して普段の写真撮影と同じように動画を撮影する
宮原さんはもともとスチルでシズルカットを数多く撮っているが、最近ではCMでもシズル用のカットを依頼される機会が増えている。シズルカットの場合、スチル撮影でも「止まっているものを撮る」のではなく「動いているものを止める」撮影になる。CM撮影には通常はシネカメラを使用するのだが、シネカメラは大きくて思い通りの位置に据えるのに一苦労する。その点、EOS 5D MarkⅡや7Dははるかにコンパクトで、ボケを活かしたシネカメラに近い画質が得られる。このボケ味はシズル表現にとって重要なファクターだ。
ムービーの現場で5D Mark Ⅱを使用する際は、マットボックスやフォローフォーカスをレンズに装着するケースが多く、業務用HDモニターへの出力用に信号変換アクセサリーが必要になるなど、けっこう大掛かりになる(それでもムービーカメラよりはるかにコンパクトなのだが)。しかし、ムービー撮影でもスチルカメラを使用するのだから、機材はなるべくスチルのものを使いたいというのが、スチル出身のムービーキャメラマンのホンネだろう。宮原さんは「スチルの人はムービーの現場でも、フォーカスマンに任せず自分でフォーカスを追っかけているし、もっと手軽に機動性が活かせるようにしたかった」とマットボックスもフォローフォーカスも使用せず、ほぼスチルと同じセットで臨んだ。照明だけはストロボではなく定常光が必要なので、HMIライトに変えている。
スチル撮影の感覚とノウハウを活かした今回のセットの最大の特徴は、HDモニターがない点だろう。山本さんにとって、今回が初めてのEOS MOVIEの現場だったが、いつもならスタッフが一番気にするのがモニターをどこに置き、どういう設定で映像を出力するかだという。それをあえて使用しない代わりに、Macを持ち込んでそのモニターにライブで映像を出している。カメラとパソコンをUSBでつないで、EOS同梱のEOS UTILITYというソフトを立ち上げると、パソコンでカメラをコントロールすることができ、リモートライブビュー画面でヒストグラムを表示して露出を確認することが可能となる(動画の録画中はヒストグラムは表示されない)。
プロのフォトグラファーの間では、スタジオで写真を撮る場合にパソコンとカメラを連結して、パソコンのモニターで確認しながら撮影を進めるのが当たり前のスタイルだが、その方法論をムービー撮影にも応用しているのだ。
Mashup6-4.jpg
現場に置かれたPCモニターの説明。左がリモートライブビューで、これでヒストグラムの確認もできる。右はクリックホワイトバランス画面。
EOS UTILITYは、画面上から録画のスタート/ストップができ、1カットテスト撮影してそれをもとに明るさや色味などいろいろな確認が行える。マウスポインターを動かすと、その場所の明るさなどの情報が表示されるのは便利だ。録画を停止するとすぐファイルの転送先を聞いてくるので、パソコン上の任意のフォルダを指定すると、動画ファイルの転送が始まる。EOS UTILITYは、実は写真撮影ではプロはあまり使っていないアプリだが(宮原さんはサードパーティ製のキャプチャソフトを使用している)、「EOSでムービーを撮るなら、これが一番簡単に、きちんと作業ができると思う」と宮原さんからレコメンド。
シズル撮影では60pのハイスピード撮影が有効
今回の作例は60pで撮影して、30pで再生している。これにより1/2倍速のスローになって、クリームやソースが流れ落ちる動きがトロリとして、シズル感が演出される。ここには「注視しているもの、頭の中に残っている映像はスローで記憶されている」という宮原さんの理論があって、等速で再生したのでは早いと感じてしまう。時間を倍にのばして再生することで記憶の中の映像に近づき、しっくりくるのだとか。
少し前までは60pで撮れるカメラといえばバリカムなど一部のものだけで、一般にはノーマル速度で撮影して編集時にスロー再生、という手法がとられていた。RED ONEの登場以降、ようやくハイスピード撮影が行われるケースが増えたが、EOS 7DやEOS-1D Mark Ⅳは60pに対応しており、瞬時に判断して切り替えられる点が便利だ。
これまでのシズル撮影は、フィルムのシネカメラで撮影コマ数を上げて撮っていたが、どの速度で撮るのかはほとんど勘に頼っていたし、結果もビジコンで見てみるくらいしか確認の方法がなかった。それに比べると、EOS MOVIEの60pは2倍のハイスピードとはいえ、現場で確認しながら撮影できるのが大きな利点だ。
なお、60pで撮影するとフルHD(1920×1080)ではなくなる。デジタル放送の素材とするには拡大は必須だが、従来のテレビ放送規格であるNTSCよりは大きいので、4:3の画像をアップコンバートしたときのような甘い画像にはならない。被写体によってはフルHDとの差が明確になるが、シズルでは液体とか湯気といったやわらかくぼんやりした質感のものがメインなので、そうした問題は少ない。
撮影したその場で、秒間60フレームを30フレームにして効果を確認する際は、Final Cut Studioの構成アプリの一つである「Chinema Tools」が便利だ。フィルムの24フレームを30フレームに変換する橋渡し用のアプリだが、QuickTimeがベースにあって、ムービーファイルに含まれるメタデータを書き換えることができる。再エンコードがかからないため、レンダリングに時間がかからず一瞬で作業が終了する。
スチルとムービーの設定の違い
宮原さんは現場でカメラの設定に時間をかけたという。もともとスチルカメラであるEOSシリーズは、動画のカメラに比べて、画像のコントラストとシャープネスが高い。しかし、コントラストが高いとトーンが硬くなりすぎるし、シャープネスが高いとノイズやジャギーが目立ってしまうので、カメラの設定で工夫する必要があるのだ。
まずコントラストについて。動画では「編集」という作業が必ず入るので、その時にすべてのカットをまとめて調整できる幅が必要となる。つまり撮影の段階では、なるべくダイナミックレンジを広く撮影し、コントラストは低めにしておいたほうがよいのである。宮原さんは、ピクチャースタイルの設定画面でコントラストを一番低くしているそうだ。
スチルとムービーでは、最終的な媒体の特性が異なっていることも忘れてはならない。スチルは印刷物やプリントなど反射光で見るが、ムービーはモニターなど透過光で見る。プリント(印刷)と比べて、モニターで表現できるダイナミックレンジは非常に狭いので、ハイライトなどがクリップしないようにコントラストを低くしておくのだ。

Mashup6-5.jpgEOSシリーズには、写真(JPEG)の画作りをカスタマイズできるピクチャースタイルという機能がある。動画撮影時にもこの機能は有効で、積極的に使いたいところだ。

次にシャープネスについてだが、スチルの場合は画素数が大きいためジャギーなどが目立たないが、HD動画はせいぜい200万画素程度なので結構目立ってしまう。EOS 7Dの30pは1920×1080=約207万画素、60pにいたっては1280×720=約92万画素しかない。当然、画素数の小さい60pの方がジャギーが目立つので、30Pよりもさらにシャープネスを低くする必要がある。このシャープネスの設定も、ピクチャースタイルで調整できるようになっている。
そのほか、カスタムファンクションの「高輝度側・階調優先」は、動画の場合は常にオンにしておいたほうがよい。オフにするとハイライトが白飛びしやすくなってしまうという。
ここで、EOS-1D Mark Ⅳを用いて、蝋燭の灯りのみを光源として撮影した映像を上映。1D Mark Ⅳの常用感度はISO100~12800まで拡大し、さらに感度拡張機能でISO102400まで拡張可能。作例はISO3200~12800を使用していた。全体にオレンジがかって見えたが、ディテールはきちんと見えている。12800だとややノイズが目立つが、3200だとあまり目立たず、しかも充分な明るさが確保されている。
ノイズうんぬんよりも、今まで撮ることができなかった条件での撮影が可能になり、見たことのない映像が撮れる可能性がひろがった、と二人は感想を述べ合った。そもそも、これまでは映像の世界ではISO感度という概念は存在しなかったのだが、ここへ来て映像でもISO感度が語られるようになっている。それにしてもISO3200という数字は映像の世界ではありえなかった、と驚きを隠さない。
モニターの色温度とガンマの問題
ここからPCモニターの色温度設定の話に。印刷が前提となる商業写真の場合、モニターの色温度は5000Kに調整すべきと言われている。Webの場合は、一般的なパソコンモニターで見ることが前提となるので、sRGBの規格である6500Kに調整したモニターで色を確認する。そして肝心の映像業界だが、日本ではNTSCの頃の習慣から、いまだに9300Kのモニターで確認しているが、デジタル放送の規格上は6500Kのモニターで色を確認するのが正しいという。
山本さんによれば、PCでの作業段階はすべて6500Kでいいが、テレビ放送用コンテンツの最終確認はPCモニターではなく9300Kのビデオモニターで行うほうがよいとのことだ。
img_products_dslr_mashup6_4.jpg
なお、ガンマ値はビデオやWindows PCは2.2で、Macは長らく1.8が使用されてきたがOS X10.6 “Snow Leopard”から2.2に変更された。これはアップルのスタンスが印刷メインから映像メインへと足の置き場が変わったことの表れと言えるかもしれない。よく、Macで作った画像がWindowsで暗く見えるというのは、このガンマの違いによるものだ。当然、Mac OS X 10.5以前と10.6で見え方が違う問題は発生する。
システムが混在している場合やっかいだが、Mac OS X 10.5でもFinal Cut Studioがインストールされた環境であれば、FCS上で見ているものは自動的にガンマ2.2で見えるようになる。また同様に、FCSがインストールされていれば、QuickTime Playerでもガンマ2.2で見ることができる(QuickTime Playerの環境設定で「FCSとの色の互換性を有効にする」にチェックを入れておく必要がある)。
このあと、定常光の話やファイルのProRes変換などの話に触れ、最後に質疑応答。来場者から活発な質問が出て、少し時間オーバーとなったが、盛況のうちに終了した。
img_products_dslr_mashup6_5.jpg
動画の撮影では定常光が必須。ブロンカラー社の「Broncolor HMI 585.800」はCMの現場などで使われるHMIライトに比べると小型で、プロ用ストロボとほぼ同じ大きさなので、フォトグラファーにとって扱いやすい機材である。ライトスタンド等のアクセサリーは写真用のものがそのまま使える。
関連記事
Shuffle by COMMERCIAL PHOTO デジタル一眼ムービー特集ページ
キヤノン EOS MOVIE スペシャルサイト