元ソニーの小倉正二さんがアイ・ディー・エクスに転職していたことは、こちらでご報告した。小倉さんと言えば、ソニーで開催されていた「正ちゃんセミナー」の人気講師。1990年代から、その本音の「トーク」を聞いてソニーの業務用映像機器を買った人もきっと多いことだろう。その小倉さんが、バッテリーメーカーのアイ・ディー・エクスに転職。長年、映像制作機器を見続けていた小倉さんに、個人的にそのビデオ半生記を訊いてみたかったし、ソニーをやめた今だからこそ言えることもあるのではないかと思い、取材をお願いしてみた。また、これからアイ・ディー・エクスでやりたいこと、そしてこの業界はどうなっていくか、などなど2時間にわたってお話を伺った。(前編)


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ビデオサロン◎アイ・ディー・エクスに入社されたのはいつでしたっけ?
小倉◎去年(2015年)の5月ですね。
ビデオサロン◎今はアイ・ディー・エクスの中でどんな立場で仕事をされているんですか?
小倉◎入社するにあたって、ビジネス推進統括という新しい部署を作ってもらって、その下には企画マーケティング部と市場開拓部があります。すぐそばに技術者がいますから、彼らと相談しながら、商品企画をして新しいものを生み出す部署ですね。自由に動ける立場でやらせてもらっています。
ビデオサロン◎小倉さんとは旧知の間柄ではありますが、現在のお仕事のことだけではなく、今に至るまでの道のりを、個人的なことから、技術的なこと、これからの業界のことまで、根掘り葉掘り聞いてみたいと思います。
小倉さんは何年生まれですか?
小倉◎1961年生まれです。あはは、もう55歳ですよ。
ビデオサロン最初に入ったのはソニーなんですか?
小倉◎そうです。ソニーしか受けなかったです。1983年かな。
ビデオサロン◎最初は厚木(ソニーのなかで放送業務用機器を開発しているのが神奈川県にある厚木テクノロジーセンター。業界では厚木で通じる)ですか?
小倉◎そうです。目玉が作りたいって言って入ったんですよ。
ビデオサロン◎目玉?
小倉◎センサーですね。CCDですね。
ビデオサロン◎1983年というと、CCDはどんな段階ですか?
小倉◎業務用はまだですね。本当に出始めです。私自身大学時代にエレクトロルミネセンスを研究してたんですね。エレクトロルミネセンスって、当時は体に悪いやつばっかり使ってたんですよ。粉末だし、放射線を浴びさせたりとか、いろんなことをやっていた。それで、映し出すほうもいいけど、目玉ってとってもいいなと思いまして。受けた会社はソニーしかなかったんですけど、CCDを作らせてほしいと。そのとき、試験官が南雲さんというCCDの親みたいな人で、その方が、「小倉さんは回路図かけますか?」と言われたんで、書いたんですね。2段増幅回路。そうしたら、「ああ、じゃあ、フィードバックループの話とか分かるんだ」と言われたので、「分かりません」と答えたら、「回路を勉強しておくように」と言われて。あー、回路できなかったら、これは落ちたなと思ったんですね。今から思うと落ちたなと思ったのに他は受けなかったのですから、能天気な学生でしたね。そうしたら、何のことはない、受かりました。でも、カメラ設計の部署に入れられてしまったんですね。
ビデオサロン◎カメラ設計に配属されたのは何か意図があったんですかね?
小倉◎どうしてでしょうね。昔からカメラが好きでLPLの引き伸ばし機とか使って、女の子の写真とか焼いていたので、そういう話をどこかでしたのかなあ? そういうこともあったかもしれませんけどね、たぶんですよ。
ビデオサロン◎当時から一眼レフとか使われていたんですか? ビデオは黎明期ですよね。

学生の頃、ソニーの国分工場に勝手に見学に行った

小倉◎当時、ビデオはとても高くて手が出ませんでした。私の高校時代は一眼レフを買うお金はなくて、オリンパスのコンパクトカメラを使っていまして。それも親にねだってやっと買ってもらったもので。でも映像は好きでしたね。
思い返してみると、学生の頃から、目玉には興味があって、そのころ、ソニーは国分工場(鹿児島)でCCDを作っていたんですけど、私自身、宮崎だったので、国分工場に押しかけていって、見学会なんてやってないのに見学したいって。まあ、学生だからなって大目にみてもらったんでしょうね。
ビデオサロン◎カメラ設計に入ってみてどうでしたか?
小倉◎入った当初は、CCDではなく、チューブカメラだったんですね。DXC-3000というカメラの開発が始まっていた。最初はチューブで設計していましたが、当時のCCDは性能が大してよくなかったけど、便利ということで市場に食い込んでいった頃で、これからはCCDだなということで途中でCCDに変わったんですよ。私自身は最初は小さいOEMのカメラを担当していたんですが、お願いして次のM7の設計に加わらせてもらったんです。技術力はないくせに言うことだけは言いますから(笑)。
M7も最初はチューブカメラとして作っていたんです。ところが部長がNABに行って帰ってきた瞬間に、「チューブはやめだ、CCDにしろ」と。当時、池上(通信機)さんはチューブカメラを作っていたし、まだまだチューブカメラを作るぞ、という感じだったんですね。当時、流れの分からなかったペーペーの私たちは、「なんだよ、いきなり」という感じで毎日ヤケ酒を飲んでましたね。

ビデオサロン◎
でも、部長の判断は正しかったわけですね。
小倉◎めちゃくちゃ正しかったですね。先見の明があったんですね。
ビデオサロン◎その後、1980年代はずっとカメラ設計をやられていたんですね。
小倉◎そうです。約10年間やってたんですよ。ある時、上司から、「小倉、おまえ、ヨーロッパかアメリカか、それとも日本にいくか」と言われたんです。何のことかと思ったら、カメラのことが大好きで、技術力もある程度あって、カメラのことがわかっている人間を、3地域にマーケッターとして派遣しようという動きがあったんです。私は設計大好き小僧だったので、いやだと断ったんです。今やっている仕事がまだ1年くらい続くからやりとげたいと。そしたら、わかった。じゃあ、やりとげたら行きなさいと言われて。アメリカ、ヨーロッパは英語ができないといけないのですが、私は英語がほんとにダメでして、うちの親が高齢だとか理由をつけて日本を離れたくない、と主張しまして。結局、日本のマーケティングに行くことになりました。
ただ、マーケティングの「マ」の字も分かっていなかったんです。でも、なぜかマーケットシェアが6割を超えると業界が衰退していくという言葉は知っていて、じゃあ6割がマックスだから6割を目指そうと思ったんです。
そうするためには、どうしたらいいか。営業の人間に伝えてもうまくいかないなあと。じゃあ、各所で新商品の導入会をやろうということで、そこでセミナー活動が始まったんです。それが「正ちゃんセミナー」というものの走りだったんですね。
ビデオサロン◎マーケティング担当者がセミナー活動するというのは、なかなかないですね。異色なのは、技術者出身の人がセミナーをするというところです。そもそも技術者でそんなに弁が立つ人、あまりいませんから。

技術も分かる、現場感覚も分かる

小倉◎とにかく、土日も使って、一人で行って。
大阪の量販店の店頭で、業務用のビデオ製品をセミナーをやりながら売ったこともあります。やらせてくれといった自分も自分ですが、でも、それでもそこに積んであった6台とか7台のカメラがその日のうちに売れていくんですよ。バブリーだったんですね。それで小倉がセミナーをやると売れるってことになったんです。そこで、いろんなお店や特約店からセミナーをやってほしいと言われて。1年間で日本を3周から4周していましたね。
ビデオサロン◎製品としてはどのくらいの時期ですか? DVCAMの出始めのころ?
小倉◎その前のHi8のEVW-300とか、まだベーカムの世界ですね。EVW-300はテープ媒体でいろんな問題があって、その後継機があったんですが、アメリカ、ヨーロッパでは売ったんだけど、日本では私が売りたくないって言って売らなかったんですよ。要は日本だけボイコットしまして。
そこで、事業部のほうから「小倉に気に入られないと、あいつ売らないぞ」という感じになって、商品企画初期の段階から加われるようになったんです。そこで、企画力も身に付いていったと思います。私の強みは、カメラの技術が分かっていることと、実際にカメラが使われる現場の感覚の両方が分かっていること。そういった複数の柱をもっていることだと思います。
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▲1995年9月号のビデオサロンより。ソニーとのタイアップ記事。当時は熱心なアマチュアはベーカムを使っていた。前半のページでは、読者の中から面白そうなベーカムユーザーを探し、取材に行き、その活動をレポート。後半は、そのカメラを設計した技術者も現場に行き、ユーザーとカメラや撮影について話をするという企画。この後半のほうのアイデアを出したのが小倉さんだったと記憶している。
ビデオサロン◎大きい会社になると設計と現場は乖離してしまいますね。そこを結びつけるような人材が必要だと思うことは確かに多いです。
小倉◎現場感覚の大事さは、ソニーでもここ(アイ・ディー・エクス)でも強く言っていて、設計者というのは、アグレッシブな設計をするんだけど、技術者の性分として、自分の技術の外に出るのを嫌うんです。自分もそうでしたから分かるんです。自分の知っている設計、自分の持っている技術の延長上にある設計を習得することはできる。でも、まったく違う技術を導入するのは、相当ハードルが高いんです。
でも、市場や現場の要望を知っている現場感覚をもったマーケッターから「こういうのが売れるよ」と言われたときには、こういう商品というのがまず先にあって、それを具現化するためにはこの技術が必要、というように順番が逆なんですね。そうなると、仕方がないので、技術者はその技術を習得せざるを得ない。そうしていくと設計もスキルが上がっていくんです。
ビデオサロン◎ちょうどDVCAMが出始めたタイミング(1996年頃)、この分野におけるソニーの躍進が始まりますね。
小倉◎もう圧倒的ですね。そのときにアメリカ、ヨーロッパ、日本の現場に3人がいって、3人とも、伸ばしたんですね。たまたま伸びる時期に3人が行ったとも言えるかもしれませんね。波に乗っていた。
ビデオサロン◎設計から出た3人はまた設計に戻すという意図はなかったんですか?
小倉◎アメリカに行っていた先輩は、一回設計に戻ったんだけど、マーケティングのほうが楽しくなっちゃったんです。半年でまたアメリカに行く。ヨーロッパに行っていた人間は設計のリーダーになったんですけど、まあ、技術がついていけなくなっているということもあって、結局彼もマーケティングのほうが楽しいということもあって、また出てしまう。
一番若かった私は、企画に来いと言われたけど、企画は英語ができないといけないし、マーケティングのほうが楽しいから、マーケティングに残ったんです。それどころか、今までは事業部(ソニー)からの出向だったんだけど、それを切ってくださいと言って。おまえ、本当に馬鹿だなあと言われましたけどね。でも、事業部のために現場にいるんだという感覚を強くもっていましたね。
ビデオサロン◎メーカーにとって一番重要な部分かもしれませんね。
小倉◎技術とマーケティングがわかっていると、「トーク」が作れる。それは強いなあと思っています。
ビデオサロン◎実際に小倉さんはカメラも使っていたし、ブライダルも撮影されていましたよね。
小倉◎やっていましたね。暇があったら撮影してました。新商品は家に送ってもらって、これで運動会やお遊戯会を撮ってました。FS700が出たときにはそれでスローを撮ったりね。今日は会社に行きません、新しいカメラで子供たちを撮るんで、これ仕事ですから、有給休暇じゃないですよ、業務ですよと。よく会社も認めたと思うけど、自由に動かしてもらったのはありがたかったですね。

自社のカメラの欠点もあえて言う

ビデオサロン◎あと、小倉さんトークで特徴的なのは、そのカメラの欠点のところも指摘していた。なかなか自社のカメラのイマイチなところを言う人はいません(笑)。
小倉◎自分のベースにあるのはあくまで現場感覚。お客様がベネフィットを感じないとダメだと思うんですね。だから、メーカーのエゴで、作ったものをごり押ししてもダメなんです。お客様が喜んで買ってもらわないといけない。そのためにはいいところも悪いところもすべて伝えなければいけない。
お客様だったら、他社との比較もするでしょう。比較するまでもなく、いいところ、悪いところは知ったうえで買っていただいたほうがいいんです。だから、私は他メーカーのカメラも使うんです。そうすると、これは凄いなあと思うものがある。たとえば池上通信機の方がパナソニックにいって作り上げたカメラがあったんですが、これはソニーが負けたなあというのがあったんです。そうすると、ソニーの人間としていいかどうかは置いておいて、展示会なんかでも、もっといいカメラが欲しい人は、高いけれどもこれがいいよ、という発言をしてましたね。そういうこともあって、事業部には2、3回土下座に行きましたけどね。
ビデオサロン◎え~!(笑) 誰かブログとかに書いてしまうんですね、小倉さんがこんなこと言ってたよ、と。
小倉◎でも、お客様は悪いところまで知ったうえで買うと納得してくれる。メーカーがこの部分は未熟なところだということを知ってることで安心感もある。つまり分かっているけど今回どうしようもなかったというところは絶対にあるんです。世の中に完璧な製品なんてものは1機種もなくて、かならず落ち度はあるし、ある価格の中で作らないといけないから、どこか妥協しているところはある。それは正確に言うべきなんですね。
ビデオサロン◎なかなか言う人はメーカーにはいません。
小倉◎僕は言うべきだと思っています。言うことによって、お客様も納得するし、設計も次回は言われないように頑張ろうと思う。今は、これだけの情報社会ですから、メーカーが発信する前に誰かがブログとかに書いてしまうほうがネガティブだと思います。

「トークを作る」ということ

小倉◎あと、製品には使われる用途がはっきりとあるんです。たとえば我が社のワイヤレスビデオ伝送システムのCW-F25(下の写真)ですが、これを制作用に使いたいという方がいらっしゃったら、「これは制作用ではないから買わないで」と言い切ってしまう。「制作用であればCW-7とかCW-3や、他社にももうちょっといいものがありますよ」と言い切る。
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逆に報道とかイベントとか、リアルタイムで長距離飛ばしたいとか、これでインカムやりたいとかいう人にはぴったりですよ、とおススメします。そもそもH.264で圧縮しているからディレイもあるから制作用(CM制作など)じゃないですよ。これは電波がとぎれたら真っ黒にならずに音だけは聞こえて画はフリーズになる。だからコンセプトが全然違うんですよ。だから間違わないで買って欲しいということを伝えるんです。
すべての製品には意味があり、開発者も意図がある。メーカーの意図を共有することがとても大事だと思います。
商品のスペックの羅列をしてもしかたがない。ましてやいいところだけ言っても仕方がない。一番大事なのは、この商品がどういうかたちで、どういうコンセプトで、どういうポリシーで作られたかということをよく知って、伝えることです。
ソニー時代のときもそうですが、「トークを作る」ときに、わたしがよくやるのは、設計者にヒアリングにいくんですね。苦労話とか全部聞きます。もちろん、自分で仮説を作り、それが覆ったり、立証されたりするんだけど、ヒアリングするなかで、トークがつくられていく。
設計者も想像しているだけで、現場でどうやって使われているか、わからないんですね。知れば、これはこうだな。最終的にどういうアプリケーションで使うのがいい、というのを見極める必要がある。そこはすごく思いますね。
(次回に続く)
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