映像編集者のリアル
〜クリエイティブの “余白” で演出する編集者たち〜
第1回
『バクマン。』『SCOOP!』編集
大関泰幸[前編]
この連載では、作品のクオリティを左右する重要なポジションであるにも関わらず、普段なかなか紹介されることのない映像編集者たちの"リアル"に着目し、制作過程や制作秘話、編集にかける思いなどを前後編の2回に分けて聞く。1人目の編集者は、ディレクターとして映像作品の監督・撮影・編集を行う一方で、大根仁監督作品の編集を手掛け、2016年に日本アカデミー賞の最優秀編集賞に輝いた大関泰幸さん。
写真=中村彰男 取材・構成=トライワークス
プロフィール
大関泰幸・おおぜきやすゆき/1978年生まれ、茨城県土浦市出身。2002年に武蔵野美術大学映像学科を卒業。フリーランスの映像ディレクターとしてGRAPEVINE、椎名林檎らアーティストのMVを手掛ける。2013年の『恋の渦』で大根仁監督と初タッグ&映画初編集。『バクマン。』で第39回日本アカデミー賞で最優秀編集賞を受賞した。
大根監督は編集に音楽が必要なことが分かってる
―― 映画の編集をする場合、監督とはどんなやり取りをされますか?
撮影が始まって、素材がちょっと溜まってきた段階で編集を始めます。ある程度つなげて監督に送って見てもらいながら、新しく届いた素材をつなげていく…の繰り返しですね。撮影が終わった段階で、編集で全体像がどうなるか分かる状態になるのかな。そこから監督の要望に応えて、指示してもらった箇所をどんどん直していく感じです。大根さんみたいに、編集に2~3カ月かける監督は、あんまりいないと思います。
―― 監督と感覚を共有していないと、編集はなかなか難しそうですね。
それはありますね。大根さんとは映画はもちろんなのですが、音楽、漫画の嗜好が割と近いというか、目指す場所のセンスは割と近いと思います。現場と違い、1対1の作業なので、このセンスの共有ができているかいないかは、作品の出来にだいぶ関わってくると思います。あと、大根さんはカメラを2~3台回すので撮る素材が膨大で、編集としてはつなぎ甲斐がある…大変ですけど。
―― 大根監督作品の編集で、印象に残っている作品は何ですか?
『バクマン。』ですかね。階段で佐藤健と小松菜奈がすれ違うシーンと、漫画家たちが連載を目指して切磋琢磨するモンタージュのシーンは、良い編集だなと思いますね。あと、『バクマン。』は音楽もすごく良い。大根作品の場合、劇伴が届くタイミングがすごく早いんです。普通は映像を全部つなぎ終わってから音楽を付けている場合が多いと思いますが、大根作品は基本的に音楽も同時進行だから、最終的にできあがったものにブレがないというか…。そういう点で、大根さんはほかの監督より進んでるんじゃないかと思いますね。あらかじめ編集に音楽が必要なことを分かってる、それがすごく良いなって思います。
―― 大関さんは大根作品で映画の編集を本格的にスタートしましたが、それ以降、ほかの作品の編集も気になるようになりましたか?
なりましたね。最近観た映画で編集がすごいと思ったのは、『永い言い訳』(16)、『怒り』(16)、『20センチュリー・ウーマン』(16)とかですね。あと、ジョン・カサヴェテス『フェイシズ』(68)の編集は昔からすごく好きだったなあ。編集という観点だけで見ると、カットがきれいにつながっているというよりは、少し違和感が残るようなものが好きです。うまく言えないですが、どのようにカットがつながっているかもう一度観たくなるようなつなぎですね。
『バクマン。』の編集は死ぬほど大変でした(笑)
―― 大関さんは映画のほかに、ドラマ作品の編集やMVのディレクターも手掛けられています。それぞれのメディアで編集に違いはありますか?
それは全然違います。基本的にMVにはセリフがないので、どんなつなぎ方をしてもある程度成立する。あと、MVは音楽を輝かせるための映像なので、根本が映画やドラマとは違いますね。一見似てるようですけど、映画とドラマでも全然違います。ドラマはほとんどの人が照明の点いた場所でTVを見ると思うので、そういった点でテンポダウンさせてみたり、とにかく分かりやすくつないでいます。
―― ドラマの場合、放送尺に収めないといけなかったり、いろいろと制約が多そうですね…。
深夜以外のドラマは「ハロー張りネズミ」が初めてなので、素人丸出しなんですが、基本的に、そこまで映画と違う編集をしているかと言われるとそんなことないのです。一番違うところはCMの存在ですね、1時間の中でCMが4回入るとして、1つのロールの情報量をどれくらいにするとか、最初と最後のロールはチャンネルを変えられないように長く入れるとか、ドラマはこんなことをしてるのか…と驚きの連続です。あと、映画は予告編に関しては、予告編制作のプロみたいな人が作るのですが、今回のドラマは僕がつないでいたりして、とにかく疲れます…。
―― プロデューサーの意向で編集が覆ることもあるんでしょうか?
ドラマはプロデューサーの力が強いですからね。でも、大根さんは編集という仕事をすごく大事に思ってると同時に、守ってくれている気がします。乱暴なプロデューサーだと、勝手に映像を直しちゃう人もいるかもしれないけど、大根さんは絶対にそういうことはさせないし、僕が不利な立場にならないようにあらかじめ場所を整えてくれていたと思います。実際に何の実績もない人間がいきなり、日本最高峰の技術を持ったプロの中に混じるわけですから…。そこは大根さんに感謝してるところですね。『バクマン。』に関してはプロデューサーの川村元気さんが割と編集に重きを置く人間なので、監督とプロデューサーの間で随分長い間やりとりがあったと記憶しています。まあよくこんな素人に編集を任せたな…と、あの頃を思い出すといまだに怖いです。
▲ソフトはAdobe Premiere Proを使用。マルチは組まず、トラックを上に積み重ねる。
▲マウスは軽く、サイズの小さなものを好んで使う。マシンも一般的なiMacで特殊な機材は使っていない。
▲長時間の編集作業に欠かせないのが目薬と整腸剤。PCのまわりにいつも置いているらしい。
――『バクマン。』のように、日本映画の中では割と潤沢に予算がある作品に関わることが多いと思いますが、ビッグバジェットの映画の編集で意識していることはありますか?
僕が意識しているところではないのですが、通例として、商業映画は絶対2時間に収めるようにしますね。日本の映画館はどこもそうなんでしょうけど、1日にかかる本数、何回転できるかが決まっていて、2時間を1分でもオーバーすると、1日の上映が1回分減るんです。それは興行に直結しますから。『バクマン。』は、つなぎ終わったときに2時間半くらいあったんですけど、それを監督と何度も何度も見直して、2時間に収めました。最終的にどうしても3分くらいオーバーしていて、切る箇所がなさすぎて、全カット1フレームずつ切りました。あれは本当に大変でしたね…(笑)。しかし、低予算だろうが何だろうが、それによって編集スタイルが変わるということはないです。
―― ほかに編集に苦労した作品は?
予算や時間の都合もあるでしょうから、必要以上の素材はそんなに撮らないというのが一般的な映画の撮り方なんでしょうが、大根さんは必要以上のものもガンガン撮ってくる。やりがいはありますけど、どの作品も死ぬほど編集が大変です(笑)。『バクマン。』はカット数も多いですし、誰が見ても分かる大変さなんですけど、じつは『SCOOP!』の方が難しかったですね。中年男の再起と友情、次の世代へのバトンなど、テーマが渋いと言いますか、非常にハードボイルドな物語で、自分の中で福山さん演じる静の心情が全然理解できていなかった。例えば、会話シーンの抜き差しのさじ加減。ただ単純に会話をしてるわけじゃなくて、作品の根底に流れているハードボイルドな雰囲気を読み解いたうえで、編集していく必要があったんです。最初は自分の中で編集方針が定まらない状態でした。イチからやり直したりして、すごく悩んだ記憶があります。
編集におけるセオリーをあえて踏襲しない
―― 大根作品を経験して、ご自身の編集スタイルも変化しましたか?
僕はずっと相米慎二監督やテオ・アンゲロプロス監督に憧れていたので、もし自主映画を作っていたら、ワンカットで長回しをしよう…みたいなことも考えたかもしれないし、それはだいぶ変化したと思います。映画の編集をするまではカット割りというものがまったく分かっていなかった。今まで自分が演出するMVなどはワンカットが多かったというか、それしかできなかったというか、映画の編集をしたことで、カット割りをしている自分で納得ができるMVが作れるようになったと思います。大根さんは、日本映画という範疇の中で「ただ面白いと思うものを作ろう!」というより、手法とかではなく、偏ってはいると思いますが、現在の社会の在り方を踏まえた上で、単なる1本の映画ではなく、その映画を作ったことによって、変わっていく世の中のムードまでを考えて1つの作品にしていると思います。僕もその中の一部であるというか、そういうところに衝撃を受けたというか…。とりあえず手始めに、編集におけるセオリーみたいなものはあんまり踏襲しないようにしたいなって思ってますね。
―― 編集のセオリーはあまり考えない…それは意外ですね。
僕の場合は、そもそもセオリーを勉強していないので、何がセオリーかよく分かっていない。「カットバック」という言葉も知らなかったくらいですから。そんな僕が編集を担当している以上、その一般的なセオリーとは別のことに脳を働かせたいと思っています。最終的に監督が直したものの方が良いなと思うことがほとんどですし、MVに関してもやっぱり音楽が輝くためのものであると思うので、バンドなりの言い分はしっかりと汲みます。自分が作っているんだからと意固地になるより、いろんな見方、考え方を経た方が良い作品になるんじゃないか、といつも思ってます。
―― 編集が良くない作品は、観客にも分かると思いますか?
途中で飽きたりするのは編集が悪いということになると思うので、観客にも分かると思います。でもまあ、ヘンな話、僕は編集だけに注目して映画を観てる人なんて世の中に一人もいないと思います(笑)。そもそもは観客に見方を誘導するような役割のものだと思うので、必要以上に目立って良いことなんかないですからね…。でも、悲観的な意味じゃなくて、編集はそれで良いと思います。観ていて、映像がさらっと何の違和感もなく流れていく気持ち良さも大事だと思うし、逆に、あえて観客を思わぬ方向に導いてシコリを残すやり方もありますよね。だから、単純にヒキの画とアップをつなぐ、とかではなくて、どんなカットであってもつなぎの意味が必要だとは思います。そういう思考の果てに、観た人に最初からそこにあるものというか、それ以上の編集の選択肢がないように見せる、そんな編集を目指したいです。
●この記事はビデオSALON2017年9月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1747.html