映像編集者のリアル
〜クリエイティブの “余白” で演出する編集者たち〜
第13回
『映画 ビリギャル』『ちはやふる』編集
穗垣順之助[前編]
この連載では、作品のクオリティを左右する重要なポジションであるにも関わらず、普段なかなか紹介されることのない映像編集者たちの"リアル"に着目し、制作過程や制作秘話、編集にかける思いなどを前後編の2回に分けて聞く。今回は、助手時代に伊丹十三監督作品などに携わり、技師デビュー以降は多数のメジャータイトルの編集を担当してきた穗垣順之助さんの前編。珍しいアプローチで映像をブラッシュアップしていく、独自の編集法とは?
写真=中村彰男 取材・構成=山崎裕人
プロフィール
穗垣順之助・ほがきじゅんのすけ/1974年生まれ、広島県福山市出身。日活芸術学院を卒業後、TV番組の撮影アシスタントを経て、日活撮影所編集室に入る。編集者・鈴木晄氏に師事し、伊丹十三作品などで助手を経験。その後フリーとなり、2004年に技師デビュー。現在は映像制作会社・FILMに所属し、映画やTVドラマの編集を手がける。
青春映画はストレート勝負
編集で照れちゃいけない
—— 編集作業をするときに、穗垣さんは最初に何を意識しますか?
もちろん監督によりけりですけど、僕は監督が想定しているカット割りをあまり読み込まないようにしています。1発目は僕の好きなように編集して、それから監督のカット割りと答え合わせをする感じで。監督はこっちを見せたいのか、でも僕はこっちのほうが良いと思うな…みたいな。なかには意図を汲んでつなぐと怒る監督もいますから。「穗垣、それは知ってる。違うの見せろよ!」って(笑)。映画の編集は、最初にフルでつないで、それを削っていくやり方が普通だと思うんですけど、僕は逆のパターンが多いかもしれないですね。まず、物語が破綻しない程度まで削って、あとから増やす。イメージは、極限までダイエットして身体を絞って、足りない部位に筋肉をつけていく感じです。
—— ブラッシュアップの方法が真逆なんですね。
尺の制約も関係していると思います。例えば、配給会社から「2時間以内でつないでください」って言われても、普通に素材をつなぐと2時間をオーバーすることが多いので、「どこを切ろう…」って悩むんですよ。でも最初にこれだけコンパクトにできるというつなぎにしておけば、あとは監督がもっと見せたいと思うところを伸ばして、肉付けする作業ですから。初めて組む監督にはビックリされることもあります。映像を見せたときに「いきなりこんなに切られたのは初めてです」と言われましたから(笑)。
—— やはり組む監督や作品のテイストによって編集スタイルは変わりますか?
編集者に委ねてくれる監督と委ねてくれない監督とに分かれるので、わりと柔軟に変えているかもしれないですね。委ねられればその分プレッシャーがあるけどやりがいもある。委ねてくれない場合でも「どうやって崩してやろうか」と逆に燃えます(笑)。あと、気持ち良い余韻や間は、監督によって本当に個人差があるので、初めて組む監督とはその感覚を探りながら編集しますね。異業種の監督と組む機会もありますけど、独特な撮影技法やカッティングを持ち込んでくれるので、それに刺激を受けて編集することもあります。
—— 穗垣さんは青春映画のジャンルを多数手がけていますが、青春映画の編集をするときはどういうことを意識していますか?
大事なのは照れないで編集するということですね(笑)。変化球は使わない、ストレートで勝負する、というか…。だってね、観に来てくれたお客さんたちもそれを望んでるんだから、ヘンにカッコつけないほうが良いのかなって。軽い気持ちで観て、作品を楽しんでくれるのも、それはそれでひとつの映画の形だと思います。そういう作品もあれば、重厚なテーマの作品もある。映画にはそういう幅があって良いんじゃないかと。ただ、いわゆる”キラキラ系”の作品を編集するのはちょっと罪悪感があるんです。40代の僕が編集室にこもりながら、「これ、キュンキュンするかなぁ?」「もっとお互いが見つめるカットを増やしたほうが良いかもな…」と考えてるわけですよ。それを中高生の子たちがキラキラした目で観るのか…と思うと何だか申し訳なくて(笑)。
お客さんの感覚に寄り添って
感情過多にならないように
—— 現場から上がってきた映像の中から、穗垣さんが画を選ぶ基準を教えてください。
基本的にはその画のメッセージが一番伝わるテイクをチョイスしますけど、全体を構築してみると、そのチョイスが微妙に変わってくるんです。全体のバランスって、2時間の作品なら2時間通して確認しないと分からない。僕は現場でNGになったテイクも、できる限りチェックするようにしてるんです。NGテイクのほうが一瞬の表情や画角が良かったりすることもある。芝居が過剰だったり、ニュアンスが本来の意図とちょっと違ったりしてNGになったテイクも、編集のタイミングでつないでみると意外とバランスが良かったり…。そういうときは監督に黙ってこっそりNGテイクも使うようにしています(笑)。
—— 穗垣さんは編集におけるセオリーやタブーはありますか?
できるだけ感情過多にならないようにいつも心がけています。”魅せる編集”よりも、お客さんの感情にしっかり寄り添って、誘導してあげる編集。ちゃんと映画のストーリーに没入してもらいたいので、”編集を意識させない編集”が理想です。例えば、セリフの掛け合いをしているときに、画がそのリズムを邪魔することがあるんですよ。そういうときはとりあえず映像を無視して、セリフのリズムだけで一度つないでみます。自分の心地の良いリズムを見つけて、あとでそのリズムと合うように画を整える。逆に、サイレント映画みたいに音を消して画だけをつないで…ということもやります。そうやっていろいろ試行錯誤しながら、編集を意識させない自然なつなぎを模索しますね。
—— 編集で悩んでしまったときの最終的な決断はどうしますか?
考え過ぎると底なし沼みたいになってくるので、悩んだら一番最初のつなぎに戻します。初めて素材を見て、感じた印象が結局正しかったことって本当に多いんですよ。だから、その感覚はいつも大事にしています。そのためにも編集の作業をする時間帯をなるべく規則正しくするようにしているんです。疲れた状態で素材を見たら、受ける印象が変わってきますから。昔は当たり前のように徹夜もしてましたけど、いまは10〜18時でしか仕事をしていないんです。脳をちゃんと休ませたほうが効率が良いんですよ、やっぱり。家で風呂に浸かってるときに良いアイデアを思いつくこともありますし。
—— リフレッシュする時間を作ることも重要なんですね。
作品のスケジュールにもよりますけど、なるべく休みを入れるようにしたほうが良いと思います。何度も映像をチェックしていると、次にどのセリフが来るか、何が起きるか、全部覚えてしまう。そうなると物語の展開が読めるので、どんどん退屈になってきて、必要なところもズバズバ切るんです。必要な間を削っちゃうと、初めて映画を観るお客さんには分かりづらくなる。編集の仕事は、お客さんの感覚から遠ざかっていくことが一番怖いんですよ。
編集は日陰の存在だけど
構成を変えることもある
—— 『ちはやふる』シリーズの編集ではどんなことを意識しましたか?
当初、『ちはやふる』は二部作の構想でしたけど、『上の句』の1カ月後に『下の句』が公開されることが決まっていたので、ハナから『下の句』に『上の句』のダイジェストは入れない方針でした。『上の句』だけでも1本の作品としてちゃんとカタルシスがあって、それでいて続編につながる雰囲気を残すことをすごく意識しましたね。あと、やっぱり『ちはやふる』の一番の見せ場は競技かるたのシーンじゃないですか。あれだけ有名な漫画が原作だから、映画化しようとした人はたくさんいたと思うんですけど、「かるたって、ちょっと地味だな」ってみんな二の足を踏んだはずなんです(笑)。かるたシーンをいかにエンターテインメントに持っていけるか。そこは最大限工夫しましたね。
—— 具体的にどのような試行錯誤があったんでしょうか?
プリプロ時点のカメラテストで、かるたの一瞬の速さを表現するには効果的にスローを使わないとダメだねって話になって。編集としては、ハイスピード(以下、HS)カメラの映像をどうやってつなぐか。競技かるたの監修の方に実際にかるたをやってもらって、それをHSで撮影して、編集して…という実験を繰り返しました。事前にそれができたことはすごくありがたかったですね。ある程度、かるたの効果的な見せ方を把握したうえで編集に臨めましたし、それがちゃんと画に表れていたと思います。
—— たしかにかるたシーンはスピードの緩急が絶妙でした。
編集の醍醐味って、その空間の時間をコントロールできることだと思います。単純にHSをダラダラ見せるだけでは面白くないので、どう緩急をつけるか。そのバランスはすごく難しかったですね。全部HSで見せると、本当に見せたい場面で効かなくなってしまうので。読まれている札がパッと明るくなってスローになったり、主人公・千早の感情に合わせてスローになったり。そういえば、三作目『結び』の決勝戦の展開は、まるっきり台本と違うんですよ。編集でガラッと流れが変わりました。
—— どうして展開が変わることになったんですか?
クライマックスのシーンなのにしっくりこなかったんですよ。観ていてどうも熱くならない、というか。それで、監督といろいろ話をして、大胆に変えてみようという結論に至りました。千早と対戦相手の伊織が札を取り合う順番、その間に起こる出来事の順番を”熱さ”を軸にして全部変えてみたんです。でも、そうやって感情を優先すると、当然映っている札の枚数が合わなくなる。だから、つじつまを合わせるために札を全部合成してもらいました。合成部さんに「ごめん、札をCGで増やして!」とお願いして(笑)。そのおかげで決勝戦が熱く盛り上がる展開になって、感情の流れもすごくしっくりきた。ただ、合成部さん、本当にすみませんっていう(笑)。
—— あの決勝戦のシーンにはそんな裏話があったんですね。
完成した映像だけ見ると、台本通りに編集したんだろうって思いますよね。でも、作品をもっと面白くできるのであれば、編集で構成を変えたりもするわけで…。編集は日陰な存在ですけど、監督やプロデューサーと物語の根幹について話し合っています。編集者が100人いたら100通りの編集があるくらい、編集によってもの見方の見事に変わるので。だからこそ面白いと思って、僕はこの仕事をやってるんですよね。
●ビデオSALON2018年9月号より転載
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